芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第30話 転がり落ちて

 

 

 

 二層のボスであるでっかい虎をノアが蹴り殺し、勢いのままにやって来たのは三層である。

 

 三層では一面に鬱蒼とした森が広がり、視界に入るのは青々とした木々ばかりである。魔物の気配はするのだが、そこかしこに隠れて判別できぬ。まあ魔術を使えば一発で分かるのだが。

 

 しかし虚空に情報を表示させる前に、ノアが「そこですかっ!」とか言って飛び出し、近くに隠れていた魔物の首を蹴り飛ばした。いきなりなんなのこの娘。

 

「隠れていても匂いで分かりますよ! ……む、強者の気配が彼方から。行きますよジョットさん、リインさん!」

「なんで魔術も使ってないのに分かるんだよ」

「ノアは森生まれの森育ちですから、何か変なバフでも受けているんじゃないですか?」

「ちゃんと村で生まれましたよ!? 人を獣か何かのように言わないで下さいよ!?」

 

 言っている間にもノアはひょいひょいと木々の間を駆けていく。その中には当然罠も仕掛けてあるが、「そこ危ないですよジョットさん!」と逆に教えてくるほどである。妙な性質持っているな……。

 

 向かって来る狼を手刀の一発で切り伏せ、猿を一撃で殴り飛ばし、地面を蹴って時には木を蹴って、ノアは凄まじいスピードで三層を攻略していく。

 

 その光景は先の二つに比べ、確かに攻略と言って良いものだった。先程までのは攻略というか破壊だったからな。あれじゃあダンジョンだって浮かばれねえや。

 

「それで超特急で四層まで来たんですが、これで良かったんですかね?」

「ここまでは、ですね。純粋な暴力で片が付けられる相手でした。ここからは銀等級の冒険者が主戦場としている狩り場です。否応なく工夫が必要になってくるでしょう」

「成程。今日だけでどこまで行ってしまうのかと心配になってきましたが、ここらで打ち止めですか。じゃあノア……ノア?」

 

 三層のボス、でっかい猿を殴り飛ばしたノアは、流石に疲れたのか倒木の上に座している。四層もまた森で、三層と特段違いはない。

 

 しかしノアは静かだった。兜の奥に深く呼吸をし、背筋を伸ばして虚空を見つめている。目を瞑っているのかも知れない。

 

 そうして、やおら立ち上がってノアは言った。

 

「所詮は仮初の自然に過ぎませんね。敵意という名の意思が非常に分かりやすい。故にこそ、それを逆手に取って、敵の位置も罠の位置も、そして本拠地を見抜くことが出来ました」

「いきなり何を言ってるのこの娘」

「流石です、ジョットさん。ジョットさんが見せてくれたお陰で、私は自然を感じ取る技を身に付けました。それはリインさんの教えあってのものでもありますが、視覚的に方法を見ることで理解が深まり、この境地に至ることが出来ました」

「だから何を言ってるのこの娘」

 

 何か知らない内に教えたことになっているんだが。ノアの成長スピードどうなってるわけ?

 

「リインさんも何か言って下さいよ。俺はひょっとしてまた調子に乗っているんじゃないかと危惧しているんですがね」

「ふん……。僅かな期間でその境地に至りましたか。流石の天稟ですね、ノア」

「いえ、見えたからこそ私は見上げます。リインさんの境地は遥かに深く、遠いものであると。それがようやく見えたのです」

「頼むから俺にも分かる会話をしてくれ」

 

 いや確かに全身の魔力の流れは異様なほどに落ち着いているが。眼を焼くほどの魔力光は存在を喧伝することなく、深くその身に沈んでいる。

 

 リインの状態と似ていると言えば似ているだろう。彼女の魔力は普段は全く落ち着いて、殆ど一般的なものと見えているが、戦闘において瞬間的にはっきりと輝く。

 

 これは魔術師にとっても高等技術である。単に呪文に規定の魔力を入力するのではなく、創意工夫でその先へと歩み出すための技。守破離の破である。

 

「しかし、体内魔力の操作が鍛錬によって可能だということは、魔力とは意識で制御できるものだということだ。しかし、ここで見過ごしてはならないのは魔力そのものではなく、魔力に作用する神経を制御しているという可能性だ。筋肉や神経と同じ領域で、人体のある部分が魔力を司っているのならば、それは脳に……」

