芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第42話 殺し方が足りない

 

 

 

「──という、感動的な話があったんですね! ああ懐かしい!」

 

 長々と話し、リインはそう結んだ。顔を赤くして恥ずかしがるように頬に手を当てている。

 

 対して、俺に向けられるのはドン引きの眼である。マルガレーテは言った。

 

「あ、貴方、ブレイク君……ちょっと印象変わりますわよ……怖いと言うか、不気味と言いますか……」

「それ以上に、こんな大事なことは忘れちゃ駄目だろう。今からでも遅くない。ジョット、責任を取ってあげるんだ」

「私が知らないジョットさん……そんな事を言っていたんですね……難しくて殆ど分かりませんでしたが……」

 

 口々に言ってくる。しかし俺としては完全に忘れていたので、なんだか覚えのない理由で責められている気分だった。

 

 加えて少し、今の話には不満点があった。いや、現在進行形で不満がある。何せリインは、満足したように笑っているのだ。

 

 俺は溜息を吐いて言った。

 

「それで、リインさん。貴方はその理念の下に、俺とノアを試しに来たと、そういうことですか」

「私はリインではありませんが、彼女ならそう言うでしょう!」

「散々思い出話をしてまだ続けますかそれ?」

「まあ体面ということで。しかし、ジョット君。何かご不満が? この話に何か不満点や修正点があるのです?」

「ありますよ。俺が本尊なんてものに祀り上げられていることです」

「おや! 何のことかと思えば……」

 

「ぎゃは」と笑い、リインは自慢するように言った。

 

「それは当然の扱いですよ。何せジョット君は、私の人生を変えてしまったのですから! ぎゃは、どうですかノア? 私はね、貴方なんかよりずっとジョット君を想っているのです。なのにジョット君はノアに夢中と! 悲しくて喧嘩の一つでもふっかけなければやってられませんよ」

「なっ! 何を言いますか! 私だってジョットさんを、その、ほんぞ? にしていますよ! たぶん!」

「本尊な。しかし、その年で禅宗を解するかクソガキ。そのせいで一人の若者が魔に堕ちたぞ」

「魔であろうとも私には仏。この世の一切が無など妄言! 現世の享楽を享受するが我が信仰にして本尊なのですよ」

 

 そう言ってリインは剣を抜く。ノアが憤りと共に剣を構える。トレージとマルガレーテが半分自棄になったように杖を抜く。

 

 そして俺は、自ら進んで先頭に立ち、リインに杖を突き付けた。

 

 彼女の目が意外そうに丸くなる。

 

「おや、珍しいこともあるものですね。貴方が望んで私と対峙するとは。そんなに本尊扱いがお嫌で?」

「嫌ですね。というかがっかりしてしまいましたよ」

「ほう、失望と……。それは何故に?」

「貴方はまだ、そんなところで留まっているのか、という失望です」

「は」

 

 やはり魔境は魔境でしかないのだろう。このまま広がり続ける事を期待していたのだが、リインは一度の大悟に全てを満足してしまっている。

 

 何が本尊だ。思い出したが、俺が言いたかったことは、そんな考え方すらも打ち捨てて、燃え上がってしまえということだったのだ。

 

 世界征服なんて言ったことを忘れていたのも当然だ。俺はてっきり、そこから更に広がると思っていたのに、まだそこに囚われているとは残念極まりない。

 

 まあその先が何かってのは俺自身も分からないが。それを見せてくれると期待したのが俺である。

 

「俺如きを頭上に戴いていては、広がるものも広がりませんよ。折角開けたのに開き方が中途半端だ。下らない」

「ちょ、ちょっとブレイク君? 流石に酷くないかしら? リインさん固まってしまっているのですけれど」

「だから魔境は魔境でしかないんだ。悟った後を見誤りましたね、リインさん。俺は貴方のことが嫌いになってしまいそうですよ」

「……ブレイク君……どうしたの? ちょっと、怖い……かも、よ」

 

 マルガレーテが狼狽えたように言う。しかしこの際、徹底しなければならないということを言わなければならないだろう。

 

 俺は杖を突き付ける。リインと眼が合う。リインの眼を見つめて言う。

 

「まだ、殺し方が足りないんだなあ──」

「──ひ」

 

 リインの顔が引き攣る。「ひ、ひ」と引き攣った笑みを浮かべる。「ひひ、ひひひ!」剣を空に向け翳す。

 

