芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第31話 ドラゴンゾンビ

 

 

 

「ジョット君は頼みましたよ、ノア」

「あっ……はいっ!」

 

 首をもたげるドラゴンに対し、リインは慌てることもなく剣を抜いた。ドラゴンがこちらを捉える前に距離を詰め、ずんばらりんと肉を断つ。鮮やかすぎて劇的なものがなにもない。歩くようにしてリインはドラゴンを切った。

 

 しかし「ふうん?」とリインは首を傾げた。その位置へと肉が落ちる。肉を落としながらドラゴンは噛み付こうとする。それをひょいと避け、リインは笑った。

 

「既に腐っていましたか。竜種にあるまじき哀れな様。こういうのは何というのでしたっけ?」

「ドラゴンゾンビですね。珍しい」

 

 ぼたぼたと肉を落としながら立ち上がるドラゴンを見、俺は言った。死体が動くなんて世には溢れているが、龍の死体が動くというのは珍しい。そして非常に手が付けられない存在である。

 

 ただでさえ強力なドラゴンが、不死性まで獲得してしまっては殆ど無敵である。肉を切り落とそうが骨で動くのがアンデッドであり、龍の骨は何よりも強靱だ。

 

 しかし、こうして考えているように、俺は大して心配していなかった。ノアもまた、俺の前に立って剣を抜いてはいるが、彼女がよく浮かべる悲愴はない。

 

 何せ、リインは金等級の冒険者である。龍の腕を鱗と骨ごと断つことが出来るという、控えめに言って頭がおかしい人間だ。骨だけでは相手にならないだろう。

 

 事実、彼女は剣を一振りしてから腰の鞘に収め、代わりに背中の長刀を抜いた。

 

「ぎゃは」

 

 リインの身長ほどもある長さの剣は、艶めかしい鉄色と共にぬたりと現れ、襲い来る龍の顎を一刀の下に両断した。そのまま首を切り離してしまえば、あとは視野を失った肉塊が右往左往するだけである。

 

「お見事です、リインさん」

「流れるようでしたね。流石です!」

「なに、つまらぬ相手でした。これには喝采もいりませんよ」

 

 言う割に得意げな顔を浮かべるリインは「さて」と辺りを見回した。他に敵がいる、といった事態はないようだ。何せ、辺り一面は壁で囲まれており、出口らしき穴も空いていない。ドラゴンの死体がある以外には、何もない殺風景な洞窟である。

 

 ……いや、それ以外にも妙な物があるな。と、俺は足下を見た。ドラゴンの死体を中心にして、洞窟には砂粒ほどからピンポン球ほどの色取り取りな何かが散乱している。

 

 その表面は歪に滑らかである。必ずしも球形を成しているわけではないが、全体を取ればそれに近い。

 

 しかし、何だってこんなものが散乱しているのか。ドラゴンの砂遊び場という訳ではないだろう。だとすれば、この場は意図して生み出されたものである。俺達がここに転がり落ちたのも、ダンジョンによる意図だろう。

 

「で、抜け出せますか? ジョット君」

「無理ではありませんが、少し時間がかかりそうです。異様に壁が厚い」

「そりゃあ洞窟なんだから厚いでしょう」

「というか、洞窟なので壁なんて存在しないのでは……?」

「魔術的な比喩ですよ」

 

 コン、と壁面を叩いて俺は言った。出口が存在しないというのは、見た目以上のものであるらしい。神経の上に何層も防護壁が重なっているような感覚だ。入れた以上出ることは出来るだろうが(と言うか、そうしなければならないだろうが)、ちょっと手間がかかりそうだ。

 

「では、そちらは専門家に任せるとして」とリインは言って、「しかしこれはもしかして、隠し部屋というやつでしょうか?」と笑った。

 

「か、隠し部屋ですか……! 私、聞いたことがありますよ! ダンジョンには通常では発見できない部屋があって、そこには金銀財宝がザックザクと!」

「そして強力な魔物がうじゃうじゃと! にしてはつまらぬ相手が一匹だけですが。そして金銀は何処にか? まさかこの砂粒とは言わないでしょう」

「こういうのは隠されていると相場が決まっていますよリインさん! そして謎解きがあるのです! ふふ、暗号を探して見つけてお宝です!」

「それはそれで面白そうですね! ぎゃは!」

「元気だね君達」

 

