芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第55話 光輪と十字架

 

 

 

「で、ウチの店の品物をぶっ壊した賠償金は誰に請求すれば良いんだい?」と、その時ずけずけと足音を立ててやって来たのがランダマおばちゃんである。

 

 騒ぎが終わったのを聞きつけてきたのか、彼女はじろりと気後れもせずにミルラルタとウォルツを睨み、次いで俺を睨んだ。いやまあ壊したのは俺だけども。

 

「それはまあ警察というか軍というか、これから来るであろう官憲さんに頼めば良いじゃないですか。なんで俺を睨むんです。俺だって被害者ですよ」

「どうにも坊ちゃんを付け狙ってきたって感じだったからね。全く、坊ちゃんは福の神なのか疫病神なのかどっちなんだい!」

「いやいや、中々繁盛しているじゃないですか。帝都のガイドブックにも名前が見えましたよ。『立地は最悪だけどリッチな気分が味わえる喫茶店』だって。下の兄も『パクろうかな』とか言っていましたし」

「そんなクソ下らないダジャレを飛ばしているガイドなんてどうでも良いんだよ! 不景気なのはそっちじゃなくて本業の方さ」

「というと、奴隷の方ですか」

 

 引き倒したテーブルを片付けながら俺は言った。

 

「坊ちゃんも知ってるだろ。村一つが消えたって話さ」とランダマおばちゃんは言う。

 

「他にも商隊が消えたり、人が消えたりが相次いでいるってのに、ウチらに出回ってこないんだよ。普通、消えたなら現れるのが筋だってのにさ。嫌な感じだよ」

「その村一つを消したのがこの死霊術士ですよ」

「なんだって!? おいお前! ウチの大事な商品候補をどこに捨てたんだい!」

「うげえっ!? 急に何!?」

 

 おばちゃんに首を絞められ、ミルラルタは悶絶した。しかし出てくるのは「知らない知らない!」の一点張りである。というか首絞めもあんまり効いているようには見えない。

 

「確か、肝心の依頼主も分からなかったんでしたっけ」

 

 と、ノアが言った。

 

「トールさん達が言ってましたけど、村の人達と同じで、どこに行ったのか分からないとか」

「まあ、一番もっともらしいのはこいつが嘘を吐いているって決めつけることなんだがな。実際、そうじゃないの?」

「いや知らないわよ!? 私がやったのは精神操作までで、どこに行ったのかまでは……」

「やっぱりアンタが連れて行ったんじゃないかい!」

「うげえーっ!?」

 

 色々と隙が多い女だった。どこまで本音を言っているのか分からないが、精神魔術ならば確かに可能だろう。それまで使えるのかよ、という驚きがあるし、それまで使えるのにこの言動なのかよという驚きもあるが。

 

 しかし、不思議なことはまだある。

 

「人間の脳に直接魔術式を書き込めるほどの腕だ。精神操作を村全体に適用することも出来るだろう。しかし聞きたいんだが」

「な、なによ!? 褒めても何も出ないわよ!」

「褒めてない。聞きたいのは、それは人間以外にも使えるのかということだよ」

 

「はあ?」とミルラルタは首を傾げた。

 

「ああ」とノアが頷く。

 

「そういえば、あの森、何も居ませんでしたからね」

 

 ノアが言った通り、レクト村では、その村の中だけでなく、周囲の森にも何も居なかった。凡そ一切の動物が消え失せていたのだ。あれは何というか、根こそぎ奪い取った跡のような雰囲気があった。

 

「ああ、出来るわよ」

 

 ミルラルタはあっけらかんと言った。

 

「そりゃあ人間や魔物と違って魔力はないし、脳機能だって人間の応用が利くから簡単なのよ。人間と同じように魔石がないから、頭の中に異物が挟まっていて邪魔ってこともないし! ……それが何の話? 何も居ないって何?」

「お前の仕業じゃないのか」

「だから何の話なのよー。大体、出来るとは言っても私の専門は人間よ? 動物なんか弄ったって何の意味もないじゃない。人間を弄ってこその死霊術士なんだから!」

「うげえー……」

 

 ノアが嫌そうな顔を浮かべ、俺を見つめた。『蹴っちゃって良いですか』とその眼は訴えてくるが、蹴ったら吹っ飛んでしまうので首を振っておく。

 

