芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第53話 色彩論

 

 

 

「でも、それでもやっぱり分かりませんよ」とノアが言った。

 

「だって、浮気してるじゃないですか! 子供まで作って、死なせて。それでどうして報われるんですか! というか救いって何なんですかね? 天使っていうのも分かりません」

「まあそこら辺は難しい……というか、天使とかに関しては理解不能だよな。普通に考えて」

 

 この世界では神は居るが天使は居ない。神が意思を伝えるのは人間であり、それは時折『天啓』として降されるのだ。熱狂的な回心をもたらすそれは、この世界に神が存在する証明の一つである。

 

 つまりこの世界において、キリスト教的価値観は縁遠いものなのだ。前に述べたように、文明の初期から無神論やら共産主義やらが流入してきたというのもあるが、それ以上に決定的なのは、やはり神が実在するためだろう。

 

「だから、そうだな。救いっていうのは……救済で……ううん。何と言うべきか。女神は別に人を天国に連れて行ったりしないし、というか天国も地獄もないし……」

「最近ではあるという声もあるでしょう。西の方ではそちらが主流になりつつあるようですわよ」

「教会が言うことはころころ変わるから信用が持てん」

「それは当然ではないの? 社会というものは変幻自在の怪物だって、貴方はリインちゃんに言ったでしょう」

 

 それは確か、レクト村に向かう前、酒場で話した際の一言だったか。ユラウは良く覚えている。

 

「しかし、救いとは何か、ね」

 

 ユラウは言って、記憶の中のページを広げるように指先を動かした。

 

「勿論、それは本場である異世界においても統一的な見解を持たないし、ましてや、違う世界に生きている私では捉えられないものだろうけど、それでも努力して考察するのなら……ファウスト作中において、それは死と再生の活動として現わされているのではないかしら」

「というと?」

「物語の筋は、死からの復活を象徴的なものとしている」

 

 ユラウに言われ、脳裏に閃いたのはキリストの磔刑だった。

 

 なるほど、キリスト教世界においての救済とは間違いなくそれである。原罪を贖うための自己犠牲はユダヤ人という民族的な枠を超え、全世界の人々に救済をもたらした。

 

「場面としての復活は三つね。一つ目は、ファウストが自殺を図った場面。それを止めたのは、外から聞こえた賛美歌だった。これは未遂だったけれど、形式としては同じ事。二つ目はグレートヒェンの死。彼女は救済を拒絶して死んだけど、神の視座においては確かに救われた。だから神の声が響いた。三つ目は、ファウストの死。今度こそ彼は死んだけど、やはり神の手によって救われた。そこでは天使の合唱が響いている。……死からの復活が三つ。負傷からの回復が三つ。これが通底したテーマでしょう」

 

 ユラウは指折り数えて言う。対し、俺は反駁するように言った。

 

「自殺未遂が死っていうのはどうかと思うな。だって他にも死んだ人間はいるだろう。グレートヒェンの兄ヴァランタンとか、ファウストの息子エウポリオーンとか」

「それは死に向かう序曲に過ぎない。その証拠に、その二人の死に際して救済の声は響かなかった。あれはグレートヒェンとファウストの死の前兆、致命的な負傷でしかないのだから」

「……ああ、もしかしてそこでも揃えられているのかな? 目の前で近親者の死を見つめるという」

 

 これは対比というか、リズムだろう。同じリズムを繰り返すことで、場面を象徴的なものにしている。死からの救済。神の恩寵を。

 

「物語全体を見ても、そうではないかしら」

 

 ユラウは饒舌に語り続ける。

 

「この三場面を象徴として置いて、ファウストの全体は、負傷と回復を繰り返している。第一に自殺を図るような死があって、グレートヒェンとの交流によって回復し、その死によって負傷する。その負傷はヘレネーとの交流によって回復し、息子の死によって負傷する。そして海を埋め立てる事業へ向かうことによって回復し、メフィストの奸計によって最大の負傷、死に至る。しかし最後には最大の回復、救済によってファウストは死から復活する」

