芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第39話 意外な再会

 

 

 

「作戦を説明する。クソ爺に気取られないよう俺達は放課後に行動を開始するが、ノアには正門前で待っていて欲しい。制服と学生証は用意した。武器はこちらで用意する。頼んだぞ」

「いや、あの……ジョットさんの頼みとあらば喜んでなんでも聞くんですが、どうしてリインさんにも頼まないんですか……?」

「どう考えても制服が似合うような雰囲気をしていないからだ」

「あっ、なるほど! そうですね!」

「失礼すぎませんかねえジョット君! そしてノア!」

「す、すみません。でも、その通りだとは思います……」

「まあ私もその通りだとは思いますが!」

 

 という会話があってその翌日。本音を言うのならば爺の授業中に仕掛けたかったが、下手に人が多いと騒ぎになるし、ノアが部外者だとバレるかもしれん。

 

 まあ一番の理由はトレージが限界まで授業を詰め込んでいる真面目野郎だからなのだが。あいつが授業をサボれば即刻バレるだろう。そしてあいつを囮にする選択肢などない。揃って爺を馬鹿にしなければ気が済まん。

 

「しかし公爵令嬢様々だな。制服と学生証の偽造まで出来るとは」

「名前は私のままだから。偽造じゃなくて予備よ、予備。女の子の身長と体格まで知っている変質者さん?」

「鎧の採寸をしたときに知っただけだ。他意はない。いや、ちょっと気持ち悪いかもしれないとは自分でも思う」

「君は本当にこの子に惚れ込んでいるんだなあ」

 

 トレージは「良かったね」とノアに話しかけた。

 

 対してノアはずっときょろきょろと辺りを窺って、まるで落ち着いていない。校舎裏の片隅でそんなに警戒することもないだろう。正門前に立っていたときは凛とした表情を浮かべていたのに、声を掛けた途端にこれであった。

 

「いや、あの……ここ本当にお金持ちばっかりなんですね……お金持ち感が凄い人達ばかりですよここ……」

「個人での資産を思えばノアだって金持ちだろう。そう卑下するな」

「そ、そうですね! 今は私だってお金持ちです! 王侯将相寧んぞ種あらんやってやつですね!」

「いや、違うが」

「えっ、あっ、はい」

 

 文字は覚えないくせに格好いい格言だけは覚えるのには困る。

 

 そしてさっきからずっとマルガレーテが訝しむような顔をしている。何が不満だろうか。

 

「……いや、リインさん以外にも居たのね。てっきり彼女を呼ぶものかと」

「あんなのを呼んだら学院が阿鼻叫喚の地獄絵図になってしまう。勝手に騒ぎを起こして作戦も何もあったものではないだろ?」

「まあ、この子だって騒ぎを起こしていたけどね」

 

「あの時はもっと違った顔をしていたのに、不思議だね」とトレージは言った。俺達が迎えに行くまでにノアは勝手に人だかりを作っていたのである。

 

 まあ正門前に見覚えのない美少女が直立不動で立っていたらそうなるか。ノアのことだから良い感じに人目を避けてくれるかと思っていたが、彼女の緊張は度を越えて、いつもなら口元緩みっぱなしなのに笑みの一つもなく、ただじっと虚空を見つめていたのである。異様な光景だった。

 

「……ブレイク君って、こういう子が趣味なの?」

「こういう子とはなんだ。こんなのが早々居てたまるか。選び取るのではなく選ばざるを得ないのがノアだ」

「……あっそ」

「君の眼には見ることが出来ないのが残念だな。いや全ての人類に俺は憐れみを抱こう。大銀河の輝きが生きて動くという奇跡!」

「ああ、そっち? ふうん。あっそ。へえ。ふふ」

 

 マルガレーテは何故か半眼にノアを見つめて笑った。それにノアがぎょっとした顔を浮かべる。

 

「う、うあ……」

「ああほら、ノアが怯えるから睨むのを止めてくれ」

「別に睨んではないけれど? 寧ろ仲良くしたいと思っているわ。そして心配でもありますの。ねえ貴方、ノアさん。貴方ひょっとして、ブレイク君に騙されているのではないかしら?」

「うああ……公爵令嬢様……! お姫様……お姫様だ……うう眩しい……吐きそう……」

「うん。吐きそうになっているから本気で止めてあげて欲しい」

「なんで吐きそうになっているの……?」

 