「精神操作だって直接操るだけじゃないしねー。匂い一つで人は操れるしー」と、聞きたくもないことを勝手に喋っているミルラルタは置いておいて。

 

「しかしそうなると、あれは何だったんだろうな」

 

 人が消えたのは、ミルラルタの証言を信じるとすれば彼女の仕業である。その依頼主やらの正体は分からないが、人攫いの目的なんてものは大概決まっている。労働力を確保するか、商品として売り捌くかだ。

 

 しかし、動物が消えたのはどういうことだろうか。

 

 まさか同じく労働力にするわけじゃなし。商品にするにしても、普通に狩りをすれば良いだけの話である。ましてや人攫いと同時に行う意味はない。

 

 そこでふと、ユラウが俺に囁いた。

 

「まるで吸血鬼の伝説ね」

「意味深なことを言うな。疑わしくなる」

「疑わなかったことに驚きよ。村が一晩で消えるなんて、それこそ吸血鬼がやりそうなことじゃない」

 

 まあ、確かにそうだ。古今東西の嫌われ者、或いは化物として恐れられている吸血鬼の伝説は枚挙に暇が無いが、それでも一つ例を挙げるのならば『死者の行進』というものがあるだろう。

 

 これは伝説というか民話に等しいのだが……村人が夜中、村の外に、吸血鬼を先頭にして進む死人や動物の群れを見た次の日、家畜が消えていたとか、そんな話である。

 

 勿論、それは不思議なことを説明付けるための材料として吸血鬼が必要になったという側面もあるだろう。というか大体そうじゃないのか。何だって吸血鬼が家畜を奪う必要があるんだ。UFOじゃねーんだぞ。

 

「というか何が言いたいんだよユラウ。もしかしてお前のお父様は家畜狩りをするカウボーイなのか? なるほどそれで州知事か」

「何がなるほどなのよ。あくまでそれっぽいってだけよ。……それに、お父様はそんな事しないわ」

「州知事だから?」

「お父様は、お母様を愛していたから。故郷を汚す真似なんて、するはずがない」

 

 なるほど。俺は彼女の父親に会ったことはないが、それは信頼なのだろうか。

 

 色々と考えて、俺は言った。

 

「うん、分からん。分からんのでこれ以上考えないようにしよう」

「えぇ……? それで良いんですかジョットさん……」

「だって軍が血眼になって下手人を捜しているんだからいずれ捕まるだろ。俺は模範的市民らしく軍と国家を信頼しているからな」

「その軍がこれらを逃がしたんですけどね……」

「まあそれは見ない振りをして」

 

 大体、国家を信頼するということは色々なことを無視するということでもある。大目に見ると言っても良いな。精々が税金泥棒と罵倒するだけで許してやろう。

 

 しかし、ランダマおばちゃんは不意に顰め面を浮かべて言った。

 

「軍ねえ……あたしゃどうにも、嫌だけどね」

「そりゃあ奴隷商人のランダマおばちゃんはそうでしょうが。基本的に取り締まられる側ですからね」

「ウチは先祖代々違法なことはやってないよ! ……寧ろ、違法なのはあいつらの方さね」

 

 と、聞いてもないのに聞かない方が良さそうな話を聞かせてきた。ランダマおばちゃんは見た目通り、噂話と井戸端会議が大好きなのである。

 

「昔っからね、軍の奴等が奴隷を買い付けてくることがたまにあるのさ。私が生まれる前からの話だよ。普段は嫌な眼をしているのに、その時だけ手を取ろうとしてさ。それが何に使ってるのかっていうと、分からないんだよ。噂じゃあ、人体実験に使っているなんて話も……」

「ランダマおばちゃんに噂されるようじゃ大した機密でもないんじゃないですか」

「アタシを見くびらないで欲しいね! これでも耳は良い方なんだよ! 奴等は何重にも業者を介して商品を調達しているから、普通には分からないけどね。でも、そうすること自体が怪しいだろう?」

「はあ……」

 

 まあ、有り触れた陰謀論ではある。死霊術もそうだが、魂の研究や死者蘇生、特に不老不死の研究なんかは国家による人体実験が噂されているものだ。分かりやすいお題目に分かりやすい手法を取って付けた感が否めないが。

