「はあ? 何が。あと勝ち負けは競ってないだろ」
俺は言った。しかしユラウは惚けたように飄々と言う。
「ああ、そうだったっけ? でも、間違ってるわ。ねえノアちゃん?」
「えっ、なんで私ですかっ!?」
ノアは急に振られて大袈裟に身を仰け反らせた。なんでノアに聞くんだ。そもそも話に付いてこられていないだろう。
しかしユラウはにやにやと笑ってノアに言った。
「ノアちゃん、漸悟と頓悟の違いについて、リインさんはなんと言っていたかしら」
「あっ」
その言葉で、俺は気が付いた。ノアはおどおどとしながら言った。
「ええと……悟りに関して、リインさんは言っていました。禅の北宗と南宗は、そのスタンスが違うって」
「うんうん。それで?」
「北宗の漸悟は、徐々に、着実に悟りに近付く形です。南宗の頓悟は、突然、一気に悟る形です。リインさんは、そのお婆さんに語られたところ、南宗の方に属すのだとか。剣禅一致とは、無念無想の果てに大悟するという意味で、剣の道と悟りの道が同じであるという事だそうです」
リインはそんな事まで教えていたのか。というか、ノアがたまに変な知識を持っているのはリインのせいなのかもしれないと思った。
「歌劇ファウストを見た後で、ノアちゃんがブディズムについて語ったことがあるでしょう。私、興味を持ってリインちゃんに聞いたのよ。色々とね」
「え、ええーと、それで、私って役に立ちましたかね?」
「ええ、とっても! だって、これでジョット君は負けるんだから」
「えっ」
ノアが驚いたような、そしてすまなさそうな顔を向けてきた。だから勝ち負けは競ってない。
しかし、ユラウの言う通りだ。俺には見落としがあった。
「漸悟と頓悟の違い。これは天啓に関する問題の解決になるわ」
ユラウは揚々と語り始めた。
「ジョット君の言う通り、人間には論理的限界があるけれど、悟りとは論理に頼ったものではないわ。禅には『本来無一物』という言葉がある。これは『元々何もない』ということ。この場合の『元々』とは、根源的に、究極的に無であるという事。何もないということを禅は悟るの。何もないところから悟るのよ」
「それは……単なる妄想と区別が付かないだろ。悟ったという妄想は、魔境とも呼ばれるように、ごく有り触れたものだ」
「でも、貴方は神の実在を認めたじゃない。神と天啓がある以上、悟りもあると認めるべきよ。天啓による超越は人間にも可能であると言い換えても良いわ。つまり、人間の認識外での超越という方法が可能であるということ」
「それは、まあ……」
「漸悟には段階がある以上、論理的限界というか、論理的障壁? がある気もするけれど、頓悟にはない。ある時、一瞬にして悟るの。非論理的に人間の認識を超越してね。そこに天啓という働きがあれば、より容易になるでしょう」
「あー……まあ、そうではある。超越性を論理的な、万物に適用できる真理ではなく、絶対的に個人的な境地と考えれば、確かに人間は人間を超越することが出来るかもしれない」
ちょっと、見落としていた。俺は、人間が絶対的に論理的存在であり、論理的に神になることは出来ないため、故に人間は神になれないと結ぼうとしたのだ。
しかしユラウの言う通り、仏教において悟りとは、絶対的に個人的な体験である。それは体験で在るが故に、論理的手段なく悟りに至る。悟りという超越の境地に至る。
「だが、だがな」
俺は慌てて言った。負け惜しみを言うようで格好が悪い。
「それは、言い換えれば、偶発的に超越したというだけだ。魔力という全能性を敢えて悟りと混同してみれば、人間では理解できない何かが偶然に働いて結果的に超越しただけだろう。そんなものが神と呼べるか?」
「結果として成ったのならそう呼べるでしょう。寧ろ、過程が人間には理解できないだけで、結果の視点から見れば過程は当然の成り行きなのかもしれない。神ならぬ人間の視点からすれば、こんな風にどうとでも言えるわ」
「ぐう……し、しかしだな、お前はそれで良いのか」
