芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第6話 胡乱な少女リイン

 

 

 

 一年ほど前の話である。エンチャント屋を始めたばかりの俺の元に、来店した新人冒険者の少女がいた。それがリインである。

 

 彼女は当初から装備を調え、技量も十分と、どこかできちんとした戦闘教育を受けた形跡があったが、それでも新人は新人。日々の生活に苦労していたようだった。

 

 ……いや、『人はともかく、魔物相手は慣れていないんですよ』と、まっこと恐ろしいことを呟いていたような気もするが、割愛する。

 

 ともかく、そんなリインに対し、俺は占いと称し、助言を与えたのである。

 

 何せ彼女には才能があった。他の追随を許さぬほどの。

 

 魔力の輝きは心臓を根源として人体各部に流れ出る。その中心の輝きは、凡人は星粒に、才ある人間は街灯くらいには輝くものだ。

 

 しかし、リインは違った。その輝きは太陽である。間近に見る恒星の輝きを前にして、俺は眼を灼かれた。同時に欲が出たのも確かである。

 

『彼女は確実に成功する。ここで恩を売っておけば、後々利益に繋がるのではないか?』

 

 生憎、彼女は既に装備を調えていたし、日々生活するだけの稼ぎもあった。同時にこちらは事業を始めたばかり。支援するだけの金もない。

 

 そこで、俺は売る恩を助言に留めざるを得なかったのである。と言っても、大した事ではない。ただ数回会話しただけである。

 

 しかし彼女は随分と感銘を受けたようで、『この、人もどき!』と罵倒なのか賞賛なのかよく分からぬ評価を頂いた。

 

 その程度で一気に銀等級まで駆け上がるのだから、やはり彼女は天才だろう。教えていないのに魔術行使まで覚え始めているのには軽く引くが。

 

「……で、聞きましたよ聞こえましたよジョット君。貴方は魔術師を廃業し、占い師になるおつもりで? 止めておきなさいよ! だって貴方は、そんな狭苦しいみみっちい塵みたいな路地裏の世界で生きるには才能がありすぎますからね!」

「はは、どうもありがとうございます」

「それで返ってくるのは棒読みと。全く、この薄っぺらい木の板も問題ですよ。何ですか? この安値は。貴方は技術を将来を安売りしているのです。ああ薄っぺらい薄っぺらい。切り飛ばして差し上げましょうか?」

「安値には理由があるんですよ」

「理由と?」

 

 リインは首を傾げ言った。確かに、この値段帯では来る客も安いものばかりである。今後を見据えれば値上げは必須だろう。

 

 当然、反発も予期されるが、それはエンチャントの強弱で以て対処すると決めている。

 

 実際、今俺が武具に掛けている魔術は本当に初歩のものに過ぎない。精々鎧が軽くなるとか刃毀れしにくくなる程度であって、本職が掛けるそれに比べれば鼻で笑われるようなものである。

 

 が、それも修行中の身の上でのこと。確実性を第一としてのことである。今後の進展によってはより強力なエンチャントをより高い値段で販売することになるだろう。勿論、従来の安価なエンチャントは継続したままで。

 

 ここが魔術師の商売における利点だろう。大規模な魔術ならともかく、大抵のものはその身だけで行使できる。即ち材料費もかからないし、事業拡大に伴って、設備の維持費も更新費も必要ないのだ。強いて言えばその知識と腕がその費用と言えるだろうか。

 

 そして、先にも言ったが、今は確実性を第一としている。即ち金よりも信頼を稼ぐ時期である。有用性が認められれば噂は勝手に広がるだろうし、金を掛けるだけの価値があるとも目されるだろう。

 

 しかし一番にすべき事は、俺自身の技術の習熟である。言ってしまえばこの事業など学習のついでに過ぎない。どうせエンチャントした品が余るなら商売にしてしまおうという理由で俺達は日々大通りに転がっているのだ。

 

「つまり、別に本気で金を稼ごうとは思っていないんですよ」

 

 と、俺はリインに言った。「へー」と彼女は聞いているのかいないのか、どうでも良さそうに言った。

 

「まあ如何に理由を並べ立てた所で、ジョット君がつまらぬ商売に身をやつしている事実は変わりませんがね」

「俺だってこんな商売を続けたくはないですよ。先にも続きませんしね」

「おや、苛立たしくも中々の評判と聞いていますが?」

「こんな安値でエンチャントなんて市場破壊として睨まれるに決まっています。俺が許されているのは魔術師未満の子供だからですよ」

「ではそこの碌でなしは許されないと思ってもよろしいので?」

「だからローブ被ってんじゃねえか……」

 

 リインに言われ、先生は嫌そうに返した。まあ背後関係を調べれば容易に正体に辿り着けるだろうが、こういうのはポーズが大事なのである。あくまでこれは子供の手習いに過ぎないというポーズだ。

 