 こっちはさっきから暗号解読以上に難しい鍵開けをやっているのだが。そして暗号を見つけてもノアでは分からないだろう。文字読めないんだし。折角渡した教科書も『……分かりません!』とか言って読んでないんだし。読めよ。挿絵付きで分かりやすいだろ。

 

「というか魔石を回収してくれよ。また動き出すかもしれないだろう」

「あっ、そういえばそうでした!」

 

 死体がアンデッドになる原因として最も多いのが、死した魔物の体内に残った魔石の存在である。魔術を肉体的に発動するための臓器は、本体が死んだ後も周囲の魔力を吸い取って動き出すことがある。

 

 じゃあ何故、魔石が存在しない人間や普通の動物がアンデッドになり得るのか、という話は、一般には環境の問題だとか土壌の魔力異常だとか言われているが、詳しい話は俺の専門外だ。

 

 しかし、あれやこれやと肉を切り分けていた二人は、ふと「あれ?」と呟いた。

 

「ジョットさん、魔石がないですよ。どこにもありません」

「え?」

 

 そんなはずは、と思っている間に地面が揺れた。「むっ」とノアが直ちに飛び跳ねて柄に手を掛ける。リインは既に抜刀している。

 

 見上げれば、巨体がある。首のないドラゴンの死体が首を探して歩き回り、再び繋がって顔を上げた。

 

「殺し方が足りませんか」リインが長刀を背負うようにして構える。「四肢の後ろを」とノアに言う。「尾も任せて下さいっ」ノアが駆け出した。

 

 動き始めたばかりのドラゴンは、瞬きの間に両前足を狩られた。続けて金色の風が駆け抜け、殆ど同時に両後ろ足と尾が切り離される。

 

 翼が生えた亀のような様相のドラゴンに、リインは「粉微塵に」と、今度は首ごと縦に割った。「みじん切りですかっ」とノアはリインの声に応え、両翼を切り飛ばしては胴体にかかり、刃を振るってぶつ切りにした。

 

 異変は一瞬、解決も一瞬である。しかし再びの異変もまた、一瞬の後に訪れた。

 

「……ジョットくーん?」

「はい」

「これはなんでしょうか?」

「なんでしょうね」

 

 リインが剣先で指すのは、ふよふよと宙に浮く切り離された死体である。それらは空中に合一し、元の形を取った。肉もまた歪に整えられて、龍の形をこしらえている。

 

「アンデッドというものは、ここまでアンデッドでしたか? 私の知見では再生にもっと時間を掛けるものと」

「首を切れば形が失われますからね。大抵それで再生が追い付かなくなりますが、これは異様です。というのも、そもそもアンデッドというのは厳密には死体が動いているのではなく、アンデッドという存在であって……」

「言っている場合ですかジョットさん!」

 

 場合ではない。ノアに怒られてしまったのも当然である。さて、何が起きているか。

 

「取りあえずアンデッドに効果的な光属性の付与をします」

「ジョット君がいれば本当に準備いらずですねえ」

「でも、これで効果がなかったらどうするんですか……?」

「その時は、効果がないという効果が得られる」

「えぇ……? 冗談を言っている場合ですか……?」

 

 場合である。そして冗談でもない。結果には必ず原因があるはずだし、原因がなければそれは奇跡だ。そして、こんな適当な場所に奇跡を起こすほど神様も暇じゃないだろう。

 

 そして俺もまた一旦手を離し、いい加減に光魔術を打ち込んでいく。二人の斬撃の合間を縫って撃たれたそれは、うん、あまり効果がない。見れば切られた部位も直ちに繋がっている。

 

 更に、それ以上の異常も発生した。

 

「……ジョットくーん?」

「はい」

「結構、碌でもないことになってきたんですが。解決の糸口は見つかりました?」

 

 流れる黒髪に手を当ててリインは言った。その足下の砂粒は、巻き上がって風を起こし、ドラゴンへと集まっている。

 

 色取り取りの砂粒は、脆い肉の隙間を埋めるように結集し、極彩色のドラゴンを洞窟内に浮かび上がらせた。光を受けてキラキラと輝く頭部が、吼えるように大口を開ける。

 

「うっ……!」とノアが身構えたが、ドラゴンの代名詞であるブレスは来なかった。声もしない。無言に吼えたばかりである。それに不思議そうな顔を浮かべたが、向かい来る牙へノアは「はあっ!」と直ちに剣を振った。

