芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第48話 動く死体と死霊術士

 

 

 

「ミルラルタって、そう言ったわね」

 

 ユラウが言い「ジョット君」とこちらを見た。俺は頷く。

 

 ミルラルタ……ライラ・ミルラルタ。その名前は確か、賞金首に名を連ねていたはずである。罪状は殺人に誘拐に騒乱に、非倫理的な人体実験。十数年は捕まっていない、悪名高い死霊術士。

 

「しかし、顔が違いますね?」リインが警戒を解かず、しかし笑って言った。「顔面を変える魔術でもあるのでしょうか? であれば世の婦人方に人気を博しそうなものですが」

 

 ミルラルタはその言葉に「そ、そうよ!」と慌てて言う。

 

「そう! そんな魔術は存在しないわ! だからわたしはその、ミルラルタという偉大な魔術師とは何の関係もない旅人なの!」

「自分死体なんで分からないんですけど、もう言い逃れできないんじゃないですか」

「もう黙ってなさいウォルツ!」

 

 びしりと見事なツッコミを見せてくれるが、そろそろこちらも突っ込もう。

 

 俺は杖を振って頭上に光弾を放った。トール達への合図である。「えっ!?」とミルラルタが驚いたような顔を浮かべるが、何故言い逃れが出来ると思っているのか。

 

「会話はもう良いでしょう。とっ捕まえて、引き渡した先で存分に話して貰えれば良い」

「い、いやいや! ジョット君って言ったっけ? わたしは本当に善良な魔術師よ!? 冷静に話し合いましょう!?」

「死体を操っているのは事実でしょうが」

「それはまあそうだけど! それにも事情が──ぎゃっ!?」

 

 剣が飛んできた。矢のように投擲された短剣がミルラルタを狙い、ウォルツの腕に弾かれた。

 

 鉄音が響く。人体と鋼が立てるべきではない音が響く。

 

「おぅ、おぉー」と気の抜けた声が聞こえ、ミルラルタの顔が青ざめた。

 

「で、どういう状況だよ、がくせー……。相手はあからさまに怪しいけどよぉー……」

 

 おじさん達は直ちに現れた。投擲を行ったのはファットである。彼は次の短刀を構えながら、視線でトールとスレンダーに合図し、取り囲む形を作った。囲んで棒で叩く必勝の形である。

 

「ま、待って! 大勢で囲むなんて卑怯よ! 卑怯! ジョット君もそう思うでしょ!?」

「トールさん達、相手は死霊術士です。それも恐らく賞金首のミルラルタ。家屋に隠れていましたが、俺達では察知できませんでした」

「無視!?」

「フン。死体漁りにでも来たのか、或いは死体を作ったのが貴様か? いずれにせよ、このまま帰す訳には行かんな」

「こっちも無視!?」

「自分死体なんで分かんないですけど、もう諦めた方が良いんじゃないですかね、マスター」

 

「諦めましょう」とウォルツは言い、そのマントに覆われた背中を蠢かせた。

 

「年下の男の子と友達になろうとするのを諦めましょう」リインが眼を細め、気味の悪いものを見る目を浮かべる。「相手を生かそうとするのを諦めましょう」マントが内側から引き裂かれた。

 

 ウォルツの背中から這い出るように現れたのは、四本の腕である。それぞれ様相の異なる都合六本の腕が腰の剣を抜いた。

 

「相手は六人。こちらは六刀。しかしマスターが加わればこちらの有利」

 

 単純に数を数えるように、ウォルツはそれぞれの剣先で俺達を示した。

 

 リインが獰猛な笑みを浮かべる。

 

「ぎゃは。腕一本とは私も舐められたものですね。節足動物らしく百でも生やせば面白いというのに」

「すみません。自分死体なんでそういう苦情はマスターに言って下さい」

「では貴方を殺した上で、いいや土に戻した後で言いましょう!」

 

 リインが踏み込んだ。「行くぞ」トールが声を掛け、殆ど同時に突っ込む。そしてファットは再び短刀を投擲する。スレンダーは弓をつがえ、状況を睨む。

 

「……いや、あの、勝手に始めないで欲しいんだけど……私がマスターだってこと忘れてない……?」

「ところでノアはどこに行ったんだ。まさか気が付いてない事はないだろう」

「また無視!?」

 

 無視である。というか見たくもない。

 

 人間の頭に直接魔術式が刻まれているというのは、見ていて気分が悪いのだ。

 