 

 大体、それらは人体に作用するとは言え、必ずしも人体実験が必要だとは言えないだろう。いや、人体に作用させるのだから、その作用するところの人体を使った方がやりやすいという理屈は正しいだろうが、その前に理論を体系化させるべきだろう。ドラゴンを筆頭に、この世には人間を遥かに超えた長寿の生き物が存在するのだから、その長寿の理由を紐解いてから作用を研究すべきなのだ。

 

 第一、そんな後ろ暗い研究をしている奴がまともに研究している奴を上回るとは思えない。禁忌とは人倫に則ったものであって、それを使えば段階飛ばしで答えを掴めるようなものではない。

 

 そういう意味では、人体実験は些か神聖視され過ぎているきらいがある。倫理を取っ払ったって研究速度は大して変わらないだろう。

 

 という事を言うと「真面目だねえ坊ちゃんは!」と言われた。

 

「こういう話は楽しんで合わせれば良いんだよ! そんなんじゃ井戸端で村八分にされちまうよ!」

 

 そういう冗談なら最初からそうだと言って欲しいものである。

 

「ああ、でも」とおばちゃんは遠くに眼を向け、言った。

 

「ああいうのが最近、よく見かけるようになったのは、おかしな話ではあるけどね」

 

 その時、幾多もの足音がこちらに向かってきた。

 

「では……」とローベンがミルラルタとウォルツの二人を一挙に持ち上げた時だった。彼らは兜も鎧もなく、軍服に剣を提げ、紋章を胸に戴いている。治安維持の騎士団にしては軽装である。

 

「おっと、大事な商品を迎えに行かないと!」とランダマおばちゃんは軍人達から逃げるように去って行く。

 

 軍人達はその背を追いもしない。マルガレーテが訝しむような眼を見せた。

 

「……光輪と十字。アウレオラね。どうしてかしら」

「どうしても何も軍人さんなら逮捕に来たんだろう」

「普通ならそうね。……でも、普通ではないもの」

 

 どういう意味だろうか。ローベンは彼らの紋章をじっと見、窺うようにマルガレーテを見た。

 

「良いですわ」

 

 その言葉に、恭しく罪人二人を引き渡した。それを受け取り、先頭に立った男が、威厳を込めるように言う。

 

「街中で暴行事件が発生していると通報がありまして、駆けつけた次第ではありますが、既に解決されていましたか。事情をお聞かせ願いたい」

「事情を聞きたいのは俺もですけどね。つい数日前に捕まえたはずの賞金首が、どうして街中にいたのやら」

「ブレイク君」

「しかしねえマルガレーテ、俺は命を狙われたのだから文句の一つくらい……」

「ブレイク君」

 

 なるほど。口を出すなと。

 

 どころかマルガレーテはユラウにまで目を向けて、再び俺に眼を向けた。何の合図かは知らないが、色々と見せびらかさない方が良い相手らしい。

 

 マルガレーテは、都合二十は超す集団の前に一歩進み出て言った。

 

「私、アルケシア公爵家は三女、マルガレーテ・アルケシアといいます。責任者はどちらに?」

「これは公爵家の御方でしたか。この場における責任者は私です。事件解決にご協力いただき誠に感謝致します。後日、正式な文書を以て説明させていただきましょう」

「……あ、そう」

 

「慇懃無礼とはこのことですねっ」とノアが俺に小声で囁いた。確かに彼らの態度は公爵家の名にも怯まず、どころか謝罪すらなく定型でこなそうとしている。命が惜しくないのだろうか。

 

「しかし」と、責任者であると言った若い男はユラウに眼を向けた。

 

「この場で事情をお聞かせ頂きたい方はいます。そこの少女、ご同行願えるか」

「あら、私?」

 

 突然の指名である。俺の背後に居たユラウは驚いたように声を上げるが、その視線を遮るように立ってマルガレーテは言った。

 

「……同行はおかしいでしょう。この場でと言ったのは貴方ではなくって? であれば貴方が聞きたい事情とやらも、私の目の前で聞けば良いでしょう」

「公爵家のご令嬢に時間を取らせるのは、心苦しく、そして情けない話ではありますが、小官の立場では問題となりますので」

 