「流石、流石は、我が本尊! 己さえも切り殺せと言いますか! 貴方は本当に信徒思いの本尊ですね。であれば、であれば! その意を汲み、一刀の下に両断して差し上げましょうとも!」

「おい、儂の魔術を切ったのは殺すのを止めるためじゃなかったのか? まあ儂は良いのだが」

「私が間違っていました。試すなどとはどの口が言えたことだったか! 挑むべきは私の方だったのです。大悟徹底のためには本尊も己自身も殺さなくては!」

 

「ぎゃははははは!」とリインは一足に距離を詰め俺の首を狙ってくる。すかさずノアが飛び込む。鉄音。

 

「本気ですかリインさん!? いくら貴方の頭がおかしいからって、本気で殺すなんてありますか!」

「私は狂っていませんよ。ええ、まだまだ全く狂っていなかった! その証左が貴方如きに止められるこの剣です!」

「そうだ、ノア。リインさんは全く狂ってない。中途半端だ。殺し方が足らんね」

「うわあどうしましょう!? ジョットさんも頭がおかしいです!」

 

 ノアは酷いことを言う。俺は自分が殺される気も、殺す気もこれっぽっちもない。ただ化学反応が見たかっただけだ。

 

 そら、太陽フレアが見える。どうだ、太陽風が吹き荒れている。しかしまだまだ足りないだろう。これが限界な訳がない。

 

「じゃあ、やりましょうかリインさん。そして巻き込んでしまって申し訳がないですね、トールさん達。せめて魔術が届かぬように壁を張っておきますよ」

「ええっ!? いいよそんなの! おじさん、ジョット君の活躍をかぶりつきで見たいなあ!」

「へへっ……がくせーが華麗に勝っても、ボロ雑巾のように負けても、どちらもお得……!」

「頼むから私をこいつらから離してくれ」

「……視界も音も塞ぐようにしておきますね」

「ええっ!? そんなあ!」

 

 石の上に石を囲んでドーム状にし、おじさん達を見なかったことにする。よし。これで集中できる。

 

「なんだ、異様に頭が冷えているようだね、ジョット。まあそのお陰であちらは燃え盛っているのだけれどね。あの冒険者も、お爺様も」

「言っている場合かクソ孫よ! 儂は本気でお前達を殺すぞ! ゲシャシャ!」

「黙っていて欲しいな。あんたは端役だよ。主役を邪魔しないでくれ」

「言うかクソガキ!」

 

 言う。言った。「トレージ! マルガレーテ!」目の前で組み上げられる黒炎の魔術を杖先で指し、俺は言った。

 

「基礎魔術を六属性、単純なものを組み上げ続けてくれ。操作は俺がやる。貯め込めるだけ貯め込み続けろ」

「僕達は資源に徹しろって? 力不足かい。悲しいな」

「お前、戦闘は不得手だろう。俺に殴られたのを忘れたか」

「……で、ブレイク君は得意だと? ワイエス教授はその道の第一人者ですわよ。今度は拳骨の一発で済みますかしら?」

「安心しろ。これからやるのは戦闘じゃない」

 

 片手で金色の杖を操り、基本六属性、組みやすいように単純な魔術式で設置する。それだけであればいずれ四散する単純な現象に過ぎないが、場合によっては魔石よりも使いやすい魔力貯蔵器として機能する。

 

 そしてもう一方の腕に銀製の長杖、先生の杖を地面に突き立てる。

 

「起動。回転開始、空間指定、術式運用──」

 

 回せ回せ。ぐるりと回せ。文言を紡ぐと共に"眼"を開く。太陽と銀河が衝突する後方、組み上げられる術式を睨む。

 

「まずは水か」

 

 完成し、発動する直前の術式へ向け、俺は致命的なエラーを引き起こす魔術式を放った。

 

「ほお!」

 

 ワイエス爺が驚嘆を露わにするように笑う。「対抗呪文か? いいや、その程度の代物ではないな! まさか、お前には見えているのか!?」オリジナルの使い手が故に、その理解は深いのだろう。一瞬で看破してきた。

 

 これはかつて、トレージを殴ったときに使った方法である。魔術を無意味にする術式を放り投げれば、魔術は霧散してしまう。

 

 かつては思い付きの不出来な代物だったが、今は洗練され、たった一文に効果を発揮する。しかし爺は「面白いぞお前ッ!」と笑い、あくまで同じ魔術を組み上げる。

 

