芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第28話 鎧を買おう

 

 

 

「一般教養科目の必修が、文学、文章学、言語学、史学、哲学、地理学、礼節の七つ。魔術学部の必修が、魔術学基礎、魔術式学基礎、魔術史学基礎、錬金術学基礎、魔物学基礎の五つ。計十二個の必修科目で、それぞれ単位が二つ得られる……」

「その他、魔術学部の選択講義も二単位で、他学部の講義が一単位。ただし他学部の中でも、外向けに開いていない授業……主に必修科目だね……もあって、それは単位が得られないという話だよ」

「一日に最大5つの授業で、一週間に最大25の授業か」

「二年生に進級するためには最低でも60単位は必要で、前期と後期で単位が分かれるから、一学期に最低でも15の授業に登録しなければならないね。平均して一日に3個の授業だ」

 

 改めてその条件を確認し、俺は天井に向けて言った。

 

「ファッキンクソッタレ!」

「それは僕の口癖だよ」

 

 トレージは学生便覧を片手に眼鏡を押し上げる。様々なページに付箋を付けて「どれにしようかな」と楽しげにしているが、俺としては正気の姿と思えない。

 

 ちらっと見たが、トレージの予定表には30以上の授業内容がびっしりと書き連ねてある。彼は全て埋めることを前提として、その上で何を選択しようか迷っているのだ。

 

「自分から苦しみにいこうとか頭おかしすぎるだろ……やっぱり勉強とか労働とかって人の頭を狂わせるんだな……」

「折角入学したんだから出来るだけ学びを得ようとするのは当たり前の事だろう。払う学費は同じなんだから」

「それを言ったら、どれだけ学んでも帝国学院卒業という肩書きは同じだろ……」

「そういう見方をする者もいるね。寧ろ貴族的にはそれが当然か。しかし君に関しては、卒業できるか心配になってくるが」

 

 そう言ってトレージは、必修以外何も書かれていない俺の予定表を白い目で見つめた。

 

 入学して五日間、俺にしては真面目に一通り授業を受けてみたが、どれを登録するかはまだ決まっていない。何せ楽に単位が取れる授業が殆どないのである。

 

「出席名簿に名前を書けば単位を取れる授業とかないのかよ……」

「この崇高なる帝国学院にそんな授業があって堪るものか」

「去年までのワイエス爺による魔術学基礎はそんな授業だったという話だがな」

「僕としては喜ばしい話だ。お爺様がやる気になってくれるとは!」

 

 そう言ってトレージは嬉しそうに笑う。その考えには付き合ってられん。遊び時間が欲しいものである。

 

 特に今日は待ちに待った休日なのだ。朝早くからトレージがぶつぶつ言っていたので早起きしてしまったが、そろそろ俺も出かける時間である。

 

 休日だが学生服に袖を通し、鞄に教科書やら杖やらを入れて出立の準備をする。「図書館にでも行くのか? だったら僕も行くが」とトレージは言ってきたが、別に勉強をしに行くわけではない。

 

「今日は休日だぞ、遊びに行くに決まっているだろう」

「学生服で? それに教科書を持ってまで?」

「この格好をすると喜ぶ奴が二人居るんだ」

「ふうん?」

 

 不思議そうにトレージは言って「危ないところには行くなよ」と俺を送り出した。しかしこれから行くのは危ないと言えば危ない場所である。

 

 何せ目的地は冒険者ギルド、帝国学院の生徒達からすれば乱暴者共の巣窟なのだから。

 

 金がないので学院が存在する帝都郊外から徒歩で行き、中心街に辿り着いたのが昼頃である。中心街と言っても、冒険者ギルドの付近はその端で、帝都大門に程近い。そして周囲には鍛冶屋や武器屋や酒場など、スラム街ほどではないが荒れた雰囲気が漂っている。

 

 その中に学院生徒が歩く姿は奇異である。じろじろと視線が集まり、さっと逸らされる。そうとも貴族様が多く通う学院生徒に因縁付けたって面倒でしかないだろうからな。

 

 しかし中には物の道理が分からぬ馬鹿もいる。酒場から赤ら顔で出てきた、冒険者と思しき一団であった。

 

