振り返ってみれば、何故ここにいる。肉々しき二人組こと死霊術士ミルラルタに死体のウォルツ。トール達が官憲に引き渡したはずではなかったか。
しかし二人は、全く以前と変わらず呑気に話している。
「全く、失礼しちゃうわよねー。死霊術士に出す食事はないだなんて! ウォルツは困らないけれど、私は困るのよ!」
「自分死体なんで分からないんですけど、肉はあったじゃないですか。牢屋の隅にちょろちょろと」
「貴方私にネズミを食べろって言うの!?」
「なるほど、ノア」
俺は杖を抜き言った。直ちにノアが抜剣し「はいっ!」と叫び飛び出す。
「ランダマさん、避難を。あれらは賞金首の脱獄者です」
「あいよ!」
テーブルを引き倒して盾にする。カップが落下して砕け散る。ウォルツが剣を抜いた。
二刀は一刀を受け止め、鍔迫り合いの最中にもう二本が背中から現れる。ノアがウォルツの腹に蹴りを入れ、距離を取ると同時にユラウが前へ。伸び出でる腕を弾き返すように剣を振ったが、響くのは人体とは思えぬ金属音。尋常ならぬ手合いの証左。
瞬きの内に行われた剣戟は、互いに間合いを取ると同時に沈黙へと変わった。
代わりに響くのは周囲のどよめきである。俺達以外の客、家政婦見習いの奴隷達、近隣の奴隷商人達が悲鳴と共に逃げ出す。
「そう騒ぐんじゃないよ! ほら、固まって動くんだ!」
ランダマおばちゃんの叱咤激励に、戦闘の周囲は空白地帯となった。
「自分死体なんで分からないですけど、状況判断が早いですね」
ウォルツが剣を構え、ミルラルタを背後に置きながら言う。
「この分なら、人質を用意しておいた方が良かったのでは、マスター?」
ミルラルタは戸惑ったように言った。
「いや、別にちょっと見かけたからついでにやっちゃおうと思っただけだし……というかなんで本格的に戦う感じになってるの!? 私達、今はお尋ね者なのよ!? ちゃっちゃと逃げなきゃ!」
「今だけでなく昔からお尋ね者でしょう。それに、逃げるにしても逃げさせてくれなさそうですけどね、あの少年が」
言ってウォルツは俺を見つめた。光のない眼。死体の眼。「マスターの天敵と言いますか、魔術師全ての天敵でしょう、あれ」彼は身体を折り曲げる。這い出るようにもう二本の腕が背中から現れる。
「ねえ、ブレイク君」
「何だマルガレーテ。というか何故逃げない」
「価値判断の問題でしてよ。昔から、襲撃の際にはその場を動かぬよう教育されていますの。価値あるものが無用に動けば、護衛にも巻き込まれた人々にも迷惑ですので。……しかし、相手の狙いは私ではなく、ブレイク君ですのね」
「思い付きのようだがな。話しただろう。君の領地に居た死霊術士だ」
「であれば、公爵家の不始末ですわね。つまりは助力致します」
公爵家のご令嬢がどうなのかとは思うが、正直ありがたい話である。何せ今日は先生の杖を持ってきていない。つまり、先のように魔術式を直接書き換えるのはほぼ無理である。
加えて「ですので、私は問題なく」と、マルガレーテが強く虚空に言ったのは幸いだった。
あの老紳士ローベンは姿を現わしていない。姿を現わさない状況が、護衛をするに有利だと思ったのか。それともノアが飛び出したのを見、相手の無力化を優先しようと考えたのか。いずれにせよ、露見していない札があるのは有用である。
俺は小声でマルガレーテに作戦を伝えた。それにウォルツが耳を傾ける前に、ユラウが口を開いた。
「しかしこうなると、情けないのは官憲になってくるわね」
ユラウがノアの右後方、備えの位置に剣を構え言う。
「軍人の不始末を民間が解決するなんて、英雄譚ではなく不祥事よ。記事が飾られるのは地域面ではなく社会面ね」
「自分死体なんで分からないんですけど、最近の新聞は過激なんですね。死体の写真を載せても良いんですか」
「貴方は死体に見えないから、良いんじゃない?」
「いえ、自分のではなく貴方達のですよ」
死体にしては良く喋る。「ノア」呟きと共に、黄金の疾走が間合いを瞬間に埋める。