 ノアは田舎者なので光り物に弱いのだ。そして光り物が好きである。カラスみたいな生態しているなこいつ。

 

「ともかく、顔合わせは済んだんだ。行こうじゃないか。お爺様に吠え面をかかせにね」

「そうだな。ほら、ノア。数打ちで悪いが剣だ」

 

 俺はノアに剣を渡した。ノアはそれを抜き、二、三度確かめるように振って「微妙ですね!」と正直に言う。

 

「しゃあない。学院に名剣が置いてあるわけがないんだ。悪いがそれで満足してくれよ。あっ、なるべく壊さないようにね」

「はいっ。なるべくですね!」

「……ブレイク君、まさかそれ、戦術学部の武器庫から頂戴してきたんじゃないでしょうね」

「何を失礼なことを。ちょっとその学部の先輩に備品を借りただけだ。昼食を奢ることと引き換えにな」

「君って割と顔が広い方だよね。メイヴン先輩もそうだしさ」

 

 トレージが言った。当のメイヴン先輩は今日も実験室に籠もってオリハルコンの生成を続けている。今回の件にも興味があるようだったが、彼自身が不干渉を決めた。

 

『だってぼくが出張ると、あれだ、ワイエス教授が納得しないでしょ。ぼくが関わったんじゃねえ』

『その通りですね。俺ではなく先輩が勝った事になってしまいますから。流石に政治がよく分かる』

『いや、これは政治じゃなくて気性の問題だよ。ワイエス教授は政治なんてやっていないんだ。ぼくもいつかああなりたいなあ』

『あんなのに憧れないで下さいよ……』

 

 だが、確かに研究者、或いは魔術師としては、ワイエス爺は帝国内における一つの到達点だろう。特異点と言っても良いかもしれないが。

 

 人格的には全く尊敬できないが、その立場には俺も憧れる。

 

 そして悔しいが、魔術の腕もまた。

 

「……どうなってるのよ。一晩でこれ?」

 

 マルガレーテが呆れたように言った。何せ辿り着いた八号館は、呆れ返るほど厳重な魔術式が編まれていたのだ。

 

 一晩でここまでやるとは、人格的にはこれっぽっちも尊敬できないが、やはり魔術の腕は素晴らしい。

 

 しかし、これを生み出すために一切の出入りを禁止し、そのために今日は色々と教室変更があったらしいので、人格的には更に見下げてやろう。

 

「ざっと見たところ、干渉すれば直ちにお爺様へ連絡が行くようになっているね。君の言うとおり、速攻で終わらせる必要があるわけだ」

「いや、連絡の心配は必要ない。何故ならば、そんな魔術式ごと踏みにじるからだ。このノアがな」

「はいっ! 不肖ノア、ジョットさんの頼みとあらばなんであろうと蹂躙を!」

「はあ……この子がねえ……」

 

 トレージが言い、「しかし、だなあ……」とノアに言った。

 

「本当に、それだけの出力が出せるのかい? 流石にお爺様は予想を超えてきたよ。人間の出力じゃ無理だよ、これは」

「ならばトレージ、お前が人間をまだまだ知らないというだけだ」

「言うね。そんなにかい」

「そんなにだ。見せてやれ、ノア!」

 

 今度は気合いを入れるために背中を叩けば、「はいっ!」と気合いの入った返事が返される。その肩に手を当て、俺は入口を指差した。

 

「難しいことは考えなくて良い。その剣と全身に魔力を込めて、入口から突き当たりの廊下まで全力で駆け抜けろ。その突き当たりが目的の教室だ!」

「はい! 行きますよ、ジョットさん!」

 

 その言葉と同時に、大銀河が現れる。

 

 噴出する魔力の奔流は風を巻き起こし、俺の眼を通さずとも黄金の輝きを成す。「うひゃあ」とトレージが面白そうに笑い、マルガレーテが顔を引き攣らせた。

 

「しいぃぃいっ!」と息を吐きノアは飛び出た。光輝を光芒として引く姿は人体の流星である。当然の如く入口の扉は吹き飛ばされ、魔術式は糸屑のように引き千切られる。

 

 異常なほどに緻密に、そして狂気的なまでに綿密に組み上げられた防護壁と罠の数々が、ただ足を踏み込むだけで砕け散っていく!

