ユラウが現実を前に狼狽えている間に、ぞろぞろとおじさん三人組が勢揃いした。何時ものように気怠そうにしているファットと、何時ものように申し訳なさそうにしているスレンダーである。
そうしてトールは、一枚の依頼書を俺達の卓に置いた。
「実はね、丁度良い依頼があるんだ!」
トールが指し示した地名は、レクト村というアルケシア公爵領にある小村であった。そこで村人全員が一晩で消えてしまったのだという。
「レクト村は、ここから馬車で一日ってところかな。いやあ流石に帝都から公爵領にってなると、最新の馬車でも随分かかるよね」
トールはニコニコと笑みを浮かべて顔を近づけてくる。ノアが「しっ!」と追い払えば、珍しく素直に引っ込んだ。
「ま、結構楽な仕事だよ! おじさん達の仕事は、その村で何があったのかを調べることじゃない。本格的な調査隊を設置するための先遣役として、周囲の魔物を狩ったり、現在の地形を把握したりっていう仕事さ。だからジョット君には馬車の中で座って貰って、是非ともおじさんの仕事ぶりを……」
「何を言っているんですかトール。これ緊急依頼でしょうが」
依頼書を読み、眉間に皺を寄せてリインが言った。
「緊急依頼というと?」
ノアの疑問にリインが答える。
「その名の通りですよ。何が楽な仕事ですか。何があるか分かったものではない場所に突っ込ませて安全を確保するという、非常に危険な任務ですよこれは。だからギルド側からも等級と人数に制限が掛けられているのです」
「銀等級五人以上か、金等級二人以上……って書かれていますね。それでトールさんは俺達に話を?」
彼らは三人組である。三人ともに銀等級ではあるが、これでは条件をクリアできない。それで俺達に話しかけてきたのだろうか。
「おい、どういうつもりですか。ジョット君を口先で丸め込んで連れて行くつもりだったと? 何とか言いなさいよ、おい」
「……エヘ!」
「決めました。剣の錆にしてあげましょう」
「ま、待って待って! おじさんにも事情があるんだよジョット君!」
言ってトールは俺に縋り付こうとして「しゃっ!」とノアに威嚇された。今度も大人しく引き下がった。珍しい。
「だーから言ったじゃねーかー……」とファットが気怠げに言った。
「危険なら危険だって伝えて頼めば良いじゃねえかよー……面倒くせえやり方すんじゃねえよー……」
「その危険と伝えるのさえ意味がないと言っているんだよ。オレ達は何があってもジョット君を危険に晒さない。であれば、無駄に脅かすことに何の意味があるのかね? オレはジョット君を脅かしたくなどないのだよ」
「こいつ本当にこの子が絡むと面倒臭くなるな……。いやほんと、すまないね。何時も何時も」
スレンダーが頭を下げた。「だが、その上でどうか受けて欲しい」と彼は言った。
「こいつはどうにも、君の前だと格好付けてしまう。大事な事情があるというのに。弱味を晒したくないのか、困った奴になってしまった」
「はあ。その大事な事情って何ですか?」
「この依頼が、私達の金等級昇格に重要な意味を持っているからだよ」
スレンダーは俺と目を合わせ、丁寧に言った。
トールは「いやあ何というかね、エヘヘ……あんまり言いたくなかったんだけど……」と照れくさそうに頭を掻いている。
「人数に条件があるというのが肝なんだ。この依頼は銀等級五人以上が必要になってくるが、私達だけでは足りない。つまり、他の冒険者と協調が取れるかのテストになる。或いは人脈を作る能力があるかのテストだね」
「そして、がくせーも必要になってくるんだよなあー……。魔術的な面からも危険がないかの調査報告を上げれば、心証はより良くなるからな……」
「金等級になれば関わる世界はずっと広くなる。それこそ貴族とも直接取引することもあるだろう。そういうことを勘案して、ギルドは私達にその能力があるかどうか示せと言っているんだ」
「だから、素直に頼むのが普通なんだけど」と、スレンダーはトールを見やった。
トールは照れくさそうに笑っている。
「いやあ、実はそうなんだけどね。もう、なんで言っちゃうかなぁ……『実はあの時、ジョット君のお陰で昇格できたんだよ!』ってサプライズをしようと思っていたのにさ!」
「それで危険性を説明しないのは詐欺だろう。後で問題になったらどうする。この間だって、帝国学院からの依頼を無理矢理受けたことを散々言われただろう」
