「あのさあ! クラウスト・メイヴンと話す機会があったらさあ! 僕を呼べよ! マルガレーテ・アルケシアは呼んで僕は呼ばないとかふざけているのか君!?」
「うるさっ」
昼食時、どこから聞きつけてきたのか言ってもない事をトレージは話してきた。こういう反応をされそうだったから黙っていたのだが、先に言っていた所で同じ事だろう。
トレージは眼鏡の奥に目を血走らせながら、「かの天才と知己を結ぶことがどれ程重要か」云々言っていたが、そんな事はこっちだって承知している。
「だけど偶然だったから仕方がないだろう。俺だって話せるとは思わなかったんだ。何せ相手はあのクラウスト・メイヴンだ。分かるだろ?」
「当然だ。僕だって数日前に図書館で見つけて話しかけたが、数学に関しての話を十数分話しただけで終わってしまった。掴み所のない人だったよ」
「お前だって話してるじゃねえか! ふざけんな俺も話したいって前から言っていただろうが!」
「僕は昼休憩が終わるまでの十数分だけだ! 対して君は一時間超! この差は余りに大きいだろう!」
対面に座り、共に月見うどんを啜りながら、俺達は互いに互いの薄情さを罵り合った。そして結局、『先に会ったとか話したら面倒臭い事になるな』と思ったということで水に流すことになった。
あと『先に仲良くなったら自慢できそう』と互いに思っていた。どちらも薄情である。
「というかトレージよ、お前はどこからそんな話を聞きつけたんだ? 俺は別に喧伝などしていないが」
「話の出所など決まっているだろう。メイヴン先輩本人だ。下らない奴等に向けて、『少しはジョット君を見習ってくれよ』と言ったらしいぞ」
「へえ。中々に気分が良い言葉だ」
「僕も言われたかったのに……!」
食い終わったうどんの中に黄身を揺蕩わせながらトレージは言った。どうでも良いが、それでは月見うどんの意味がなくないか?
「しかし、マルガレーテの名前は出ていないのかな。この場合、俺よりも公爵令嬢様の方があらぬ噂を立てられそうだが。政治的な意味で」
「ふん。そうだよ。公爵令嬢が君のついで扱いなんだ。これはちょっと異常だよ」
「言っても俺って何かしたっけ? 精々入学試験でお前の爺さんに殺されかけたことぐらいじゃない?」
「その期待というか疑惑というか、悪目立ちした事による噂話が、今回で確信に変わったって事さ」
「だが、実際には少し会話して約束を取り付けただけだぞ。メイヴン先輩に絡めて噂されると嫌なんだけどなあ。失礼だし恥ずかしいし」
あの人は本物の天才だろう。対して俺は優れた発想も技術も持ち合わせていない。精々が同年代の平均を遥かに超え、分野によっては六年生に教えられる程度までだ。
いやこれ結構凄いな? 嬉しいから誇っておこう。タダだしな。
「というかお前、その黄身どうすんの? 食わないなら素うどん頼めよ。折角奢ってやったのに勿体ないだろ」
「君は何を言っているんだ? 月見うどんの醍醐味とは、最後につゆと共に黄身を飲むことにあるんじゃないか。麺を黄身に絡ませるなんて邪道だね」
「どう考えても邪道はそっちの方だろ」
「ああ? なんだ? やるか?」
「やってやろうじゃねえかこの野郎」
そういうことになり立ち上がりかけたところで、「いやうどん如きで喧嘩しないでよ……」と大変うどんに対して無礼な声がかけられた。
ステーキセットを盆に乗せ、席を探していたマルガレーテである。月見うどんよりも遥かに高い昼食を見せ付けに来るとはなんと失礼な奴なのだろう。しかし公爵令嬢とは言え、盆を持った姿では庶民感が凄まじいな。
「俺達は貴重なタンパク質をトッピングで調達しているというのに、お嬢様は毎日タンパク質大爆発か。羨ましくて堪らないな。精々成長の糧としてくれ」
「僕はこの卵一つで十分だがね。肉は嫌いだ。鼻血が出る」
「貴方達って仲良いの? 仲悪いの? どっち?」
そう言ってマルガレーテは俺の隣に座った。嫌がらせだろうか。お上品な肉をお上品に切り分けてお上品に食っている。
「というかね、貴方はお金を持っているでしょう。何を清貧を気取っているのよ。羨ましいなら貴方もステーキを頼めば良いじゃない」
「本当はそうしたかったんだが、トレージは奢ってやろうというのにうどんが良いと言うんだ。それで俺だけステーキを食べていたら虐めみたいだろう。今の君みたいに」
