太陽が地平の彼方に沈みつつある夕闇の中に帝都が見え、俺達は馬車の列に従って外壁を潜り抜けた。
一悶着があったのはその時である。門兵がミルラルタというか、ウォルツという死体を運んでいる事を見咎めたのだ。
説明をしたのはトールだった。ギルドの依頼を受けて公爵領へ向かったことと、その村で犯人と思しき死霊術士を捕縛したこと。冒険者らしく簡潔にして整然な説明だったが、その説明が却って危機感を呼び起こしてしまったようで、ギルドへ報告に行く前に、まず警察というか軍への説明をしなければならなくなったのだ。
途中でウォルツが目覚めたのもまずかった。本当に、あんな愉快な頭でどんな術式を組んでいるのか、自動で回復できるらしく動き出したのだ。
それで一悶着。こんなのを帝都に入れるわけにはいかないという言葉は全くその通りであるが、それで長時間拘留されては堪ったものではない。
そこでトールが「ジョット君達はあんまり関係ないから!」と言って、多少強引に俺達を先に帰してくれたのである。
「いやあ、あれらも中々に気が利きますね」
上機嫌なのはリインであった。白夜号を引きながら「軍も警察も嫌いなんですよ私」と反社会的な事を呟いている。
一方、その隣でびくびくしているのはノアである。「本当に良かったんですかね……?」と何度も後ろを振り向いていた。
「そんなに不安なら今から証言をしに行けば良いでしょう。一人だけ馬と散歩していました、なんて言えば呆れられて追い返されるだけでしょうがね」
「それならそれで良いんですが……しかし……」
「まあ、一番に証言しなければならないのはジョット君よね。あの人達、アンデッドをどう倒したのか、ちゃんと言えるのかしら」
俺は憮然として答えた。
「それならもう言っただろう。脳内に刻まれている魔術式を解析し、無意味を引き起こす無意味を魔術式として挟み込んだ。それでエラーが発生した。そう、ちゃんとした説明をな」
「それで何言っているんだって顔になったから帰されたのでしょうね。私も何言っているんだって感じでしたが」
と、リインが言って「だから心配が起こるとしてもジョット君に起こるから大丈夫ですよ」とノアの肩を叩いた。おい。
「それもそうですね!」とノアは元気よく答えた。おい。
「それにしても、どうしてノアちゃんはそんなに不安症なのかしら」
ユラウが首を傾げ「どうして?」と俺に聞く。何故に俺。
「私、気が付いたのよ。この世のあらゆる物事は、もしかしたら貴方に聞けば分かるんじゃないかって」
「この短い期間で信頼を寄せてくれてありがとう。しかし買い被りすぎだな。人の気持ちなど分かるものか。それは魔術でも解き明かせない神秘だからな。ノアだって別に話したくはないだろう?」
「いや話しては良いんですが」
「良いんだ」
「と言っても、何もしなくてもこうですよ……」とノアは自信なさげに言った。
「私、自分に自信が持てませんから、何かと心配になってしまって……。何もしなくても、というか、何もしないからこうなのかもしれませんね……。自信が持てる所がないと言いますか……」
「何を言うか。君には余人を圧倒するものがあるだろう。それで自信を持てないとは何事だよ」
「だ、だって、それってジョットさんにしか見えないでしょう? 魔力だとか、何だとか。そ、それに、宇宙でしたっけ? そんなに凄いなら、リインさんより凄いなら、私はもっと凄いはずじゃないですか」
「それはまあ、そうだが……」
実際、俺の見る景色からしてみれば、ノアは存在だけで全てを圧倒するほどなのだ。
しかし、これが身体を通しての行為となれば、その何百分の一も発揮できていない。
これは単純に考えれば、ノアは魔力を身体強化に用いるのが、つまり魔術を使うのがまだまだ下手だと言うことなのだろう。リインはその辺りが上手いのだ。