そもそも、そもそもだ。問題はこの瞬間だったじゃないか。これからを持ってくるのなら、最初から意思の維持だけを徹底すれば良い。それに納得できないからユラウはあんな顔を浮かべていたんじゃないのか。
「ユラウ、お前が欲したのは今この瞬間の答えだろう。人間が人間を超越することが出来るという答えだ。しかし悟りのそれは、答えではなく境地じゃないか。それも『これから』だ。『これからの徹底』だ。前提に適ってないぞこれは!」
禅宗の修行は生活のあらゆる部分がその対象となっている。清掃も調理も、それ自体が立派な修行なのだ。生活そのものが悟りの道であり、生命活動そのものが悟りへの道なのである。
これは、ユラウが産まれた理由とよく似ている。彼女の両親は愛と運動を通して世の完成を表現しようとした。即ち、ユラウがここに在り、追求を続ける事そのものが芸術作品なのだ。生命という究極的に継続的な活動は、それ自体が作品であり、だからこそ両親が娘を愛するという営みが、生物的な意味以上に美しいものとなるのだろう。
ああ、くそう。考えていく内に何だかグノウへの理解が進んでしまった。しかし、その追求の継続に苦しんでいたのがユラウではないのか。
ユラウが求めたものは継続ではなく、今この瞬間の答えだろう。
そこに拘泥したから見落としたんだ。真理として万人に適用できるような答えを俺は探そうとして、それが見つからないから否定するしかなかった。
それこそ、純粋美術と応用美術の鬩ぎ合いに際して、メイヴン先輩が提示した答えのようなものをユラウは求めていたのではないのか。完成として今この瞬間に提示できる一つを。
なのにユラウはムラタキ教授の出した答えの方に納得しようとしている。対立からの高進を、個物ではなく活動によって見出していこうとすることを。
それはユラウが産まれた理由、グノウの芸術的意図と殆ど同じじゃないか。そして俺が提示した事と同じでもある。
「前提として否定したものに、お前は答えを見つけたのか。なんだい、堂々巡りじゃないのかそれは」
「それは……」
今度はユラウが言葉に詰まった。口に手を当てて、どうにも不思議そうな顔を浮かべている。
「それは、そうね。私、そんな事はとっくに知っていたわ。でも、どうしてか、満足している。納得している。……どうして?」
「俺に聞くなよ。それこそ境地だろ」
「境地……そうね。これは、どうにも、言葉に……」
「というか禅で納得するなよな。折角、記憶も曖昧な観念論をやったっていうのに」
「観念論? ……ああ、ああ!」
ユラウは首を傾げたが、その瞬間に眼を見開き、納得いったように手を叩いた。
「つまり、ええっと、馬鹿?」
そうして、とんでもない馬鹿を見るような眼で俺を見た。
「ど、どうしたんですかユラウちゃん……? どういう意味ですか……?」
「ジョット君が言おうとしていたのは、観念論というか、ドイツ哲学っていう異世界の思想だったのよ。それこそゲーテと同時代か近い時代のね」
ユラウは言いながら、呆気に取られたように口を半開きにさせていた。
「えっ、だから? 私がファウストに拘っていたから、それを話そうと思ったの? えっ、なにそれ。配慮の方向性が馬鹿じゃないの?」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは。お前がゲーテで悩むのならなるべく近いものを答えとして出してやろうという配慮だろこれは!」
「馬鹿ね。凄い馬鹿。私じゃなかったら言われたって気付かないわよ。というか曖昧ですって? ウィトゲンシュタインは『語り得ぬものについては沈黙しなければならない』と言ってなかったかしら?」
「ああ、出た。哲学を慣用句として使おうとするやつ」
俺の負け惜しみに、ユラウは悠然として答えた。
「慣用句として使えるだけでも褒めて欲しいわ。何せ、この世界ではドイツ哲学なんて殆ど理解されていないもの。それこそ、カントの『純粋理性批判』が奇書としてしか扱われない程度にね」
