「さーあやって来ましたよダンジョンに! 帝国南門から乗合馬車で約一時間をかけまして、やって来ましたは迷宮都市である……なんて言いましたっけ?」
「ふれふれみたいな名前でしたね、確か!」
「フルールだよ。菓子店みてえな名前だね」
ノアの鎧を購入した翌日、帝都から馬車で大体十キロから二十キロの道を行き、俺達はダンジョンを中心に発展した都市にやって来ていた。街道も整備されて、中々の乗り心地であった。
乗合馬車の数は多く、利用する人もまた多い。俺達も多くの冒険者に混じってこの都市に訪れたのだ。話を聞くに、帝都を中心に活動する冒険者は、帝都そのものに拠点を構えるか、このフルールに拠点を構えるかの二つに分かれるらしい。
「まあ方針の違いですね。ダンジョンで稼ぐか、依頼を受けて稼ぐか。まあどちらも魔物を殺して日銭を稼ぐんですけどね。大した違いはありませんよ」
そう言いながら俺達は駅から出、表通りの見物もそこそこにダンジョンへと到着した。
直径50メートル程の大穴の周りには様々な店とギルド支部、そして内部へと繋がる階段が設けられており、帝都のギルド周囲よりも繁盛している様子である。
外から見るダンジョンは単なる穴にしか見えないが、その奥には多様な生態系が広がっており、一層毎に植生や環境が変化しているという。計八層のフルール・ダンジョンは、帝都近郊では最大の規模であり、莫大な利益と消費を生み出している。
「では行きましょうか。今回の目標は、ノアにダンジョンでの戦い方を学ばせること。私は依頼での討伐を主に請け負っており、ノアもその道を行くでしょうが、これも経験です。何事も知識だけでは計り知れないのです」
「それは良いんですが……本当に水や毛布やテントを持ってこなくて良かったんですか? 私、どうしても不安で……」
「だからジョット君を呼んだんでしょうが。不安で泣きついたのはノアでしょう。シャキッとしなさい」
「いや俺も初心者なので頼られ過ぎると困りますがね。こちらこそ頼みますよリインさん。……というか俺はこの服装で良いんですか?」
言いながら俺は両腕を広げた。薄手のローブがだらりと広がる。その下に着ているのは普段通りの学生服であり、後は精々鉄板入りのブーツを履いているくらいだ。
「こんな装備でダンジョンに入るとか正直不安しかないんですがね。俺まで泣きつきたくなってきましたよ」
「その時は私の胸を貸してあげるから安心して下さい。まあそんな不安は現実になりませんよ。私とノアが居る時点で。というよりも、ジョット君が居る時点で?」
「貴方、俺を買い被りすぎじゃありません?」
ブツブツ言いながら俺達は入口で手続きを済ませ、階段を下った。百段ほどもある石造りのそれを降りている内に、なんとなく『入った』感覚がする。
試しに"眼"で見てみれば、大穴の淵から数メートル下ったところで、薄い膜が張るように魔力による境界が出来ていた。
そしてその下、ダンジョンの内部に入ってしまえば、景観は一変する。
「あれ? 何だかとても薄暗くなって……うわ、階段も急に雑な造りになりましたよ」
「ダンジョンの中に入りましたからね。上の物は人の手で整備している物ですから。しかしダンジョン内部の物は、整備しても自動で元の形に修復されてしまうのです」
「へえー、不思議なこともあるものですねえ……」
「正確にはホメオスタシス、恒常性の維持と言って、これは一般的な動物から魔物及び俺達人類にも適用される概念なんだが、ダンジョンのそれは非常に特殊な物になっているんだ。と言うのも、生態からして他者を招き入れ、自らの内に循環させるダンジョンという生物は、その内部が『層』と呼ばれる特殊な空間として区切られているように、その恒常性もまた各層ごとに分かれているのではないかという論文が……」
「へえー」
「うん。今の説明は冒険者には必要ない物だと思いますよ、ノア」
「自分で言っといてなんだけど俺もそうだと思う。ごめん」
これからの探索には全く関係ないことだったな。ダンジョンに入るからってダンジョン関係の書籍を片っ端から読んできたが、役に立つ機会はなさそうである。と言うか大概が専門知識なので役に立たないで欲しい。
階段を降りきって、俺達は大穴と同じ広さの広場に降り立った。そこら中に冒険者が屯して、商売なり休憩なり何なりをしている。
壁面には大小の横穴が多数空いており、その内の一つを適当に決めて、俺達は進み出した。
「いや進めませんよ!? だって真っ暗じゃないですか! 流石に洞窟の中では夜目も利きませんよ。光が存在しないので!」
「ジョット君」
「はい」
俺は杖を振って光球を浮かべた。初歩的な光魔術である。それを前後に二つずつ、中央に一つ置けば、視界はぱっと開けた。
