突然だが、魔術の話である。
魔術には属性があり、基本の火、水、風、土があるのは先に述べたとおりだが、加えて光と闇、そして無属性がある。それぞれ生活においての活用法を例に挙げながら説明していこう。
まずは火属性である。名前の通り火を司る魔術だ。こうして言うと攻撃魔術なんかが発展していそうだが、実際にはエネルギー関係での研究が発展著しい。
日常においては、ちょっと高級な家庭にあるコンロやストーブ、風呂なんかに使われている属性だ。
次いで水属性。水を司る魔術。ジーニス先生の専門にして得意分野である。
上下水道の整備はこの魔術の存在なくしてはあり得ず、一般市民が最も恩恵に与っている属性と言えるだろう。
風属性。風を司る魔術。加えて植物などの自然とも親和性が高く、植物学を学ぶ者は往々にして風魔法が得意だという。
一般的には扇風機的な送風機や、簡単な掃除用の魔道具などに使われているが、有名なのは皇帝直属の『風読み人』だろう。宮廷魔術師の一部門である彼らは、卓越した風魔術を用いて気象を予測する。人力での気象台だな。
土属性。土を司る魔術。近年はこの魔術の発展が著しい。土と言っても土塊を呼び出すだけではなく、金属加工から合金の作成まで、多岐に渡る発展を遂げている。
日常においては『使用』ではなく『利用』の方が大きいだろう。帝国首都に輝かしく建てられた図書館や博物館などは、土魔術の妙技によるものである。
光属性。光を司る魔術。と言っても、単にピカピカ光るだけではなく、その輝きには浄化や治癒などの効果がある。教会の神官達が修めている魔術だ。
その魔術は教会の儀式だけではなく、照明や街灯と言った形で使用されている。この世界では当初火魔術による照明が使われていたようだが、魔力の消費量を勘案した結果、光属性の方が優れていたらしい。白熱灯からLEDへ代わったようなものだろうか。
闇属性。闇を司る魔術。闇を生み出すそれは、生命的な魔術であり、死に触れる魔術である。しかし忌避されたり差別されたり等はしていない。肉体強化なんかもこの分類に入るからな。生物系の魔術なのだ。
一般的には余り使われることのない魔術であるが、その恩恵は誰でも受けている。一般に教会の神官達が使う『回復魔法』や『神聖魔法』と言ったものは、光魔術と闇魔術の混生による高度技術であるからだ。
闇魔術によって生命力を活性化させ、光魔術によって浄化、消毒を行う。神官達は往々にして卓越した光と闇の使い手であり、その秘奥は教会の総本山にて日夜研究されているという。
で、無属性。これは……よく分からない物だ。古代の物品に使われている物や、偶発的に発現した魔術の中で、上記の六属性に当て嵌まらないものを総称してそう呼んでいる。
日常ではまるで使われず、どころか存在そのものを知らない者も多い。空間転移や時間操作など、夢物語でしかない技術の塊として、研究者には夢物語扱いされている。
「……こんなところか」
古ぼけた教科書を閉じて、俺は呟いた。その呟きに、ローブを頭から被った男が不満そうに声を漏らした。
「おいおいジョット君よぉ、予習復習は帰ってからにしろよな。お前の可愛らしいお顔で客を呼び込もうって意気込みはねえのかよ」
「客を呼び込む時間はもうとっくに終わっているでしょう。可愛らしくないお顔を隠されている先生?」
「エッヘッヘ! 渋くてダンディな顔をしているからな俺は。こうして隠さねえと黄色い悲鳴で商売にならないぜ」
そう言ってフードの下で笑うのはジーニス先生である。家庭教師姿とは異なり、前まできっちりとローブを羽織り、魔術師然とした格好を見せている。そうするだけの理由があった。
がやがやと人が行き交う大通りの、露店が軒を連ねる一角の中に、俺達はござを敷いて胡座をかいていた。人々は俺達の様相にちょっと驚いた顔で足を止めるも、立てられた木の板に気が付くと、納得したような顔を浮かべて去って行く。
木の板にはこう書かれている。
『武器、防具のエンチャント請負います。効果一日……銅貨十枚。効果十日……銀貨一枚。効果三十日……銀貨二枚』
俺は十歳になり、魔術を利用した金儲けを始めていたのだ。
受験用の勉強は既に完了していた。後は受験の日まで暗記を続けるか、更に先のカリキュラムを予習しておこう、という段になって、先生からの提案があったのだ。
即ち、『ジョットお坊ちゃまは大変優秀なので、実技の勉強を実地に行っても良いでしょう!』と。
その言葉遣いからも窺えるだろうが、この提案は俺にではなく、俺の両親へ向けたものである。
確かに俺の知識面は学院試験の水準を大幅に超え、その先の予習へと進んでいた。しかし実技の勉強を実地で行うとはどういうことか。魔物相手に攻撃呪文でも使うのか?