六刀が非人間的な反応速度で胸中の獲物に飛び掛かる。
しかし、確かに見えていた。
脳裏にあったのは観察ではなく予測である。ウォルツの足下から数本の石柱が伸び出て動きを掣肘する。しかし相手も流石のもので、塵屑のように引き千切って動きを止めない。金等級の冒険者四人を相手に大立ち回りを演じたのだ。その位はやってのけるだろう。
だが『その程度か』と余裕ぶったのは不味かったな。そうとも俺はその程度だろうが、お前が相手をするノアは違う。
「せあァッ!」と裂帛の気合いを以て振るわれた斬撃は、受け止めるはずの二刀を打ち砕き、攻めに転じるはずの二刀を叩いた。
更に飛来するは俺とマルガレーテの光弾。彼に光は効果が薄いが、それもまた余裕であり、油断だろう。
「術式破綻」
「っ!?」
その一言だけで良かった。見分けが付くか。付かないだろう。それが本当に効果を発揮するかも分からない。
実際には解析なんてしていないし、これは単なる光弾でしかないが、警戒の姿勢を取らせただけで十分だった。
「一つ」とユラウがウォルツの腕を一本、捉えた。
断たれた腕がぼとりと地面に落ちる。
「二つ」狙い定める腕を守るように、ウォルツは一歩下がろうとする。しかし。
「ローベン!」
「ここに」
「どええっ!?」
ミルラルタの背後、影から現れたのは老紳士。マルガレーテの声に応え、騒ぎ立てる彼女の首を締め上げて持ち上げる。
「マスター!」と、反応したのが本当に不味かった。
「背けますかお前ッ!」ノアが踏み込んだ。「私を前にしてッ!」
ウォルツが瞬きの内に視線を戻す。しかし彼の目の前にあったのは、瞬き以下の瞬間で切り飛ばされた自らの腕五つであった。
これにて終わりである。
「……自分死体なんで分からないですけど、手慣れすぎてませんかね」
ウォルツはローベンに組み伏せられたミルラルタを見つつ言った。棒立ちで佇み、素直に降参しているようである。
「随分素直なんだな」
「自分死体なんで、機能として出来なければ停止するように出来ているんですよ。この辺りはマスターの温情ですかね?」
ウォルツは冷静に自らの断面を眺めている。一方で彼の主、ミルラルタと言えば、ぎゃあぎゃあ騒いで話にならない。何やら「命だけはお助けをぉ……!」だの言っているが、それを決めるのは俺ではなく司法である。
「しかしこの場合、懸賞金はどうなるのかな。トールさん達は満額貰ったと言っていたが、もう取り下げられているんじゃないか」
「あり得ますわね。しかし、代わりにお金を出すところは知っていますわよ」
「おっ、そりゃあどこだい」
「私の実家ですわ。何せ私が被害に遭ったのですから。お父様に話を通せば、軍への影響力を得たという事で幾許かは。ですのでそろそろ本当にお父様と……」
「じゃあ素直に引き渡そう」
「もう!」
我ながら、無駄に引き延ばしてしまった分、会うのが怖いのである。そうでなくとも貴族に関わるのは色々と面倒だと聞く。もう取り返しが付かないような気もするが。
「というか君、第一に出てくるのが迷惑料とか護衛代とかじゃなくて軍への影響力なんだな。淑女としてはそこんところどうなの? なあユラウ」
「えっ、どうして私に聞くの?」
「お嬢様の常識を俺は知らないからさ」
「まあ、それはそうでしょうけれど……。しかし、やはりユラウさんは立場ある御方でして? であれば非礼を詫びなければなりませんわ」
そう言ってマルガレーテは流し目を寄越す。『貴方、どちらの味方なのです?』何を言いたいのかは分かっている。
知っているのか知っていないのか、知っていたらどこまで開示する気なのかということだ。
しかし俺としては、良い感じに軟着陸出来ればと思っているだけである。探るのは腹の痛くない所まで。大体、人間関係というものは、痛くない部分だけを曝け出すのが基本だろう。
という思いが伝わっているのかいないのか、「そうね」とユラウはマルガレーテを見、言った。
