さて、予想だにしない戦闘が始まってしまったわけだが、ここで引くわけには行かない。相手方も不純な動機とはいえ銀等級の冒険者。仕事はキッチリこなすだろうし、何よりノアを倒すことで価値の証明だのふざけたことを言っている。
しかし、こちらの戦力はどうだろうか。何もしないのに相手方は一人倒れたが、こちらだって足手纏いが三人である。
内二人はさっさと教室の外に逃げ出してしまったが、俺はおじさん(太)に壁際に追い詰められる格好となっていた。
そしてノアとトールは打ち合いを続けている。いや、打ち合いというよりは、ノアの猛攻をトールが捌いているといった感じだ。
しかしそれは一方的な優勢を語るものではない。ノアは一挙手一投足に最高速で斬りかかり、前と思えば横、横と思えば下と、人型の嵐が如くに攻め立てるが、トールの方は泰然として、二本の短剣で尽くを弾いている。
背中の長刀を抜かないのは室内という環境を勘案してのことか。それとも機を窺っているだけなのか。ともかく腐っても、いや本当に腐っても銀等級の冒険者。リインに顔を覚えられているだけはある。
「頑張れよ、ノア」
「へえ、随分と余裕そうじゃねえか、がくせー……」
「へぇーへぇー……」と笑いながらファットおじさんは、俺が杖を抜いた瞬間に剣を突き付ける。「見ていてくれよ。邪魔しないでくれよ。がくせー」気の抜けた声で、鋭利な眼光を向けてくる。
「おもしれえじゃねえかー……興業にでもすりゃあ満員御礼の打ち合いだぜ。邪魔してくれるなよ」
「元より邪魔するつもりはありませんよ。そんな事をしなくてもノアは勝ちますからね」
「へえ。じゃあその杖は何さあー……」
「ノアがトールさんの相手をしている間に、貴方を倒そうと思いまして」
「へえ!」
すうと伸ばした杖先を、剣先で遊ぶように揺らされる。チッと音が鳴って腕が痺れる。流石にこの距離は相手のものだ。
「どうやって、と聞きたいのはどちらもだなあー……。凄まじい勢いだが、ありゃあすぐに尽きるだろう。そしてがくせーは、勢いさえ出せやしねー」
「見くびりすぎですよそれはどちらも!」
「そりゃあ随分な……っと!」
「しィッ!」
不意に嵐がやって来る。室内に暴れ狂うノアが、下がる勢いのままにファットへと回し蹴りを放った。しかし当然に受け止められる。そして一瞬であろうとも硬直を見逃すような相手ではなかった。
「おじさんの格好いいところを至近距離で見せてあげるね!」
「誰が色目を使わせますか!」
トールが長剣を抜いた。得物の長さが距離を詰める。ノアは振るわれる剣の下を掻い潜る。空いた胸元は必殺の機。しかしトールは「お嬢さん!」と言い放ち、長剣を放り上げた。
長剣が宙にくるくると舞う。トールは直ちに二刀を抜く。必殺の機は万全の防御に変わる。迫る嵐を受け止め流し、長剣の大質量が落下する場所へと誘い込む。
「そら、勝ちだ」
「ええ、勝ちですね」
「なに?」
迫る二刀。落下する長剣。都合三つの障害を、ノアは一刀の下に撥ね除けた。
「所詮は小細工ッ!」
「獣めッ!」
長剣は弾かれて床に落ちた。二刀は弾かれて胸が開いた。黄金の流星が踏み込む。
衝撃音。斬撃は切断を越えてトールを吹き飛ばす。教室の壁を陥没させて倒れ伏す。
ファットが目を向ける。剣を構える。
黄金を纏ってノアが来る。
「面白え……いいぞ、相手になって……」
「いや、だから勝ちですって」
「はっ……おおっ!?」
ファットおじさんが踏み込もうとした床が、突き上がって身体を狙う。避けた背後に石弾が飛来する。弾く。尽くを弾く。しかし壁ならどうか。