 表情を変えずに彼は言った。「しかし」とまた言って、彼はマルガレーテを見つめた。

 

「この様な場に公爵家のご令嬢が居るというのは、差し出がましい事ではありますが、些か問題かと。長居も無用でしょう。我らが安全な場所までお届け致しますが」

「そうですわね。確かに私のような身分の者が居て良い場所ではありません」

「であれば……」

「しかし、貴方のような者が居るような場所でもないでしょう。大尉様?」

 

 胸元に提げられた階級章を見つつ、マルガレーテは言った。

 

「スラム街なんて、普段は碌に介入しないのに、この物々しさはどういったもので?」

 

 大尉と呼ばれた男が眉を顰める。

 

「アウレオラ。異世界の言葉で聖者が背後に戴く光輪の意と聞きますが、その名を引用した貴方達は、治安維持には出張ることのない、新規に設立された特殊部隊でしょう。それが何故にこの様な場所へ?」

「……お答えしかねます」

「公爵家の令嬢が被害に遭ったというのに?」

「お答えしかねます」

「であれば、こちらも公爵家を通じて、後日お聞かせいただきますわ。行きましょう、ユラウさん」

 

 踵を返し、マルガレーテはユラウの手を取った。大尉が一歩前に出る。

 

「良いのかしら」ユラウが笑った。「ちょっと話を聞くくらいなら、私、良いけれど」

 

「あの様な者共に話を通す義理はありませんわ」

 

 マルガレーテは小声で言った。

 

「言ったでしょう、公爵家が求める軍への影響力。西方の萌芽は、帝国にも影響がありましたの。あれらが台頭し始める位にはね」

「しかし、貴方の行動は問題にはならない?」

「目の前で横暴を見過ごしたとなれば、お父様はきっと私を叱りますわよ」

「……信頼、してるのね」

「ええ」

 

「ローベン」とマルガレーテが言って、彼も側に寄ってくる。しかし警戒するように左右に眼を向けている。

 

 剣呑な空気は軍人達の中に充満し、それは視線という形で俺達を刺し抜いている。

 

 何があってもおかしくない空気だが、何があってこんな事になっているのか。今すぐに説明してくれとは言わないが、「やーい! 仲間割れー!」と嬉しそうに言うミルラルタの口くらい閉じさせて欲しいものである。

 

「何だか知らないけど、いい気味ねー! そう思うでしょ、ウォルツ!」

「自分死体なんで分からないんですけど、もう黙った方が良いんじゃないですかね、マスター」

「えーどうしてよー。こんな時こそ好き放題喋った方が良いじゃない!」

「脳味噌弄った方が良いのはマスターの方じゃないんですかね……」

 

 しかし、こいつらの会話を聞く内に馬鹿らしくなってきた。政治など面倒臭いだけで何の益にもならないものだろう。

 

 それを好き好んでやろうとする輩は多いが、俺は違う。そういった所とはかけ離れた場所に暮らしたいものである。

 

 だが、大尉と呼ばれた男は、負け惜しみとばかりに最後に言った。

 

「貴方達は、吸血鬼という生物をどう思いますか?」

 

 喧嘩売ってんのかなこいつ。

 

「吸血鬼は、この死霊術士よりも悍ましい。何故なら、死霊術士は外法として死体を操りますが、吸血鬼は生態として生まれながらに血を吸い、死体を操り、頭を潰されても生き返るのです。これが、どうして我々と同じ人間だと呼べましょうか。これはもう、魔物ではないですか」

 

 大尉は顰め面を浮かべて捲し立てた。紋章として胸に抱かれた十字架が嫌でも眼に入る。

 

「あんた簡単に言うけれど、人間と魔物の違いは分かってるんです?」

 

 思わず敬語が取れかけた。しかし大尉は気にする様子もなく返してくる。

 

「魔石があり、魔力を操れるのが魔物です。しかし人間は、魔石もなく魔力を操れる」

「なら吸血鬼も人間ですね。魔族も人間だ。どいつもこいつも魔石はない」

「しかし、魔族は魔物のように、生まれながらにして魔術を使えるではないですか」

「人間は違いますか?」

「違いますね。我々は、学習によってのみ魔術を操ります」

 

 大尉は俺の眼を見据えて答える。

 