「おお? なんだ……これ……あれ……貴族のがくせーじゃねえのか? なんだってここにいるんだ? ああ?」

「そりゃ、お前、そりゃ、そりゃ、あははははは!」

「君、可愛いお顔をしているね! おじさんと遊ばない? 良い店知ってるんだよ!」

「馬鹿って言うか凄い酔っ払い集団だな」

 

 むくつけきおじさん三人組はげらげら笑いながら俺を見つめてくる。内一人は謎に金貨を数え始めている。本気でやめて欲しい。

 

 まあ適当にあしらって行こうと思ったが、「まあまあ」と背の高い一人が俺の腕を掴んできた。そして手に金貨を握らせてきた。本気で何なんだ。

 

「おじさんこんなの初めてだよ……おじさん、普通のおじさんだったのに……君のせいで……」

「なら酒の影響で変になっているだけでしょう。酔いが醒めた後で後悔しないように、今すぐお返しします」

「ああ? なんだがくせー……こいつが変だって言うのかよ……変じゃねえだろ……ようやく俺の趣味が分かったようなんだぞ!」

「あっ、そうすか」

 

 酒だけでなく隣の変態の影響も受けていたらしい。「へへへ……がくせーがここに居るとはなぁ……」「あははははは! 俺だけまとも! もう抜けたい!」と、一つの冒険者パーティーが解散の危機を迎えたその時、遠くの方からガッシャガッシャと重々しい音が響いた。

 

 音は直ちに大きくなり、飛び上がっておじさん二人を蹴飛ばした。「大丈夫ですかジョットさん!?」と、音の正体である全身鎧は足を上げたまま、くぐもった声で俺に言う。

 

「ああ、金貨を握らされただけだよ。だから蹴るのはやり過ぎじゃないかな、ノア」

「何を言いますか! き、金貨、金貨ですって……!? そのお金で私のジョットさんに、なに、何をするつもりだったのですか! 言って下さいよ! 言いなさい! 出来るだけ詳細に、です!」

「おい」

 

 謎に興奮している鎧の首には、銅のプレートが提げられている。銅等級の冒険者になった癖に、まだ鎧を着替えていないノアだった。

 

 そう、本日冒険者ギルドを訪れたのは、二人の要望で制服姿を見せるというのもあるが、そろそろノアの装備を買い換える必要があったからだ。

 

 ノアは愛着があるとか言って手放そうとはしないし、リインは『無駄に重い方が枷になりますよ!』と言う。仕方がないので俺が率先して更新する必要があるのである。

 

 しかし、相手方も中々の冒険者であるようで、立ち上がってノアを睨む首には銀のプレートが提げられている。だから金貨なんか持っていたのかというか、こんなのが銀等級とか良いのか冒険者ギルド。

 

「へへっ……先約って事か……良いねえ燃え上がるよこういうのは……!」

「おじさんさあ! 冒険は障害があった方が楽しい性分なんだよね! 格好いいところ見せてあげるよ!」

「あはははは! ねえ、君、ねえ、これからどうすれば良いと思う?」

「頑張って下さい」

 

 ゲラゲラ笑いながら空を見上げる一名はともかく、他二人は戦意に溢れているようである。こりゃあ面倒なことになったな、とノアに逃げるように言おうとして。

 

 ちゃきん、ちゃきん。と音がした。

 

「……おーやー? 揉め事ですか、ジョット君? まさかよもや私のために、河原に晒す首を用立ててくれたと? ぎゃは! トールの一党が相手とは、最高のプレゼントですね!」

 

 親指で鍔から剣を抜き差ししながら、やって来たのはリインであった。鎧姿に晒した顔には獰猛な笑みが浮かんで瞳孔ガン開きである。

 

 おじさん三人組はリインの出現に顔を見合わせ、再びリインを見た。そして再び顔を見合わせて二度見した。

 

「おじさん酔いすぎたかな? リインが来てるんだけど、幻覚にしては真実味があるね?」

「悪い夢……悪酔い……! ドラゴンは障害とは呼ばねえから……逃げるしかねえから……」

「酔いが醒めたわ。今すぐ逃げるぞお前ら」

 

「逃げろ逃げろ!」と三人組は素早く去って行った。「ま、まだ話を聞いていませんよ!」とノアは息巻いているが、「いや街中で喧嘩しないでくれよ」と言うと、不承不承に大人しくなった。