足先のギリギリから石壁が立ち上がる。彼はたたらを踏む。持ち上がった右腕を掣肘するように、虚空から石棒が伸びる。絡め取られる。
「実行完了と。どうです? ノアが相手をしている間に勝ちましたよ」
「いや、お前、がくせー……杖振ってねえじゃねえかお前……」
「そんなものは使わずともこの程度、なんてことはありません。それよりトールさんの回復をしたいんですが。めっちゃ血が出てますよ」
「ついでにスレンダーも頼むぜ……あいつまだ気絶してやがる……つかえねーなー……」
「それは相当ショックだったんでしょうから後で相談してあげて下さい。もっとショックを受けるかもしれませんが」
まだ泡を吹いているおじさん(細)を置いておいて、ボロボロのおじさんの下へと俺は向かった。その傍ではノアが今更ながらにおろおろしている。
「じょ、ジョットさん……! わ、私、やっちゃいました……ついカッとなって……遂にやっちゃいましたぁ……!」
「遂にって何だよ。やってないから安心しろ。おいトレージ!」
「無免許での回復魔術は違法だよ」
「緊急措置だから大丈夫だし、冒険者なんて大抵無視しているだろう。そもそも殆ど使えないがな。あと違法言うならお前は飛びっ切りの違法をしでかしているだろうが」
「それもそうだね」
「やっちゃってるのは私だけじゃなかったんですか……? これ聞いて良いことなんですかね……?」
ノアはマルガレーテの方を向いたが、彼女はそっぽを向いてスレンダーおじさんの肩を揺すっている。見ない振りが上手い。
だが、流石は銀等級の冒険者と言った所か。完全な隙だとばかり思っていたが、ギリギリで防御が間に合っている。肉が切れているだけで骨は折れていない。これなら楽だ。
人体に関してはトレージの専門なので俺は補助に回る。正確には専門の関連分野だが、俺よりずっと上手いのは同じ事だ。
ちゃっとやってぱっとやれば直ちに回復する。トールおじさんも目を開いて「負けたね……」と笑った。
「流石に本物だなあ。おじさん一人じゃ敵わないよ。これで三人だったら絶対に勝てたんだけどね。あっ、今の聞かなかったことにしてジョット君! おじさん格好悪いよ」
「そうですそうですよ格好悪いですね! 裏切った挙げ句に目的も果たせないとはとっても格好悪いですね! ねえジョットさん!」
「ノア、君は偉いということを前提にして言うけどね、相手を過度に侮辱するのも格好悪いぞ」
「えっ、う……」
「ああほら、偉いんだからそんな顔をするな。偉いんだから相手を馬鹿にするな。自分が偉いということを分かってくれ」
「君も君で大変だね」
ノアは分かったような分かってないような顔をして頭を擦り付けてきた。撫でてやる。「うーん、ますます惚れちゃった!」何故おじさんが言ってくる。
「で! 当初の目的はどこに行きましたの?」
「ああ、そうだそうだ。このおじさん三人組をふん縛ってさっさと本命に行こうぜ」
言っている間にトレージが三人纏めて石壁に固定した。石の中にいる。これで邪魔はされまい。
しかしノアは難しい顔をして、呟くように言った。
「偉いってなんでしょうか……ううん……」
「それは君自身が知らなくてはならないことだろう。偉いというか、自尊心というか、そういったものは自分で見つけなければならないからな」
「いや違うぞクソガキ! 偉いとは儂のことだ! このクソガキ共め!」
「うわでた」
響いた声はワイエス爺のものである。もう気が付かれたか。しかし声と同時に床が揺れる。いや建物全体が断続的に揺れている!