「しかし魔物は生まれながらに魔術を操ります。ドラゴンは教育もなくブレスを吐き、スライムは教育もなく酸を出します。どころか、その身体を維持できているのも魔術の力に依るのでしょう。魔物の肉体は往々にして、物理学的に成立し得ない」

 

 物理学と来たか。中々に勉強しているというか、滅茶苦茶詳しいと思った。

 

 確かに言っていることは正しい。人間と魔物を分けるものは一般的に、魔石の有無と種族的限界にあると言われている。人間は教育によって新たに魔術を行使することが出来るが、魔物は種族として定められた魔術しか行使できないのだ。

 

 これは大尉が言ったように、物理学的に成立し得ない肉体を生来の魔術によって形成しているためだと言われている。生物として不合理な肉体を維持し、どころか生殖さえ可能にしているのは、魔術を行使する力を生態に活用しているからであると。

 

 一方で、人間にはそれがない。単純に魔石が存在しないという意味ではなく、生物として魔力が流れている意味がないということだ。

 

 それは生殖に利用されず、生命維持を担うこともない。そして生まれながらに魔術を行使する能力もまた、ない。

 

 人間は魔物と違い、手足を動かすようには魔術を操れない。学習によってのみ魔術を扱えるとされている。

 

「しかし、魔族はどうでしょうか。彼らは魔物と同じように生まれながらにして魔術を使います。そうでなければ、どうして頭を潰されようとも生き返れましょうか。彼らは人間よりも魔物に程近い。我々とは全く違う存在なのです」

「あんたはそう言うんですね、大尉様」

「貴方はそう言わないのですか。転移魔術を可能にした魔術師、ジョット・ブレイク君」

 

 知っていたなら先に言えよ。

 

 というかこいつ、かなり専門的に学んでいる人間だな。普通に学院を魔術学部で卒業しているかもしれん。

 

 しかし、だとすれば見落としがあるのは何故だろうか。

 

 俺としては不思議でしかない。いや、見落としているから十字架なんぞを掲げているのか。

 

「例外が出てきたのなら、まずは一般論を疑うべきだろう」

 

 俺は言った。大尉の眼が神経質に細められる。

 

「魔族という例外があるのなら、前提である『人間は学習によってのみ魔術を扱える』というのを疑うのが筋じゃないのか。例外を単なる例外として処理してしまえば研究の進展はない」

「では、君は我々にも血を吸う力が備わっていると言うのか?」

「そんなものはない。しかし、吸血鬼と同じような魔物的特徴はあるだろう」

「それは?」

 

 俺は、彼らが胸に戴く十字架を見つめて言った。

 

「十字架と光の()を受けない」

「はっ……?」

 

 見開かれた大尉の眼に、捲し立てるようにして俺は言う。

 

「どうして光に害がないと思える。それは明確に吸血鬼や悪魔に害をもたらすというのに。また、自然界にも光によって害を受ける動植物は無数にある。探せば十字架に枯れる花だってあるんじゃないか? だから、吸血鬼が魔物のようだと言うのなら、俺達だって例外ではない。故に一般論は疑わしくなる。人間にも生来に使っている魔術があるのではないかと」

「しかし、それは……」

「それは何だと言うんだ。転移魔術を可能にした魔術師に言ってみろ」

 

 思想がどうとか、政治がどうとか。叫ぶのは良いだろうが、それを学術の世界に持ち込んでは見えるものも見えないだろう。

 

 だから、言うのか。折角詳しいと思ったのに。

 

「冒涜的だ」とか、そんな理屈を。

 

「まあ、悍ましくはあるでしょうね」

 

 そろそろ腹が立ってきたので殴るとかそういうことをするかもしれない的なあれをしようと思った所で、不意にそんな事を言った。

 

 他ならぬ、ユラウが。

 

「……ユラウ、きみ」

「ジョット君、私は以前から思っていたのよ。光の文化圏において、吸血鬼という生物は決して許されることはない。当然のように死者を操って死人を冒涜する。その生態を形容するのなら悍ましいという感想が一番でしょう」

 

 ユラウは朗々と語った。咄嗟に出てきたものでは無かった。以前から彼女の中にあったものなのだろう。

 