「そう考えると面白いですわね。それぞれ回復の性質というのも異なると」

 

 マルガレーテが言った。確かに、それぞれ性格を異にしている。

 

 グレートヒェンとの交流は、キリスト教的世界観の元で行われた回復だった。素朴な少女は清楚な信仰を体現し、信仰的な回復をもたらしている。

 

 ヘレネーとの交流は、ギリシア神話的世界観の元で行われた回復だ。そこで行われるのは、第一部のそれに比べて強く生命的な回復であり、エウポリオーンの死もまた、グレートヒェンの陰惨さと比べ、遥かに活動的なものだった。

 

 そして事業に邁進することは、ファウスト自身の探求精神を回復するものである。この第三の回復と失敗を経て、ファウストは真実救われることになるのだ。

 

「私が面白いと思うのはね、そこなのよ」

 

 ユラウは目を輝かせてそう言った。

 

「ファウストはキリスト教の神による恩寵で救われるけど、その過程において、ギリシア神話的世界観が差し込まれている。これは単なる堕落だとか、その話自体が死に近づくといったものではなく、それだって確かな回復なのよ。救済のために、キリスト教の世界にはない生命的な話を必要とした」

「それは単なる古典世界への憧れではなく?」

「ではなく。寧ろ憧れでしかないのなら、構成としては邪魔でしかない。キリスト教の世界観にギリシア神話を差し込むのだから、そこには当然意味がある。……そう、これは『色彩論』で説明できるかもしれない」

「なにさそれ」

「ゲーテの著作よ。作家ではなく、自然研究者としてのね」

 

 遂に話がファウストを飛び越えてきた。そんなものは存在だって知らなかった。

 

 しかし興が乗ってきたのか、ユラウは意気揚々と話し始めた。

 

「『色彩論』は、ゲーテが最も注力した事業であると言って差し支えがないわ。その内容は、題名の通りに色彩に関する理論が展開されている。もっとも、科学的な誤りが多いのだけれど」

「間違ってるのかよ」

「それでも有用な部分はあるし、何より、ファウストを読み解く上では重要だと思うのよ」

 

 ユラウは掌を広げ、虚空に書物を広げるように語り始めた。

 

「この著作において積極的に展開しようとしているのは、ニュートンの分析的な光学理論への批判よ。その執拗な批判そのものが問題点としても挙げられるのだけれど、これはゲーテが行おうとしていることを思えば、批判しなければならないものでもあった。と言うのも、ニュートンは色彩を光によって現れるものだとしたけれど、ゲーテは色彩というものを生理的な作用として見ようとしたのね」

「はあ。つまり?」

「ゲーテは色彩を、その観測器官である眼との交互作用によって捉えられることを重視した。つまり、実験データがあまりに主観的なのよ。もっとも、それこそが目的だったのだから当たり前なのだけれどね。彼は世界と、それを捉える我々人間との間に、密接な交互作用があるという事を言おうとした。色彩を捉える眼自体が、単に現象を知覚するだけでなく、その知覚自体が眼による積極的な関与、活動であると」

 

 ユラウはそこまで言って苦笑を浮かべた。

 

「もっとも、その考えは否定されているけどね。結局、科学的に正しいと証明されたのは、ニュートン的な、色彩は光の波長が分離して生まれるものだという考え。つまり色彩は可視光線でしかなかったのね。それを前提に置いて語るけれど、ゲーテは色彩が、光と闇の作用によって生まれるものだとした」

 

 光と闇。

 

「つまりは運動なのよ。ゲーテの自然研究は、その詩作に対して道楽的なものだと見られがちだけど、その哲学は詩作と共通して現れているように思う。人間が世界を観察するという行為が完全に客観的なものではなく、観察する人間の主観と、世界という客観が強く相関する事を求めていた」

