芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第61話 吸血鬼

 

 

 

 ウォルツに次いで顔を出したのは当然ミルラルタであった。ぶっ壊れた家屋の壁から「もう、折角バレずに逃げようとしたのに音を……」と呑気に言っていたが、状況を目にした途端に口をぽかんと開けた。

 

「……え、なにこれ? どういう状況?」

「こっちが聞きたいくらいだ。そしてその穴を寄越してくれないか」

「あ、穴を寄越すなんてハレンチね!」

「よしノア、奴等に風穴を開けて逃げるとしよう」

「それは良いんですがこんな狭いところで集まっちゃ動けませんよ!」

 

 ノアの言う通りだった。大体にしてこの路地は、精々二人が横並びで歩ける程度の幅である。そこにわちゃわちゃと集まったものだから剣を振ろうにもつっかえる。

 

 だからさっきから剣戟の音と共に壁が砕ける音が聞こえているのだが。軍人としてそれは良いのか。良さそうだな躊躇なさそうなところを見るに。

 

「じゃあもういいや。どうせ住人は表出て騒いでるだろ。壁開けて走るぞ」

「ローベン、背後を。追ってくる奴等をやっちゃって」

「それは良いのですが先頭は?」

「ノア」

「合点承知ですっ!」

 

 とにかくこんな狭いところには居られない。杖を振って壁を解体し、他の路地までの道を空ける。「現行犯ですよ!」と大佐が嬉々として指摘してくるが、緊急避難だから問題ない。こちらには弁護士を立てる用意もあるぞ。

 

「お嬢様ッ! 大人しく座っていて下さいよ! どうして貴方はそう!」

「ごめんなさいね。でも座ってたらもっと良くないことになりそうじゃない」

「というか一人だけってのもどうなんだよと思うがな」

 

 言って俺達は駆けた。狭い路地裏には殆ど日が差さず、しかし夏の大気は額に汗を浮かばせる。その中に時折立ち止まり、地面に杖を当てて周辺の地形を探りながら、さてどうしたものかと思案する。

 

 大通は未だに群衆が集まり、路地裏には軍人と思しき足音が数隊に分かれて動いている。破壊音が少々聞こえるのは大佐とフィネカの戦闘か、それともミルラルタが騒いでいるのか。

 

 いずれにせよ、状況が読めん。何が起こっているのかも分からない。こういう時は知ってそうな奴に聞くのが手っ取り早いのだが、軍人にダイレクトインタビューを決行する訳にもいかない。この路地で複数人を相手にすることもそうだし、増援は物音を聞きつけて直ちにやって来るだろう。

 

「お父様の下に向かいましょう」とマルガレーテが言った。

 

「そもそも、私達が向かうべき場所はそこの筈ですわ。歓待の用意も出来ており、時間がかかればきっと訝しむはずです。事情に関してもお父様なら……」

「距離は?」

「ここは西都ですので、橋を渡る必要があるのがネックですわね。宮廷と貴族の邸宅は東にあり、冒険者ギルドやスラムなどは西に。こうして見ると露骨ですわね」

 

 都市計画に文句を言っている場合ではないが、現状では足枷となる。西都と東都の間には大陸を貫く運河が流れており、それ故に帝都は流通の中心として栄えてきたのだが、渡る橋の数が限られているとなれば見張りを立てるのも簡単だろう。

 

 と、そんな事を考えている内に軍人の一部隊が接近してきた。相手は気付いていないが、こちらにはダンジョン探索の応用でマッピングが出来ている。迂回するルートを探し、その通りにノアは進むが、意図に気付いて俺は舌打ちした。

 

「どうしましたか、ジョットさん」

「俺がマッピングすることも織り込み済みか。迂回し続けちゃ路地裏から出られんぞ」

「というより、相手もその魔術を使っているのではなくって? 私達の居場所は露見しているのでは」

「それにしては、積極的に襲ってこないけれど」

 

 ユラウが言った通り、軍人達は探し求めるように路地をうろついている。こちらの居場所を把握しているようには見えん。というかこれ結構な魔術なんだぞ。効果はともかく、街の一角を全て把握するだけの規模という意味で。

 

「どちらかって言うと、これは流れだな。決められた流れの通りに動いている。複数個に分けられた部隊が、路地裏から逃がさないように動いている」

「流れ、ね。さっきもそう言っていたわね。それはジョット君の先生の?」

「そうだが、魔術じゃないな。もっと根本的な、理念の部分を作戦に応用してやがる。何なんだ」

 

 これで先生の杖があれば、遠距離から道を塞ぐことも出来ただろうが、親から買って貰った杖だけではそこまでの出力は出せん。

 

 というかまた先生か。あのハゲは何の関わりがあるんだよ。姿現さねえくせに影だけちらつかせて。

 

「まあ、とにかくやれるだけやってみよう。なに、時間は俺達の有利に働く。表通りの騒ぎも、軍人がわらわら動いていることも、公爵が俺達を待っていることもな。籠城を決め込むのも悪くはない」