 

 俺はそれをじっと見つめた。刃は肉に沈んだ。硬さを増した肉さえも暴力的に引き千切り、黄金の魔力光を残滓として引く。

 

 成程、「焼けていない」そう呟いた。アンデッドであれば光に肉は焼けるはずだが、何の効果もなく肉を切っただけである。「アンデッドではない」つまりはそういうことである。

 

 ……なんとなく分かってきた。

 

「分かりましたか?」俺に向かってきた腕の一振りを切り飛ばしながらリインは言った。「これは長引かせたくない相手ですよ。殺せるならさっさと殺しましょう」

 

「俺はもうちょっと見ていたいんですがね」

「それは安全のためにですか? だとしたら、見くびって貰っては困ります。私もノアも、ある程度の危険は覚悟しています。覚悟していなければ剣を振るうに能わずとも言えましょう」

「はいっ! ジョットさんのためならば、私はどこまでも切り行きましょう!」

「あ、いや、面白くて興味があるってだけなので、そんな覚悟とか言われてもちょっと……」

「こいつぶん殴ってやりましょうか」

「だ、だめですよリインさん! 私もちょっとは思いましたけど!」

 

 前を見ながら踵でゲシゲシ蹴ってくるリインであるが、冗談だ冗談。

 

「しかし、リインさんが、長引かせるのは危険と判断しますか」

 

 そう言うと、彼女は「別に危険ではないんですがね」と負け惜しみのように言って、長刀を指差した。

 

「あの砂粒、中々強度がありますが、それも種類によってまちまちです。そして次第に、それ自体が肉に埋まるだけでなく、装甲としても使われるようになっています。それが良くない。具体的に言うと、切った後味が良くないのです」

「全然具体的じゃないんですが」

「えー……こう、柔らかいのが来て硬いのが来て、硬いのが来て柔らかいのが来てと、強度がバラバラに団子状なんですよ。それが気持ち悪い。というか楽しくない。分かりました?」

「……全部切ってしまえば良いのでは?」

「だから、切れはするけど後味が良くないんですよ! 柔らかいのには柔らかい切り方が! 硬いのには硬い切り方があるのです! その感覚の気持ち悪さが剣に伝わって歪みを生むのです! 剣が剣ではなく単なる鉄棒になってしまうのです!」

 

「分かりますよねえノア!」とリインは全く分からぬ理屈をキレ気味に言った。「……分かりません!」とにべもなく返されたが。

 

「切れば全部同じじゃないですか……? 切った後味……? なんですかそれ……?」

「ノア、狂気とは個人で完結したものだ。それを覗き見ようとすると引き込まれるぞ」

「はいっ!」

「狂気じゃなくて領域の話ですよ! ノアは未だに剣を鉄棒として使っているから分からないだけです! 何時かこの領域まで引き込んでやりますからね!」

 

「というか、糸口!」とリインは言って踏み込んだ。ドラゴンの首が飛ぶ。再び繋ぎ合わせられる。

 

 その様に再び確信を抱いて、俺は言った。

 

「ドラゴンを少し、今の位置から遠ざけて下さい」

「ノア、足!」

「はいっ!」

 

 リインの声に合わせ、ノアがドラゴンの右側面を取った。リインが剣を合わせる最中に、彼女は「えいっ!」と渾身の力で巨体を蹴り飛ばした。

 

 砂粒を撒き散らしてドラゴンは洞窟の壁に突き刺さった。まだ動く。しかし、それも終わりである。

 

 俺はドラゴンが元いた位置に歩み寄り、杖を突き立てた。

 

 土を盛り上げるだけの初歩的な魔術を行使するが、かなりの抵抗があった。しかしそれを丁寧に引き剥がしていけば、今まさに立ち上がろうとしていたドラゴンは崩れ落ちていく。

 

「上手く行きましたね、ジョットさん! ですが、それはなんでしょうか……?」

 

 ノアが駆け寄ってきて、俺の前に盛り上がった土の頂点、生白く輝く球体を指差して言った。リインもまた、驚いたような顔をしている。

 

