芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第35話 有意義な一日

 

 

 

「君は本当に面白いね、ジョット君。……比較って、そういうことだったんだね」

 

 メイヴン先輩は俺の意図を察したようで、驚くように目を見開き、薄く笑った。対してマルガレーテは顔を引き攣らせて俺を見つめていた。

 

「言ってくれないのは、ぼくが対価として差し出せるものを持っていないからかな。それとも信頼の問題かな? ぼくは君の共同研究者に相応しくないかな」

「いえ、先輩は能力も立場も足りていますよ。ただ、順序が間違っていましてね。実はまだ論文が完成していないのです」

「完成したら一番に見せてくれ。ぼくはきっと、誰よりも君の力になれる」

「ありがたいお言葉ですが、一番に見せる相手は決まっていまして」

「それが順序か。誰だい?」

 

 興味深そうに先輩は言った。俺は答えた。

 

「ジーニス・フルンゼ。俺の先生にして、生涯の共同研究者です」

 

 あんな振る舞いからは想像も出来ないが、ジーニス先生は本当に素晴らしい魔術師であり、研究者だ。

 

 最新の水魔術に関する論文を紐解けば、彼の宮廷魔術師時代の論文が多く引用されているし、今も尚、その先進的な思考が評価されている。人物像に関しては口々に罵倒されているが。

 

「だからこそ、俺は"これ"を持っていること以上に『魔力とは何か』という問いに実践的に臨めると思っています。先生が水という属性の先に見た、流転、回転の真理を誰よりも受け継いでいるからこそ」

「ジーニス・フルンゼ……! そうか、君は……流転……回転か! そうか、それがあったね。異世界からもたらされた、真理を覗くための技術……! それは魔力にも応用できるかもしれないと!」

 

 メイヴン先輩は興奮したように顎先を掻き、「しかし、しかしね、それは莫大な予算が必要だよ」呆れるようにそう言った。

 

 そう、これには莫大な金がかかる。それこそ国家予算が必要になるほどに。

 

「ですが、これこそが最も近い道だと信じています。何を見れば良いのか、何が見えているのかが分からないのなら、魔力という存在がどこまで魔力なのかを極小の世界に至るまで知らなければならない」

 

 だからこそ、俺は改めて宣言するように言った。

 

円形加速器(サイクロトロン)の建造が、この問題に答えをもたらしてくれることでしょう」

 

 原子を加速させ、原子核を破壊し、最小の世界を覗こうとしたこの研究を魔力に応用することで、魔力の真理もまた見えてくるはず。

 

 無論、様々な制限はある。大体にして技術がまだ未熟だ。理論は足がかりの段階で、壮大な目標に挑むにはまだ足りない。

 

 加えて、実験に使用されるべき魔力量は個人では賄えないほどに莫大だ。まあそれにはノアという当てがあるが。しかし何よりも、それを建設する金も、建設する土地も俺は持っていない。

 

 到底不可能な夢だろう。実際、今まで俺はこれを構想と予想のままで放置していた。夢物語過ぎて真面目に取り組む気がなかったとも言える。

 

 しかし、当座の金が入って、欲が出た。ノアのお陰で、俺は人生を解決することが出来たのだ。

 

 ならばこの余生に、欲をかいて夢を見ても良いだろう。その果てに真なる美が待ち受けているのならば。

 

 先輩は、俺の言葉に再び驚いたようにぽかんと口を開け、次いで笑い出した。

 

「それは……はは。素晴らしい夢だ。まったく夢だね。しかし、見る価値のある夢だ」

「ええ、今は夢の話です。ですが、誰よりも近く、俺がその夢を見ることが出来るでしょう」

「そう、そうだ。君はジーニス・フルンゼの弟子なんだね。流転と回転。そう、か……」

 

 メイヴン先輩はその言葉を噛み締めるように何度も言って、またおかしそうに笑った。

 

「ああ、そうか。かのジーニス・フルンゼが君の先生だったのか。だとすれば、これは運命だね。ぼくはこの言葉が嫌いなんだけど、そうとしか言いようがない」

「はあ……。お言葉ですが、メイヴン先輩。私も彼に会ったことがありますが、先輩と彼はまるで違いますよ。比較する事自体が無礼だと思われますわ」

「マルガレーテ君、自分の名前が呼ばれなかったからって誰かを悪く言うのは良くないよ。ねえジョット君?」

「まあ人格的にはそうですが」

「あ、肯定するんだ」

 