いや、リインはどちらかと言えば、魔力操作そのものよりも剣術の方がずっと上手いのだが。寧ろ剣術に従っているのが魔力操作である。
「魔力そのものを操れない以上、人間の身体を通してしか魔力の力は発揮できない。そう考えると、身体そのものを鍛えたり、剣術や武術を鍛えるのも理に適っている。或いは魔術を学ぶという手もあるが、それに関しては全く適性がなさそうだからなあ」
「はいっ! 全く理解できませんでした!」
「自慢げに言うんじゃないですよ。まあ私も理解できませんがね」
「そ、それだって自慢げに言うことでもないでしょう!」
「言ってませんよ。というか、魔術を学んだって不安症の解決にはなりませんよ。だってそれは装飾に過ぎませんからねえ」
「装飾」とユラウが呟く。「確かに金が大好きね」とノアの性質を見抜いていたのか言った。
「そう、装飾です。ノアがカラスのように輝きものが好きなのも、そうやって自分を立派に飾り付けたいからなのでしょう。しかし本質は立派になっていないことを知っているから、権威ある人には怯えるのです。その辺りは殊勝ですね。自分というものを分かっている」
「い、嫌味な言い方ですね……! だから私は英雄というものを目指しているんじゃないですか! 誰にも立派と言われるような、そんな人に!」
「ノアちゃんが英雄ねえ」
「な、何ですかユラウちゃん! 小馬鹿にしたような笑みで!」
実際、ユラウは笑っていた。「馬鹿にはしてないわよ」そう言って眼を細めた。
「うん……。凄く、立派だと思う。真っ直ぐで、素敵。私とジョット君じゃ、そうはいかないから」
「何故俺を巻き込む」
「あら、貴方はこの前、英雄という言葉に忌避感を見せていたじゃない」
「そりゃあそうだが」
こういうのは、自分で言うのと他人に言われるのでは随分違うと思うのだ。
「その辺りの繊細な心を分かって欲しいね」と言えば、「繊細!」とリインが爆笑してユラウが苦笑した。おい。
「まあ、お笑いはここまでにして……ノア!」
「えっ、なんですか急に……」
「不安だったら走りましょうか! 走れば雑念など吹き飛んでいきますからね! このまま宿屋に直行です!」
「えっ、なんですか急に!?」
善は急げとばかりにリインは駆け出し、ノアは慌ててその後を追った。群衆の中を馬が駆けていくのだから迷惑極まりない。
それでも「いい人よね、彼女」とユラウが言った通り、リインはあの言動で中々善性の人である。そういう会話だった。
「しかし夕陽にランニングとは青春だな。俺達も河川敷で殴り合おうか?」
「私達はそういうのじゃないでしょう」
ユラウは夕焼けの橙に、眩しそうに眼を細めて言う。
「明るいよね」
「もうすぐ夜だってのにな」
「いいえ、夜だって明るいわ。ここは明るい。そうは思わない?」
「ほら」とユラウは方々を指し示した。沈む太陽によって照らし出された家屋の外壁は、陽光を反射してきらきらと輝いている。
そこに様々な色彩が見える。橙色に覆われながらも、煉瓦の赤褐色、石畳の灰色、土壁の茶色。そして何よりも。
「白と青」
ユラウが伸ばす指先には、伝統的に皇帝が好み、帝都においては装飾として種々の建物に用いられる色彩があった。
「白色。青色。貴族になれば金色も加えて。そういう色が好きなのね、帝国の人達は」
「そういう風土なんだ。それは空を示していると聞いたことがある。青空と雲、そして太陽の光」
「光、ね」
街灯はぽつぽつと点り始めている。意匠として青があしらわれたそれは、帝都の発展を象徴するものでもあった。
「風土と言っても、土地は関係ないでしょう」
ユラウは言った。