「それは科学的な態度じゃないだろう。データに主観を入れてしまっては」

「だから批判されているのね。ゲーテは色彩論において多様な実験結果を述べているけれど、それはあまりに主観的というか、経験的すぎる。数学的な分析を拒絶して、あくまで主観によって捉えられる実験結果を基に理論を展開している。だけど、それは一定の成果も示したの。言ったでしょう。有用な部分もあるって」

「それは?」

「色彩の感覚的精神的作用、つまり、色彩が人間心理に与える印象や影響に関する見解は、確かに価値あるものだと認められている」

 

 それは黄色が暖かいだとか、青色が寒いだとか、そういった話だろうか。まあ確かに、そもそもの出発点が主観によるものならば、その研究成果は主観の点に限られるのが道理だろう。

 

 ユラウは殆ど眼を閉じ、指先を虚空に動かしながら言う。

 

「ゲーテは色彩を『あらゆる点で半ば光、半ば陰影のようなもの』と言った。あらゆる色彩は、たとえ最も明るい白色だって不透明なものであり、光に比べて暗いものであると。『弱められた光、暗いものへの移行である』と。ここから更にゲーテが色彩から見出したのが、『分極性』と『高進性』の働きね。光の単純な色彩として黄色を、闇の単純な色彩として青色を置いて、それらの反発──『分極性』と、段階的な調和──『高進性』によって、最も素晴らしい色彩、赤色が生まれるとした」

「いや、黄色と青色を混ぜて生まれるのは緑だが」

「それはそうね」

 

 ユラウはにっこりと笑って簡単に認めた。

 

 しかしまあ、段々と俺にも分かってきた。

 

 つまりそれは、やはり主観的な意味での話なのだろう。黄色と青色を混ぜれば、客観的には緑色が生まれるが、主観という観点から見れば赤が生まれると言いたいのか。

 

 どうにも間違っている気がしてならないというか、科学的には間違っているのだろうが。それも含めてユラウは言っているのだ。

 

「黄色と青色によって赤色が生まれるとしたのは、先程も言った通り、色彩を、主観と客観の交互作用によって捉えられるものだとしたから。つまり色彩は、眼の中で働くものであるということ。自分自身の内部で黄色と青色は対立し、調和を求め、高進する。物理的現象としては黄色と青色は緑色になろうとするけれど、眼に捉えられる上では、つまり心理的作用としては、黄色は橙色を求め、青色は菫色を求める。そして橙色と菫色は赤色を求める。前者の物質的な混合に対して、後者の精神的混合こそを、ゲーテは『高進性』と呼んだ」

「精神的に……心理的作用として、眼が色彩を求めると?」

「ゲーテは物質的にも高進性を見出そうとしていたけどね。でも、橙色から赤色になるのは焼けた鉄で説明できるとして、菫色から赤色になるものは見つけられなかった。これは、色彩の知覚についての働きと、物理的働きを混同してしまっていたから生まれた限界よ。主観と客観による相互作用という見方は、心理の面においては有用だけど、物理の面においては誤謬の元になる」

 

 なるほど。何故ユラウが、わざわざ間違った理論などを話しているのか、何となく分かってきた。

 

 これはあくまでゲーテの主観による話であり、科学的データとしては著しく正確性に欠けている。しかし、主観であるが故に、ファウストを読み解く上では重要になってくるのだろう。そう見ようとした見方を、ファウストにおいても行っているのではないかと。

 

「はあ……で、その……それがどうして救いの話になるのですか?」

 

 ノアが怖ず怖ずと言った。ユラウが微笑んで返す。

 

「彼が色彩論をファウストにも応用していたのなら、作中において行われる死と再生は、単なる対立ではなくなってくるから」

 

 ノアが口を半開きにして首を傾げた。助けを求めるように俺を見る。見られたってこっちも困るわ。

 

 一方で、ユラウは止まらず話し続ける。

 

「つまり問題は、救いとはどこにあるか、という話になってくるの。彼が光のみを志向したのなら、死とは忌避すべきものでしかない。悲劇は救われるための前座でしかない。でも、彼が光のみならず闇までもを色彩の生成要素にあげているのなら、それは単なる前座でも対比でもなく、合一し、より高くに『高進』するための対比ということになってくる」