「肉も魚も生臭いから嫌いだ。野菜も嫌いだ。第一、僕は味というものがそんなに好きじゃない」
「なのに生卵は好きなのかよ」
「喉ごしは好きなんだ。蛇になったようで面白いだろう。うどんもそうさ。僕は殆ど噛まずに飲む」
率直に言って気持ち悪い趣味をしているものである。
「まあ、こうやって日常から節約するのも良いだろう。学食のグレードはたかが知れているし、こうやって何とか金を都合していきたいな」
「こんなみみっちい事をするよりも、もっと大きい事をした方が良いだろう」
「それはそうだ。じゃあトレージ、アイデアをくれ」
「金稼ぎならば僕よりも君の実家に聞くのが正当だろう」
「ああ、そっちはもう試したんだ」
先日、オリハルコンをかっぱらった時と、それを返しにいった時のことである。流石に何の用事もないのに実家に帰るのは不自然なので、ついでに兄二人に楽に金を稼げないか相談したのだ。
しかし『国家予算ぐらい稼げない?』という質問に返ってきたのは『馬鹿じゃねーの』という言葉だった。
『そりゃあジョットの知識があれば新規開拓も出来るだろう。商会に莫大な利益をもたらすだろうし、そういう意味では親族として以上に好待遇で迎えても良いぜ』
『だけどジョット、そのサイクロトロン? というのはいただけないな。それがどんな利益を生むのか分からない。いや、そもそも君は利益を生もうとしていないのだろう。それでは駄目だ。商会としての、いや、商人としての理念に反する』
『コイツが今言ったとおりだぜ。お前に商人は向いていない。そして長男として断言するが、ブレイク商会ではなく、新しい会社を興すというのもお前には全く向いていない。何せお前は金稼ぎそのものには興味がないからだ』
『君はあれだな、ありがちなベンチャー企業の社長のようだ。巧みなアイデアで会社を発展させるが、それを維持することに興味がないので潰してしまう。育ったら売却するという手もあるがね』
『だが、それでは国家予算には届かんだろう。我らがブレイク商会の礎になるつもりもないだろうし。これでそのサイクロトロンとやらに利益を生み出す可能性を示してくれれば、こちらとしても考慮するんだがな』
『新しく魔術研究の部門を立ち上げ、その基礎研究として設立するなら可能性はあるが、君に部門長というか、社会人が務まるとは到底思えないな。何より、今から部門を設立しても、そんな巨大な機械を作り出すのは何時になることやら』
『よって、ウチでは無理だ。精々出世して皇帝様から予算を勝ち取ってくれ』
『そうなれば商会として色々都合することも出来るだろう。期待しないで待っているよ』
『つーかお前ウチの商品に手出しただろ』
『手際が見事すぎて犯人が一人しか思い当たらないんだよね。気が付かなかった魔術師の失態は致し方がないということで不問にしておくよ』
一方的に捲し立てるようにそう言われたが、何故バレたのか。そう言えば『勘で鎌を掛けただけだ』『君がこの程度の用事で帰ってくるわけがないだろう』と笑われてしまった。兄二人も商人として立派に成長しているようで何よりである。
まあ迷惑料として、商品に封印を掛けたりする雇われの魔術師に技術を披露させられたのだが。あの程度の技術であんな高給を取らないで欲しい。
そう言えば『ウチで雇える限界がこれなんだよ。そもそも大して期待してねーよ。体面だ体面』『君じゃなかったら家に上げることも、目を離すこともないからね』と言われた。魔術師の人悲しそうな顔をしていたぞ。
「というわけで、俺に商人は向いていないと、商人から直々に言われたんだ。悲しい話だな」
「私はブレイク君のお兄様お二人の慣れ方に驚きなのだけれど……商人がそれで良いのかしら……」
「昔は兄二人も商品を持ち出しては遊んで叱られてを繰り返していたからなあ」
「ああ、血筋と環境だったのね。だけど、そんな風にして本当に論文は完成するのかしら?」
マルガレーテがステーキを切り分けつつ言った。一方でトレージは卵とうどんのつゆを美味そうに飲む。この対比に泣けてきたぞ俺は。
「論文の完成にだって金が必要だ。実証実験だってタダで行えるわけじゃない。だから良い感じの金稼ぎを見つける必要がある」
「僕は『魔力』問題に関してはあと三十年は必要だと思うけどね。まあ君だからこそ、そう言えるんだけど」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。ブレイク君、ワイエス君には話していたの?」