「公爵家という権威ある立場、その三女となれば、知るよりは知らない方が利点になる事もあるでしょう。他国へ嫁ぐこともままあるでしょうし、必要以上に知りすぎるということは、お家とお国を危機に晒すこともあるわね」
「う……。ま、まあ、そうではありますけれども……」
「事実、私は知っちゃったわ。軍への影響力でしたっけ。その一言だけで知れることは随分とある。現在、帝国軍は公爵家との関係が悪いということ。公爵家は確か、対外的には国際協調の立場を取っていたから、軍においてはその反対の潮流にあるということ。そして、その関係悪化が、並の手段では解決出来ない領域にまで至っているということ」
「……素晴らしいですわ」
マルガレーテの眼がますます警戒を深める。
「私のミスですわね。ありがとうございます」
しかし彼女はそう言った。何故、頭を下げるのか。というかその一言だけでそんなに分かるものなのか。
「……ブレイク君は分かっていないようですけれど、ユラウさん。貴方は親切な御方ですわね。口に出して指摘して下さるとは。我が身の未熟さを噛み締めるばかりですわ」
「頭を下げなくても結構よ。私だって、助け船を出されてようやく気付けたから。私は一介の観光客なのだから、わざわざ肩肘を張る必要はないって」
「であれば、帝国は貴方を歓迎致しますわ。観光であれば、存分に楽しんでいって下さいまし」
「ええ。私は本当に観光に来たつもりでいる。それが嘘ではない証明は、今の会話でささやかながらも出来たと思うけれど」
意味不明な会話である。互いに何某かを了承したようであるが、この貴族的な暗黙というものは俺にはよく分からん。
「つまり」とマルガレーテが俺に囁いた。
「ユラウさんがどのような立場にあるとしても、私のミスをこの場で指摘した以上、帝国の内情を秘密裏に収集しているわけではない、と示したのですわ。その上で自らを観光客であると、その様な立場にして欲しいと仰っているのです。……この御方、本当に何者です?」
「観光客だと今言っただろう」
なんとなく分かったのでそう言っておく。ユラウがそうしたいのなら、そうしておけばいい。
「……そうでしたわね。ごめんあそばせ」
「エヘン」と息を整えて、マルガレーテは笑みを繕った。「でも、マルガレーテちゃんは凄いわね」と、今度はユラウが微笑んだ。
「ジョット君と同い年、十三歳だったっけ。それで国の内情に精通しているのね。どころか、自分をお家とお国のために役立てようとしている。……普通、ああいうのに襲われたら、もっと気が動転するのではないかしら」
「若輩者ではありますが、それでも公爵家に生まれた身。自らを必要以上に守るのは、貴族としては不徳ですわ。まして三女という替えが効く立場なら、自分の使い方というものは分かっていませんと」
「……本当に、立派ね。貴族が全員、貴方のような人なら、きっと素晴らしい世の中になるのに」
「身に余るお言葉ですわ。ユラウさんに指摘されたとおり、私はまだまだ未熟の身。私のような者が世に溢れかえれば、頭だけは大きく、しかし身体は覚束ない、立ち行かぬ世になるでしょう」
「はあー……」
感嘆の息を漏らし、ユラウはちょいちょいと招き猫のように俺を呼んだ。「俺はメッセンジャーじゃねーんだぞ」と言いながらも耳を傾ける。
「彼女、凄い。偉い。立派。貴族としてあるべきは、こうね。私じゃ、こうはいかない」
「そんなのは直接伝えろよ。それともお手紙書くか? この距離で」
「あら、貴族らしくて良いじゃない。貴方が私の小間使いなら、きっと毎日楽しいでしょうね。散々使い潰してあげるわ」
「ならもう一方のお嬢様の方に転職するさ。あっちの方がまだ面倒見が良さそうだ」
「あら酷い」
マルガレーテならまだ仕事をサボろうとも許してくれそうな気がする。バチバチにキレてくるだろうが、最後には呆れて言い分を聞いてくれる感じがあるのだ。
一方でユラウは許してくれそうにない。というか笑顔で滾々と詰めて、会話の内に不平等条約を結んで無理矢理働かせてきそうである。
