芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第44話 また一人

 

 

 

 結局、件の女神像は公爵家の倉庫で秘密裏に保管されることになった。

 

 マルガレーテは女神像を見て、開口一番に「……破壊しましょう!」と言ったのだが、全力の説得でそれを止めた。しかし、それで話が行った公爵家の当主様、つまりはマルガレーテの父親が保管を決めたのには、制作者であるグノウに思うところがあったかららしい。

 

 五十年以上も前に旅立ったのであれば、マルガレーテの父親よりも年上である。話を聞くに、中々良くしてくれたらしい。それで、破壊するのは忍びないとして、こんなものを公爵家が抱えるリスクを考慮しても、保管するに至ったという。

 

 幸いにして、ワイエス爺が起き上がる前に、マルガレーテがあらかじめ待機させておいた家中の人々に受け渡した結果、あれを目にしたものはごく少数である。俺とトレージとマルガレーテ、そしてリインだけだ。

 

 おじさん達は石の中に居たとして、ノアに見せなかったのは何故か。口が軽いからである。当人は不満げな様子だったが、マルガレーテの膝枕を更に生贄に捧げることで片は付いた。

 

 で、残った問題が一つ。いや二つ。

 

「それで、ブレイク君はいつ私の家に来るのかしら? お父様はそれはもう、ええ本当にもう待ち望んでいますのに。何せ長い話になりますからね」

「ん? 僕は十数分だけで……いやそうだなジョット! こういうのは直接面通しした方が何かと良いだろう! たぶん」

「ええ、その通り。ワイエス君は秘密を守って下さる方ですもの。しかし貴方には信用が置けませんわ。是非ともいらして下さる?」

 

 これである。確かにトレージは秘密を守る奴というか、研究内容的に守らざるを得ない奴だろうが、それにしたって俺への信用が全くない。

 

 いや、気持ちは分かるがね。何せグノウの女神像は公爵家の醜聞だ。いくら俺が理念としてその秘密を守る所存だとは言え、お家大事のために確実な何かを取り決めたいのは貴族として当然のことだろう。

 

 しかし、今俺は忙しいのだ。何せ、あの一件があってから、何かと爺がうるさいのである。

 

 放課後の中庭に、備え付けられたテーブルに肘を付きながら俺は言った。

 

「マルガレーテも知っているだろう。空間転移──この言い方嫌いなんだが──に関する論文を書けって爺がせっついてくるからな。休む暇もなければ公爵家にお邪魔する暇もないんだ」

「それは……理解しているつもりですわ。寧ろ、その一件もあってお父様は顔を合わせたいと仰っていますのよ」

「それは利益の独占のために?」

「逆ですわ。帝国内外からの脅威からブレイク君を守るためです」

 

 本当かどうか疑わしい物である。そして、そんな脅威なども来るかどうか疑わしい。

 

 何せ、俺が実践した空間転移の理論とは、その殆どがジーニス先生の論文に依拠するからだ。

 

「下らないね。実に下らないよ。俺がやったことは、先生の論文に空間転移という、それはそれは魅力的なパッケージを付けただけだ。今更画期的な発見だの騒いでいるのは、先生の理論が今まで理解できなかった無様の証明だろう。生命的な脈と回転の術式を見直せと言いたい」

「まあ、確かに君のやったことは、後から説明されれば点と点を線で繋いだようなものだったが、それにしたって偉業には変わりないだろう」

「それで俺だけが称えられるのが気に食わん。絶対に共著者として、いいや筆頭筆者として俺の名前の上に置いてやる!」

「それって君の先生に責任を押し付けることにならないかい?」

「それも狙いではある」

「あるのかよ」

 

 と呆れたようにトレージは言うが、だってこれ貴族のお偉方が思い描くような魔法的なものではないのだもの。

 

 杖を振ってぱっと消えて現れるおとぎ話的な術式ではなく、地脈に擬似的な神経を生み出してその中を通すという、中々に負荷が重い、そして効果的にも名前負けしている魔術なのだ。

 

 まあ技術的には今後の発展を見るとして、問題なのは、その発動に先生の杖が前提としてあることだ。

 

 既存の技術を遥かに超えた杖があったからこそ、そして魔力リソースが三人分あったからこそ、俺は個人で空間転移を実現することが出来たのだ。その辺りの説明も論文に盛り込むとなると、本当に先生の存在が重要になってくる。何せ俺ではまだあの杖を完全には解析できていないのだ。

 

「それに、あの杖には先生の先生も関わっているらしいから、それに関しても伺いを立てなければって事で、論文の編纂と並行して先生の居場所を探しているんだが、どこに行っても見当たらん。あのハゲどこに消えやがった」

「あら、もう一ヶ月以上経つのにまだ見つかってないの? 意外ね。とても仲がよろしかったと記憶しているのですけれど」

「そう、仲が良かった……良かったはず……そう思っていたのはまさか俺だけ……!」

「アルケシア君、どうやら気にしているようだから言わないであげよう」

「そ、そうね……ごめんあそばせ……」

 

