芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第26話 帝国学院という生活

 

 

 

 授業一日目はメイルリード教授が語ったように、教室から動くことなく過ごした。受ける授業は全て一般教養科目のガイダンスであり、今後の授業方針の説明である。

 

 五限までみっちりと詰め込まれたカリキュラムに、辟易とする頃には日は沈み、時刻は午後六時半。これでは放課後に学院を探索するも何もあったものではないだろう。

 

 第一、本日は寮生活の開幕というイベントさえあるのだ。学生等はそれぞれ案内に従って、学院内外の寮へと向かっていく。

 

 俺もまた、学院正門前に程近く、煉瓦造の建物へ案内された。

 

 本当なら学院内の方が通学に掛かる時間が少なく、惰眠を貪れるので良かったのだが、そちらは主にお貴族様やら二年次以降の成績優秀者のための寮になっているらしい。温泉付きの個室という羨ましい環境である。

 

 そして目の前にあるこの住居も俺が選んだ訳ではない。学院側から勝手に割り振られたのである。荷物に関しては事前に纏めて送っていたので、今頃部屋の中に届いているだろう。

 

 そんなわけで三階建ての学生寮の一階、七号室の鍵を渡され、俺はその中に入った。

 

 室内は結構広い。十五畳ほどだろうか。双方の壁に一つずつベッドが備え付けられ、その頭の方にそれぞれ学習机が設置されている。その向こう側に大きな窓があり、室内を照らす構造となっている。

 

 部屋の中央には何も置かれておらず、入居初日ということもあってスペースが余っているような印象だ。

 

 で、左側のベッドの上に置かれているのが俺の荷物で、もう片方のベッドの上には、見覚えのある顔が右手を挙げていた。

 

「よろしく頼むと言ったのはこういう事だよジョット・ブレイク君。遺恨を流さねばやっていけないだろう。共同生活など」

 

 トレージ・ワイエスである。彼は先んじて入室しており、室内灯に光を付けて、既に学習机に本やら道具やらを押し込んでいた。

 

「なんだい、同居人に挨拶もなしか。そこは弁えて欲しいのだがね」

「いや、意外だと思ってな。教授の孫だっていうのなら、個室くらい与えられているものかと。あのマルガレーテのように」

「そこはあれ、僕のお爺様であるアルシュケ・クソッタレ・ワイエス教授の差し金さ。目をかけた学生の下に孫を送り込んで扱い易くしようというんだ」

「なんだそりゃ」

 

「本当なら僕も個室だったんだぞ」と不満げにトレージは言う。そして「互いの領域を決めようか」と杖を取り出し、虚空に光芒を引いた。

 

 光線は真っ直ぐに部屋を二つに分けている。右にトレージが住まい、俺は左に落ち着いた。ベッドに腰掛ける。

 

「僕は何事もキッチリと分けるのが好きでね。右が僕で左が君。本だろうが鞄だろうが、はみ出したらゴミ扱いして捨ててやるからな」

「俺はなあなあで良いと思うけどねえ。それに貴重な本やら素材がはみ出したらそれも捨てるのか?」

「そこは僕の拾得物として丁重に扱ってやるから安心したまえ」

「うーん、キッチリしている」

 

 したたかな、という意味で。

 

 しかし、今ははみ出すほどの物もなく、荷物を解いて学習机に収めても、その隣に設えられた本棚を埋めるに至らない。衣服などはベッドの足側にクローゼットがあり、そこにしまい込む形となる。

 

 新生活の準備はすぐに終わった。「じゃあ飯でも食いに行こうか」と言えば、トレージも同意して、俺達は連れ立って寮の食堂に向かった。

 

 夕食後も、取り立てて何をするわけでもない。精々大浴場に入った後、明日の準備をしながら、トレージととりとめもなく来歴を話し合うだけである。

 

「へえ、あのジーニス・フルンゼが君の先生だったのか。宮廷魔術師の職を辞し、方々ふらついているとは聞いていたが、まさか君に教えていたとは」

「やはり先生は有名か」

「一部ではね」

「碌でなしとか詐欺師だとか?」

「そういう声もあるが、お爺様は言っていたよ。『あれは宮廷如きに扱える輩ではない』とね。僕が知っている中では、これはかなりの評価だよ」

 

「あと、君は自分の先生の風評がそれで良いのか」とトレージは言った。それが本性なのだから仕方がないだろう。

 

「それで、トレージの方はどうなんだ? あの頭のおかしいお爺さんの事だから、ひょっとして子供の頃から人体実験でも受けていた?」

「そこまで頭はおかしくないさ。十分おかしいけどね。だってお爺様、三歳のプレゼントに学院入学試験用の教材を寄越してきたんだよ? そもそも読めないよ。お父様だって呆れていたさ」