「ああ、なんとなく、なんとなくだが分かってきた」

 

 俺は眉間に皺を寄せ、呻きながら言った。

 

「つまり、ファウストにおける救いっていうのは、その色彩論のように光だけじゃないと。どころか、光と闇が相互に作用し合う中に、ファウスト自身がその眼によって捉えるところに救いがあると」

「そうそう」

 

 ユラウは嬉しそうに頷いた。「つまりは、運動なのよ」と続けて言う。

 

「最後に神が救うという形は、一見して古代ギリシアのデウス・エクス・マキナのように……全部を簡単に終わらせるための都合の良いものに見えるけれど、実際には違う。だってそれ以前にも現れているのだから。神の救いを崇高なものとして描くのなら、それは一回で行わなければならないでしょう。だから、作中における救いとは、神の恩寵それ自体ではなく、真理としてそこにあるものでもない。ファウストにおける救いとは、ファウスト自身が色彩を眼で捉えるように獲得したもの。死と再生の繰り返しの中に、生み出されていく運動そのものだと思う」

「ギリシア神話的世界観が挿入されたのもそのためか?」

「それは単に、ゲーテの趣味かもしれないわね」

 

 あっけらかんとユラウは言った。色彩論はどうした。

 

「というのも、色彩論に見られるとおり、ゲーテは世界と人間をそれぞれ孤立させるのではなく、調和させようとしていたから。それは自然の中に神を見出そうとする努力以上に、その相関によって人間の中に神を見出そうとする努力だった。その自然の象徴として、或いは代替としてギリシャ神話が選ばれたのは、まあ趣味でしょう」

「文学としては構造的な対比かもしれませんわよ」

 

 と、マルガレーテが言った。さっきからうんうん唸っていたが、なんとか咀嚼したらしい。

 

「キリスト教という光の世界と対比して、闇というわけではないですけれど、清貧や清楚からかけ離れた生命的な世界を題材にすることで、舞台を振り子のように運動させているのでは」

「そう、運動ね。それもあると思うわ。ファウストは時間と空間を飛び越えて、探求を続ける。その探求の姿勢こそが、死と再生を繰り返した運動そのもの。世界を捉える眼の働き。世界を探求しようとする精神の働きがそこにある」

 

 ユラウが言った。探求することそのものが救済。止まることなく、探り求める事こそが。

 

 そう考えて、俺は閃いた。有名な文句が頭に過ぎった。

 

「ああ、だから『時よ止まれ』という言葉が禁句なのか」

 

 ユラウが嬉しそうに頷く。

 

「そう。救済が運動ならば、それを永遠に留めようとする行為は救済の拒絶になる。探求の姿勢こそが救済を生み出すのであり、満足して探求を止めてしまえば、そこに救済はあり得ない」

「『お前は美しい』と、ファウストが留めようとしたのは、事業という運動だったな」

「精神的世界を現実に建設しようという試みは、まさしく救済を現世に生み出そうとする崇高なもの。でも、その運動そのものに満足してしまうのは間違いでしょう。求める事に意味があるとは言っても、それ自体に満足してしまえば意味がない」

 

 そこで、ふとノアが言った。

 

「はあ……よく分かりませんが、それは悟りのようなものですか?」

「悟り?」

 

 ユラウは戸惑ったような顔を浮かべる。

 

「……私、ブディズムには詳しくないのだけれど、どうしてその言葉が?」

「ああいえ、私もリインさんに聞いただけで詳しくはないんですが……悟りの道とは、求める事に意味があるというじゃないですか。悟りそのものは重要でも、それを獲得しようとするのは間違いだって」

「ああ」

 

 そう言えば、似ているような気もする。

 

 何時だかリインにも言ったが、禅において悟りとは、回答として示されるものではない。それは求道の先に境地として現れるものであり、それに拘泥していては悟りなど現れない。

 