 おほほ……と何時ものようにマルガレーテが誤魔化し笑いをしたところで、「やっ」と俺達に話しかけてくる姿があった。

 

 メイヴン先輩である。もう夏が近く、衣替えも済んだというのに今日も長い髪をふらふらさせている。鬱陶しくないのだろうか。

 

「こんにちはメイヴン先輩。それで、謎の初代学院長からの返事はありました?」

「いやあ、全く来ないねえ。そもそもぼくだって伝手なんてないしね。手紙を机の上に置いているだけで、何の変化も起きないよ」

「となるとやっぱり先生を探す必要が出てきますか……。ただでさえ忙しいのに無駄な手間をかけさせやがって……」

「まあ、根を詰めすぎないようにね。あ、そうだそうだ」

 

 メイヴン先輩は思い出したように言った。

 

「オリハルコン製の剣だけどね、もう少しで二つとも完成しそうだよ。結構長くかかっちゃった。ごめんね」

「いえいえ、先輩も忙しいでしょうにありがたいことです」

「まあ、こんな風に根を詰めすぎずにやっていった方が良いよ。学生で過労死なんて笑えないからね。あはは」

 

 そう言ってふらふら手を振りながら先輩は去って行った。全くためになることを言ってくれる人である。

 

「というわけでマルガレーテ、忙しいからまた今度な」

「そんなに忙しいなら仕方がありませんけど……何時かは顔を出して下さいね? リインさんだって来られたのよ?」

「そういやそんな事を言っていたっけね。迷惑かけなかった?」

「……まあ、かけられませんでしたわよ。ええ、公爵家自体には」

「何をやらかしたんだ……」

 

 そろそろ空が暗くなる時の、そんな会話だった。

 

 

 

「で、先生はどこに居ると思います? 伯爵」

「さてね。放っておけば向こうから来るのではないかね? ミスタ・フルンゼの性格を思えば」

「その放っておくが出来ないからこうして伯爵まで探し出す羽目になったんでしょうが」

 

 週末の休日、俺は久しぶりに伯爵と相対していた。場所は帝国西都のスラム街近く、一向に整備されない奴隷市場の真ん中である。

 

 先生が見つからないとなれば、知ってそうな人間に尋ねるしかない。そう思って俺は伯爵を探し出したのだ。彼が訪ねそうな場所はこの奴隷市場に決まっている。

 

「しかし、私は知らないよ。むしろどうして私が彼の所在を存じているものと?」

「伯爵は帝都のことを何でも知ってそうじゃないですか」

「フフフ、そう見えるかね?」

「主にスパイとか間諜として情報収集してそうじゃないですか。死ぬほど怪しい」

「そう見えるのかね……?」

 

 しかし、そんな地価最悪の土地にも関わらず、俺達はテーブルセットに着き、白磁のカップで茶などを飲んでいる。伯爵は香りを堪能するようにカップを傾けるが、その優雅な一時を邪魔する声が響き渡った。

 

「はいらっしゃいらっしゃい! 安いよ安いよ! ウチの奴隷屋はなんと茶付き! 商品の品定めと同時に茶まで楽しめちまうんだ! こりゃあお得だねえ!」

「……ミセス。その、売り口上は本当に必要なのかね? 少々気が散ると言うか……」

「何を言ってんだいアンタは! ウチは奴隷屋だよ! 茶をしばきに来るところじゃないよ! 本命はそこの家政婦達なんだから!」

 

 そう言ってランダマおばちゃんは店の前、道路を不法に占拠しながら広がるテーブルセットの数々を指差した。中々に混雑しているその中には、家政婦姿の女性達が忙しそうに働いている。

 

「まったく! 事業拡大として喫茶店に手を出したは良いけれど、茶をしばきに来る客だけが増えちゃ本末転倒だよ! ほらそこ! 家政婦に声を掛けない! ウチは無料のキャバクラじゃないんだ。声掛けるなら買ってからにしな!」

「……茶器も茶葉も、そして家政婦も上等なのに、どうしてこう、こうなのかね」

「そりゃあ、かのブレイク商会に卸して貰っているからに決まっているじゃないか! いつもご贔屓にねえジョット坊ちゃん!」

「君のせいかねこれは」

 

 そうだがそうではない。事業拡大を決めたのはランダマおばちゃん当人である。で、渡りを付けてくれと言うから俺が実家に話を持って行ったのだ。

 

「兄達も当初は難色を示していましたが、気迫で勝ちましたね。あれは全く気迫勝ちでした。兄達も良い勉強になったんじゃないでしょうか」

「確かにその勉強のお陰か、中々の設えだ。取り合わせは最悪だがね。もう一度言うが、取り合わせは最悪だがね」

「なんで二度も言ったんだい! ほらノア! アンタも言ってやりな!」

「えっ!? ええーと、お茶を注ぎましょうか……?」

「いや、結構。……それにしても、何故、君まで家政婦の格好を?」

 

 伯爵は訝しむようにノアを見た。彼女は先程から直立不動の姿勢で俺達の席に付いている。その服装は、他の女性達と同じく地味なメイド服である。

 