「見事だと褒めてやろうクソガキ共! まさか儂の術式を解析するのではなく引き千切るとはな。どこにそんなものを隠していやがった! 殺してやるぞクソガキめ!」
ゲシャシャシャ──と、飛び切りの狂声が響いたその瞬間、天井が
「は……え……? じょ、ジョットさん……? なんですかこれ……?」
「ほう! 感じるぞ分かるぞ残滓だけだがな! それがクソガキの懐刀か! 冒険者共がみっともなく埋まっているのも納得じゃわ!」
「いや、あの……ジョットさん? その……皆さん……?」
ノアは俺の腕を揺すってくる。しかし応えられない。俺もトレージもマルガレーテも、一様に口をあんぐりと開けて、空を眺めている。
八号館の、二階から四階までが、宙に浮かんでいた。
ワイエス爺は屋上の縁に立ち、腕を組んで俺達を睥睨する。ローブを風にはためかせ、狂ったように笑って叫ぶ。
「どうだ。その見事さに免じ、儂の方から挑んでやろう。殺し合いだクソガキ共! ゲシャシャシャシャシャ!」
──馬鹿げている。
建物が、そのまま落下してくる。隕石のように落ちてくる。馬鹿げた魔術が馬鹿げた目的で落ちてくる。
「ふ、ふざけないで下さいましワイエス教授! こんなの、いや、問題! 問題になりますわよ! こんな事をしでかして!」
「そ、そうですよお爺様! 学院内でこんな事をしでかしたらお爺様の立場でもどうにもなりませんからね! 僕達のためにそこまでしますか!」
「ああ、するとも! しかし問題にはならぬのだ。寧ろ儂は頼まれたのだからなあ!」
「なんですって!?」
爺は得意げに言った。
「なに、クソ教員共はお前達が万に一つも勝てぬと思い込んでな、儂にこの八号館の解体許可をくれたのよ。地下室一つ潰すだけではなく、どうせなら全面改築してくれとなあ! なにせ五十年前からあった建物だ! 加えてよく分からぬ地下室まで作られている! これはもうぶっ潰すしかないだろうよ!」
「そんな……そんな馬鹿なことを学院はしたのですか!? ワイエス教授に免罪符を与えるような馬鹿なことを!?」
「体よく働かせたつもりだろうが、そうはいかんよ! これが儂の解体だ! なに、周辺被害のないように、そして誰も入れぬように結界を張っておる! 安全対策は万全じゃ! つまりお前らはこのまま圧死じゃ! ゲシャシャシャシャ!」
「く、狂ってる……!」
なんて馬鹿なことをしたんだ学院は! この爺に対して少しでも得になるようなことをするんじゃない!
「いや、いや! 文句を言っても始まらない! ノア!」
「は、はい!?」
「あの建物、行けるな!?」
「い、行けますかね!?」
「君は偉いんだから信じろ君と俺を! 信じなきゃ死ぬぞ死ぬ!」
「その言葉ってそう言う意味だったんですか!?」
しかし言ってはみたもののどうするんだって話だ。「え!? ジャンプすれば良いんですか!?」とノアはぴょんぴょん跳ねているが、跳び上がって打ち抜いただけでは落下は止まらないだろう。
この距離から切り裂けるか? それとも跳び上がって両断するか。しかし破片は落下する。魔術で撃ち落とすか?
いや、たった今爺が上から魔術を放ってきやがった。あの爺、これを操作しながら他まで出来るのかよ!
「おいトレージ! 情で訴えかけるくらいしろ!」
「無理だと分かっていることを言うなよ!」
「マルガレーテ!」
「……ふふ。ねえブレイク君。私、貴方に言いたいことがあるの。聞いて下さる?」
「すっかり死ぬ気になってんじゃない!」
マルガレーテは真っ青な顔でうふうふ笑っているし、ノアは無意味にぴょんぴょん跳ねているし、トレージの魔術はしっちゃかめっちゃかだ。全員慌てまくっている。どうすんのこれ。
「……いや、あの。おじさん達も居るんだけど? ちょっと、おーい?」
「ん、ああ? そうか、気絶していたのか私は。……ん? いや、夢か? まだ夢を見ているのか?」
「夢じゃねえんだなあ……マジで夢だと良いんだがなあ……」
おじさん達は達観したように空を眺めている。今から最大防御したってあの質量は貫いてくるだろう。無意味だ。
爺は笑う。呵々大笑にげらげらと笑う。ローブをはためかせ、本当に楽しそうに笑う。
「さあ死ぬか!? これを乗り越えることが出来るか!? 死ぬんなら死ね! 死ななくても死ね! 儂がお前達を殺してやろう!」
「ああ、それは困りますよ」
「はあ? っ誰だ、儂の結界を──!」
──と。
声が聞こえたか聞こえぬか。その瞬間に建物が砕けた。
細切れになる。一切が瞬く間に分解される。音はしない。無音のままに、建物は砕けていく。
「ぎゃは」
すたりと。細切れになった建物が方々に散った地に、宙から降りてきたワイエス爺の目の前に、剣を持った人が居る。
「ぎゃは。ぎゃは。ぎゃははははははははは! 実に面白いことになっていますね天変地異とは! しかし君らしくないですね寝惚けていましたかジョット君! この程度、助け船がなくともちょいちょいと対処できるでしょう!」
「あ、貴方は……まさか!」
「うわ出ました……」
「何ですかうわとは」
そう言って、彼女、リインは……いや、リインか? リインだよな?