「青色の鉱石が使われているとは言っても、それは魔術によって生成されたもの。金だって同じ事よ。本物の金ではないけれど、そういう色を選んで装飾している。そうやって立派に飾り付けたがっている」
「権威を象徴するものとしては妥当な色じゃないか?」
「光のみが? 女神は光と同時に闇を抱えているのに」
「それは、まあ」
それも風土なのだろうか。俺は大通りを見やった。石畳を行く馬車と、軒を連ねる商店。こうして見れば、確かに白を基調としている。商店に関して言えば、当世の流行として大型の窓ガラスが嵌め込まれており、外からでも中の様子を覗くことが出来る。
光。この光景は光に満ちていた。橙に染まった帝都の中に、白色の魔力光がぼんやりと浮かんでいる。闇に抗い、撥ね除けるように、都市は光を求めて発展してきた。
「明るいよね」
ユラウは再びそう言った。そうして「ねえ」と呟いた。
「ねえジョット君。さっき言ったとおり、私達ね、似ていると思うの」
「あんな風に真っ直ぐじゃないから?」
「それもあるけれど、物事の捉え方とか、考え方のこと」
「なんだいそれは」
人の気持ちなど分かるはずがないと言ったのは本音である。ならばどうして俺が誰かと似ているなどと言えるだろうか。相手がユラウなら尚更のことである。未だに彼女を捉えることは出来ていない。
しかしユラウは「だって私達、どっちも中途半端じゃない」と親愛を込めるように言った。
「それは皮肉か、罵倒か。自嘲のようでもあるが?」
「その全て」
彼女は妙に嬉しそうに言う。
「勿論、技術や知識に関して言えば、貴方は卓越して優れている。でも、思考はそうでしょう? 徹底するということがない。心は安寧に落ち着いて、楽な方に流れようとする」
「俺は君の内心なんて知らなかったぞ。そんな事を思っていたのか?」
「思っていたの。そうね、じゃあ貴方は、私をどんな風に思っていたの?」
俺は言う。
「掴み所がない。捉えどころがない。そんな感じ」
その言葉に、ユラウは苦笑した。
「それは、掴むところも捉えるところもないからよ。私って、分かりやすい何かがないから」
ユラウの口振りは確かに自嘲だった。皮肉も罵倒も全て彼女自身に向けられているようだった。
しかし、その口振りさえ飄々として、冗談なのか本音なのかさえ分からない。
「私達って、きっと殺し方が足りないのよ。リインさんから聞いたわ。貴方がそんな事を言ったって。でも、貴方も自分で分かったように、何よりも殺し方が足りないのは私達。何かに人生を捧げるような覚悟がないの」
「いや、悪いが俺にはノアが居るぞ。この態度は君にあるか?」
「ないわ。でも、それでも足りないと私は思う」
ユラウが俺を見る。赤色の眼が真っ直ぐに俺を捉えている。
「英雄と、貴方は言った。でも、この時代に英雄をやるということがどういうことなのか、貴方には分かっている。それは戦争を望み、殺戮を期待するということ。それを救ってこその英雄なのだから」
「俺は断じて平和を望んでいる」
「だから中途半端。殺し方が足りない。本当にノアちゃんを英雄にしたいのなら、まず貴方が戦争を起こすべきだ。貴方にはそれが出来るのだから」
夕焼けの、夏空の匂い。
橙がユラウの顔を照らし、もう半分を闇に沈めている。
「買い被りだな」
「そうかしら。この世のあらゆる物事は、もしかしたら貴方に聞けば分かるかも」
「いいや、俺には分からないことが多すぎるよ」
「たとえば?」
「君が吸血鬼なのか、とか」
俺は無言の境界線に触れた。
それは今までのユラウを思えば、苦笑で躱されるべきものであり、だからこそ、面倒な話はそれで終わるはずだった。
しかしユラウは微笑んで、自ら境界を飛び越えた。
「半分はそうよ。お父様が吸血鬼なの」
人混みのざわめきの中にその告白は発せられた。