ステーキを口に含む前に、マルガレーテが驚いたように言った。そりゃ当たり前だろう。
「同室相手に隠し事などするかよ。出来もしないだろうし。トレージなら切れ端を読んだだけで何を意図しているか理解するだろうからな」
「あれは爆弾を見つけた気分だったね。世界をひっくり返す爆弾だ。そんなものを机の上に放置するんじゃない。気になって読んでしまったではないか」
「お前の机の上にだって爆弾が沢山置いてあるだろうが」
「あれらは芽吹き始めた種に過ぎないよ。殆ど爆発一歩手前まで行っている君のアレとは違う」
そうは言うが、トレージの方だって大概である。こいつの研究は禁忌に両足突っ込んでいるようなものだからな。孫も爺も揃って頭がおかしいや。
マルガレーテは俺達の言葉に不意に黙り、何かに熱中するようにばくばくとステーキを食い始めた。成長期だな。良い食いっぷりだ。
昼食後は眠気と共に三限の授業である。
トレージと別れ、マルガレーテと共に一号館の三階へと上る。小さな教室には十数人の学生しかおらず、皆同じように興味なさげな態度である。
授業と授業の合間を埋めるのに、丁度良い時間帯だっただけだろう。担当する教授もそれを分かっているのか、大した熱意もなく数分遅れてやって来た。
何時ぞや試験会場で相対した、厳しめな顔つきの割に人の良さそうな壮年の男性教授、エンリケ教授は、「やあ、どうも」と言いながら出席を取り、授業を始めた。
「前回はガイダンスと共に、学院成立以前の教育について話したね。今回はそれを掘り下げ、学院が成立する以前の小規模な教育機関について……」
マルガレーテはノートにペンを走らせているが、この学院史という選択授業は、正直言ってあまり興味の湧かない授業だった。
初めはジーニス先生がくれた言葉、アーノルド・ロナウドの意味を知れるかと思ったが、どうにも通り一遍の編年体的な授業スタイルである。初代学院長の授業も次回で終わるくらいであり、それを聞いたら授業を取るのをやめようと思っていた。
故に、脳内で俺の考えた最強の放蕩生活を繰り広げつつ、話半分で耳を傾ける。
拾った犬がここ掘れワンワンと言ったかと思えば、大判小判がザックザク飛び出してきたところで、ふと教授が言った。
「時に君達、こんな授業を取るからには、きっと学院の宝物が目当てなんだろう?」
教授本人がこんな授業と言ってどうするのだ。と思ったが、事実として不意に飛び出した「宝物」という言葉には目を惹かれた。同じように視線を戻した学生達が数人居る。
「なに、昔から続く噂話だ。三百年前から増改築を続ける学院には、どこぞの貴族が隠した財宝が眠っているだとか、それこそ創始者ロナウドが残した魔道具が眠っているだとか、そう言う与太話のことだ」
エンリケ教授は授業よりも、寧ろその与太話の方を熱心に語った。
学院に伝わる七不思議。いや七不思議を越えて七十七不思議。既存の魔術では説明が付かない超常現象。どこでもよくある話である。
「だがね、私が研究した範囲では、学院史にそんな記述はないよ。残っているのは笑い話だけさ。隠し部屋を開こうと壁を爆散させた学生達が見たものは、何十回目の改築時に潰されたトイレだった……とか」
「まったく、大目玉を食らったよ」と教授は笑って言う。あんたなのかよ。
「だが、そういう遊び心がこの学院に存在し続ける事はとても良いことだと私は思う。学問への探究心とは、即ち未知への探究心だ。冒険者ではないが、我々は冒険心を持って学問という大敵に臨むのだね」
何だか良いことを言った風にして、「じゃあ次回は学院の創始者について語ろうか」と、教授が言った途端にチャイムが鳴った。
「切りが良いね。ではまた次回」
荷物を纏め、さっさと教授は去って行った。残された側の俺達も、それぞれ荷物を纏めて次の授業へと向かおう。
と、そこでマルガレーテがまた難しい顔を浮かべていた。
「貴族が隠した財宝……ね。どう思うかしら。ブレイク君」
「なんだ。君がそんな事を言うなんて珍しいな。公爵家の台所事情は思ったよりも酷いのか?」
「生憎、潤沢ですわ。だけど、財宝という言葉に心当たりがあるのよ。それも公爵家のね」
「それは本当か!?」
「お静かにっ! ……と言っても、心当たりというか、何というか……」
教室を出て歩きながら、マルガレーテは鞄から一冊の本を取り出した。