「えっ、あれが今までのあれだったんですか!?」
ノアは今更ながらに驚いたが、曖昧だと言ってるだろ。参考文献も出せやしない。
と予防線を張ったところで「そもそも」と俺は言った。
「なんでお前はそんな事まで知っているんだ。明らかに関係ないだろう、ウィトゲンシュタインとか」
「あら、関係あるわよ。だって彼はゲーテの色彩論に触発されて、色彩についての考察を晩年に残しているもの」
「知らね~」
「勉強不足ね。今度一緒に読みましょうね? 同じく影響を受けて書かれたシュタイナーの著作も合わせてね」
「だから知らね~」
ユラウは「というか観念論を言うのならアプリオリはどうなるのよ」などぶつぶつ呟いているが、俺にはもう手に負えない。ボロボロの前世の記憶から引っ張り出してきて、手痛いしっぺ返しを食らってしまった。もう二度と哲学なんて言うものか。
しかし、さっきからどうしてユラウは楽しそうにしているのか。探求することに苦しんでいたのが彼女ではなかったのか。それこそ、ファウストのように。
だが、ふと。「あっ」と彼女は呟いた。
「ああ、分かった」
彼女は確かにそう言った。
「どうして私が納得したのか。既に知っていたものに、満足できたのか。……大悟と呼ぶには馬鹿らしすぎるわね、これは。あはは」
「何を笑っているんだ。それが言葉に出来るのならしてくれよ」
「えー、どうしようかな。ふふ、どうしようか」
ユラウは謎めいた笑みを浮かべる。興奮したように頬を赤くさせている。
「そうね、言ってしまえば」
挑発するように、ユラウはそこで言葉を切った。仕方がないので俺は言った。
「言ってしまえば?」
「馬鹿らしくなったのよ」
「はあ?」
なんだそりゃ。ますます困惑してしまう。
しかし、ユラウは妙に清々しそうに笑っている。どころか馬鹿にしたような呆れたような目で俺を見つめてくる。
「貴方って、馬鹿なのね。だから私は納得したの。だってそもそも、私の問題は『私が中途半端であること』であって『人間は人間を超越することが出来るか』ではないもの」
「突き詰めればそうなるという話だろう。その前提にはお前も納得したはずだ」
「うん。だけど、貴方が前提を提示して、仮定を突き詰めれば突き詰めるほどに、随分と無理難題を言っていると分からされてしまった。そして反駁することに、っふふ、夢中になりすぎて、楽しくって……途中から、問題なんてどうでも良くなったのよ」
ユラウはそう言って「いや、ちょっと違うか」と呟いた。
「どうでも良いんじゃないわ。そう、これは悟りの道と、ファウストの救済と同じ。答えを求めて目指す道そのものが、とっても、楽しく思えた。……ああ、そうね。これは境地よ。真理じゃなくて、私の境地! あはは!」
「何を楽しそうにしているんだ。それで前提を変えてどうする。過程に影響されて変わる問題文があるか!」
「あるわよ、馬鹿。だって私、問題文じゃなくて人間だから」
「……あっ」
「あっ、て何よ。あっ、て」
ユラウは更に呆れを強くした。
「いや、まあ、そうですよね……最初から思ってたんですけど……」
ノアが俺の背中を撫でながら言う。
「ジョットさん、それお悩み相談じゃないですよ……。哲学はお悩み相談にはなりませんよ……? 何やってるんですか……?」
「い、いや、お悩み相談じゃなくて、問題は酷く哲学的な……」
「いや、最初からユラウちゃんのお悩みだったでしょう……納得できないって話だったじゃないですか……。なのにジョットさんはよく分からない事ばかりを言って……」
ノアの言葉にユラウが苦笑する。
「その通りよ。今更だけど、定義を厳密にし始めた時点で何だかおかしいと思ったわ。あれは私の問題を、感情じゃなくて論理的問題に仕立て上げようとする努力でしょう。それが前提からして間違ってるのよ。馬鹿ね」
「む、むむむ……!」
「何がむむむよ。人間には論理的思考の限界があるけれど、感情は論理的じゃないのよ」