 悟りの道とは、道を進むこと自体に意味がある。しかしファウストに同じく、進むこと自体に満足してしまっては意味のないことでもある。

 

「よく知ってるわねー……」

 

 ユラウは驚いたようにノアを見つめた。「いやー聞きかじりですけど……」とノアは謙遜しているが、俺としても話に付いて来られている事自体が意外であった。

 

「あっ、でも、ファウストさんは結局止めちゃったんですよね。進むことを。それならどうして悟れたんです?」

「悟りじゃなくて救済だけど……そうね、探求を止めたファウストが、どうして救われたのか。それは勿論」

「勿論?」

 

 ユラウはそこで一拍置き、真面目くさって言った。

 

「愛があったから」

 

 愛。愛と来たか。

 

 確かに、ファウストの救いを助けたのは、グレートヒェンの愛である。

 

「思索と活動……探求という運動は、それ自体が救済に値する行為だけど、それ以上に重要なのが、愛よ。愛なくして救済はあり得ない。神の愛。グレートヒェンの愛。それを受けてのファウストの愛。ゲーテは光と闇の分極性の中に、愛による救済という高進を現わそうと思ったのかも。ファウスト作中においては、高進の先が救済で、高進の働きの根源となるのが愛」

「はあ……だからこそ、どうしてグレートヒェンさんが、と私は思うのですが……」

「罪を赦すことは神の御業だもの。懺悔と贖罪は神の世界に通じる道よ。それは、そこに愛があるからこそ出来る事。だからキリスト教において、神は愛と慈悲に溢れたものとされるのね」

 

 なるほど。全人類の罪を赦す度胸があるのなら、確かに神は愛に溢れていると言えるだろう。

 

 その発露としてのグレートヒェン。その発露としてのファウストの救済か。

 

「愛がなければ、救済はなかった。だから、これは壮大なメロドラマとしても完成しているのよ」

 

 言い終えたと言わんばかりにユラウはカップに口を付けた。「あら」と言って底を覗く。夢中で気が付いていなかったが、もうとっくに空になっていた。

 

 傍に居た家政婦見習いさんに声を掛け、新たについでもらう。俺の分もすっかり空になっていた。

 

「なるほど、よく分かった。つまりは」

 

 言って俺はユラウを見た。

 

 非常に楽しそうである。余程ファウストが、彼女の母グノウが愛したそれが好きなのだろう。

 

 しかし、彼女はオペラの感想として『まあまあ』と言った。その理由は、今までの話で明らかだろう。

 

「つまり君は、第一部のみを題材にした歌劇ファウストが、あんまり好きじゃないんだな」

「うっ」

 

 図星を突かれたようにユラウは呻いた。

 

「いや、別に嫌いって訳じゃないのよ」と慌ててユラウは言った。

 

「確かに、あれはグレートヒェン悲劇のみに焦点を絞ったものだけれど、それでもまあ、うん。嫌いではないわよ。純粋に、舞台芸術とか楽曲とか、素晴らしいと思うし」

「はっきり嫌いと言えば良いだろうに」

「だから嫌いではないのよ。まあ確かに、二部まで通じたゲーテの意図を省かれているのは気に食わないし、『青春が欲しい』って何? って思うけれど、嫌いではないのよ。お母様もよく歌ってたしね」

「ああ、お母様がお好きでしたのね」

 

 マルガレーテが納得したと言わんばかりに言った。尋常ではない入れ込み具合は、確かにそんな話でもなければ納得できないだろう。

 

「しかし、ユラウさんも、ユラウさんのお母様も、随分と博識なのですね。異世界の作品をそこまで読み込むということは、早々ないでしょう。ひょっとして、名のある研究者でした?」

 

 ユラウは首を振って言う。

 

「いや、そんなんじゃないわ。研究じゃなく、いや、研究ではあるのかしら。でも、論文を書いたことはなかったわよ。その成果は別の形で発揮されたから」

「おや、その成果とはなんでしょうか?」

「……まあ、それは置いておいて」

 