「おお、確かにおかしいな」

「子供に与えるなら知育玩具だろうに。理論ではなく、直感的な道具で脳の働きを育んで、後々の理解を助けるんだ。お父様も呆れて『段階が違いますよ』と言っていたよ」

「うーん、おかしいのは遺伝だったか」

「なんだ、失礼だな君」

 

 なんで彼は冷静に幼少の自分への教育方針を考察しているのだろうか。俺はそもそも、そういった教育云々など面倒極まりないと思うだけなのだが、彼にとっては単なる段階の違いを思っただけらしかった。

 

 話を聞くに、彼の母親がそういった幼児教育の大家らしい。貴族用の玩具を改良して、中々の売り上げを誇っているらしいが、ともかく彼は教育的な家庭に生まれ育ったというわけである。

 

 そういった人間にありがちなことだが、トレージは単に知識を詰め込んできたというよりも、知識への探求欲、学習欲が非常に強いようだった。本棚に揃えられた本は分厚く重い。新入生の癖して五、六年で学ぶ内容を先取りしている。

 

「僕の夢は、無論研究者だ。宮廷魔術師ではなくね。お爺様はクソッタレだと思うが、ある意味僕の理想像だ。受験者を殺しかけて尚も権勢を保てるほどの優れた研究者は、この国にもそうそう居ないよ」

「そうそう居てたまるか」

「まあ、それはそうだ。それで、君の将来の指針は?」

 

 トレージは期待するように俺を見つめた。俺は胸を張って答えた。

 

「それは勿論、働かずに暮らすことだ。それも名声と金を大いに得ての食っちゃ寝暮らしだ!」

「……おお、俗物。お爺様が僕を差し向けた理由が分かった気がする」

「いやいや、邪魔してくれるなよ。俺は魔術の探求よりも金が大事だぜ。まさかトレージも俺を立派な魔術師にしようとか思わんだろうな」

「まあ……惜しいとは思うがね」

「これだから学習意欲が高い人間は! どうせ今までも熱心に研鑽を続けてきたんだろう!」

「そんな言葉を侮蔑的文脈で使われたのは初めてだよ……」

 

 トレージは呆れたように言い、「まあ、良いさ」と壁掛けの時計を見つめた。

 

「君が何を目指そうが、僕の知ったことではないし、何より知り合って一日目だ。そしてその一日ももう終わる。寝よう」

「そうだ。消灯時間を決めておかないか? こういうのは後々トラブルになる」

「寮の規則で11時と決まっていなかったか?」

「それとは別に、互いの限界をだ。だって11時なんて早過ぎるだろう?」

「いや別に。夜は寝ろよ。僕は早寝早起きが好きなんだ」

 

 そう言ってトレージは布団を被った。時計を見ればまだ10時30分程度である。早寝早起きが好きとは全く奇特な奴であった。

 

 帝国学院の朝は早く、一限の授業開始が9時である。それに合わせて学生寮の朝も早い。8時には食堂も大浴場も閉まるため、その前に余裕を持って起きなければならないのだ。

 

「いや、別に早くはないだろう。普通だよ普通。何を恨めしそうな顔で空を睨んでいるんだ君は」

「時間という概念をこの世に持ち込みやがった誰かを睨んでいるんだ」

「ならば君は人類史そのものを睨んでいることになるね。というかそんな事を言う割に朝風呂には入るのかい」

「折角空いているなら入りたいだろう!」

 

 朝方の腑抜けた身体を湯に沈め、更にだらけさせると共に、仄かな倦怠感さえも洗い流していく快楽は、筆舌に尽くしがたいものである。これでサウナもあったら良かったのだが、生憎学生寮には存在しない。

 

 加えてこれがたっぷりと惰眠を貪った午後のことであれば尚のこと良いのだがな。眠気の残った身体では、湯殿の中に寝てしまいそうになる。

 

 ともかく、トレージが朝風呂を無視し、朝食もそこそこに朝読書に耽っている中、俺は窓辺からぼうっと空を見上げていた。春先の空は広く、小鳥がちいちい鳴いて飛んでいる。俺も鳥になりたかった。いややっぱ人間で良いわ。だってこの世界では人も空を飛べるのだし。

 

 まあ、人間であるからこそ、学生服を着て鞄に荷物を詰め、気怠い気持ちで教室に向かわなければならないのだが。

 

 そんな気持ちでシャツを着てスラックスを履き、その上からベストとジャケットを身につけ、革靴を履く。ネクタイも締めてスリーピースの完成である。

 

 それにしてもだぼっとしている。これからの成長を見越して大きめの服を買ったはいいが、下ろし立ての生地も相まって、これでは新入生丸出しであった。

 

 トレージの方はもっと酷かった。袖口が余って手が出ていない。わざわざ捲り上げている始末である。同年代に比べて高い俺よりも、どころか同年代の平均よりも低い身長のせいか、あからさまに子供っぽい。