「いや何のことですか?」とすまし顔を浮かべるマルガレーテを置いておいて、先輩が運命を語るとは如何なる事か。先輩はくつくつと笑って言った。

 

「たぶん君なら言葉の意味が分かると思うけど、ぼくは彼の後輩なんだ。学院の生徒として、じゃなく、個人的な研究室を与えられた、という意味でね」

「あっ、そうだったんですか? この部屋に加齢臭が染みついてないと良いですけれど」

「その時の彼は学生だよ。それに、ちゃんと片付けたって、あの人は言っていたよ。同時に文句も言っていたね。『どうして宮廷魔術師なんかになった』って」

 

 その言葉は、誰のものなのか。なんとなく、俺には分かった。同時に、メイヴン先輩がジーニス先生の後輩であるという言葉の意味も。

 

「ぼくはアーノルド・ロナウドに会ったことがある」

 

 三百年前に学院を創立した人物の名を、メイヴン先輩は出した。

 

 俺は思わず居住まいを正した。マルガレーテが訝しむような顔を見せた。

 

「『この名前』は大きな力を持っていてね、だからこそ、ぼくは学生の身を続けられる。あるかどうか知らないけど、反社会的な組織や秘密組織に拉致されて無理矢理研究させられることがないのも、この名前のお陰だと思うよ」

「はあ……学院の保護を受けているという意味でしょうか? その、過去の偉人の名前を出すのは。……ねえブレイク君。そういうこと、よね?」

「いや、俺は納得がいったよマルガレーテ。先生がその名前を出したのは、俺にも同じ場所を目指せって事だったんだな」

「……ブレイク君?」

 

 推測するに、この研究室を与える権限を持つのが、三百年前の学院長であるアーノルド・ロナウドなのだろう。だからこそ、先生は俺にその名を出したのだ。その名を告げられるに至るようにと、期待を込めて。

 

 しかも、メイヴン先輩が言ったとおりならば、アーノルド・ロナウドは未だ帝国に厳然たる影響力を持っていることになる。研究者が不自由なく研究を続けられるような環境の整備を、その人は望んでいるのだ。

 

「よく分かりましたよ先輩。今日はありがとうございました。お陰で論文の執筆に熱が入るというものです」

「こちらこそ。だけどごめんね、ぼくのオリハルコンを見せられなくて。手持ちの素材も燃料費もないのは事実なんだ」

「もう、二人だけで分かったような会話をして……」

「すまんね、マルガレーテ」

 

 俺達は椅子を立ち上がって手を握った。今日は本当に良い日だった。

 

 しかし先輩は「はあ」と溜息を吐いた。

 

「本当に……ごめんね、後輩の希望を叶えられないなんて。皆はぼくにお金を期待するけど、ぼくは研究に全部突っ込んじゃってすっからかんなんだよ。特許料もまだ実用化されていないから全然入らないしさ」

「あら、奨励金や補助金があるではないですか。先輩ほどの優秀な研究者なら、それこそ素材と燃料を調達するには十分なほどの額が入るでしょう? 帝国もそこまで吝嗇家ではありませんし」

「どうかなマルガレーテ。何時か君は政治が上手い研究者が金を取っていくと言っていたじゃないか」

「う……まあそういう側面もあるけれど! 基本的に帝国は、優秀な人材を支援こそすれ、蹴落とすことなどしませんわよ。そんな事を行えば私のお父様を筆頭として……お、おっと」

「今聞いちゃいけないことを聞いた気がするから聞かなかったことにするぞ」

「おほほ……ごめんあそばせ……」

 

 そこはかとなく帝国貴族の闇を漏れ出させたマルガレーテであったが、聞かなかったことにしてくれるのはお互い様なので水に流すとしよう。

 

 しかし、彼女の疑問はもっともである。金はどこに行ったのだろう?