俺は困惑した。というのも、彼女は何故か、夜だというのにサングラスを掛けていたからである。あんまり似合ってない。
彼女と対峙するワイエス爺は警戒を解かず、じっと杖を突き付けて言う。
「……ほお、出来るな。お前、何の目的で儂の邪魔をした? お前はクソか? それともゴミか? ああ?」
「クソでもゴミでも塵芥でも、貴方の目の前に積み上がるのは同じ。であればその問いに何の意味が?」
「言いよるわ! ならば等しく焼却炉に放り込んでやろう!」
「ああいや、違いますよ」
リインはにっこりと笑って言った。警戒を解くようにひらひらと手を振る。
「いやですね、ご依頼主。私は貴方の依頼を受けた冒険者です。即ち学院の宝物を狙う悪党を懲らしめる番人! 貴方の味方である謎の剣士です! ぎゃは!」
「はあ!? 何を言っているんですかリインさん。何が謎なんですか」
「リインとは誰のことです。このサングラスが見えませんか。これを掛けているものは誰だか分からないことになるのでしょう? 即ち私は、貴方達を誅するために訪れた冒険者なのですよ!」
「えぇ……?」
何を言っているのだ彼女は。「いやオレ達が受けたのだがな」とトールも言っとるわ。ワイエス爺まで首を捻っているぞ。
「ふむ……何となく分かったぞ。お前はあれか、あのクソガキと金色バカを殺したいのか。なんだ、儂と同じか!」
「違いますよ。私は謎の剣士です。決して仲間外れにされた腹いせでも、これを機にジョット君と切り結びたいとも、ノアと一度全力で切り結びたいとも思っていませんからね! ぎゃは!」
「成程な! であれば戦列に加えてやろう! お前と組めば良い具合に殺せそうだ! ゲシャシャ!」
「おいジョット。変な笑い方をする奴が二人に増えたぞ」
「俺のせいじゃない。あいつのせい。知らなかった。すまない」
「謝ってる場合じゃないでしょ……リインさんって金等級の冒険者じゃない……どうするのよ……」
いや本当に知らなかった。なにやってんの? いくら何でもここで組む奴がある?
「ふ、ふざけないでくださいよ、リインさん……! いくら私が自慢したからって……! あと似合ってませんよそのサングラス!」
「また君のせいかよノア」
「リインとは誰のことです? しかし、誰かさんはきっと苛ついたでしょうね! あと私だってこんなの掛けるの嫌ですよ。暗いんですよこれ」
「だったら外して元のリインさんに戻って下さいよ」
「ぎゃは! もう戻れませんよ! 貴方のせいで私はこんな茶番に身を投じるのです! 責任を取って下さいね」
「責任ですってぇ?」
彼女が彼女なのは彼女自身の責任だろう。そう思っていることが伝わってしまったのか、「おや分かっていないので? まあ分かってはいましたが」とリインは不敵な笑みを見せた。
「では、ここで語ってあげましょうか! 即ち私とジョット君の出会いの物語。それは私の来歴でもありますが、それが真逆に変化した話でもあるのです!」
「ああ、占いをしたときの話ですか? 別に大したことは言ってないでしょう」
「ぎゃは。寂しいことを言いますね。視点が変われば価値は変わりますよ。ジョット君に私の心を見せてあげましょう!」
「ノア、この隙に切ってやれ」
「えっ!? 私が知らないジョットさんですか!?」
「おい、ノア」
しかし、ノアが耳を傾けるのであれば、この場にリインの語りを止める人間など存在しない。爺まで「修羅場か!」と目を輝かせている。俺は渋々聞く姿勢になった。
「私はちょっと楽しみですわよ。ブレイク君がどのように人を誑かしたかを、ね?」
「俺の視点では大した話をしていないが、リインさんの視点では違うと。どうする? 気の狂った視点で血みどろのホラーを話されたら」
「そんなものではありませんよ。というかやっぱり忘れていますねジョット君! 私達の甘美なる思い出を!」
「いや、それについては非常に印象深く覚えていますよ」
「ほう、それは何故?」
リインが問う。俺は思い起こす。ノアと出会う前の話。随分と下らない話をしたように思うが、それだけは覚えている。
「俺は、太陽が燃えるところを見たのですから」
その興奮に押し流されて、他の下らない事は忘れてしまった。