という当たり前の疑問を両親は解さなかった。魔術のまの字も知らないからな。この頃になると両親の先生への信頼はかなりの物になっており、一にも二もなく頷かれたという。
それで、こうしてエンチャント付与……即ち付与魔術、魔術式学を学ぶ傍ら、俺達は将来の目標のために金稼ぎを始めたのだ。
「しっかし、やっぱこの時間帯は客が来ねえなあ。出店時間も朝の数時間だけにするか?」
「冒険者は朝一に狩り場に出て、夕方には帰ってきますからね。ですが、商売の機会はそれだけじゃないでしょう? 朝一のための予約がありますから」
「まあな。丁度今くらいの昼頃に……っとと、エッヘッヘ! いらっしゃいお客人」
会話の途中で客が来た。ジーニス先生が下卑た笑みを浮かべ、揉み手で相手の顔色を窺う。
相手方は三人組の冒険者パーティーである。装備は貧弱な物で、顔つきは若々しい。彼らはぶっきらぼうに言った。
「ここで武器のエンチャントを安くやってるって聞いたんだけどよ」
「ええ、そこの板に目安が書いておりますんでね、希望の日数に応じて値段も変わりますぜ」
「はあー……銅貨十枚でエンチャント試せるとか、本気で安いな。理由は?」
「そりゃあね、俺じゃなく弟子がエンチャントをするからですぜ。魔術師志望のガキのエンチャントとなりゃあ、正式な値段は取れんでしょう?」
「ガキの魔術師か……。だが、評判は良いって聞くからな」
「どうする? 試してみるか?」と、リーダーらしき剣士は仲間の面々に聞いた。「威力によるよなあ」と盾役らしき男が呟く。「飯代で試せるんだからやろうぜ」と、斥候役らしき細身の男が言った。
ここで貨幣価値の話に移ろう。細身の男が言った通り、銅貨十枚とは一日分の食事代と殆ど同等である。
これは、武器や防具に魔術を付与する代金としては、法外なまでに安い。
生活にかかる代金と比較してみよう。冒険者はおおよそ一日に一人頭で銅貨三百枚ほど、つまりは銀貨三枚分を稼ぎ上げる。
そこから食事代が銅貨十枚。宿代が二十枚。単純計算で結構な貯金が出来上がるが、これはあくまで『最低限の』値段である。実際にはより上等なものを求めるであろうし、酒や煙草などの嗜好品にも使われるだろう。
加えて、冒険者稼業とは命がけの体力仕事である。毎日働く様な勤勉さを見せればとっくに疲れ果てて過労死する。或いは事故死する。という言い訳で以て、冒険者は大抵三日に一度しか働かない。
即ち、一日の生活費は等分して銀貨一枚分。加えて怪我に際して回復薬を使うことも考えれば、ギリギリのその日暮らしが殆どである。
貨幣価値は、銅貨一枚を日本円に換算すると、百円から二百円ほどだろうか。銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚。金貨百枚で白金貨一枚である。
即ち日本円換算で冒険者の日当は約三万円。年間収入が約360万円。新米の(そして平均的な)冒険者でこれであり、資格なし、経験なしでも務められる職業だと思えば、中々の物ではなかろうか。
まあ、そんな小難しい話は聞き飛ばしても良いものとして。
食事代でエンチャントが試せるというのは、(特に新米の)冒険者にとって、非常に魅力的な物らしい。それこそ、そんな端金で試せるのなら是非とも試したい、といった塩梅で。
事実、彼らのパーティは試してみることに決めたようで、明日の早朝に再び訪れる事を約束し、去って行った。どうやら魔物狩りから帰ってきた所だったらしい。