並んで歩くユラウの眼。赤色の眼は夕闇の中に燃えるようにして、底深く俺を捉えている。
「私が生まれたのは北の国、魔族達が暮らす連邦国家。お母様は人間だけど、南が嫌で逃げ出したのね。そうしてお父様と結ばれた」
「……ハーフバンパイア、ダンピールとも言ったか?」
「どっちつかずの中途半端。両親に似ず、私には徹底が足りなかった。だから、貴方達に付いていったのよ。お母様の故郷を見れば、自分がどっちなのか分かるかもって」
「アルケシア領が?」
「お母様は有名だから、知っているかもしれないわね」
ユラウは胸内から思い出を取り出すようにして言った。
「グノウ・アルケシア。世界の完成を夢見た、素敵な人だった」
「……その名前は、非常に知っているな。うん」
その名前は、五十年前に帝国を去った、素晴らしき芸術家。そしてマルガレーテの親戚、公爵家に連なる人の名前だった。
……そして、ユラウとは全く似ても似つかぬロックな人だった。
「どうしたのよ、変な顔を浮かべて。折角来歴を話しているのに、酷いわ」
「いや、なに。何でもない。しかし、だから異世界の事にも詳しかったのか? 吸血鬼の貴族は異世界が好きなのか」
「ああ、それはお母様の方よ。ファウストの話、したでしょう?」
馬車の中での会話だろう。マルガレーテの名前に反応し、ユラウが呟いた事を思い出した。
「お母様は、異世界が好きだった。というよりも、この世界が好きだったのね。だから比較資料として異世界の文献に詳しかった。ファウストも、お母様が好きだったのよ。私はその歌をよく聴いた。お母様の名前と同じ人が作った、その歌を」
「ファウストの歌か」
ファウストを題材にした楽曲は数多くある。元の世界で言っても、シューベルト、ワーグナー、リストなどの有名な作曲家が携わっているし、こちらの世界でもその試みは行われていた。
しかし、この地の帝国劇場でも上演され、多く人口に膾炙しているものと言えば、シャルル・グノーの歌劇ファウストだろう。
ファウスト第一部を下敷きにしたそれは、言語を翻訳されることなく、この世界の人々に受け入れられている。
「だからマルガレーテって名前に驚いた。それとも私が知らないだけで、私の親戚はファウストが好きなのかもね。グノーとグノウ。その符合」
「マルガレーテの父親、今の公爵家当主は、グノウと仲が良かったらしい。そこからじゃないのか」
「あら、良いことを聞いたわ。今度ご挨拶に伺おうかしら」
「継承権を持つ人間が増えたら荒れるぞ」
「認知もされないでしょうね。勘当されたって聞いたから」
先の発言は冗談でしかなかったのか、ユラウは笑ってそう言った。
「それで」
「なあに?」
ユラウは惚けたように言う。
「それで、吸血鬼のお父さんは、何のために帝国にやって来たのさ」
「きっと観光ね。私もそうよ。お母様の故郷を見に来たかったの」
「折角聞いたんだから真面目に答えてくれよ」
「真面目よ。真面目にそれしか知らないわ。寧ろ、単なる観光だからこそ伯爵が付いてきたのかも」
「伯爵が?」
あの紳士力溢れた推定吸血鬼が何をしているのだろうか。
「というか、そもそも伯爵って何者なんだよ」
そう言えば、ユラウは思い悩むように眉根を寄せた。
「それに関しても知らないのよ。本当に。連邦に貴族なんていないのに、公的にも認められていないのに、お父様はあの人を伯爵と呼ぶわ。何者なのかしら」
「君は貴族じゃないのか。お嬢様だとか言っていただろう」
「連邦にも貧富の差はあるわよ。旧時代では貴族と呼ばれたけど、今は違うわ」
「じゃあ何と呼ぶのさ」
「州知事」
「……しゅ、州知事?」
思ったよりも近代的な単語が出てきた。
それが偉いのか偉くないのかよく分からない。何より伯爵と州知事という取り合わせが脳内で奇妙な観を見せている。