こうして見比べてみると、マルガレーテとユラウはよく似ている気がする。金髪と銀髪、青眼と赤眼と、色彩としては対照的だが、やはりその貴族的な態度、そしてこれは血縁に起因するのだろうか。どことなく顔立ちが似通っている。
見るものが見れば姉妹と言い張ることも出来るだろう。流石に色彩の印象が違いすぎるので、事情を知っていなければそう思うこともないだろうが。
「しかし、こうなると侍従の有能さが勝敗を分けてくるな」
「何よ勝敗って」
「フィネカさんは専門じゃないから……」
しかし、言ってもローベンは流石である。まさか常備しているのか、細い縄でミルラルタの手足をふん縛り、ウォルツの方も「足も切り落とせませんか?」「えっ」とノアにドン引かせているが、結局は見事に縛り上げて無力化させている。
「お嬢様、ここは速やかに軍へと引き渡した方がよろしいかと。関係を勘案するのもよろしいですが、不要に思惑を探られるのもよろしくはありません」
「そうね。では任せるわ」
「えっ!? また戻るの!? ねえちょっと待ってよそこの少年ジョット君!」
「俺の名前を覚えるな」
二度目となると俺にも関与が疑われそうで嫌なのだ。まさしく不要な思惑である。無いものを探ろうとしたってそこには何も無いのだ。
「い、いやいや、貴方って重要参考人にはなるでしょー? だって私の死霊術を理解しているじゃない! そう! ここで私を見逃せば貴方の罪も見逃して……!」
「……そういえば、あの彼、死体を停止させたとか、ブレイク君は言っていたわね」
「いや安心しろ。理解はしていない。というかその位は分かっているだろう」
時間が取れたので、参考までにウォルツを解析してみたのだ。見たくもないし触れたくもないが、二度目があるとなると三度目も警戒してしまう。これは杞憂だと信じたいものだが。
しかし、随分と理解が深まってしまった。結局、その全てを理解することは出来なかったが、以前の手は通用しないだろうということは理解できた。
「俺がやったのは、術式に無駄なものをぶち込んで機能を停止させること。ほら、マルガレーテ。ワイエス爺相手にやったあれだ。しかしワイエス爺と同じように、この女はもう対処を済ませてある。強固なファイアウォールを築き上げているよ。これじゃあステッキを持っていたとしても、戦闘中にどうこうは出来なかっただろう」
「……な、なんで分かるのよ。私だって、ウォルツを詳しく精査してようやく原因が分かったのに」
「魔術の進歩は凄まじいということだ。隠棲は技術を高めるだろうが、外部からの刺激が少ないから発想が頭打ちになる」
「魔術じゃなくて、貴方が進歩しているだけでしょう。ジョット君?」
ユラウはそう言うが、別に自慢できるほどの発想ではない。魔術式の改竄自体は日常的に行われていることである。インフラ整備に際し、細かな微調整を行う事は、その職に従事する魔術師の生業そのものだと言って良いだろう。
それでも革新と呼ぶのなら、それは発想ではなく技術だ。それも先生の杖を以てして初めて可能な技術である。現在進行形で構築される魔術式に、同じく破綻を進行形で行うのはとんでもなく骨が折れる。
しかし、死霊術士が用いるのは死体だ。即ち、既に完成された術式が、単一で動き回っているだけである。
ワイエス爺のように改竄に改竄を重ねてくることもないし、そういう意味では楽な相手だった。用意された問題集を解く心地である。
「……いや、単一だけって。ウォルツって本当に高度に組んでいるんだけど、簡単に言わないで欲しいわー……」
「自分死体なんで分からないんですけど、人の脳みそ勝手に弄らないでくれますか」
「今更言う!? 弄らなきゃそもそも動かないでしょ!? 魂の部分は本当に分からないし!」
「うわぁ……」
ミルラルタの物言いに、悍ましいものを見たようにノアが声を漏らした。
そうとも愉快なのは言動ではなくこいつの頭である。さっさと軍やら警察にでも引き渡し、厳重に仕舞っていただこう。