「これは学術的な正しさではないの。文化としての違いよ。人間からしてみれば吸血鬼が悍ましいのは確か。確かに魔物と言うのは間違っているかも知れないけど、決して相容れないのは確かよ」

 

 しかし、その悍ましい生物は、君自身の半分ではないのか。

 

 だから君は、そう言いながらも、目を伏せているのではないのか。

 

 何故君は、自らを否定する思想を、胸内に抱えることが出来るのか。

 

「でも」とユラウは顔を上げた。

 

 しかし、言葉は続かなかった。代わりに彼女は、微笑んで言った。

 

「……でも、だから。怖いことをしないでね。軍の皆さん」

 

 はっとした顔を浮かべて大尉が振り返る。

 

「お前達ッ」

 

 剣に手を掛けていた部下達を叱責するように彼は叫んだ。

 

「公爵家のご令嬢の前だぞ。何をやっている。止めろ、おい。帰るぞ」

「しかし、命令としては……」

「ああ、黙れ。命令違反はお前達の方だ。私の命令もなしに抜こうとして……」

 

 ぶつぶつと大尉は言って「申し訳ありません」と頭を下げた。それで許す俺ではないが、言い返すことに熱中して普通に斬られる危険を考えていなかったことに今更気付いてガクブルなので良しとしてやる。

 

「……まあ、これで帰ってくれるなら良いんじゃないの。なあ、マルガレーテ」

 

 振り返り、そう言った。マルガレーテはにこやかに言った。

 

「顔は覚えましたわ」

「おー怖……」

「……怖いのは、貴方の方ですがね」

「なんですか大尉様?」

 

 この期に及んで喧嘩売ってくるのかとちょっと驚くくらいだったが、彼は妙に真剣な眼で俺を見つめていた。ひょっとして軍では真剣な眼で喧嘩を売るのが流儀なのかと思ったが、どうにも違うようである。

 

 しかし、大尉はそれ以上何も言うこともなく「では」と言って踵を返した。他の軍人達もまた去って行く。「うぎょお!?」と急に抱えられたミルラルタは変な声を出していたが、今度こそ二度と会うことも無いだろう。

 

 だが……と、俺はユラウの顔を窺った。

 

「……なに? どうかした」

「いや、まあ、なんだ」

 

 吸血鬼を悍ましいと言って辛くはないか、とか。

 

 悍ましいという感想は君の本音だったのか、とか。

 

 そういう、つまらない質問ばかりが浮かんで、どうにも良くなかった。マルガレーテが居る前で言うべきではないし、かといって、曖昧な聞き方など俺が最も苦手とするものである。

 

 だから下手糞に「続きは」と言った。

 

「続きは、何と言うつもりだったんだ。それが、君が一番言いたかったことなんじゃないか」

 

 ユラウが『でも』と言った、その続き。

 

 咄嗟に口を噤んだ言葉。

 

 彼女は俺の言葉に「はあ」と言った。

 

 意外そうというか、何というか。「えっ、と」と、困惑を露わにして「あ、聞くんだ」と、何やら気が付いたように。

 

「わ、え、聞くのね」と、子供のように嬉しそうに。

 

「なんだ。どうした。そんなに嬉しいなら事あるごとに聞いてやろうか。今日の朝食は何だったのかとかな」

「あっ、じゃあ私も聞きたいです! ずばり、ユラウちゃんはトマトが好きですか嫌いですか! 好きなら今度から是非とも差し上げたいです! 私の分を!」

「それはノアさんがトマト嫌いなだけではないのかしら……?」

「ふっ、く、く……!」

 

 ユラウは、笑っていた。おかしいのを堪えるように口に手を当てて、それでも堪えきれずに大笑した。

 

 何がそんなにおかしいのか、笑って、笑って、そうして言った。

 

「ねえ、ジョット君。そしてマルガレーテちゃん。私ね、頼み事があるの。聞いてくれるかしら」

「えっ、私にはないんですか!?」

「ごめんね。私はね、二人に頼みたいことがあるの。きっと、貴方達二人だから出来ること」

「はあ。それは?」

 

 一拍置いてから、微笑みを湛えてユラウは言った。

 

「私のお母様、グノウ・アルケシアが作ったという女神像を、私に見せて欲しい」

 

「おねがい」と、彼女は言って、頭を下げた。

 

 

 

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