「州と言っても、元は国だったらしいけどね。今は連邦として連帯しているけど、それでも各州は独立的で、その権限もここの帝国貴族よりずっと強い。だから伯爵って本当に何者なのかしら」
「吸血鬼じゃないのか? 似ている気がするが」
「普通の吸血鬼は太陽で死ぬし、銀で死ぬし、ニンニクを嫌うのよ。あんなのは吸血鬼じゃないでしょう」
「あんなのて」
「あんなのはあんなので良いのよ。形容できないものは代名詞で呼ぶしかない」
「同族扱いなんて、吸血鬼に対する買い被りよ」と、ユラウは心外そうに言った。そこは本気で気にしているらしかった。
「まあ、とにかく、これで私の話は終わり。観光が何時まで続くか分からないけど、それまではよろしくね」
「そんな事なら最初から話してくれれば良かったのにな。思いの外拍子抜けだよ」
「それは貴方が変だから。吸血鬼なんて聞いたら普通、通報するからね。お父様と一緒に追われる身になって、大捕物」
「だが、本当に単なる観光できたのなら、わざわざ波風立たせる必要もないだろう」
俺の言葉にユラウは苦笑する。
「貴方は帝国の裏切り者ね」
「皇帝は慈悲深く、基本的人権というものを尊重している。つまり健康で文化的な最低限度の生活を営む権利だ。国のために危険を冒せば、最低限度を下回ってしまう」
「健康で文化的な最低限度の生活、ね」
「そこね、貴方は」ユラウが身を寄せてくる。「貴方って、そういうところが英雄的じゃないのよ」
耳元に囁くようにして彼女は言う。
「ノアちゃんを英雄にしたいのなら、これは絶好の機会でしょう。帝国に侵入した吸血鬼の王を、討ち滅ぼすは若き少女。今の時代で英雄をやるには、十分過ぎる活躍ね」
「君は父親を殺して欲しいのか?」
「まさか。そういうところが気に入っているのよ。私と似ているから」
互いの指先が触れた。
「貴方って、夢見がちで、でも現実主義者で、何より傲慢なの。誰よりも現実を分かっている癖に、それを越えるものを求めている。とても傲慢なひと」
その人物評は、割と正鵠を得ているような気がした。
誰よりも、というのは大袈裟だが、今の時代から英雄が消えていくだろう事は分かっている。しかし、それでもノアの活躍が見たいのが俺である。
万物を平伏させる究極の美。
しかし、ユラウの方はどうなのだろう。
彼女はどうして、自分で引いた線を、自分で飛び越えたのだろう。
「俺は君と似ているか」
「私と似ている」
「なら、君は何を求めている?」
「何って?」
俺は言う。
「俺が求めているのは、美が世界を征服する光景だ。完成した美だ。ノアという極点だ。ならば君は、何が何を越える事を求めている」
「私は……」
「──お嬢様」
と、声が掛けられた。
道の脇、商店と商店の隙間に佇みながら、こちらをじっと見つめる女性がいる。
この暑いのに長袖で、頭から外套を被っている。垣間見えるのは銀の髪色。それが夕陽を受けて橙色に燃えていた。
「あら、フィネカさん」
ユラウが言って手を上げた。
「お知り合いかい」
「この土地で、私を偉くしてくれる人よ」
口振りからするに侍従か何かだろうか。フィネカと呼ばれた女性は、戸惑うようにしながらも近付いてきた。
「お嬢様……此度は、此度こそは言わせていただきますが、勝手な行動は、今度こそ慎んでいただきたいですよ。私は困ってしまいます」
「紹介するわ。こちらフィネカさん。私のお世話をしてくれる人。こちらジョット君。私の友達になってくれている人」
「とんだ紹介ですが、どうも、ジョットです。ユラウは寝泊まりの心配は要らないと言っていましたが、貴方が居れば心配なさそうですね」
フィネカさんへのお世辞とユラウへの皮肉を込めて手を差し出せば、彼女はさっと眼を逸らし、厭うように両腕を外套の中に隠した。
