芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

25 / 75
第25話 孫の少年トレージ

 

 

 

「実に不可解だとは思わない? 炎柱と言えば中級以上の魔術よ。なのに事件現場である川の近くでは術式も何も編まれていなかったの。つまり、犯人は自らの魔力だけで魔術を行使したことになるわ」

「そうだね」

「だけど更に不思議なことに、通常、中級魔術以上なら確認できるような魔力残滓が全くと言って良いほど発見されなかったらしいのよ。それ程強力な魔術なら、必ず発動までに込められた力が残るはずなのに……」

「そうだね」

「恐らく犯人は、優れた魔術師ね。魔力残滓を隠蔽できるか、少ない魔力で中級魔術を発動できるほどの……。そんな魔術師が、何故、深夜に事を起こしたのか……」

「そうだね」

「ちょっと、聞いてるの? 私はね、これはもしかしたら、境遇に不満を持った魔術師による、帝国に対する犯行声明と……」

「そんな事は絶対にない!」

「そ、そう?」

 

 そう言ってマルガレーテはちょっと引いたように俺を見つめた。突然大声を出されてビックリしたらしい。ごめん。

 

 だが、何故か知らんが彼女は一ヶ月以上も前の事件にまだ関心を持っている。どうかさっさと忘れて欲しい。だって犯人は俺だから。

 

 そう、一ヶ月……季節は既に春である。桜っぽくないピンク色の花が咲き乱れ、仕立て下ろしたばかりの学生服を着た少年少女等が、上気した顔で入学式に臨む春である。

 

 というか丁度今行っていた。帝国学院の入学式は簡素な物であり、実技試験にも使ったドームで校長先生のお言葉を聞くだけである。

 

 一堂に会した新入生等も何だか興ざめの顔であり、大声を出した俺の方に注目が集まるほどであった。マルガレーテは困ったように「おほほ……」と誤魔化している。こちらを見つめる目が鋭い。だからごめんて。

 

「し、しかしまた奇怪な推論を立てるものだね。公爵家の令嬢がそんな陰謀論を唱えても良いものか? 風聞に関わるんじゃないかな? な?」

「何だか妙に否定的ね……。別に、根拠がなくて言っているわけじゃないのよ」

「根拠!? あ、あったのか!?」

「お静かに! ……まあ、皇帝批判ではないのだけれど、先進的な研究機関って、どうしても予算の割り振りにおいて軋轢が生じるじゃない? そうなると、研究者としての能力よりも政治力が物を言う世界になって、結果として有力者の派閥に属さない研究者は……」

「ああ、そういう政治云々ね。じゃあいいや」

「なんなのよ、自分から聞いた癖に!」

 

 そう言ってマルガレーテはゲシゲシと俺の足を蹴った。彼女には悪いが、まさか何か証拠でも残してしまったのかと不安になった。入学前に逮捕されるとかないよな……。

 

 そんな風に退屈な始業式をやり過ごして、遂に授業の始まりである。

 

 魔術学部の生徒ら約1000人は揃って引き連れられてドームを出、そこから更に100人ごとに分けられ、教室に押し込められる。丁度100人が定員の教室はさほど広くなく、席順も決まっていなかったので俺は自然とマルガレーテの隣に座った。

 

 教室内の雰囲気は落ち着いている。物音さえ僅かだった。13歳の学生などぺちゃくちゃ喋ってばかりいるかと思ったが、一様にノートを広げてペンを出している。俺が配属された1-1の学生等は真面目な奴ばかりか、或いは緊張しいらしい。

 

 それで暫くもしないうちに教授が教室に入って来、教壇に上った。「えー、えー」と声の調子を確かめながら、その若い女性は言った。

 

「あー、入学おめでとうございます。艱難辛苦を見事に乗り越えた皆様と、この学院にて出会えたことは誠に喜ばしいことです。皆様に教鞭を執ることが出来る名誉はこの上ない物であり、有意義な学生生活と、その研鑽と飛躍とを願っております。……と、定型文はこれで終わりにして」

 

 ボサボサの髪を掻き乱し、ローブの中に手を突っ込みながら、女性教授は「マヒト・メイルリード」と名乗った。文章学、魔術式学を専攻としている教授であり、一年次のクラス担当教授となるのだという。

 