「私達にも分かる話をして下さいね、ジョット君」

「これはたぶん分かる必要がない話ですよ、リインさん!」

 

 言われてしまった。どっちもどっちということにしておいてくれ。

 

 しかしノア(覚醒)は、ノア(恐怖を乗り越えた姿)よりも更に速くダンジョンを攻略していく。鬱蒼とした森に隠れ潜む大蛇などを「そこっ!」と言って切り飛ばすのだ。

 

 兜の視界など狭いだろうに、囲んでくる敵の攻撃を避けては切り、避けては蹴り飛ばし、溢れんばかりの魔力によって身体を強化し、縦横無尽に敵を切り裂いていく。

 

 だから俺がふよふよ浮いてついて行っている内に、四層のボス、でっかい蛇まで容易く切り飛ばしてしまった。今度はすれ違った冒険者に「あれは冒険者かな……? いや、違うな。冒険者はもっとこう、こう……」と冒険者扱いまでされなくなってしまったが、それでも攻略は攻略である。

 

「しかし、これで折り返しですか」

「あらもう」

 

 俺の呟きにリインが言って「では帰りましょうか」とノアへ言った。ノアは驚いたように振り返り、不満げな顔を見せた。

 

「ええっ、どうしてですかリインさん! 私はまだまだ行けますよ! こうして魔力制御の感覚も掴めましたし!」

「だからですよ。感覚を掴んだからこそ、その習熟が必要なのです」

「だからその習熟を今!」

「いいえ」

 

 そう言ってリインはノアの頭を叩いた。「あいてっ」と手刀に避けることも叶わず、ノアは声を漏らす。

 

「先にジョット君が言った通りです。貴方は調子に乗っている。貴方がしたいのは習熟ではなく試運転。それもジョット君に性能を見せ付けるための試運転でしょう。そんなものに意味はありませんよ」

「えっ!? い、いやあ、見せ付けようだなんて、そんな……え、えへへ……」

「それに、その程度の制御技術を見せ付けたって、ジョット君には遠く及ばないでしょう」

「……まあ、それもそうですがあー……」

 

 と言ってノアは俺を見つめた。確かに魔力制御は俺の得意分野である。何故って俺はそれが目に見える。人体に魔力が流れる様を。

 

 この観察から考察するに、やはり体内魔力の操作とは、魔力そのものを操っているのではなく、それを司る器官の発達と制御に過ぎないのだろう。そしてその全身に広がる器官を幼少から鍛え上げていたのが俺である。

 

 だからこそ、ダンジョンから帰ろうという話になれば、余人には真似できない楽も出来るのだ。

 

 来た道を戻ろうとする二人を押し留め、俺は杖に魔力を流し込み、地面に突き立てた。瞬間、脳裏にはダンジョンの構造が広がる。マッピングと同じ要領である。違うのは、その中へと干渉しようとする意思だ。

 

「構造を把握できるのならば、その中に魔術を使うことも可能なはず。ダンジョンの恒常性を利用して、空間転移の真似事をしてみせましょう」

「えっ、歩いて帰らなくても良いんですか! やっぱりジョットさんは便利ですね!」

「……便利というか、頭おかしいって感じですけどね。そこまで出来ますか、貴方は」

「だって時間を掛けて帰るのも面倒でしょう?」

「面倒で"魔法"の真似事をされては堪ったものではないでしょうね、世の魔術師達は。ぎゃは!」

 

 リインはそう言うが、しかしこれは俺一人の力では出来ないことではある。先生が作り出した杖がなければ、絶えず息づき流動する内部構造を捉え続ける事など出来ない。

 

 いや、正確に言えば流動を捉えるのではなく、流動と同調するということなのだが、細かい話は良いだろう。今ちょっと集中しているので。

 

「回転開始、空間指定、術式運用、威力収束……」

 

 文言を呟き続け、俺は目の前に穴を広げていく。それをノアは感嘆の眼で、リインはドン引きの眼で見つめているが、正直言って不出来な代物である。

 