 ユラウはあからさまに話題を変えた。口が滑ったのか、彼女にしては下手である。

 

 しかしマルガレーテは流石のもので、それ以上追求することもせず「そういえば」と言った。

 

「先にもノアさんが言いましたけれど、確かに異世界における宗教は、私達には縁遠いものですわ。天使という概念を解すこともありませんし、神の性格も異なっています。なのに、ファウストはよく上演されますわよね。何故かしら?」

「そこはユラウが嫌っているように、メロドラマとしての性格を誇張してのことじゃないのか」

「だから嫌ってないわよ。……でも、それは違うと思うわ」

「というと?」

 

 ユラウは少し躊躇するように唇を閉じたが、それでも言いたくなったのか、茶で唇を湿らせてから言った。

 

「これは教会批判じゃないけれど……」

「それを前提に置くときは大体批判になっているんだ」

「うるさいわね。黙ってなさい。……まあ、それは、引用ではないかと、私は思うのよ」

「……引用?」

 

 マルガレーテの声に、ユラウは言う。

 

「さながらファウスト作中で、ギリシア神話の世界観を通じてキリスト教の神を賛美したように、異世界の神を通じて、この世界の女神を賛美しようとしている。だから、そのままの形で歌い上げられている」

 

 それのどこが教会批判に繋がるのか、俺には分からなかった。寧ろ、それはキリスト教を貶す行いだろう。この世界における教会の態度としては何の問題もない。

 

「あっ、もしかして!」とノアが言った。さっきから珍しく話に付いて来る。

 

「歌とか踊りでやっているから悪いって事でしょう! 神父さんってのは真面目ですからね。そういうの良くないと!」

「いや、違うわ」

「あっ、違うんですか……」

 

 ノアは肩を落とした。「でも、近くはあるのよ」とユラウは慰めるように言う。

 

「私が言いたいのは、ノアちゃんが今言ったように、南の方では神父というのが、娯楽を忌避する真面目な人物として捉えられている、ということに近い。それは問題と言うには不遜というか侮辱でしょうけれど、一方のみを志向しているのは確か」

「一方のみ、ですか……?」

「女神は光と闇が合一した存在よ。なのに南の土地では、光の側面ばかりが取り上げられている」

 

「観光して、それがよく分かったわ」とユラウは指折り数えて言う。

 

「十字架は至る所にあるし、魔除けの札は当然のように販売されている。歌劇ファウストだってそう。光の側面ばかりを強調して、キリスト教という光の性格を女神に引用しようとしている」

「それは……昔からよくある事じゃないのか。異世界からの知識を、有用な部分だけ吸い取って、分からない部分はそのままというのは、この世界における伝統的な態度だろう」

 

 俺は擁護するように言った。しかしユラウは鋭く返した。

 

「そこに恣意的なものが感じられるのよ。有用とは言うけれど、それは誰の、何にとっての有用なの? これはハーバー・ボッシュ法のようにそれ自体が利益をもたらす知識じゃないの。キリスト教は、何のために引用されているのか」

「それは……」

 

 確かにキリスト教自体は、この世界に神が実在する以上、あまり役に立たない知識である。それにも関わらず引用が盛んに成されているのは、ユラウの言う通り、そこに利益を見出したからなのだろう。

 

 恣意的な、神の光の側面だけを取り出すという利益を。

 

「この態度は、ジョット君が言う通りに昔からのものだけど、新しいものでもあると思う。社会の柔軟性は遂に宗教にまで及んでしまった。宗教を、人々の志向で恣意的に誇張しようとしている。これは地域的なものだけれど、地域的なものであるが故に、質が悪い」

 

 それは、この土地だけを知る者からは出てこない視点だった。

 

 確かに、女神は光と闇が同居したものが正当な姿とされている。しかし帝国及び南方大陸、特に西方諸国家においては、光の性格の方が尊ばれている。

 

 それは思想よりも、寧ろ風景として現れている。象徴的なのが皇帝が住む宮殿だ。「ここって、明るい色の建物が多いじゃない」とユラウが言ったように、ウルド帝国では青と白に金と、輝きのある色が尊ばれている。