「さ、流石はジョットさんですね……! ですが私は聞きましたよ! ダンジョンには恐ろしい罠が存在すると! そして迷宮ではマッピングが不可欠! そのために地図を購入し、また現在地を示す高級な魔道具が必要だと……!」
「ジョット君」
「はいはい」
俺は杖とは別にステッキを地面に打ち付け術式を呟いた。それで絡んだ糸のように広がる洞窟の内部が魔力光として可視化され、現在地もまた判明する。罠の位置も一目瞭然である。
「さ、流石はジョットさんですね……! ですが、ダンジョンでは魔物が群れを成して襲ってきます! それに対処するため、これまた敵の襲撃を察知する高級な魔道具が……!」
「流石にそこは自分で対処しなさい。なんのために貴方を連れてきたと思っているのですかノア」
「まあ俺は出来るけど、そういうことまでやらないから頑張ってね」
「は、はい……」
まあ脳内ではダンジョン内部で動く生命体の位置も把握できているのだが、特に異常もなさそうなので放置しておく。そして不安だ不安だ言いつつも、ノアは余裕げに魔物を切り倒していく。
第一層と言うこともあって、出現する魔物も大して強くはない。スライム、ダンゴムシ、動く苔と、魔物界の掃除屋達が勢揃いである。主に分解者という意味で。
「し、しかしですよ、話を聞くに、ダンジョンでは虚空から突然魔物が出現する事があるというじゃないですか! その予兆を察知する高級な魔道具が存在するという話が……!」
「そんなもの都市伝説、いや迷宮伝説ですよ。ノア、貴方騙されてますよ」
「いや、そういう現象は確かにありますよ」
「あるんですか?」
「そして俺ならそれも察知出来るから大丈夫だよ」
「出来るんですか?」
これも恒常性の問題である。ダンジョンに何らかの原因で負荷が掛かったとき、正常な状態に戻すため、継ぎ足しで魔物が補完されたり、深い層から一時的に魔物を呼び出したりするのだ。これが所謂レアモンスターだとかなんちゃらだとか呼ばれている。
まあ、マッピングと同じ要領でダンジョン内部の淀みを察知すれば危険性は簡単に把握できるので、逃げるだけなら対処は難しくない。恒常性を維持しようとする生態そのものに関与するのは難しいが、まあ俺なら出来る。
「というか、本当に倒したら消えるんですね。ダンジョンの魔物って……」
切り伏せた魔物が魔石だけを残して消え失せていくのを、ノアは変なものを見るようにしながら言った。
そう、ダンジョンに出現する魔物は、基本的に殺せばすぐに消え失せる。正確にはダンジョンに吸収されるのだ。というのも、こいつらは魔物であって魔物ではないからな。
「地上に生息するのは確かに生きている魔物だ。生態系があって、繁殖している。しかしダンジョン内の魔物はあくまで模倣に過ぎないんだよ」
「模倣ですか? 本当に生きているとしか思えませんでしたが……」
「これがダンジョンという生物の最大の特徴でね。今俺達がいる洞窟という地形も再現に過ぎないんだ」
「せ、生物? ダンジョンって生きているんですか?」
ノアの疑問に俺は頷いた。古来より存在するダンジョンとは、最深部に存在するという核を中心にして息づき、時には移動することもある、確かな生命体である。
その生態は吸収と模倣にあると言われている。初期の形態はちょっとした落とし穴として生物を呑み込み、魔力を蓄えて成長していく。そして地面を掘り進める形で身体を拡大し、獲物を誘い出すための餌を放つのだ。
その餌こそ魔物の模倣体である。奴等はダンジョンが吸収した魔物達の肉体を、魔石を核として再構築したものに過ぎない。ラジコンのように操作されて、殺してもすぐにダンジョンに吸収され、再利用される運命にある。
「言うなれば、ダンジョンの内部とは巨大な胃の中だ。こうして歩いている今も、俺達から漏れ出した魔力を吸収している」
「えっ、怖くないですかそれ……?」
「なに、すぐに干からびるほどじゃない。というかそんなんだったら人が入ろうとしないだろう。良い塩梅に獲物が望んで入ってくるようにされている。良く良く考えられた生態だよこれは」
というか、本当に考えられて生み出されたものかもしれん。何せダンジョンという生物はあまりに人に詳しすぎる。
地上から吸収した武具や宝飾品を宝物として配置し、人が手に取れるようにする生態など、誰かの作為無くしては考えられないだろう。魔物や動物ではなく、人を対象にした蟻地獄。それも殺さない程度の塩梅をよくよく弁えた蟻地獄だ。
そもそも魔物を再構築するとかどういう手段を使っているのか。実際に目にしても全く分からん。伝説に聞く古代文明の所産なのだろうか。
「しかし、死体が消えるというのは利点も欠点もありますね」
と、リインが消え去ったスライムが残した魔石の傍、片手大の塊を目にしながら言った。