「ジョット君は死霊術士がお嫌いなのね」

 

 ユラウが剣を下ろしながら言った。あの中に飛び込んでいくだけの技量はないのだろう。というかトール達の示し合わされた形にアドリブで飛び込んでいけるリインが異常なのだが。

 

 しかし、好きか嫌いかと言われれば、断然嫌いである。死体を操る外法の術をどうして美しいと思えるだろうか。

 

「死霊術士というか、その術が嫌いなんだ。ユラウ、人間の死体が動くプロセスを知っているか」

「知っていたら牢獄に居ると思うのだけれど。ジョット君もね」

「俺も今知ったばかりだ。知りたくもなかったが」

 

 "眼"を開きたくはなかったが、戦闘が始まってしまえばそうも言ってられない。相手が十何年も追われる身であれば、何が飛び出してくるかも分かったものではないからだ。

 

 で、見えた。ウォルツと言ったか。彼の脳内には直接魔術式が刻まれている。それが既に死に絶えた身体に魔力の輝きを示しているのだ。

 

「単純に、操り人形のように操作しているわけではないな。これは相互作用だろう。死体と言ったって、物ではないということか? 中々に難しいな。言うなれば、死体自身に自分が生きていると誤認させている?」

「えっ、ちょっ、なんで分かるの……?」

「ごめんなさい。この人っておかしいのよ。笑っちゃうくらいに」

「なにそれ……?」

 

 しかし見えたからと言って直ちに無効化できるわけではない。時間を掛ければ出来るかもしれないが、如何せん複雑すぎるしその術理も完全には理解していない。変な所を弄って制御不可能の化物が生まれてしまっては最悪だ。

 

「ので、物理的破壊をお願いしますね皆さん。一応光属性は付与しておきましたので多少は効きやすくなっているでしょう」

「多少は、とは随分消極的な発言ではないですかッ」

 

 六刀を、身体を捻ることで回避し、腕の一本に斬撃を加えつつリインは言った。しかし肉は切れども骨を断つには至らず、その肉だって煙を上げながら直ちに塞がる。冒涜的だね。

 

「何せ相手は百戦錬磨の死霊術士です。一般にアンデッドには光や十字架が効くとされていますが、その辺りへの対策も組み込まれているようで。流石ではありますね」

「一般を言うなら物を言っている時点でおかしいですよ。私の知るアンデッドというのは、こう、うーとかあーとかしか言いませんが?」

「それはスケルトンと呼ばれる奴だろう。中にはリッチとかいう、英雄譚に出てくるような意思あるアンデッドもいるのだろう?」

 

 トールは皮肉っぽく笑いながら言う。

 

「しかしオレにも疑問だな。コイツは少し、精強すぎやしないかッ!」

 

 ぐっと腰を屈め、トールは足下を二刀で狙った。同時にリインが首を狙う。しかし尽くが防がれる。千日手の様相を見せてきたな。

 

「……アンデッドというのは、脆いのが普通だろう。しかしコイツ、重いぞ。どういうことかなおじさん分からないよジョット君!?」

「急におじさんに戻らないで下さいよ」

 

 言いながら、俺は仕方なく解析を続けた。見たくもないが仕方ないので仕方がない。

 

「……まあ、推測ですが、一般的なそれとは異なっているんでしょう。何せ術の根幹は脳にありますが、全身に魔術式が刻まれていますので。言うなれば、これは改造人間ですね。身体強化どころか身体硬化。反射神経も人間のそれじゃありません。そもそも腕が六本もあるでしょう」

「魔術で英雄を生み出せるとは笑えませんね。これって私にも真似できませんか?」

「まあ、一時的には出来ますが」

「えっ、出来るって言っちゃって良いの!?」

 

 何故かミルラルタが驚いたように言った。そりゃあ人道的にはあまりよろしくない行為だが、やっている側が驚くなよ。

 

「しかし、殆ど無意味ですよ。人間の、というか魔力を持つ生物の内部への魔術は、労力に対して得られる成果が少なすぎますからね」

「はあ。というと?」

「たとえば、魔術で相手の水分を沸騰させれば、簡単に倒せるとは誰だって考えるでしょう。しかし、実際には非常に難しい。というのも、魔物や人間といった魔力生物には生物的な魔力防御といいますか、強い恒常性があるんです。攻撃魔術として外部から傷付けるなら効きますが、内部への魔術は魔術になる前に、魔力の殆どが霧散してしまいます」