「でもジョット君にはさあ……何時だって格好付けたいっていうかさあ……分かってくれる?」
「分かりませんが、説明には納得しました」
最初からそう言ってくれれば良いのに。しかし、受けるかどうかは別である。
何せ、トールが言った通り、帝都から公爵領までは一日がかりの距離だ。明日も休日だが、今は午後三時といったところ。往復を勘案すれば、学院の授業を欠席してしまう。
まあ、別に欠席しても良いのだが。必修だろうと三回までは欠席できるし、内容に関しても今の俺には殆ど無意味な授業である。
だからこそ、渋る理由は一つだけだ。いや二つだった。あっ三つか? 結構あるな。
「まず、俺にメリットがないというのがありますね。馬車で長距離を行くのだって、尻が痛くなるものですから……」
「勿論謝礼は出すよ。トールはこんな調子だが、これは本当に重要な依頼なんだ」
「じゃあ行きましょう」
「じょ、ジョット君それで良いの……?」
トールが困惑したように言ってくるが、これで理由の三つが解消された。メリットの有無と馬車の嫌さ、そしてむくつけきおじさん達と長時間同席する不快感は金の一言で解決する。
しかし、まだ理由はある。俺は良いが、ノアかリインが頷かなければそもそも依頼を受けられない。
だが、俺が何かを言う前にリインは仕方なさそうに肩を竦めた。ノアも「ジョットさんが行くのなら……」と消極的に頷いた。
しかしもう一人。ユラウはまだ鉄等級。冒険者として登録したばかりだ。この依頼について行く意味はないだろう。
「じゃあユラウ、君はここに……」
「行くわ」
「えっ?」
「行く」
鋭く言った。彼女は依頼文をじっと見つめている。
「しかし……」
「迷惑はかけない。私だって魔術を知っている。だから、行く。お願い」
「……どうした?」
どうにも、意外だった。ユラウは顔を上げた。どうでも良さそう、ではなかった。しかし楽しそうでもない。
その表情に疑問を呈す前に「じゃあ決まりだ。ありがとう」とスレンダーが言った。
「いや、本当にありがとう。魔術師がいて、ってなると、すぐに話が付きそうなのは君達しかいないからね。それも最上級の魔術師だ。取り得る選択肢の中では最高だったんだ」
「ああ……まあ、どういたしまして」
「じゃあ、俺はギルドと話付けてくるぜ……急ぎの依頼だ……トール、馬車に案内しておけよ……」
「ジョット君、粗方の用意はしてあるから安心して良いよ! ちょっとした旅行気分で構わないからね!」
三人のおじさんは忙しなく動き始めた。
「良かったんです?」とリインが窘めるように言う。
「何が起こるか分かったものではありませんよ。まーた安易にお金で釣られて。トール達はああ言いましたが、対処できない敵が出てきたらどうするのです」
「なに、帝国領内で、しかも公爵家の領地でそんな化物が居るわけがないでしょう。ちょっと行って帰ってくるだけで小銭が稼げるとは中々良い」
「まーた呑気な……」
「というか、俺は寧ろ安心したんですよ」
「ふん?」とリインが首を傾げる。俺は言った。
「あの人達、結構考えて物事に当たっているんだなって。トールさんの『俺を脅かしたくない』って発言も、本当かどうか分かりませんよ。露見しなかったら、体よく俺を使い潰すつもりだったかも」
「……はあ」
「そう考えると、普段の気持ち悪いおじさんムーブも演技なのかもしれません。俺の油断を誘って友誼を結ぶためのね」
「……あの、ジョット君」
「いやあ、中々したたかな人達だ。これから金等級に上がるというのなら、これは恩を売るチャンスです。ビジネスライクな関係を結び続ける事も出来ましょう!」
と言った所で、「あ、あの……」とノアが怖ず怖ずと手を挙げて言った。
「ん? なんだいノア」
「あの、ジョットさん……もしかして、トールさんが変態だって信じたくなくてそんな事を言っていますか……?」
図星だった。
「……いや、まあ、そういう可能性もなくはないでしょ?」
「ぎゃは。違いますよジョット君。全く違います。あれ、見た通りにまともじゃないですから。普段の言動も今言ったことも全部本音だと思いますよ」
「そうですよ……! あの変態、いっつもジョットさんの事ばかり言ってますからね……!」
ああ、やっぱり? でも少しは信じたかった……。なんであんなおじさんが俺に付きまとってくるんだ……謎だ……。