 

「そうですよノア。やるならばお上に怒られぬよう、尋常な果たし合いか闇討ちが基本です。分かっていませんね?」

「分かってないのは貴方もですよリインさん」

「私は分かっていますとも! 何せ私との繋がりがある事で、もうあの一党は絡んでこないでしょうし。中々の腕前なんですがね、トールの一党は。意外です」

「そうかなあ……絡んできそうだけどなあ……だって俺を金で買おうとしたし」

「ちょっと待って下さい何ですかそれ」

 

 急に笑みを潜めてリインは言った。「変態でしたよあの人達!」とノアが事の次第を説明すれば「えぇ……」とリインも引き気味である。

 

「うーん、ジョット君は変態に好かれる定めなのかも知れませんね。あの蝙蝠男もそうですが、ノアだって中々の物ですし」

「あ、貴方が言わないで下さいよリインさん! それに私は、えへへ、好かれた方ですから! はい!」

「チッ」

「し、舌打ち!?」

 

 妙にチャキチャキ音が速くなったところで、そもそも絡まれたのは二人の要望が原因であったことを思いだした。気持ち悪いおじさんの方は知らないが、品のない方の気持ち悪いおじさんはそうである。

 

 いや、この言い方だとあれに品があると言っているようで嫌だな……。

 

「ともかく、どうかなノア? あまり格好いい服装ではないだろう。だぼついているものだからな」

「いえ! いえ!!! 全くそんな事はありません!!!」

「うるさっ」

「ふうむ、余った袖など武器を振るうには全くの邪魔だというのに、不思議と心惹かれている自分がいますね……?」

「惹かれずに戻ってきて下さい」

 

 そう言って俺は袖を捲った。「それも良いですね!!! はい!!!」とノアがうるさい。「うおお……これ程の……!」とリインが何かに感銘を受けている。

 

「まあ品評会はここまでとして、メインの用事に行きましょう。仕送りを前借りしたので幾らかは俺も出せるから」

「そ、そんな……良いですよ! 私だって最近はお金を稼げるようになってきましたし……それに、それだとジョットさんのお金がなくなってしまうじゃないですか!」

「そこは大丈夫。授業に必要だと言って結構ちょろまかしたから」

「ぎゃは! 相変わらずのゴミクズですね!」

 

 なに、親の脛は囓れるときに囓れるだけ囓っといた方が良いのだ。親だって囓られて嬉しがっているだろう。たぶん。俺だったら怒るけど。

 

 ともかく俺達は帝都でも評判の防具屋に向かった。本当に最上級の品質を求めるのならば、既製品ではなくオーダーメイドになるのだろうが、そこまでの金はないし、何より銅等級でそれは目立ちすぎる。ノアのためにもよろしくないだろう。

 

 度重なる戦闘と鍛錬でボロボロになった鎧を下取りに出して、さて何にしようかと店内を眺める。

 

「あっ、ジョットさん! あ、あれ! あれが良いです!」

「なになに……?」

 

 ノアが指差したのは金ピカでゴテゴテとした装飾が付いた、明らかに置物の鎧であった。「か、格好いい……!」とノアは目を輝かせているが、端的に言って趣味が悪いのではないか彼女。

 

「ダメですよノア。あんなのがまともに動かせるわけがありません。関節まで装飾に覆われているではないですか」

「そ、それは……でも格好いいのに……」

「選ぶならあの様な物にしなさい。ねえジョット君?」

「どれどれ……?」

 

 リインが指差したのは奇怪な鎧である。全体としてはリインのそれに似ているが、肩や膝に『死』だの『愛』だの仰々しい字体で漢字が刻まれている。極めつけには兜の上に『誠』の文字がドデカく鎮座していた。

 

「私の知識が確かならば、あれは古代より伝わる戦士の文字……! まさかこうして鎧に刻む文化があったとは、中々に興味深いですね!」

「えぇー……ダサ……」

「ダサいと言いましたかノア。今私が気に入った鎧をダサいと言いましたかノア!」

「い、言いますよ! だって本当にダサいですよあれ! ねえジョットさん!」

「うーん、控えめに言って超ダサい」

「ですよね! ね!」

「そ、そんな……」

 