「ダンジョンという物は、まさしく餌を吊り下げる名手でしょう。時にはこうして魔物の一部分を残す。それもまた人を呼び込むための餌。聞くにこれは魔物ガチャと呼ばれているようではないですか。しかしガチャとは何ですか?」
「この世に存在しない、転生者の頭の中にだけある概念でしょう」
「がちゃって感じではないですけどねえ。どっちかって言うとグチャって感じです! グチャグチャ! ぎゃは!」
「はいはい」
何故か興奮し始めたリインは、残されたスライムの一部に手を伸ばしたノアへ「そんなもの放っておきなさいよ」と言った。そうして適当に足蹴にして前へと進む。「ええっ、どうしてですか!」とノアが言った。
「だってこんなものお金になりませんもん。というかこういうので背嚢を大きくする必要が無いのが、死体が消える利点でしょう?」
「先程リインさんが言ったように、欠点でもありますけどね。魔石の回収だけに集中できる一方で、強力な魔物がいても素材が回収できない。いや、殺してすぐに剥ぎ取れば回収できることがあるとも聞きますが」
「勉強していますねえジョット君」
「はあ……私はやっぱり、殺して剥ぎ取った方が楽だと思いますけどねー……」
「世の中にはノアのように解体知識を持ち合わせた人がそれほど多くない、というのもあるけどね」
素材が回収できない以上、一見して利点がないように見えるダンジョン探索であるが、初心者としてはこちらのほうが圧倒的に楽だろう。
冒険者を始めたばかりの素人が倒せる魔物では、その素材の値段もたかが知れている。解体にだって一苦労だし、その最中に他の魔物に襲われては堪ったものではない。
しかしダンジョンでは、そういった煩雑な判断を無くすことが出来る。そもそも素材が残らない上に、生態系というものが存在しない以上、殺した魔物の親や子、群れが近くにいるという事態を防ぐ事が出来る。
というかそれが最大の利点だろう。野外とは違い、ダンジョンでは生態系を把握する必要が無い。いくら弱い魔物とは言っても、それを捕食する魔物がいる以上、野外において危険度は数値化できる物ではない。
ドラゴンだって羊を食うし、その羊は草を食む。薬草狩りでドラゴンが出てきた例だって存在するのだ。
だが、ダンジョンにおいては、"層"によって明確に危険度が分けられている。初心者にとってはありがたいことこの上ないし、慣れてきた人達にとっても安全ではあるだろう。そして大抵の人達はドラゴンを狩るよりも日銭稼ぎに執心する。
優れた人間よりも並の人間の方が数が多いのだ。楽に堕すれば消費は増えるし、増えた消費は商人を呼び込む。そのためにダンジョン周辺は儲かるのである。
「だから、ノアの力量を考えれば、この層では安心して進んで良いよ。このまま突っ走ろうぜ」
「はい! 流石はジョットさんですね! 私も頑張りますよ! うおおおお!」
「もうジョット君はすぐノアを甘やかす! というか何故、宙に浮いているのです?」
「風魔術で浮かんだ方が楽だと気が付いたので」
すれ違った冒険者の一団に「何この……何?」とか言われてしまったが、ノアの超スピードに付いて行くにはこれしかない。恐怖を乗り越えたノアは殆ど暴走殺戮マシーンである。
それで第一層の最深部に辿り着き、二層へ繋がる階段を守護するボス、でっかいスライムをノアが切り飛ばし、下った二層は平原であった。
そこらに草が生い茂り、空には仮初の雲さえ浮いている。日差しは強く差し、乾いた風が吹き、獣型の魔物達がちらほらと見えていた。さながらサバンナである。
「これは……! 聞いたことがありますよ! ダンジョンは層ごとに環境が全く変化すると! そしてその環境変化こそ最も警戒すべき敵だと! 待っていて下さいジョットさん! 私が水源を探してきます!」
「ジョット君」
「はい水魔術」
光球を消し、杖を振ってびしゃびしゃと水を出した。同時に丁度良い程度の冷気を鎧と衣服に付与する。実に簡単である。
「流石はジョットさんですね……! 私の活躍が何処かに行ってしまいましたよ! ですが、ジョットさんは草原を歩いたことがないでしょう。ふふ、草の踏み方にはコツがありましてね……」
「風魔術で草木を折り倒していこうか」
「さ、流石ですね……そろそろ言うことがなくなってきましたよ……」
「ちょっと一家に一台欲しいレベルですね。商品名はなんでもジョットくんですか?」
「魔力量には限度があるので濫用はお控え下さい」
まあこの程度であれば全く問題ないので濫用しているのだが。しかし不安がなくなったノアは、さながらサバンナを駆けるブルドーザーである。飛び出してくる魔物を吹っ飛ばし、平原を一直線に駆け抜けていった。
それにふよふよ浮きながら付いていったので、また「なんか変なのが居るんだけど……」とすれ違いの冒険者達に言われてしまったが。