「そう、奴が馬車の中で何をやるかに関しても分かったものではありません。故に、決して私の側から離れないように! 具体的には私の膝の上に座るように! おや、これでお尻が痛いという問題も解決では?」
「別の問題が発生するので止めて下さい」
「ぎゃは。別の問題とは何ですか? 具体的に何が問題なのです? 私の膝の上にジョット君がある事が具体的にどんな問題だというのです!」
「具体的なセクハラの例として取り上げたいくらいの言動ですね」
その様にして、俺達は帝国北方、レクト村へと旅立った。
何かあるかもしれないが、何もない可能性の方が高いだろう。村が滅びることは早々ないが、それでもあるといえばあるという事象に過ぎない。どうせ環境の変化で生態系が狂い、魔物が大量発生したとかそんなところだろう。
レクト村が見えたのは日の昇りだした頃だった。
半袖には肌寒い夏の朝、なだらかな丘陵地帯に家屋が小さく纏まっている。近くには豊かな森と、そこから出、村中に入る小川が流れており、緑輝かす曙光も相まって実に長閑な風景を見せていた。
「良い風ですね」
馬車から乗り出して景色を窺った俺にリインが声を掛けてきた。黒髪を翻し、白馬に乗る姿は様になっている。彼女が駆る馬──名前なんだっけ?──もまた、心なしか心地よさそうである。
「ええ、とても。しかし疲れていませんかリインさん。強行軍という程ではありませんが、休憩時間は少なかったでしょう」
他の全員が馬車に乗り、おじさん達三人が代わる代わる御者を務める中、リインだけは自ら馬を持参し、それに乗ってここまで付いてきたのである。『折角だから走らせたいのですよ』との事であるが、余計な疲労にならないだろうか。
しかし、リインは寧ろ清々しそうに伸びをした。
「なに、この程度で音を上げるような私と極天極地白夜号ではありませんよ。ねえ?」
そういやそんな名前だった。しかしリインが名前を言っても白馬は何の反応も返さない。ただぽってりぽってり走っているだけである。
その呑気な顔つきだけを見れば、とてもではないが四頭立ての馬車にはついて行けなさそうではあるのだが、実際には平気な顔で併走している。
「この馬はまだ自分というものをよく分かっていませんね。地力が高いのは良いことですが」
「馬にも自分がありますか」
「ありますよ。どうしてそんな事を聞くのです」
リインは確信を込めて言った。どうにも俺には分からぬ感覚である。
「しかし、もう到着が近いですね。準備してきます」
「ええ、どうぞご準備を。特にここからでも聞こえるすかーすかーという気持ちいいほど間抜けな寝息をさっさと起こしてきて下さい」
「だってよノア」
「んあえっ!? 何ですかっ!?」
豪快に寝入っていたノアを起こし、馬車の中で身体を伸ばす。
ユラウが笑って言った。
「寝付きが良いのね、ノアちゃんって。ちょっと羨ましいかも」
「え? えへへ……褒めても何も出ませんよっ」
「それ褒めてるのか?」
「褒めてるわよ。素直に」
そんな風にして馬車は丘を登り、村の外、少し距離を置いて止まった。ファットが御者台から降り、トールとスレンダーが俺を見る。
「どうかな? おじさんには普通の……いや、異常にひっそりしているけれど、それだけの村に見えるけど」
「魔力の残滓はありますね」
「というと?」
「何らかの大規模な魔術を行使した痕跡があります。薄れているので術式の詳細までは分かりませんが、村人達が居なくなったのはこれが原因かと」
言って俺は"眼"に映る景色を睨んだ。感覚としては、村の地面に微かな残り香があるような感じである。眼で見るのに残り香とはこれ如何にとは思うが、そうとしか言えないのだから仕方がない。
……恐らく、炎魔術などの攻撃的なものではない。村の外観に破壊痕はないし、魔力の残滓がここまで広範囲にある以上、ここは魔術の始点であり目的地だろう。
村人の消失という事実と合わせて考えられるのは、精神操作に関わる魔術だろうか。思い切り禁術である。
「ここまで大規模な術式を組み上げた以上、相手は複数人か、或いは卓越した一人か。いずれにしても、並じゃない。いや、術の詳細が分かってないのに何も言えませんがね。すみません」
「いやいやそんな事はないよ! うん! それで、罠はどうかな?」
「眼に見える罠はありません。で……」
俺はステッキを地面に打ち付け、辺りを探った。土魔術の地形探知にも引っ掛かるものはない。おかしいものは何もなかった。
……何もなさすぎる、という違和感もあるが。
「どうだい?」