「そりゃアンタ、アンタらがウチの商品を買う気がないからだよ! そんなのに商品を付けていても無駄ってやつさ! だから家政婦失格のノアで満足しておいてくれ!」

「失格とは、君はそれで良いのかね……?」

「ま、まあ、ランダマさんにはお世話になりましたし……ここが実家のようなものですし……お手伝いをするのも良いかなあと……」

「何言ってんだいノア! ここは実家じゃないよ! アンタの家はそこで怪しい男と茶をしばいているじゃないか! ちゃんと手綱を握っておくんだよ!」

「は、はいい……!」

「本当に気の良い子なんだから! 金だって入れる必要なんかあるかい! ジョット坊ちゃんがしゃんとしていないのかい!? 私が亭主を捕まえた時はだねえ……!」

「あっ、お茶! お茶入れますね!」

 

 話が長くなりそうなのを察したのか、ノアが空いてもないカップに茶を入れてくる。「ありがとう。チップを弾んじゃおうかな」と金貨を握らせれば、「お小遣いですかっ! わーっやりましたーっ!」と無邪気に喜んでくれて可愛らしい。

 

「ほらみんな、注目だよ! これが駄目な例だよ! 金貨を見せびらかすように喜ぶ家政婦があるかい!」

「えっ!? 駄目なんですかこれ!?」

「ふふ、ノアは気にしなくても良いだろう。君は家政婦じゃなくて冒険者だからね。ランダマおばちゃんも分かっているから、指導も叱りもしないんだ」

「そしてこれが駄目な主人の例だよ! 家政婦に金貨を握らせてくる主人なんて碌なもんじゃないからね! こんな事があったらすぐに上司や奥様に相談するようにね! 分かったかい!」

「ふふ、俺もか」

 

 まあ今金貨を出したのは別の意味があるのだが。伯爵もそれを酌み取ったのか、「ふうん?」と興味深そうな顔を浮かべた。

 

「チップに金貨を出すとは、随分と羽振りが良いな、ジョット君。しかし私は何も知らないよ。ミスタ・フルンゼの居場所については本当にね」

「伯爵にこんな下品な手が通じるとは端から思っていませんよ。いや何、伯爵にはもう一つ用がありましてね」

「ああ、そうか」

「ええ。金銭的余裕が出来ました。そろそろ入学当時、伯爵が紹介してくれるはずだった人を迎えても良い頃かと」

 

 伯爵を探していたのはこのためでもあった。忙しいとは言っても、俺が書くべき所は大体書いたのだ。後は先生の論文の編纂作業であって、それも先生自身を探し出さなければ話が始まらない。あの杖に関してと、それ以外についても論文として残されていないからな。

 

 で、どうせ方々出かけなくてはならないのならば、人一人の世話も兼ねてしまおうと思ったのである。金の出所は多い方が良いからな。

 

 しかし、伯爵は微妙そうな顔を浮かべた。珍しく、眉間に皺まで寄せていた。

 

「あー……今かね。よりにもよって今かね。いや、これも運命と言えば運命だが、それにしたって……」

「どうしました? 何か不都合があれば別の機会にしますが」

「いや、都合は良いんだ。良すぎるくらいにね。ただやっぱり時期が……」

「時期が悪いおじさんのような事を言いますね、伯爵」

「お、おじさんって」

 

 パソコンだって買いたいときに買えば良いだろう。そう思わないか? なあノア。「ええっ!? 私はお役御免ですかぁっ!?」なんでそうなる。

 

「だ、だってジョットさん、私というものがありながら、別の女にまで手を出すって! そうやって古い女は追い出すつもりなんでしょう!? リインさんみたいに! 私が来たときのリインさんみたいに!」

「リインさんを侮辱するような言動は止めなさいよ」

「……これも宿命だよ、ノア。家政婦である以上はね、主人の浮気には文句を言えないんだ。いっくらクソ男だと思っていてもね。それが嫌なら金玉を握って隣に居座る必要がある!」

「握るんですか!? 私の握力だと潰れますよ!? こう、ぐしゃっと!」

「下品な言動も止めなさいよ」

 

 そして伯爵はさっきからずっと「時期が悪い時期が悪い」と完全に時期が悪いおじさんと化している。こうなればその時期を待つしかないかと、ノアへの説得も考え始めたところで。

 

「あら、時期は良いでしょう。運命的ですらある。そうでしょう、伯爵」

 

 と、そんな声が掛けられた。

 

 どこに居たのか、どう現れたのか。彼女は俺の後ろに立っていた。振り向く。色彩が眼に入る。銀色と赤。非人間的な髪色と瞳の色。

 

「はじめまして」彼女は薄く微笑んで言った。「私はユラウ。ユラウ・ユラクロン。貴方がジョット。ジョット・ブレイク君だね」

 

 彼女は──ユラウは、漆黒のマントを翻し、つば広の帽子を傾けながら、そう言った。

 

 ……どこからどう見ても吸血鬼だった。

 

 

 

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