ふうん。
「……お嬢様。こちらが、お嬢様を誑かした人間ですか」
「ええ、今日だって何度も誑かされそうになったわ。今も誑かされている最中よ」
「軽口を……」
「口を重くすれば潰れてしまうわ」
飄々とユラウは笑う。フィネカは苦々しい顔を浮かべている。年齢は二十代後半程度だろうか。顔の下半分しか見えないが、神経質そうに唇を噛んでいる。
舌打ちが飛び出る代わりに、圧を感じた。俺に向けてのものである。露骨だなあ。
「そちらは人嫌いかな。自画自賛だが、これでも美少年で通っているんだが」
「美少年というか、魔少年でしょう。魔性と言った方が良いけれど」
「魔性。これが?」
フィネカは皮肉っぽい笑みを浮かべた。「少し迂闊すぎやしないかい」と俺が言えば「酷く人嫌いなのよ」とユラウが言う。
まあ、そうだろう。俺は"眼"を開いて言った。
「月光、白金、冬の夜」
「……なんですか、それ」
「ユラウのそれより格段に弱いが、似たような景色を見せていますね。同じ生まれですか」
「何の意図での発言ですか」
俺は向けられる圧に両手を上げた。何の意図もない。ただ見たものを言っただけである。
しかしフィネカの顔は引き攣った。外套の下の眼が見える。くすんだ赤色。気持ち悪いものを見る目。
ユラウは、惑いながら俺を睨むフィネカへ、取り成すように言った。
「でもフィネカさん、ありがとうね。私を心配して、こんな場所で待ってくれたのね。迷惑掛けちゃった」
「……そう思って下さるのなら、今後はこの様な行動をしないように。ただでさえ、こんな土地は息苦しいというのに」
「うんうん。分かったわ」
「またその様な気のない返事を……」
はあ、とフィネカは溜息を吐いて「それでは、行きましょう」とユラウに言った。帰るのだろう。どこに帰るのかは知らないが。
ああ、一つ聞き忘れていたことがあった。
「ユラウ」
「なあに?」
「君、武器を贈られるとしたら、どんなものが良い?」
ユラウは意外な質問を投げ掛けられたように沈黙する。
暫くの後、「そうね」と呟き言った。
「今使っているのと同じような剣……は、今使っているので十分よ。だから、短剣なんかはどうかしら。杖の代わりにも使えるしね」
「そうか。なら、楽しみにしておけ」
「贈り物の希望を、当人に聞くのってどうなの?」
「それが一番間違いがないだろう。何より、後で取り返しが付かないからな。作り直させるわけにはいかない」
贈り物。つまりオリハルコン製の武器は、メイヴン先輩が好意で作ってくれるものだ。後から注文を変えるのは失礼に当たるし、そんなことは言い出せない。
ノアなんかは普通の剣で良かったのだが、リインはあれこれ細かく注文を付けてくるのだから困った。
リインが所望したのは剣ではなく槍だった。それも穂先が三叉に分かれた、所謂十字槍である。『これが最強の武器なんですよ』と彼女は言っていたが、どう考えても普段使いし辛いと思う。
「やっぱり、貴方って中途半端ね」
ユラウは苦笑して言った。
「あんなに言ったのに、私まで仲間にしようとする。波風立てず、なかったことにしようとするのね」
「なかったことにはしないさ。言わないだけだ。俺と君だけの秘密だぞ」
「それはなんだか、素敵な話ね」
「そうか?」
「そうよ」
そんな会話を厭うように、フィネカがユラウの腕を引いた。
「……行きましょう、お嬢様」
「次会うときは握手をしましょうね、フィネカさん」
「俺としては是非とも。そちらは?」
無言で背を向けられた。そうして二人は去って行った。
気が付けば、すっかり夜は暮れている。
「中途半端ねえ……」
俺は呟いた。
「絶好の機会だからって、流石に戦争はなあ」
ぼやきながら俺は帰路に就いた。ノアとリインも、河川敷で殴り合ってなければ良いが。