 

「ああ、流石だノア! よし、俺達も行くぞ! さっさと壁を破って爺に一泡吹かせてやる!」

「いや、とてもじゃないけれど、そのテンションで付いていけないものを見てしまったのだけど……何なのよ、彼女……」

「ノア。ノアだ。君が今見たものだ! ははは!」

「本当に好きなんだね、彼女のこと。君がそんなに笑うのは初めて見たよ。意外だね」

 

 笑いもするさ。いやこれは本当に芸術だ。この眼を通してこそ分かるが、悔しいが爺の魔術式は美しかった。長年の熟練をまざまざと見せ付けるような構築は、それ自体が一つの美しさを持っている。

 

 しかし、その魔術式が銀河と衝突し、引き千切られ、見るも無惨に砕け散っていく! その崩壊の様はいっそ官能的だ。美と美が衝突し、美的な暴力によって一方だけが死んでいくのだ!

 

「ああ……本当に……本当に美しいな……。これだけで何だか爺を許せそうになってきた……」

「いや気持ち悪いよ君……急に早口で訳の分からないことを言うんじゃないよ……」

「公共の場では憚られる顔をしていますわよ、ブレイク君」

「うるさいな。理解できないのが悪いんだ」

 

 そして、いつか全世界に理解させてやる。

 

 言いながら俺達は教室に入った。椅子と机は事前に運び出されている。ノアは窓に衝突する寸前で足を止めたのか、床板が引き裂かれて跡になっている。少し疲れたのか「ふう」と息を吐き、地下室への階段を見つめた。

 

「それで、私のお仕事はお終いですかね? 役に立てましたかねっ、ジョットさん!」

「ああ、完璧だ。後はゆっくりと壁に挑むだけ……」

 

 言いかけて身構えた。目の前に剣の衝突が起こったのだ。

 

 地下室から飛び出た何者かが振るった剣を、ノアが「しィッ!」と咄嗟に回し蹴りで受け、弾き返した。

 

「へえ。やるじゃねえか……」

 

 男は飛び退いて下がる。「下がっていて下さい!」とノアが言い、追撃を加えようとするが、それを掣肘するかのようにもう一人、いや二人。新たに地下室から現れる。

 

「おいおい、随分なノックだな。扉ごと吹き飛ばしてしまうとは、帝国学院の生徒は思ったよりも乱暴なのか?」

 

 黒いフードで顔を隠し、剣を手にした偉丈夫が三人。地下室から上ってくる。その首には、信じがたいことに銀色のプレートが下げられている。

 

「……嘘だろう。お爺様のお眼鏡に適うのが居たのか。銀等級の冒険者だって? クソッタレだな……」

「フン、言葉遣いも乱暴とは嘆かわしくなってくるよ。オレ達のようなゴロツキを迎え入れたこともそうだが、どうやら帝国学院は不良に優しいようだな」

「自分が不良の自覚があるなら、なんだってこんな場所で警備員の真似事なんかしているんだよ」

 

 ノアの後ろに下がりながら俺は言った。随分とおかしな話だ。たった一夜で依頼が成立したこともそうだが、学院の警備員なんて仕事を、銀等級の冒険者が受けるなんてことは普通あり得ない。

 

 そして、何故ローブで顔を隠しているんだ。得体が知れない。何らかの作為を感じる。

 

 そう思っていると、三人組の先頭の男は、くつくつと笑って言った。

 

「そう睨まないでくれたまえよ。悲しくなるじゃないか。ジョット・ブレイク君」

「……何故、俺の名前を」

「それは、そこのお嬢さんに聞いた方が良いだろう。なあ、ノアお嬢さん?」

「なんだって?」

 

 どういうことだ。ノアを見れば彼女は信じがたいようにわなわなと震え、「貴方達は、まさか……!」と心当たりがあるように言い、「ふざけるなッ!」と声を荒げ飛び掛かった。

 

 なんだ。どうしてそんなにムキになっているんだ。誰だこいつらは。

 

「そういえば、名乗っていなかったね」男はノアの一撃を避け、笑い、ローブを脱ぎ捨てた。

 

 俺は目を見開いた。

 

 何せ、その顔には見覚えがある。そのむくつけき顔には!