 

「一般家庭出身の悲哀だな。貴族様なら成長に合わせて買ってくれるんだろうが、学院も年ごとに買ってくれりゃあ良いのに」

「そんな無駄な出費を割くほど、学院にも余裕があるわけじゃないという事だよ。学習には必要不可欠と言うほどではないのだからね。……あと、君はどう考えても一般を気取れる家庭ではないだろう」

「家の両親は金持ちだが、金持ちだからこそケチなんだ。しかしトレージも殆ど貴族様のような出身だが」

「家も大して蓄えがあるわけじゃないんだよ……お爺様とお父様が研究に全部使ってしまうから……あと僕の教材に」

「独特な家庭の悲哀だなあ」

 

 トレージは銀縁の眼鏡を押し上げて「だから僕もお金は欲しいんだ。自由に使えるお金が」と、周囲の視線を集めながら門を潜った少女、マルガレーテを見つつ言った。

 

 入学式の時もそうだったが彼女の格好は決まりに決まっている。俺達の格好がだぼっとしているからかも知れないが、身の丈に合ったベストとジャケット、そしてスラックスの代わりのスカートと白いタイツが、キッチリと彼女を名門学校の子女と見えさせている。

 

 まあ事実子女なのだが。というか俺達も一応同じ学生なのだが。しかし、ベストを留めるボタンが金なのは狡いだろう。靡かせる髪色に合わせたつもりか知れないが、金銭格差を感じさせられて羨ましい。あと初日から学生服改造とか良いのか?

 

「終いにはロングスカートに竹刀か? なあマルガレーテ」

「朝から何を言っているのかしら貴方は……」

 

 にこやかな表情を呆れ顔に一転させてマルガレーテは言った。そうして俺がじっと金ボタンを見つめていることに気が付いたのか、「ああ、これ?」と自慢げな笑みを見せた。

 

「ようやく気が付いたの? それとも隣の彼の入れ知恵かしら? まあ公爵令嬢としては、これくらいのお洒落はね」

「行き過ぎてジャケットも金にしなきゃいいが」

「なんでそんな奇天烈な……って、先程のはそういう事? 私が不良学生に見えると? おほほ……面白いわね……」

「おお、全く面白そうではない」

 

 トレージがそう言って、同じくマルガレーテの金ボタンをじろじろ眺める。「純金製とはクソッタレだな」それは君の口癖なのか?

 

 ともかくとして、授業である。先日メイルリード教授が言ったように、今日からは方々ばらけての授業となる。

 

 と言っても、一限から必修が入っているので行き着くところは同じである。「三号館ってどこだよ」と、トレージとマルガレーテと共に迷いながら辿り着き、妙に一、二号館から離れた場所に立っている建物へ入る。

 

 しかし、気が重い。この授業は特別気が重い。見ればトレージも同じような顔を浮かべている。マルガレーテだけが不思議そうに俺達を見つめていた。

 

「なによ、そんな顔をして。これから始まるのは栄えある帝国学院の中でも優れた授業なのよ? なにせ教鞭を執るのはあの……」

「アルシュケ・クソッタレ・ワイエスお爺様の魔術学基礎だ。酷い授業だと聞いている」

「……そうなの?」

 

 マルガレーテは「そういえば、貴方はお孫さんなのね」と今更ながらに言い、トレージが頷いて言った。

 

 曰く、「教科書を順番に朗読させるだけの授業でしかない」と言い、「その間にお爺様は昼寝している」のだという。しかし言い間違いをしようものならば即座に起きて罵倒を発し、生徒には目もくれず再び寝るのだという。

 

 授業最後の十分間には流石に起き、学習の確認としてワイエス爺の方から適当に質問が飛ばされるらしいが、それに答えられなかったり間違えた生徒にも苛烈な罵倒が飛び出すという。

 

 控えめに言って授業と呼べる物ではない。一人で教科書を読んでいた方が、罵倒されないだけマシなものだった。

 

 しかし、そんな糞つまらない授業を予想して教室に入った俺達を迎えたのは、「クソガキ二匹が来やがったぞ!」などと宣う喜色満面の爺であった。

 

「そら、杖を出せ! 貴様等ご自慢の武器を持ち出せ! そうして取りあえずどちらが上等か殺し合ってみせよ!」

「何を言っちゃってるのこの爺さん」

「申し訳ありません、アルシュケ・ファッキン・クソッタレお爺様。僕はここに授業を受けに来たのですが?」

「ここではワイエス教授と呼べ、クソッタレ孫よ。そして何を言うか。貴様等クソガキ共の殺し合いこそ最上の教材だろうが」

 

「ゴミ共は席に着け!」とワイエス爺は言い、マルガレーテを始めとした同級生等を指差した。彼の口振りからするに、クソはゴミよりも上等らしい。知りたくも無い価値基準だった。

 

 

 

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