「もう対策を施してきたか。伊達に年を食ってない」

「冷や水を気取るにはぬるいわクソガキ! そら解いてみろ!」

 

 ワイエス爺が組み上げたのは、先の術式に対策を施しただけでなく、より複雑化させ外部へのプロテクトを構築した術式だ。眼を細め、その仔細を観察する。見えた。

 

「土に、光か。手が早いな」

「チッ! おい回転が足りんぞ儂の脳! もっと速く速くに回れ!」

 

 この戦いは、従来の魔術師の戦闘とは一線を画したものだった。剣のように魔術をぶつけ合うのではなく、もっと高度な次元で争っている。

 

 構築と解析と解体を主戦場にしたその争いは、魔術式というプログラムを随時書き換えながら行う、クラッキングとプロテクトの攻防に似ている。互いに既存の魔術に満足していては行えない、同格以上の敵が居るからこその戦い。

 

 俺らしくはないが、楽しくなってくる。しかし、この戦いもまた、この場においては端役に過ぎない。主役は目の前に輝き衝突し、剣を打ち合い熱狂に叫ぶ。

 

「そら! そら! そらそらそらぎゃははははははは! お前はこの程度ですかノア! この程度でよくも我が本尊を己のものと!」

「ジョットさんっ! これもう無理ですよっ! 無敵の魔術でなんとかして下さいよォ──ッ!」

「なんだ情けないなノア。お前は太陽を含み超える銀河だろうに」

「いやーえへへ……ではなくっ! そもそもジョットさんが悪いんでしょうがっ! これもう人を弄んでいるって話じゃないですよ!?」

「リインさんは気に入っているようだから大丈夫だろう。そもそも気に入らないで欲しくはあるが」

 

 右手のステッキで爺の魔術式を打ち消しながら、左手の杖でノアの加勢をする。

 

 瞬きの間に繰り出される無数の斬撃を掣肘するように石壁を練り上げ、肉を裂くように風を放つ。しかしリインは切り伏せる。調子が上がってきたか。

 

 六属性を光線として放ち、ノアの剣が首を狙う状況下に、リインは狂ったように猛々しく笑い、一刀を以て全てを凌駕する。その様にノアは「こわぁ……」とドン引きしたような顔を見せた。

 

「うん。綺麗ですよリインさん。燃えていますね。きらきらと。だからもっと殺しに来て下さい」

「は! は! ははは! その、眼! その何もかもを見通したような眼を私は! その眼の先を永遠に私に! ひひ、ひひひひひ!」

「これ以上挑発するようなことを言わないで下さいってェ──ッ!」

「いや、挑発するよ。面白いなあ。楽しい。本当に楽しいな! あはは!」

 

 そんな風に調子に乗っていると「あの……ブレイク君?」とマルガレーテが微妙そうな顔を浮かべて言った。

 

「うん? なんだマルガレーテ。この美の前に口を挟むなよ。いや君には見えないか! それがとても残念極まりないな!」

「いや……あまり言いたくないのだけどね、ブレイク君」

「言いたいことがあるのなら言えば良いだろう」

「じゃあ言うけどね……今の貴方の言動、ワイエス教授にそっくりよ……」

「えっ」

 

「あっ、言っちゃった」とトレージまでもが言ってきた。「まあ、そうだよね。殺してやるから殺しに来いって、お爺様とそっくり。いや、そのままだ。笑っちゃうくらいに」

 

 えっ、いや。いやいやいやいや。そんな事はないだろう! まさか俺がこの気が狂った爺と同じ筈が……!

 

「いや、いやいや。俺は単に美しいものを見たいだけだ! 対してワイエス爺は殺し合いなんて頭のおかしい目的のためだけに動いている! 俺の方がずっと芸術的で文化的だ! 芸術的で文化的な異世界生活を目指して!」

「急に何を言いだしているのよ貴方……。いや、同じようなものでしょ。どっちも理解しがたい目的なのだから」

「俺はちゃんとリインさんの同意を得ているだろう!」

「お爺様だってあの手この手で無理矢理にでも同意を得ようとしてきただろう。そして君の方がもっと質が悪い。人を誑かして自分の思うとおりにさせようとしているんだ」

「そ、そんな事は……! お、俺はただちょっと、人間の究極を見たかっただけで……!」

「それでいつか世界を滅ぼしそうだね君。そうでなくても刺されそうだ。弔辞はあげてやらないぞ。僕まで刺されそうだ」

 