「と言っても、別に私の授業に必ず出席しろとは言わないので……あと、別にこのクラスだからって贔屓もしないので、そのつもりで……まあよろしく」

「随分と癖の強い教授が出てきたね」

「ブレイク君お静かにっ……!」

「いや、私はもっと騒いでくれたって別に良いんだがね。自主性が強いと勝手にやってくれるからありがたい。無論、騒ぎとならない範囲でだが……」

 

 メイルリード教授はぼうっとした目でこちらを見つめて言った。そんな事を言われずとも騒ぎを起こす気はまるで無い。あと自主性もそんなに強くないから安心して欲しい。

 

「まあ、挨拶はこれまでとして、ガイダンスに移ろうか。……いや、あー……生徒間の交流? そんなのもあったか。まあ、勝手にやっておいてくれ。では」

 

 学習指導要領らしき冊子を机の上に広げながら、「学生便覧を開くように」碌に黒板を使わずに彼女は言う。

 

「皆様もご存じの通り、当学院では多くの授業から自由に選択し、自分が学びたい事柄を学べる環境となっている。帝国に乱立する学習塾のように一つのクラス単位で授業することは稀であり、カリキュラムの作成に難儀することもあるだろう。まあそこら辺は学生課にて随時相談を請け負っているので、私以外に頼ってくれ」

 

 自分以外に責任をぶん投げつつ、メイルリード教授はぼうっとした顔で言った。

 

 帝国学院のカリキュラムは元の世界で言う大学そのものである。必修科目はあるものの、それ以外の授業に関しては大抵自由に選択できるし、そもそも選択しなかろうが聴講することは出来るのだ。

 

 まあ、たとえば魔術学部の学生が法学に興味を示し、そちらの方面で良い成績を残しても、だったら最初から法学部に入れよって事なので、他学部での授業成績は単位が少なくなっているのだが。

 

 中には途中で転部するような者もいるようだが……。それはそれとして、だからといって魔術学部でも、それだけを学ぶ訳にはいかない。メイルリード教授は続けて言う。

 

「で……各学科の授業以外にも、一年次には必修として以下の授業を行う。文学、文章学、外国語、史学、哲学、地理学、礼節の、所謂一般教養科目だな。まあ皆様が何を学ぼうとどうでも良いのだが、精々単位は落とさないようにしてくれたまえ。なにせ皆様の親御様方は面倒な輩が多いものでね、留年して学院に迷惑をかけないように」

 

 そこから簡素に各学科の説明が続けられる。そう、この学院ではいくら魔術学部に入学したとしても、それ以外を学ぶ事を強制されるのである。何せ将来的には官僚や研究者として、貴族出身の者はその家にて活躍することを期待されている者達だ。

 

 そこで一般教養に欠けていることがあれば、それは送り出した学院の恥である。特に一般入学者には礼節なんて欠片もないので、試験内容が厳しいらしく、四苦八苦する者が多いらしい。

 

 と、ジーニス先生は言っていた。彼自身礼節なんて欠片も覚えていなかったので留年しそうになったらしい。一応は貴族出身だろうにあの人。

 

「なので……あー……授業登録までは三週間ほどあるので、色々な授業に行ってみてくれ。勿論、必修科目は今日から始まるが……ああ、これだけはクラス単位での授業だな。一般教養科目と、基礎授業だな。私も一般教養の文章学と魔術式学を担当できるから、こんなクラス担任などを押し付けられている」

 

 再び簡素な授業の説明をした後、メイルリード教授はそこで壁掛けの時計を見つめ「まだあるのか……」と面倒臭そうに言った。教諭に向いていない教授の典型例のような人である。

 

「えー……一授業は90分で行われる。……あー、学院には食堂もあるのでお気軽にご利用を。……ああ、寮生活なのは皆様ご存じだろうが、一人部屋じゃないからって文句は言わないで欲しい。学院の外に寮を拡張してこれなのだから、文句は貴族階級へ優先的に個室を与える皇帝陛下にお手紙でよろしく」

「はあ、そこで教授の文章学が活きてくるというわけですか」

「そうだ、ジョット・ブレイク君。君も立派なお手紙を送れるようになりたまえ。そうなった暁には隣の彼女と縁を切ることになるだろうがな」

 

 ほんの少しだけ笑みを浮かべてメイルリード教授は言った。マルガレーテが『余計なこと言ってんじゃねえ』と言いたげな目でこちらを見ている。

 

 が、次いで左側前方、眼鏡をかけた少年が言った。

 