「魔石ですか? それにしては、あまりに巨大な。あの龍に相応しい以上のものでしょう」

「ええ。これはあのドラゴンの魔石ではありません。しかし、あのドラゴンを操っていた魔石ではありますね」

「それはとんちで?」

「単なる事実です。というのも、あれはアンデッドではなく、死体が動いていただけなんですよ」

「やっぱりとんちじゃないですか」

「知ってますよ! 端っこを渡らなければ良いんですよね! この橋渡るべからずって!」

「私はどう考えてもおかしいと思いますよその発想。まあだからこそのとんちなのでしょうが」

 

 頓智話で盛り上がっている二人へ、俺は魔石を抱き上げながら言った。

 

「ダンジョンの魔物と同じですよ。普通は体内の魔石を通して操られていますが、この場所では、巨大な魔石を通して体外から操られていたのです。戦闘中、吼えようとしたりブレスを発しようとしたりしたけど、何も出なかったでしょう?」

「ああ、そう言えば。来ると思って身構えたのですが……」

「ドラゴンゾンビはブレスを吐きます。しかし、あれはドラゴンゾンビではなく、単なる動いている死体に過ぎないから、そんなものは吐けない。アンデッドと死体には明確な差があるのです」

「で、敵の正体とはなんだったのですか?」

 

 薄々勘付いているようで、リインは警戒もなく魔石に触れながら言った。

 

「ダンジョンそのものですよ。恐らくここは、地上から取り込んだ魔物の内、ドラゴンなどの強力な存在を吸収するための隔離部屋なのでしょう。この場所に散らばる砂粒は、その残骸です。肉を溶かし終えた後、消化途中の鱗や牙ですね」

「だ、ダンジョンそのものですか……。ということは、ここは胃の中ですか!? うひゃあ……」

「ここでなくともダンジョンそのものが胃の中だろう」

「ああ、そういえばそんな話をしていましたね……」

「しかし、それにしては対処が直接的過ぎませんか? ここが巨大な魔石によって強力な胃酸を発し、そして閉じ込めるための部屋ならば、放置こそが通常の対処でしょう。事実あの龍もまた、地下深くから飛び立てずに死していったのですから」

 

 リインが言って、その後に「ああ、そう言えば」とノアを見た。「えっ、なんです?」とノアは分からぬようで狼狽えている。

 

「いや、そもそもの原因が、通常を遥かに超えた事態だったと思い出しましてね。原因はノアと、それ以上にジョット君でしょう?」

「でしょうねえ」

 

 俺はくるりとステッキを回して言った。そう、そもそもの原因は俺がダンジョンの神経に手を出したことである。それが原因で、ノアという強力な異物を消化吸収するために隔離されたが、この場所でも俺は神経を探っていた。

 

 これは、胃に穴を開けようとする寄生虫の所業だろう。宿主が必死になっても仕方がない。そして丁度良い材料はまだ残っていた。消化途中のドラゴンの死体である。

 

 体内の魔物を操作するのがダンジョンという生物なのだから、この程度は造作も無いだろう。何度切り飛ばしても復活したのだって、死体を死体のままに操っているのだから、そもそも復活ですらない。単に形を整え直しただけだ。

 

「しかし、こうして神経を引き剥がして魔石を取り出した以上、もう安全です。この瞬間に消化用の魔石を大量に配置されなければの話ですが」

「そして、新たに外敵駆除用の魔物を放たれなければ、ですか?」

「そうですね。長居していたらそれなりの対処をしてくるでしょう。こうしてみると、ダンジョンは生物であるという実感を如実に得られますね」

「得ている場合ですか……?」

 

 ノアが言った。確かに、今この瞬間にも白血球という名の魔物を嗾けてきてもおかしくはない。腹の中に穴を開けようとした寄生虫が、今度は一つの臓器を機能停止にしたのだ。ダンジョンからしてみれば最悪の存在だろう。

 

 それでも全体としては大したダメージにはならないはずだ。恐らくは同じような部屋が複数存在するだろうし、攻撃に対する対処もまた、人間の時間ではそれ程速くもない速度での事だろう。

 

「しかし、成果は凄い! この魔石、売り払ったら凄いはずですよ。傷の一つも付いていないし、いやあ遠ざけた甲斐がありました!」

「……ドラゴンを遠ざけろって言ったの、そのためだけですか?」

「はい」

「はいと来ましたよノア。これだからジョット君はねえノア」

「ぐ、具体的に金貨何枚ですかねえ!?」

「ノア」

 

 リインはべしんとノアの頭を叩き「貴方まで守銭奴になってどうするのですか!」と言った。

 

 

 

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