 ひ、酷いことを言ってくる! いや確かにやっていることは同じような……。

 

「と、というかそんな事を言っている場合か! 今戦闘中だぞ戦闘中! しっかりしろ!」

「貴方これは戦闘じゃないって言ってなかったかしら?」

「ええい揚げ足を取るなニュアンスだニュアンス! というか爺本当にしぶといな……!」

 

 正直言って、俺はトレージとマルガレーテの助力で、処理速度に下駄を履いている状態なのだ。魔力リソースと魔術の生成を肩代わりして貰っているお陰で操作だけに集中できる。

 

 しかし爺はたった一人でこちらと対抗し、どころか一手ごとに前の手を上回ってくる。構築はどんどん複雑化し、一方で改竄不可能な部分は洗練を極めている。流石に化物染みているな。

 

「ぐちゃぐちゃと言っている場合かクソガキ共が! そろそろ儂にはこの殺し合いの勝ち筋が見えてきたぞ。殆ど無意味な技術だが、複雑さもまたパターン化するとな!」

「チイッ!」

 

 言って爺は組み上げる魔術の数を増やしてきた。そうだ。分かってしまえば対抗は簡単だろう。爺が言ったように、複雑さもまたパターン化することが出来るのだ。

 

 言ってしまえば、それは本来の魔術式には不要な部分だ。効果を発揮しない、どころか威力を下げる余分なノイズ。であればそこに目的達成のための式は必要ない。キーボードを無意味に叩くように、無意味な術式を叩き出してしまえば良い。

 

 それでも単純なものならば直ちに解析できるが、爺はノイズに独自のパターンを生み出してきた。即ち、解析に時間がかかるような高度な魔術式を複数個用意し、それを随時に組み替え、挟み込むことにより、解析を困難にさせている。

 

 それが、解析側のパターン化を防いでいる。そして小賢しい事に、高度な魔術式さえも一手ごとに変化を見せてくる。

 

 暗号は、長く使われるからこそ法則が見えてくるのであり、一つごとに変えられてしまえばいたちごっこにもなりはしない。俺が辛うじて対抗できているのは、爺の意図をこの"眼"で見ることが出来るからに過ぎない。

 

「……いや、簡単に言っているけど、お爺様も君もどっちも頭のおかしいことをしているけどね。何の役にも立たない技術が異常な速度で発展しているよ。学院の教授陣が見たら泡を吹きそうだ」

「ふん。お前はまだまだだなクソ孫よ。儂は中々価値のある技術だと思うぞ。昨今の魔導機械の発展を予見するに、高度な技術への防衛として……」

「今だ隙あり行けノア!」

「あっ、お前それはなしだろうが! 折角盛り上がってきたのに!」

 

 そろそろ手に負えなくなってきたので、情けないがノアに倒して貰うことにする。

 

「は……はいっ!」とノアが飛び出し「余所見を!」とリインは当然に行く手を防ごうとする。だがこちらに向かわせることは出来る!

 

「さあ行きますよリインさん! 殺せるものならば殺してみせろ! 全く殺されるつもりはありませんがね!」

「ぎゃは! ぎゃはははは! そうそれですそれが欲しかった私を見ろよ我が本尊ッ!」

「貴方がまだ言うならば! じゃあ後は任せたぞトレージとマルガレーテ!」

「えっ僕ぅ!?」

「無茶振りが過ぎますわよ貴方!」

 

 爺の相手を二人に任せ、全神経を先生の杖に集中させる。この短時間で随分と魔術式構築への理解が高まった。ならば今こそ出来る筈だろう!

 

「空間指定! 術式運用! 回転回転回転回転──」

「ぎゃは──がら空きですよジョット君!」

 

 リインが迫る。飛び出したノアがこちらを向く。足下に、地面に集中する。そこに擬似的な脈を生み出し、一帯を支配する。

 

 振るわれる剣は恐ろしい。だからこそ、それが遠くに行けと念じ込めて──。

 

「──空間転移!」

「はぁ──ッ!?」

 

 ぬるりと、擬似的な地脈を動かす。ダンジョンのように生きた神経をこの場に巡らせ、そこにリインを取り込み、放り出す。

 

「嘘だろうクソガキ!?」とワイエス爺が一瞬、全ての手を投げ出して言った。「お前、面白すぎるだろう!」

 

 その喜色に満ちた顔へ、「えいっ!」とノアが蹴りを放った。

 

 

 

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