いや、まあ、確かに、そもそもの問題はユラウの感情でしかないのだが、しかし、ただ感情に訴えかけても無意味だったとは思う。
何せ、ユラウ自身が感情に負けるような人間には思えないのだ。問題は酷く哲学的であり、そこで少年漫画的台詞を言っても失笑されて失望されるだけだと思う。
「つまりね、ジョット君」
ユラウはにやにやとした意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「貴方が散々苦労して言おうとしたことは、私もう既に知っていたのよ。だから単に聞き終えても納得できなかったと思うわ。ごめんなさいね?」
「な、殴りてえ……というか知ってたならそれで納得しろよ……! 人間は人間を超えないって……!」
「だから、馬鹿ね。私は問題文じゃなくて人間なのよ。理性じゃなく感情で動いているのだから感情で納得しなくちゃ。……ああ、だから、何となく貴方が分かったわ」
「なんだよ」
俺の言葉に、ユラウは苦笑した。
「もう、ふて腐れて。……貴方って、中途半端というか、それ以上に鑑賞者としての態度を取りがちなのね。だからノアちゃんを、自分で英雄にしようとしないのね。見出す事はしても、英雄という芸術家自身にその栄達を描いて欲しがっている」
「そんな事は分かっている。というか分かったんだ。ついさっきな!」
「貴方は主観と客観の交互作用を否定しているのよ。人間が人間に働きかけることは、人間が色彩を捉えることよりも密接な関係を成すでしょうに、どうして分からないのかしら」
「知らないよ。勝手に人を分析しようとするな」
「いいえ、分析するわ。知りたいもの」
ユラウがじっと俺を見つめる。自分の問題を後回しにしてユラウに向き合ったというのに、今更問題にされては甲斐がない。何せ、そこに関しては今でも答えが出せていないのだ。
俺は確かにノアという完成を望んでいるが、ユラウが理念として産まれたように、人間を材料に芸術的完成を目指すことの醜悪さを覚えている。
しかし、その醜悪と感じる自分さえ凌駕するものを見せて欲しいと思っているのだから、我ながら中々に救えない。
「……前提、かしらね」
と、ユラウが呟いた。
「ジョット君、今までの言動を思い返すと、貴方には強固で特殊な前提があるように見えるわ。たとえば、貴方は神の実在を認めるけれど、それは神の実在そのものを当然のように迎える態度ではない。神が実在するということを、より特殊な意味で捉えているきらいがある」
「な、なにを言っている。それは冒涜か?」
「いいえ。視点の違い、前提の違いよ。強い言葉で誤魔化そうとしないで」
ユラウは眼を細め、鋭く言った。しかし、その思考が導き出そうとしているのは、たぶんあれである。俺が転生者であるという事である。
「貴方の前提、それは倫理、道徳、美的価値観、その他全てに遍く存在している気がする。それが現実的な見方の根源になっている気がするわ。でも、そういうものの見方をしているのに、ノアちゃんを求めるのはどうしてかしら」
「そりゃ綺麗だから」
「いやーえへへ……」
「なるほど」
ユラウは照れてバシバシと俺の肩を叩いてくるノアを無視し、真っ直ぐに俺を見つめ、言った。
「貴方、私と違って自分が嫌いなんじゃなくて、自分に飽きているのね。そういう現実的な捉え方に飽き飽きして、それを超越するもの、ノアちゃんを求めているのね」
「えっ、そうなんですか?」
「えっ、知らん」
「でも、自分から積極的に超越しようとはしない。何故なら、飽きてはいるものの心地は良いから。ここが私との違いね。貴方は別に苦しんではいない。寧ろ常識的な安寧を求めているけれど、その上で傲慢にも、その常識を越えることを次に求める」
ユラウはぶつぶつと思索をそのまま口に出し、俺の全てを覗き見るように見つめてくる。