 

 それは宗教に由来するものであり、その宗教の中でも一側面のみを尊んだ結果だった。

 

 これは、三百前の戦争が根深い問題となっているのだろう。勇者と魔王の戦争は、種族の絶滅を賭けた戦争でもあった。結果として両者が相打ちし、戦争の継続が困難となった両者は一応の和平を結んだが、それで敵愾心が消えるわけでもない。

 

 帝国国境の北端部には壮大な砦が築かれ、今日も睨み合いを続けている。

 

「西の方では、もっと光が尊ばれて、全てを硝子で作った建物があると聞くわ。諸王の宮殿にも硝子がふんだんに使われて、より多くの光を受け入れるって。だから南方から西方に掛けては、光の文化圏とも言われるの。それは建築や調度品、絵画の題材に文芸の題材など。加えて最近では、それが思想として結実しようとしているとも」

「一方で、東の方では原色の文化が盛んだと聞くな。それは北方、魔族の連邦に由来するものだとも」

 

 ユラウは頷き、言った。

 

「本来合一すべきものが、政治的な意図、民族的な意図によって、分断されてしまっている。……だから、そうね。それは嫌い。完成したものを、貶めているから、嫌い」

 

 確かにそれは、教会批判と言われてもおかしくはない言葉だった。

 

 そして、俺は思いだした。学院の地下室に見つけたグノウの手記。そこに書かれていたものは、まさしくユラウが語った通りの憤りではなかったか。

 

 マルガレーテを見る。彼女は眼を細めている。サングラスから覗く青色の瞳が、見定めるようにユラウを捉えている。

 

「それは魔族批判でもあり、皇帝を称えるものでもあるな」

 

 と、助け船を出す心地で俺は言った。

 

「ユラウ、君が言っているのは原理主義的なものだろう。今の世に正しい信仰は失われてしまっている。それは南だけではなく北もだ。だから本来の形に回帰しようというんだ。それは民族的蟠りを解消して、世界平和に繋がることでもある。そうだろう?」

 

 俺が言ったことは、宗教的な原理であると共に、昨今における帝国の国際的態度から見て、ユラウの言葉を肯定するものだった。

 

 三百年前の戦争が民族的対立を生んでいることは確かである。しかしながら、技術の発展と共に、世界はグローバル化を強めていった。それは東西という横の繋がりだけではなく、南北という縦の蟠りをも解消しようとする動きであった。

 

 このグローバル化を推し進めているのが、俺達が暮らすウルド帝国である。

 

 これは、帝国の領土が、大陸の中央部付近に存在しているのも原因の一つだろう。真なる中央部は戦乱に荒れ果ててしまっているが、却ってそのために、帝国は流通の中心として機能する。東西南北の商業を繋ぎ合わせるには、地理的に帝国を無視するわけにはいかないのだ。

 

 また、商人達が現段階の種族的分断を、金勘定よりも優先していないのが好機となった。商人達は積極的に各地方に出向き、経済によって国家間の交流を活発化させていく。これを後押ししたのが、ウルド帝国の宗教的な態度だった。

 

 言ってしまえば、帝国においては教会よりも皇帝の方が尊ばれているのだ。それは国体の違いや権威の違い、ひいては国力の違いに起因するのだろうが、商人達が商売において、宗教的なあれこれを殊更に気にする必要がなくなったのは、皇帝自身の開明的な態度が故に他ならない。

 

 まあ、卵が先か鶏が先か、という話でもあるだろう。商人達の反発を恐れて開明的な態度を取らざるを得なくなったのか、皇帝がそういう態度を取ったから経済が活発化したのか。この辺りは密接に絡まって解けないだろう。しかし、マルガレーテの政治的態度のように、『身体的特徴及び特定の国家民族宗教を差別する気は全くない』というお題目を掲げているのは、たとえお題目に過ぎないとしても立派ではある。

 