「異常、とまでは言いませんが、それでも違和感が一つ」
「それは?」
「生物があまりにも少なすぎます。人だけではなく、鳥や獣も」
「ああ、道理で」とリインが言い、近くの森を見やった。
嫌にひっそりとしているのは村の中だけではない。付近一帯が静まり返っている。
トール達は互いに顔を見合わせた。「仕事が楽になりそうじゃねえかー……」ファットが笑い、剣を抜いて肩に当てた。
「じゃ、行こうぜ。朝食は馬車ン中で済ませたんだからよぉー」
「えっ、私は今起きたんですけど……なんで起こしてくれなかったんですか……」
「あまりにもよく寝ていたからね。起こすのは忍びない。なに、今回はオレ達に任せてくれよ、ノアお嬢さん。君達はジョット君と一緒に馬車に居てくれて良い」
そう言って、トールがその顔に似合わぬウインクを寄越してくる。俺には何故か投げキッスまで寄越してくる。朝から気分が悪くなってきた。
「え、ええー……それで良いんですか……? 何というか、ここまで来たら仕事をしなくちゃという感じが……」
「そうだね、ノア。俺達も腹ごなし程度に村の中を探してみようか。何か痕跡が見つかるかも」
「そ、そうですよねジョットさん!」
「まあ、君達がやってくれるのなら、私達はありがたいけれどね。武力的な心配もないし」
スレンダーがそう言って、「何かあったら合図を」と小さな金属札を渡してきた。そうして彼らはさっさと村の中に進んでいった。
「じゃ、俺達も適当に行こうか」
「はいっ。ところで何ですかねそれ……?」
ノアが金属札をしげしげと見つめて言う。物珍しいものでもないが、ノアは見たことがなかったか。
ユラウがそれを横目で見ながら言う。
「魔術式が込められた、最も簡単な魔道具ね。昔は巻物状だったけど、今はこっちの方が持ち運びやすいから」
「まあ俺には要らんのだが」
「持つ?」とノアに手渡してみれば嬉しそうに受け取った。中に込められているのは音と光を放つだけの魔術で、魔力を流そうと思えばすぐに発動出来る一般的な代物である。
これがより複雑な術式になると金属片では書き込めなくなってくる。メモリの容量が足りないのだ。それでメモリを増設したり、他にも計算速度や汎用性を高めるための部品を組み合わせれば立派なパソコン、もとい日常にも使われるような魔導機械の完成である。
「しかし、つくづく魔術というものは便利ですねえ」
リインがぽってりぽってり馬を引きながら言った。白夜号はとても大人しく、ノアが横腹を撫でても何も気にせずに村を歩いている。
「そろそろ乗馬を教えますか……と、それよりもジョット君。私は思ったのですが、魔術というのは少し便利すぎやしませんか?」
「と、言いますと?」
「ほら、ノアが持っている金属札。あれだけで互いの位置を知らせる合図になる。これが魔術抜きであれば情報伝達の速度が遅くなるでしょう。私の故郷では旗振りか狼煙が主流でしたよ」
「そんな前時代的なものと比べられても……」
「そう、前時代的なのです。魔術を抜きにした社会とはね」
ふん、と言いながらも気に入ってなさそうな顔をリインは浮かべた。
「私の故郷にも魔術師はいましたが、その質も数も、帝国に比べれば余りに劣っています」
「そりゃあ先を越されていたら大問題ですよ。領土的にもデカイ顔をしているウルド帝国の技術が小国のそれに劣ってちゃあ」
「それはそうなのですが、しかし、それでもあまりに便利というか、何と言いますか……」
「ああ、末恐ろしいって感じですか」
俺の言葉にリインは頷き「情けなくはありますがね」と苦笑した。
「私としては、それが英雄のように、属人的ではない技術というのが恐ろしいのです。このまま進んだ先、何があるのかと思いますと……」
「そのために法律があるんでしょう。現時点でも規制されている魔術は沢山あるから、安心して良いですよリインさん。たとえば魂の研究に、死者蘇生の研究に、死霊術の研究に……」
「人体錬成の研究だったり、精神操作の研究だったり、どれも人体実験が必要なものか、倫理的に禁忌とされているものね。これには全く同意するわ」
「えっ、死霊術って禁忌なんですか?」
「何ですかリインさん、恐ろしいことを言い出して」
急にリインが不気味なことを言い出した。「いや、私の故郷ではそれほど珍しいものでも……」と本当に不気味に続けた。