「そう、この場合の前提とは、安寧と言っても良い。貴方は自分が心地よいと思う環境を前提としてまず求め、その次にそれを超越する何かを求める。それは娯楽として? いいえ、人生の全てにおける答えとして、常識的な安寧を討ち滅ぼすような何かを貴方は望んでいる。自分を安寧に置くことで、自分ごと滅ぼして欲しいと願っている」
「えっ、違うと思うが」
「私、ジョットさんを滅ぼしませんよ……?」
「これは、自己矛盾ね。中途半端なのはここが原因かしら。筋が通ってなくて曖昧。だけど、貴方は確かに飽きている。生きることに、人生に、いや──」
ユラウはふと気が付いたように、目を見開いて言った。
「それは、異なる世界を前にして、常識が通じたという落胆に近い──」
「まあそれは置いておいて!」
と、俺は慌てて言った。何時か言ったように、転生者とバレるのは嫌なのだ。何故ならこの世に労働基準法が存在するから。そうでなくとも転生者だからと有益な何かを期待されるのは真っ平御免である。
俺の声にユラウは驚いた顔を浮かべ、口を閉じた。言葉でズタズタにされかける直前だったような気がするので危なかった。
「……まあ、貴方がそうするのなら、それで良いけれど」
「そういうことにしておいてくれ」
「でも、敢えて言うのなら、その上でも貴方は馬鹿よ」
「なんで?」
ユラウは俺の声に思い切り馬鹿にした顔を浮かべ、どころか失笑した。「馬鹿ねえ」と更に言う。
「そういう前提を置いたとしても、貴方のノアちゃんへの態度は馬鹿だと言っているのよ。いいえ、その前提があるからこそ馬鹿だと言っても良いわ」
「何が馬鹿だ。俺は結構重要な問題に取り組んでいるんだぞ。自分の理念と願望を折り合わせる事が出来るかどうかだ」
「だから、馬鹿なのよ。それは傲慢ではあるけれど、それ以上に馬鹿ね。ねえ、ノアちゃん。ジョット君って馬鹿でしょう」
「えっ、そ、そうですかね……? 私には頭良さそうに見えるんですけど……」
「そうかしら。本当は凄い馬鹿よ。身勝手なほどにね」
ユラウはノアへ、楽しそうに言った。
「だってジョット君って自分が鑑賞者だと……つまりノアちゃんを見るだけで、何にも影響を及ぼさない存在だと思っているのよ。それって凄い馬鹿でしょう」
「あっ、なるほど! それは凄い馬鹿ですね! ええ!」
「よく分からない理屈でノアまで俺を馬鹿だというか!」
「言うでしょ。だって、問題は全部感情で解決出来たんだもの」
そう言って、ユラウは微笑んだ。身体をこちらに寄せてくる。
「私が納得出来たのは、嬉しかったから。楽しかったから。貴方という作用が、私に働きかけたから。だから、こんなに言葉を尽くさなくても、問題は解決出来たのよ」
真っ白い肌に、赤色が差している。
ユラウは瞳を首筋に近付け、俺に囁いた。
「貴方はね、『愛してる』と囁いて、抱き締めるだけで良かったのよ。ばあか」
「ぅえっ」とノアがよく分からぬ声を出す。
ユラウが身体を離し、顔を背けた。
「……それで?」
彼女は壁に向かって言った。
「それで、ジョット君。この問題の答えは?」
俺は呆れて言った。
「いや、お前がそんな三流の台詞で感動するわけがないだろ……。そんな言うだけで怖気が走るような台詞で涙を流すのなら、そもそもこんな問題を真剣に捉えるはずがないんだから。即ち、これも問題文が間違っている! まったく、人を試しやがってよ」
「ふんッ!」
「あっ痛ぁっ!?」
ユラウが振り向きざまに脛を蹴ってきた。すこんと見事に当てられたものだからめちゃくちゃ痛い。
「ぼ、暴力系ヒロインは今日日流行らないぞ……!」
「私は貴方のヒロインじゃないわ。肉体と魂を整形してから出直してきてくれる?」
「それもう存在の否定だろ……」
「えっ、吸血鬼の力にかかれば肉体だけじゃなく魂まで整形できるんですか……怖いですね……」
「じょ、冗談よ、ノアちゃん。だから青ざめないで……」
どっかで見たような光景を再演しながらユラウは言った。親戚だからって蹴ってくる部位まで同じなのはどういうことだよ。