 

「ああ、それは」

 

 と先輩は部屋の片隅、ベッドほどもある大きさの機械を指し示した。そうして気恥ずかしそうに笑った。

 

「買っちゃったんだ……ぼく専用のカッティングマシン。あれで全部消えちゃった……」

「えぇ……あれ馬鹿高い代物じゃねえですか……」

「個人で買うものではございませんよ……? 何を考えておられるのですか……?」

 

 メイヴン先輩は痛いところを突かれたと言わんばかりに顔を強ばらせた。そして慌てて言い始めた。 

 

「だ、だってさあ……申請の順番待ちとか面倒だしさあ。そ、それに凄いんだよこの機械! ミリ単位で素材の切り出しが出来て、刃を交換することでオリハルコン刃によるオリハルコン自体の加工もできるんだ!」

「それを売り払えば素材と燃料の調達が……」

「い、嫌だよそんなの! 折角買ったんだよ!? いや勿体なくて中々使わないけどさ……燃料が特殊でお金もかかるし……」

 

 天才と馬鹿は紙一重とは言うが、その実例が目の前にあるようであった。

 

 いや気持ちは分かるけどね。自分専用に使える機械は便利だろうし、何よりメイヴン先輩も色々言いながらも満足げな顔だ。この馬鹿デカくて馬鹿高い機械が自分のものであるということに、確かな満足感を覚えているのだろう。

 

「だからって燃料費も気にしなくちゃいけないのは本末転倒でしょう。マルガレーテ、この哀れな先輩に継続的な研究費を出しておやり」

「えっ、くれるのかい!?」

「あげられませんし、あげません。そして、ブレイク君? 貴方は私を便利なお財布か何かと勘違いしておられる?」

「だって金ボタンだし……改造制服だし……」

「それだって、一応は常識の範囲内でしょう」

 

 マルガレーテは不満げに言った。

 

 しかし、それなら少し困ったことになった。俺は先輩に金を出すつもりでいたのである。だが、ここまで困窮している様子を見ると、それが足りるかどうか、分からなくなってきた。

 

 元々、先輩にオリハルコンの話を振ったのは、他の集りと同じく、先輩にオリハルコンを作って欲しいからだ。それは先にも言ったとおり、自然のオリハルコンとの差異を比較して、その魔力的差異を観察しようという目論見があったが、もう一つの理由がある。

 

 寧ろ、もう一つの方が本命だった。俺は頭の中で算盤を弾きながら言った。

 

「では先輩、たとえば、二本の剣を作り出すほどのオリハルコンは、どのくらいお金を出せば作れますか?」

「……剣? それはまた、変なことを聞くね」

 

 先輩は目を丸くした。確かに、俺の腕は剣なんて振るようには見えないだろう。

 

 しかし、俺が使うのではない。俺はノアとリインのため、オリハルコン製の剣を作って欲しかったのだ。

 

 二人に武器の購入を待って貰ったのはそのためである。上手く渡りを付ければ、この世界で最上の剣を生み出せるのではないかと思ったのだ。元から話したかったのは本当だし、一石二鳥を試みたのである。

 

 この点で言えば、俺は愚昧なる集り達を悪く言える立場にない。利益を求めて話しかけたのは同じなのだから。

 

 一応、他とは違って信頼は得られたようだが、先輩が現状の燃料費にも事欠く立場にあるというのなら話は変わってくる。人生を遊び明かせるほどの金だとは思っているが、果たしてその程度で足りるだろうか?

 

「マルガレーテが財布になってくれない以上、俺が出します。その上で、出来ますかね?」

「えぇ……? 急にそんな事を言われてもなあ……。金貨10枚20枚じゃ何も出来ないけど……」

「取りあえず、金貨1000枚出します」

「やってあげようとも!!!」

「それで良いのですか……? 錬金術の究極が……。というかブレイク君、いつの間にそんなお金を……?」

 

「薬か妄想をやっておいでで?」とマルガレーテは疑うような目を向けてくるが、断じて実在の金である。

 

 懐から銀行券、金貨預り証を取り出して見せれば、マルガレーテの眼はますます険しくなり、対してメイヴン先輩は破顔した。

 

「君は本当に最高だね! こちらを理解してくれるパトロンほどありがたいものはないよ! そりゃあパトロンの声は沢山あるけれど、何かと面倒な条件が多くてね……」

「……あの、本当に大丈夫かしら? ねえブレイク君。つい先日までは貧困に喘いでいたのに、どうしたのよ。危険なことをしていらっしゃる? 大丈夫かしら……」

「なに、二人の冒険者に伝手があってね。その二人が莫大な利益をもたらしてくれたから、その恩返しに贈りたいんだ。どうです、先輩?」

 

 先輩は嬉しそうに銀行券を眺めていたが、不意に「ああ、いや」と難しい顔を浮かべた。

 

「いや、流石にこの金額で文句を言う事は出来ないよ。だけど、今度はぼくの方が足りないな……」

「と、言いますと?」

「単純に、ぼくの技術が金額に見合わない。まだまだ発展途上なんだよ。理論は打ち立てたけどまだまだ無駄が多い。魔力だけじゃなくて、色々と特殊な燃料が必要で……つまり莫大な費用に対して、生み出せる量が少なすぎるんだ」