 

「あ、貴方は……! 何時ぞやの気持ち悪いおじさん! どうしてここに!?」

「酷いなあジョット君! おじさん傷付いちゃうよ! でも名乗ってなかったのが悪かったね! エヘヘ、じゃあ自己紹介から始めるね!」

「名前は聞いてねえよ」

 

 ローブから露わになったのは、忘れたくても中々忘れられない、何時ぞや俺に絡んできたおじさんの顔だった。

 

 そして他の二人も顔を露わにする。その顔にも見覚えがある。おじさん三人組である。

 

 内一人、横に広いおじさんは「おっ、やっぱり何時ぞやのがくせーじゃねえか」と顔を綻ばせ、もう一人、細いおじさんは「やっぱりかぁ……」と手で顔を覆っていた。どうやら解散には至らなかったようだ。

 

 しかし、何故おじさん三人組がこんな所に? そして何故ノアは俺を守るように立ち塞がって唸っているんだ。

 

「おじさんの名前はね、トールって言うんだ。背が高いからトール! 古代語だか異世界だか忘れたけど、そういう意味らしいよ! で、こっちの横に広いのがファット。こっちの細いのがスレンダー。どっちも同じような由来なんだって。格好いいね!」

「紹介されたとおり、ファットだ。よろしくな、がくせー……! これから長い付き合いになりそうな予感がするぜ……!」

「俺は夢を見ているんだ。誰がなんと言おうと夢を見ているんだ。二十数年来の幼馴染がこんな風になるわけがないんだ」

「一人だけかわいそ……」

 

 というか思ったより若いのね。そんなむくつけき見た目をしているから四十代行っているのかと思ったわ。

 

「それで、なんでトールさんがこんな場所に? 言っちゃあ何ですが、銀等級の冒険者が受ける依頼じゃないでしょう。こんなの」

「フフフ……それはね、ノアお嬢さんのお陰だよ! ノアお嬢さんが昨日、ジョット君がこんな風に自分を頼ってくれているんだって死ぬほど滅茶苦茶羨ましい自慢話をしてくれたから、おじさん達もこの依頼を受けようって思ったんだ! 会いたかったからね! このローブはサプライズのためのものだよ!」

「おい、ノア」

 

 何を勝手に喋ってくれているんだと思いノアを見れば「き、貴様ァッ! 私を騙しましたね!」と死ぬほどブチ切れていた。コワッ。

 

「恩を仇で返すとは不届きなッ! 同じジョットさん大好き会の一員として折角話してやったというのに、それを利用して立ち塞がるなんて……! ゆ、許しませんよ! この!」

「なんだその胡乱な会は」

「フン。許せないのはオレの方だよ、ノアお嬢さん。少し挑発すれば自慢話という情報漏洩を犯すとは、やはり君は『お嬢さん』だ。君がジョット君の隣に居ることが不安なのさ。だからこそ、その座を譲ってくれないかね?」

「勝手に人の隣を争わないでくれ」

「譲るわけがないでしょう裏切り者がァッ!」

「であれば当初の目的通り、剣にて君を打ち負かし、ジョット君にオレの価値を証明してみせよう!」

「聞いてる?」

 

 そう言っておじさんはノアに斬りかかった。思ったよりも下らない理由だった。あとジョットさん大好き会って何? あとおじさんキャラ違くない?

 

「ああ! やっぱり夢だったんだ! あんなに頼れるトールが一人称をおじさんにして気持ち悪い喋り方をするはずがないんだ! よかっ……」

「じゃあ見ててねジョット君! おじさんの格好いい所を見せてあげるよ!」

「良い夢……いや、悪い夢だった……」

「かわいそ……」

 

 膝から崩れ落ちたスレンダーとかいうおじさんを哀れに思いつつ、先程までは隣に居たトレージ達が居ないのにも気が付く。どこに逃げやがったんだあいつら。と思ったら教室の外で嫌そうにおじさん達を眺めていた。

 

「まあ、あれだ。ジョット、君の知り合いということで、よろしく」

「ブレイク君は学院の外でも顔が広いようで……是非とも交渉して頂きたいですわね。おほほ……」

「薄情な奴等め……! こんなのと交渉なんてしたくないわ!」

 

 しかし二人は「まあ、俺はがくせー以外のがくせーでも良いんだけどなあ……」とファットと呼ばれたおじさんが笑っているのにぎょっとした。へっ、ざまあみろ。「まあ、その中でもがくせーが一番だけどなあ……!」誰か助けてくれ。

 

 

 

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