「だって死霊術って、あれでしょう。死者の声を届ける、イタコでしたっけ? あれなら平原近くの山にわんさか住み着いてますよ。いつ行っても婆さんしか居ない変な山です」
「イタコはちょっと違うんじゃないかしら……あれって魔術的に証明されてなかったような……」
「ええーそうなんですか? でも何時も面白く話してくれますよ。私が五歳の頃には、私の死んだお爺さんの霊が出てきたと言って色々言ってくれました」
「へえ、お爺さんが」
「まあ師匠が『クソほど似とらん』って切り殺しちゃったんですけどね」
「やっぱり詐欺じゃないの」
まあ魔術で証明されていない現象がまだまだ数多く存在するとは言っても、その殆どは詐欺である。或いはそう思っているだけである。
イタコにも本物がいるのかもしれないが、その全てが本物かどうかは疑わしい。何故なら、方法が確立されているのなら、それは技術になっているはずだからだ。
「まあ、死霊術なんてそんなものじゃないですか? 私はよく知りませんが、イタコのようにぶるぶる震えるのでしょう」
「震えはしませんが。それに、声だけじゃなく実際に死体を動かしたりもしますよ」
「そうよ! 死霊術はそんなものじゃないわよ!」
「ネクロマンサーとも呼ぶわね。いずれにせよ、震えはしないわ」
言った後でユラウは顔を上げた。俺は言った。
「誰だ今の」
「誰かしら今の」
「……私が気付かなかったぁ?」
いや本当に誰だよ。誰の声だよ。
聞き覚えのない声が掛けられて、俺は振り返った。人気のない家屋を背にしていたはずだが、その家屋からドタバタ音を立てて人が現れる。
「死霊術はそんなものじゃないわよ! 震えもしないし、イタコとは全く違うわ!」
「いや急に飛び出さないで下さいよマスター。折角隠れていたのに自分から見つかりにいってどうするんですか」
「そんな事は重要じゃないのよ! いや重要だったけど、今は重要じゃないのよ!」
なんだ、この、なんだこの二人。
家屋から飛び出してきたのは二人である。成年した男女二人の組み合わせだ。一人はさっきから何やら喚いている女で、魔術師然としたローブ姿をしている。
一方、男の方はマントを羽織った冒険者染みて、腰に六本もの剣を下げて、仏頂面に近い無表情を維持している。
そして、二人とも何かとデカかった。背丈もそうだが胸尻太腿の全てがデカい。この二人だけ年齢制限が違うんじゃないかと思う位のデカさだった。
「何ですジョット君。何故私達を見るのです」
「いや、ひょっとしたら次元が変わってしまったのかと心配したんですが、変わってなくて安心しました」
「ぎゃは。では安心できなくさせてあげましょう」
そう言ってリインはずぬりと剣を抜いた。この効果音が付くときは大抵ヤバイと思って良い。
しかし、彼女の刃が向かう先は二人組の方である。視線で『背後に』と言われたので、ユラウの腕を引っ張って下がった。
「こいつら、どこから現れたのです? ジョット君が言った通り、この辺りに私達以外の生命など存在しなかった筈ですが。私でさえ認識できなかったとはどういうことで」
確かにリインが言うように、安心できない相手である。
冷や汗を流す。軽口だって一種の防衛機制だ。正直言って、これを前に"眼"は開きたくない。どんな悍ましいものが広がっているのか分かったものではない。
何せ、女とは違い、男の顔は青ざめている。血の気のない無表情は、文字通り死に絶えていた。
「……死霊術士。禁忌とされる研究の一つ。それも、非常に高度なレベルで実現していますね」
「ぎゃは。犯罪者ですか。ならば切って捨てるに躊躇はなく」
「しかし、一つ質問はしたいですね。この村の現状は、貴方達が原因ですか?」
「えっ!? あー……いや! ど、どうしてわたし達が死霊術士だって証拠なのよ! わたし達は偶然この村を訪れただけの善良な旅人よ!?」
「死霊術の誤解を必死で解きたそうだったから」
「……それはまあ、そうね!」
言って女は頭を抱えた。馬鹿なのだろうか。
「で、でも、私は死霊術士じゃないし、この人は死体じゃないわよ! ねえウォルツ!」
女はウォルツと、男をそう呼んで身体を叩いた。男は言った。
「いや自分死体なんでそういう難しい質問は分からないです」
「なんで言っちゃうのー!?」
「自分死体なんで分からないです。マスター・ミルラルタ」
「なんでわたしの名前まで言っちゃうのー!?」
漫才をするには絵面が悍ましすぎるという欠点があったが、それを差し引けば愉快なやり取りだった。