「エッヘッヘ! ありがとうごぜえまあす。……ケッ、シケてやがるぜ奴等。効果一日を一人分しか約束して行きやがらなかった。そのくせ偉っそうによお。これだから冒険者ってのはよぉ」
「先生の冒険者嫌いは治りませんねえ」
「これは治らねえよ。何故なら病気ではないからな。人として当たり前の感情だぜ」
「俺は中々好感が持てますがね。慎重な人達だ。付与がある物とないものを比較して、どれだけの効果があるのかを見比べようってんでしょう。ああいうのは長続きしますよ」
「お前も一端の目利きになったよなぁ」
ゲヒャゲヒャと汚らしい笑い声で先生は言う。そう、俺の眼は、多くの冒険者達を相手にすることで、その詳細な比較を可能にするまでになっていた。
たとえば、今し方去って行ったあの人達、実は斥候役と盾役を入れ替えた方が良いだろう。
細身の彼には、瞬間的に魔力を流す才能よりも、魔力を粘り強く留める才能に優れている。盾役の彼はその逆だ。瞬間的に多量の魔力を流すに長けた身体である。
もっとも、こういった才能にも活用の場合があるので、一概には言えないが。たとえば盾役であろうとも、瞬間瞬間を受け流して防ぐ、といった防御のスタイルだってあるだろうし。
「正式に占い師でも始めましょうかね? 今だって手相占いと称してさりげなく助言をしていますし」
「ああ? やめとけやめとけ! 占いってのは厄介だぞ。それは単なる客商売じゃない。客の人生も預かっちまうものだ。面倒だろ?」
「確かに懸念点はありますが、そこはこう、距離感を保ち、臨機応変な対応で……!」
「それで一度思いっ切り失敗したじゃねえか」
「……はい」
そう、そうなのだ。俺はエンチャント業者を営む傍ら、才気のある冒険者達にそれとなく助言をし、時には金を取って助言をすることもあった。
それ故に、先程の冒険者パーティーが呟いたように、子供の魔術師という胡乱な存在でも上々の評判が得られたのだが、そのお節介が厄介客を生み出すこともあったのである。
「……あっ」
「ん? 先生どうしました?」
「店仕舞いだ店仕舞い。今日はもう帰ろうぜ……ぐえっ!?」
「どうしましたか先生……って、げっ」
いそいそと立ち上がり掛けた先生に、飛んでくるのは眼圧である。視線を媒介として魔力を飛ばすという、意味不明で用途不明の高度技術を使ってくるのは、俺の知る限りただ一人しか居ない。
行き交う人々を押しのけて、真っ直ぐに向かい来る姿がある。どす黒い眼は爛々と輝き、肩までの黒髪がゆらりと揺れる。
色白の、年若の美少女である。歳は十四と聞いたことがある。彼女は身を金属製の鎧に包み、腰に二刀を、背中に長刀を背負いながら、音を立てることもなく俺に近付いてきた。
「はいどうも! こんにちはジョット君。今日も今日とて日銭稼ぎに全くご苦労なこと何よりです」
「……こんにちは、リインさん」
「はいこんにちは。げっ、と呼ばれたリインです」
「い、言ってません」
「そうですか? では聞かなかったことに。その代わりに私の話をよく聞くように!」
俺の返答に上機嫌そうに「ふっふー」と笑みを見せる少女は、名をリインと言う。姓は知らない。どこから来たのかもどこへ行くのかも知らない。知らないままで居たいものだ。
しかし彼女は銀等級の冒険者であり、先生が「うわでた……うわ……」と毎度の如く言うように、何が気に入ったのかは分からんが度々こうして俺に絡んでくる。
その切っ掛けは、先にも述べた『占い』にあった。