「それは教授、我々は偉大なる皇帝陛下に書状を送ることが許されると?」

「皇帝陛下は寛大だからね。学生視点での学院に関する要望は随時受け付けておられる。君も何か不満が? 私にはあるが」

「では、たとえば現在、学院にて教鞭を執っている教授を更迭して頂けるよう、嘆願することも?」

「おっと、君は皇帝崇拝者だったかな? 不愉快だったのなら申し訳ない」

「いえ、違います。僕はただ」

 

 そこで眼鏡の少年は振り向いて、俺をじっと見つめて言った。

 

「同級生を殺しかけやがったクソッタレお爺様を何とかクビに出来ないかと、そう思いまして」

「ああ、それは無理だよ、トレージ・ワイエス君。君の偉大なるお爺様は当学院における支配者の一角だからね」

「それで僕が成績優秀なる彼に恨まれることになったとしても?」

「なったとしても」

 

 その返答に彼、トレージ・ワイエスなる少年は頭を掻いて俺を見やった。

 

「まあ、ご覧の通り、僕は君に喧嘩を売るつもりはない」と、灰色の目は聡明さを含ませて広げられている。良く良く見れば、確かにワイエスという名の入学試験で絡んできたジジイと似ている顔つきであった。

 

「ただ身内の失礼はこうして詫びなければならないと……」

「ああ、君はあのキチガイジジイのお孫さん。とすると君もその薫陶を受けているのかな?」

「成程、失礼を失礼で返してくれるとはありがたいね。これで全く遠慮する必要がなくなった」

 

 にやりと笑ってトレージ君は着座した。隣の席からマルガレーテが手の甲を抓ってくる。地味に痛いから止めてくれ。

 

「とまあ、こんな風に、皆様にはご勝手に仲良くなったり仲違いしてほしいものだ。今の一幕など良い例だな。祖父の無礼を詫びた彼に、そこの彼は無礼で以て『気にするな』と返したと。私は礼節に関しては専門外だが、たぶんこれも礼節だろう。たぶん」

「そうなのか? ジョット・ブレイク君」

「そうかも知れない。トレージ・ワイエス君」

 

 俺達は互いに見やり、『まあそれで良いか』という顔を浮かべた。マルガレーテが何やら納得したような顔で隣の席から手の甲を擦ってくる。謝罪のつもりか君。俺と教授に騙されてるぞ。

 

「そうこうしている内に何とか時間になった。後は野となれ山となれ。今日一日は同じ教室での授業になるから、昼食休憩や放課後なりなんなりで、学院探索を楽しんでくれたまえ。では私はこれで」

 

 そう言うと同時にチャイムが鳴り、さっさとメイルリード教授は出て行った。

 

 同級生等は一様に、何だか気の抜けたような顔をしている。打って変わって隣の席に話しかけている者も多かった。そう考えると、新入生の緊張を緩和するという意味では、メイルリード教授の実に適当そうな態度も理に適ったものと言えるだろうか。

 

 まあ恐らくは素なのだろうが。そんな事を考えている間にこちらに寄ってくる音がする。

 

 見上げれば、灰色の瞳にくすんだ黒髪の彼、トレージ君が立っていた。

 

「やあ、ジョット・ブレイク君」

「そう言う君はトレージ・ワイエス君」

「先にも話したが、僕こそが君を殺しかけた、君流に言えばキチガイジジイの孫、トレージだ。遺恨を流してよろしく頼む。ところでそちらは?」

 

 トレージは憮然とした無表情に似合わず、友好的に右手を差しのばした。俺はその手を取りながら、「ああ、こちらは」と、何やら話しかけたそうにしていたマルガレーテを見て言った。

 

「こちらは帝国公爵家はご令嬢、マルガレーテ・アルケシア様である。どうか仲良くしてやってくれ。今気が付いたんだが、彼女に話しかける人が誰もいないんだ」

「成程、僕はお爺様ほど貴族嫌いではないので安心してくれ、アルケシア君。君のお友達になってあげるのも吝かではない」

「私にだって学友は居るから心配しないで下さる? 寧ろ私の方が安心したわ。ブレイク君のご同類なる絶滅した方が良い危惧種が存在するなんてね」

「いや、俺と彼は違う質と思うが」

「僕は謝ったが、彼は侮辱で返した。この違いは大きいと思うがね」

「そう……」

 

 どうでも良さそうにマルガレーテは言った。いや、本気で呆れている場合なのだろうか彼女。公爵令嬢の癖に入学式から俺という平民に絡んでいて本当に大丈夫なのだろうか。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。