「そんなこと考えませんが……?」

 

 リインがちょっと引いたように言った。俺は慌てて付け加える。

 

「ま、まあ、同じ理由で魔術式を刻むのも難しいんですよ。これも恒常性と言うべきか、体内の魔力に吸収されてしまいますからね。一瞬だったら効き目もあるでしょうが、その一瞬の後に魔術式は綻び続けて、効果を発揮しなくなるどころか、悪ければ爆発してお陀仏です。南無南無」

 

 これが動物であれば魔力が流れていないので操り放題なのだが、破壊はともかく応用となるとこっちもキツいものがある。何せ一部分だけ強化しても動物自身がそれを操れないからだ。

 

「なので、脳を術式の根幹にして各部位の強化を行うというやり方は、非常に合理的ですね。そう考えると、ウォルツという死体に意思があるように見えるのもパターンに過ぎないんじゃないでしょうか。流石に人工知能の領域には達していないでしょうし、頭の中は中国語です」

「えっ、急に自分は存在しないとか言われたんですけど、どうなんですかマスター。自分死体なんで分かりません」

「あ、貴方は確かに貴方よ! 単なる死体なんかじゃないわ! だって人間には脳だけじゃなく魂だってあるんだから!」

「魂の立証も操作方法も確立できていないでしょう。そりゃあ反魂の法とまで呼ばれるくらいですから、伝統的なやり方は未だに理論化され切っていませんが……」

 

 そう言うと、何故かミルラルタは自慢するように胸を張って言った。

 

「私のウォルツは伝統に新規を掛け合わせたものよ! 偶然出来たようなものだから私だって分からない部分が結構あるのよ!」

「マスター、非常に不安な話が聞こえたんですが、マスター?」

 

 死体が自意識に悩むという、哲学なのかギャグなのかよく分からぬ光景を見たところで、しかし確かにミルラルタの技量は素晴らしいと思った。

 

 何せ、リインさんとトール達が一緒に攻めても防ぎきっているのだ。冒険者で言えば金等級は確実だろう。偶然出来たというのなら量産化は出来ないだろうが、これだってかなりのブレイクスルーである。

 

「いやほんと、凄いですよ。多くの死霊術士と呼ばれる人は、単に死体を人形のように操るか、伝統的手法という本人もよく分かっていないものに頼っているだけなのに、貴方は伝統と理論のハイブリッドを打ち立てている。素晴らしいですよ」

「あっ分かる!? いやーこれ組み上げるのって苦労したのよねー! 褒めてくれてありがとね!」

「まあ、それなら術士を狙えば良いんですがね。この様に」

「げえっ!?」

 

 きったない声を上げてミルラルタは飛び跳ねた。しかしローブが引っ掛かってずっこける。このままでは謎に転んだだけであるが、流石にウォルツの剣が魔術を防いだ。

 

「馬鹿ですかマスター。貴方には戦闘能力がないんだから隠れていたんでしょう。もう一度言いますが、馬鹿なんですかマスター」

「なんで二度言ったの……? でも、そうね! 私達はそもそも戦いたくなんてないから! 逃げるわよウォルツ!」

「自分死体なんで分からないんですが、どうやってここから逃げるんですか?」

「……うふっ!」

「困ったな。俺のマスターの頭が死体以下だって事が証明されてしまった」

 

 困ったなと言いながら、ウォルツは無表情に剣戟を重ねる。「困るのはオレの方だよ」とトールが呆れた顔を浮かべた。

 

「六本で防御に徹されると殆ど通せん。非人間的な反応速度と膂力だ。そして通したとしてもすぐに再生する。どうやってコイツを殺すよ」

「ぎゃは。こいつは既に死んでいるでしょう。死体を殺す事は出来ませんよ」

「ならば如何にしてこいつを死体でなくしてやるか。剣働きしか出来んオレ達では分からないな」

「ならば一番簡単な方法は一つです」

 

 リインとトールは満面の笑みでこちらを見、言った。

 

「ジョットくーん!」

「おじさん達を助けてね!」

「無茶振りがやって来たな。どうするよユラウ」

「どうして私に聞くのよ」

「アンデッドとかに詳しそうだなあと思って。見た目からして」

「それは偏見というか、差別ね。帝国裁判所に陳情を上げようかしら」

 

 言いながらもユラウは両手を上げた。特に解決策は思い付かないらしい。

 

 

 

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