 

「これ全部使っても、一本の千分の一に届くかどうか……」と、先輩は中々に目眩がすることを言う。そんなにか。単純に魔石に魔力を込めるだけでは出来ないのなら、ノアを紹介するという手段も意味を成さない。

 

「ただ……」

「な、なんですか先輩! 何か解決策が!?」

「いや、誤魔化しでしかないんだけどね。少ない量でも、上から被せればまあ、刃としての効果は期待できるかなって」

「……出来るんですか?」

 

 メイヴン先輩が言っているのは、ほんの僅かしか作成できないオリハルコンを、金箔のように押し広げて、剣の上に被せるということだろう。

 

 確かに、飾りとしてしか期待できない金箔とは違い、オリハルコンは被覆だけでもある程度の効果を発揮するだろう。魔力伝達の速度も精度も鋼の比ではなく、よって強度も鋭さも期待できる。

 

 しかし、そもそもそんな事が可能なのか。オリハルコンという物質について詳しくはないが──というか詳しいのはこの世でメイヴン先輩だけだろう──金属をそこまでの精度で操作するには、並々ならぬ習熟が必要なのは確かである。

 

 だが先輩は気楽な顔で「まあ、やってみるよ」と言った。

 

「パトロン達も何かと『剣を作ってくれ』ってうるさいんだ。地位の象徴としての武具をね。そんな量はまだまだ作れないけど、だからこそ、君の提案は良い試験になる。実用のデータも取れそうだね。面白くなってきた」

「おお。では……」

「うん。そのお金はありがたく受け取らせて貰おう。なに、問題にはさせないよ。というかならないと思う。ぼくと君が学生である以上は、アーノルド・ロナウドの名の下に守られるだろう」

 

 その言葉は何かを含んでいるようであった。よく分からない。しかし「ああ」とマルガレーテが声を上げた。

 

「メイヴン先輩は、使い手の方は分からないと、そう仰るわけですね」

「うん。君の伝手がどういうものかは知らないけど、冒険者がそんなものを手にしていたら目を付けられるだろう。そこに関してはどうなんだい?」

「え? そんなの珍しい剣をどこかからかっぱらってきたで片が付きません?」

「ブレイク君はこれだから……。自分が興味を持たない分野は本当にどうでも良さそうに……」

 

 何を気にしているのかと思えばつまらぬ事であった。寧ろこっちから自慢してやれば良いと思うのは、マルガレーテの言うとおりのものぐさだろうか。

 

 いや寧ろ、それで有名になってくれれば良いとすら思うのだが、しかし政治云々に関しては苦手分野である。俺の与り知らぬ所での権謀術数が繰り広げられるかも知れん。

 

「まあそこは、露見して有名になれば先輩が苦労するだけのことですね。なら問題はない」

「苦労するだけって、きみ」

「問題があるのはブレイク君の舌と口ですわね……」

「いやいや、再現性がある技術なら、先輩じゃなくても可能でしょう。先輩は方程式を著しましたが、方程式がある以上、先輩だけがオリハルコンを作れるわけじゃなし。寧ろこれを機に冶金の技術に発展が見られれば! うーん、一石二鳥どころか飛ぶ鳥を落とす勢いですね」

「貴方、絶対その理屈後付けでしょ……」

 

 そうだが。

 

 しかし、ノアならともかくリインであればどっかからかっぱらってきてもおかしくなさそうな奴である。『実家から持ってきたんですよ。ぎゃは!』とでも言えばギルドも貴族も納得しそうだ。そして交渉を諦める。何故なら言葉が通じないから。

 

「ところで、ジョット君が持っているオリハルコンは使って良いのかな? だったら今すぐにでも出来るんだけど」

「あっ、これは駄目です。絶対に使っちゃいけない奴です」

「それはまた、どうして」

「実家からかっぱらってきたやつなので、気付かれないうちに戻しておかないと大変なことになるんです」

「あ、貴方……言い訳の発想は自分からだったの……?」

 

 仕方がないだろう。本当に砂粒ほどの大きさしかない欠片でも、手に入れるには莫大な金と何よりコネが必要だ。

 

 この帝国産オリハルコンだって、南方の王侯貴族に献上するための物である。何重にも魔術的封印が掛けられていて、痕跡が残らないように解除するのは中々に大変だったのである。

 

 

 

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