 リインが珍しくショックを受けたような顔をしているが、というかそれを抜きにしても高すぎるので無理である。どうやら漢字には本当に魔術式としての力があるようで、見た目に反して恐るべき効果を持った鎧であった。見た目に反して。

 

 まあ二人のお気に入りはどちらも没として、値段やノアの等級などを勘案すると、候補に残ったのは三点である。赤と黒と白い奴だ。

 

 ノアはどれにするかを決め倦ねているようであったので「試着できますか?」と俺は店の人に言った。良いらしいので着せてみることにする。

 

「赤色……というには白が入っていますね……。でもその白が赤を引き立たせて、これもこれで格好いい……! どうですかジョットさん!」

「赤備えは良いよな。精鋭って感じがする」

「そうですか? 私は茹で上がった蟹みたいだと思いますが」

「そ、そう言われると、格好いいと言うよりも美味しそうな……。べ、別のも試しますね!」

 

 次いで纏ったのは黒い鎧である。今度は剣を提げるようなポーズまで付けたノアであった。

 

「ふふ……なんだか悪っぽくて格好良いですね……! だ、ダーク……ブラック……と言うんですよね? どうですかジョットさん!」

「黒騎士……黒い剣士は良いよなあ。細身でシュッとしているのも良い」

「いやー黒は良くないですよ黒は。傭兵には黒塗り装備が多いんですが、その理由は大体整備不足を隠すための色ですよ。印象良くないですよ」

「うう……別のにします……」

 

 最後に纏ったのが白い鎧である。ノアはまるで正式な騎士のように勿体付けたお辞儀をし、「えへへ!」と笑った。

 

「白と言えば騎士様ですよね! 伝説の中の遍歴の騎士様……。私、ノアはジョット様に永遠の忠誠を……! なーんちゃってなんちゃって! えへへ!」

「やっぱり白い鎧は良いな! 王道って感じがする」

「えー白ですか? 白ですか……」

「な、何ですかリインさん……! また何か文句を付けますか!」

「いや、私と色が被るなあと思いまして」

 

 そう言えばリインが普段身に付けているのは白の鎧である。「だったら良いじゃないですか!」とノアは言うが、リイン的にはよろしくないらしい。

 

「だって同じ色にしてしまったら、本格的に貴方が私の身内扱いではないですか。嫌ですよそんなの」

「い、嫌なんですか……? えぇ……そんな……」

「だって才能だけで身体も心も追い付いてないような未熟者が身内とか嫌ですし。もっと実力を付けてからにして下さい。そうしたら弟子から身内にしてあげましょう」

「は……はいっ! 頑張ります!」

「ですが、そうですね。……なら、私が黒に塗り替えましょうか。そろそろ傷も目立ってきたところですし」

「そこは傭兵流なんですね……? でも、黒鎧のリインさんも格好いいと思いますっ!」

 

 麗しき師弟愛を見せてくれた二人であったが、そうなると一つ疑問が残る。

 

「なら俺に対して毎度毎度勧誘してくるのはどういう理屈です。未熟も未熟でしょうが」

「ジョット君は良いんですよ。だって私の心が貴方に追い付きますからね! ぎゃは!」

「単純な好悪に理屈を付けているだけなのでは……?」

 

 疑問を残しつつ、結果として白い鎧を購入したノアであった。「白騎士ですよ! 白い騎士!」と実に嬉しそうである。バケツ頭も卒業し、今日からは尖った白兜であった。

 

 身長と体格が追い付かないので、微調整と幾らかの部位を取っ払い、その辺を交渉して多少安くして貰ったところでお披露目である。

 

「じゃ、じゃーん! じゃーん!!! どうですかどうですかジョットさん! 今日からの私は白ですよ白!」

「やっぱ白だな、白! これで真っ赤なマントでも翻していたら最高だな!」

「えー、いや……マントは木とかに引っ掛かるし、邪魔だと思いますよ……?」

「野良狩りが染みついてしまっていますね、ノアは。赤のマントは戦場でこそ輝く物です! ジョット君は貴方に、何時までも獣を狩って暮らしているなと発破をかけているのですよ!」

「そ、そうでしたか……! 不肖ノア、これからはジョット様の為、一層の研鑽を! なんちゃってー! えへへ!」

 

 そういうことではないのだが、なんか楽しそうなのでよしとする。ヨシ!

 

 

 

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