 魔術師というものが一種の特権階級であるという事実を抜きにしても、ダンピングなどどこのギルドでも村八分の対象であるし、第一法律で禁止されている。俺がやっていることは、あくまでお目こぼしの範疇を超えない程度のものでしかない。

 

 だからこの商売は先に続かないのだ。そして先に続けるつもりもない。何が悲しくて客商売なんぞやらなくてはならないのか。毎日早起きしなければならないのだって嫌である。

 

「何が気に入らないのかは分かりませんがね、つまらぬ商売はつまらぬままに終わります。安心して良いですよ」

「では、ジョット君はこの先どうするおつもりで?」

「金を元手に奴隷を冒険者にさせて不労所得の日々を送ります!」

「もっとつまらない商売じゃないですか! 私と一緒に冒険者やりましょうよお」

「金を掘るよりツルハシを売る方が儲かるんですよ」

「それを言うなら冒険者は違いますよ。金を掘る方が年月を重ね、金山を支配出来るようになるのが冒険者です」

 

 リインは剣をチャキチャキ言わせながら言った。怖いので止めて欲しい。しかし言っていることはもっともである。

 

 確かに凡百の冒険者は剣に武具に数々の消耗品と、消費せざるを得ない職業だろうが、これが上等なものになってくると話が違ってくる。

 

 龍を殺し、その身を持ち帰るようになれば、それを利用したいと思う商人は頭を下げて頼むようになる。龍とはまさしく生きる金山である。それを採掘する側は、その流通を支配していると言っても良いだろう。

 

 だからこそ商人は上等な冒険者に便宜を図るし頭も下げるし、場合によっては土下座もする。そしてリインは土下座をされる側である。

 

「この間も道行く冒険者に土下座させていましたしね」

「あれは喧嘩売ってきたのをぶちのめしただけですよ。というか見ていたなら声掛けて下さいよ!」

「見ていたから声を掛けなかったんですよ」

「おや、何故です? 因縁を付けてきた悪漢を華麗に打ちのめす姿はとても格好良かったでしょう?」

 

「ひょっとして見惚れちゃいましたか。ぎゃは!」と獰猛な笑みを近付けてリインは言った。顔が近い。そして文化が遠い。面が良いのにまっこと関わりたくないような価値観を持っているものである。

 

「で、そうなんですか? 先生」

「困ったら俺に振るのやめてくれない!?」

 

 先生は縮こまってそう言った。「な訳ねえだろ。俺もジョット君もお前と違って蛮族じゃねえのよ」と決して目を合わそうとせず言って、「ふうん?」という声に「おー怖っ!」と呟いた。

 

 この二人の相性は非常に悪い。と言うか、リインが一方的に先生を嫌っている。

 

 どうにもリインは俺を高く買いすぎているきらいがあった。故に俺が安い値段で付与魔術を使うことに嫌な顔をし、先生をその元凶と目して剣をチャキチャキ言わせるのだ。

 

 だったら代わりに金を出してくれよ、と言いたいものだが、その使い道について聞かれれば、絶対に断られるのが目に見えている。

 

 というか既に断られていた。『その年でその怠け方はよくありませんよ!』と、やや本気で叱られながら、しかしこうも言われた。『ジョット君には苦労と苦悩がお似合いですよ!』と。

 

 ねじ曲がった性癖なのか、技術の研鑽への期待なのか、よく分からぬ事を言うものである。

 

「ともかく、今日はもう店仕舞いって事にしたんで、リインさんもさようなら。バイバイ。グッドナイト」

「良い夢を! いや悪い夢を? ジョット君が見る夢はお花畑ですからね。まったく、貴方に花屋は向いていないというのに」

「詩的な罵倒ですね」

「いいえ、私的な賞賛です。そんな貴方に首ったけです!」

 

「では、おさらばおさらば」と、二三言を話しただけで疲れるのがリインという少女であった。全く、彼女は俺の望む平穏安寧とは程遠い存在である。

 

 それに目を付けられてしまったのは自業自得としか言えないのだが、やってしまった後で後悔し、それを『まあ、何とかなるか』で忘れるのも俺の悪い癖であった。

 

「……いや、凄ぇなお前。あんなのとまともに会話できるとか本気で尊敬するぜ」

 

 去って行くリインを見つめながら、げっそりとした顔で先生は言った。

 

「結構な付き合いなのに未だに慣れない先生もどうかと思いますがね。社会不適合者?」

「それはあっちの方だろ。だってあれ、戦場の臭いがぷんぷんするぜ。きっと血溜まりを産湯にして生まれて来たに違ぇねえ」

「どこから来たのか……帝国騎士の娘さんとか、或いは高名な冒険者の?」

「ぜってぇそんな上等なもんじゃねえ。蛮族の次期族長とかだろありゃあ」

 

 そんな風に口さがなく他人を言って、今日も今日とて帰路に就いた。明日も朝早くからの開業である。冒険者が狩り場に向かうのは朝だからな。

 

 

 

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