 勿論、ユラウが指摘したように、地域性としての、文化、芸術としての志向はある。しかし、それは思想としてはまだ萌芽に過ぎない。民衆の『なんとなく』に答えを出すような思想は、西方にてその高まりを見せているが、潮流と呼ぶにはあまりに若々しいものだ。

 

 だが、萌芽に過ぎないとしても、それが興ったのは見過ごせないことだろう。

 

 思想によって生まれるのは敵と味方だ。ましてその思想の原因は三百年前の戦争にある。この思想の対立が民族的対立に繋がるのは容易い。

 

 そして、戦争に繋がるのも。

 

「……というのは、杞憂だろうか」

 

 そう言って、俺は新たに注がれた紅茶を飲んだ。

 

 この紅茶にしたって原産地は東方である。帝国には数多の商品が流れ込み、それと同じ数だけ出て行っている。

 

「いや、帝国がそれを押し留めようとしているのは理解している。守るに難しい地形だからな。そうでなくても流通が途絶えれば百害あって一利無し。国策として平和を唱えるのは、道理だろう」

 

 故に、原理主義に帰ろうと言うのではないが、ユラウの擁護としては十分ではないだろうか。

 

 その思想は西方諸王国を批判するものではあれど、皇帝を批判するものではない。マルガレーテが取らざるを得ない政治的態度からしてみても、十分納得が出来るだろう。

 

「そうですわね。確かにユラウさんの言うことはもっともですわ」

 

 マルガレーテが笑みを繕い、頷く。そうして俺に意外そうな眼を向ける。

 

「というか、ブレイク君」

「なんだい」

「ちゃんと覚えていたのね、私が話したこと。嬉しいですわ」

 

 マルガレーテは満足げに笑った。

 

 そう、俺が今までつらつらと述べた政治的云々は、全てマルガレーテからの受け売りである。彼女は何の意図か知らないが、最近この様な国際情勢をべらべら喋ってくることがあるのだ。

 

 別に興味もないし覚える気もなかったのだが、文化的な差異という観点においては興味を持ったのだ。帝国には様々な土地の美術品が流れてくるが、その理念を理解するには土地の価値観を理解しなくてはならない。

 

 それをマルガレーテは察したのか、段々と、文化と芸術に絡めて話してくるようになったのだ。こうなると耳を傾けずにはいられない。東方の文化が北方の影響を受けているという話も、彼女から聞いたものである。

 

「しかし、戦争とまでは話していませんでしたわよ。ブレイク君は想像力が豊かですわね」

「無言で言っているようなものだろうに。声高に平和を唱えるということは、懸念が存在するということだろう。常に平和なら、それを言っても支持にはならないからな」

 

 それが始まるとすれば、恐らく西と北とであろう。東は昔から北と交友があるし、南は地理的に接していない。

 

「ただ」とマルガレーテは言った。

 

「少し、気になりましたわね。ユラウさん。貴方の言うことはもっともです。神の姿を歪めているのは間違いであり、一方のみを志向することは不健全ですわ」

「そうね。それで? 気になった事って?」

「貴方は帝国も西方諸王国も、まとめて南の土地と言うのですね」

 

 あっ、と思った。マルガレーテの眼が細まる。そうだ。ユラウは帝国と西方との差異ではなく、それらを纏めての差異として語っていた。

 

 そして、それを南と呼ぶのなら、自然、想起されるのは北である。外見的疑惑は確信に至ったのだろう。

 

 だから彼女は「ユラウさん」と微笑む。貴族としての仮面を被る。

 

「貴方のお母様は……」

 

 このままでは嫌な会話が繰り広げられる。そう思い、話題を変えようとしたところで、

 

「ああっ! 貴方は何時ぞやの少年君! ここで会ったが百年目よ! 死になさい! さあ、ウォルツ!」

「いや自分死体なんでもう死んでますけど」

「貴方には言ってないわよ!」

 

 ……聞き覚えのある、騒がしい声が背後から聞こえた。

 

 

 

 

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