 ダンジョン内部の恒常性を利用したはいいが、少々刺激しすぎてしまっているきらいがある。半ば無理矢理こじ開けたようなものだ。

 

 先生ならばもっと上手く開けるだろう。それこそ、ダンジョン内部ならどこにだって好き勝手に出現することすら出来るはずだ。まるでモグラ叩きのモグラのように。想像したが絵面が最悪である。

 

「まあ、とにかく道は出来ました。道というか、水流の中に流されていくようなものですが、それでも位置のブレはほぼないでしょう。第一層の暗闇の中に出るはずです」

「ねえリインさん、やっぱり次もジョットさんを連れてきましょうよ! 便利すぎますよジョットさんは!」

「……便利という次元を越えているので駄目です」

「ええっ、そんなー……」

「いや、これは机上の空論でしたよ。それにしては上手くいった自負はありますがね」

 

 俺は穴に片足を入れて二人に手を伸ばした。先程も言った通り、道と言っても流されていくようなものであり、歩いて行くわけではない。異物として吐き出されるようなものだ。

 

 しかし、ダンジョンの神経を流れていく以上、必要以上に刺激することは避けたい。故に俺が先導役というか、三人纏めて運ぶ船になって進む必要があるのである。

 

「……ふふ、しかし先生が聞いたら驚くだろうな。可能性と可能は全く違うからな。さあ、行きましょうか二人とも!」

「はいっ!」

「いやちょっと待って下さいジョット君。机上の空論とか言いました? これって試験とかしていない奴なんですか?」

「え? はい」

「はいて」

 

 確かに机上の空論ではあるが、理論は完璧である。既に俺自身は流れ出る準備は出来ているし、多人数を巻き込んでの出現だって可能だろう。何を焦っているのだろうか。

 

「いや、貴方って時々とんでもないミスを犯しますからね。主に楽をしようとするせいで、細々としたところをどうでもいいやと流すのですから……」

「ははは、そんなこと……」

 

 あるかもしれない。というか今まさに失敗した。二人の手を掴んだその時である。

 

 ノアの手を掴んだ指先から何か悍ましい物が身体に流れ込んできた。瞬間に俺は宇宙を幻想した。綺麗だなあ。綺麗だけど何をしているんだろうなあこいつは。

 

「魔術を使うって事は、魔力が必要なんですよね! 私も全力で応援しますよ! ジョットさん!」

「うん、ごめん。細々とした説明をしていなかったね」

 

 気付いたときにはもう遅い。半身を浸した穴は荒れ狂って動揺し、瞬間に恒常性が機能する。即ちあっと言う間もなく取り込まれる。

 

 ぐるりと視界が回る。『危険』とか『排除』といった意思がダンジョンから感じられる。その中に抜刀しようとするリインを俺は押し留めた。

 

「何故です? これは失敗では」

「失敗ですが、傷口を広げるのはよろしくありません」

 

 少なくともまだダンジョンの恒常性は機能している。下手に傷を付ければダンジョンの機能が狂ってしまい、とんでもないことになるかもしれない。

 

「そう、ダンジョンを破壊したとして莫大な賠償金を請求されてしまうかもしれませんよ!」

「はあ、相変わらず呑気な」

「いやあだってリインさんとノアがいるなら大抵何とかなるでしょう。ねえノア?」

 

 ダンジョンの機能が生きている以上、未知の魔術的事故にはならず、生体の機能の内に収まるだろう。しかしノアはすっかり気落ちした顔をしていた。

 

「ううう……た、たぶん私のせいですよね……すみません……」

「いやこれは俺の失敗だから……説明し忘れていた俺のミスだから……」

「すみません……長々と説明してくるのが面倒臭くて聞くのをサボってしまいました……」

「それは私もそうでした。つまり全てジョット君の責任では?」

「そ、そうかな……そうかも……どうだろう……」

 

 言っている内に出口が見えてきた。体感では三十秒ほどの移動。しかし移動距離の推測には当てにならない。危険度の推測にも。

 

 そうして俺達が転がり出たのは、妙に明るい洞窟の中だった。直ちにリインが周囲に目を向けるが、それに意味はなかった。

 

 何せ、その洞窟の中心には、見上げるほどの高さの龍が居たのである。

 

 

 

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