「あっ、こんな所に居た! ねえ私達追われてるのは一緒でしょ!? ここは協力しましょうよ!」

「ああこいつら探知すり抜けるんだったクソが!」

 

 ドカンと街角を吹き飛ばして現れたのはミルラルタと死体のウォルツ。そしてその後をわらわらと軍人達が追っかけている。余計なものを引き連れてきて何が協力だよ。

 

「いやー、私達も何が起こってるのか分からないのよ。私は善良な死霊術士なのに追っかけてくるなんてどうかしてるわ!」

「自分死体なんで分からないんですけど、貴方達も分かってなさそうですね。何が起こってるんですか?」

「知らねえよ! ああもう!」

 

 物音を聞きつけて軍人達が集まってくる。というか既にミルラルタを追っていた軍人達に捕捉されている。逃げるに叶わず、なら戦うしかないか。

 

 幸いにして帝都の家屋は煉瓦造りである。生物に一番効くのは火魔術であり、見た目にも威圧することが出来るだろう。

 

「というか、何が善良な死霊術士なんでしょうか。意味が矛盾してません……?」

 

 ノアが、続々と集結し包囲を始める軍人達を見ながら言った。「狂人の理屈でしょう」とユラウが素気なく言う。

 

 確かに、思えば出会ったときからミルラルタは善良を殊更に強調していたが、この女は自分が良いことをやっているつもりなのだろうか。だから「私は悪くないでしょ!?」と軍人達に向け必死のアピールをしているのだろうか。理解しがたい精神である。

 

「いや、自分死体なんで分からないんですけど、マスターがある意味で善良なのは確かですよ」

 

 こちらの会話を聞いていたのか、ふとウォルツが言った。腕を六本に増やし、戦闘の準備を完了させては居るが、どうにも迷うように視線を右往左往させている。

 

「だって、ついこの間までこの人達は味方でしたし。何が起こって追われているんですかね? 自分死体なんで分かりません」

「……はあ?」

 

 なんだそれは。まともに見えても死体は死体か。軍が死霊術士の味方を? 何の理由で。

 

 しかしミルラルタまでが「そ、そうよ! これは裏切りじゃない!」と叫んだ。

 

「貴方達の命令で、吸血鬼の命令まで受けたのに、この態度はどういうことよ! 村の人達だって消えても良かったんでしょ!? スパイなんて切り捨てられるのが運命ってわけ!? 酷すぎるわ!」

「じょ、ジョットさん。これはどういう……」

「物凄く嫌な事情を聞いてしまった気がする」

 

 物凄く、本当に物凄く嫌な何かをミルラルタは叫んでいる。関わり合いになりたくない。しかし頭は勝手に動き出し、結論らしきものを見つけ出そうとする。

 

「……協定って、フィネカさんは言っていたわね、ジョット君」

「そうだな……」

「つまり、軍と吸血鬼が共謀して、私の領地の村人達を連れ去った。……というよりは、吸血鬼の思惑を、あの死霊術士を介して軍が手助けした? 認めていた、知っていたということですの?」

「そういうことに、なってしまうなあ……」

 

 ユラウとマルガレーテは思案の顔を浮かべる。「でも」とユラウが言った。

 

「お父様がそんな事をするはずがない。だってお父様はお母様を愛していたもの。寧ろ、人間を攫うなんて非文明的な蛮行は嫌っていたわ」

「まあ、大叔母様と結婚したのなら、人間嫌いではないのでしょうけど……」

「そして、この話はミルラルタの頭が正常だった場合の仮定でしかない。あれの頭がまともだとは思えんね」

 

 しかし、妙に大佐とフィネカの会話が思い起こされる。あれは互いに取り決めをしていたような会話だった。

 

 だがそうなると、何故こうなっている。協定を破ったとはどういうことだ。俺の知らない、知りたくもない事情があるのか。

 

 軍人達は何も言わずに剣を抜く。ミルラルタは更に喚く。ノアが鞘を投げ捨てる。

 

 狭い路地裏の、一角が破壊されて出来た小さな広場。戦闘が開始される前の鋭い空気。

 

「あれ?」と包囲の最後方から、間抜けた声が聞こえた。

 

 ぐしゃりと。

 

 途端、ぐしゃり、ぐしゃりと、水音が響く。響き続ける。

 

 血の臭い。

 

 家屋にかかる鮮血が遠くに見えた。

 

 軍人達の一部が後方に顔を向ける。何かが近付いてくる。鮮血を迸らせながら何かが。

 

 しかし戦闘音は聞こえない。剣戟の音は聞こえない。

 

 何よりも、このぐしゃりという音は何だ。

 

「あっ」と軍人が声を漏らした。

 

 ああ、俺にも見えた。どうしてそんなに血が噴き出しているのか。

 

 ぐしゃり、と。

 

 人間が、空中でねじ曲がっていた。

 

「お前ッ、お前は!」という軍人の声が途中で掻き消えた。

 

 発しようとした口、身に付けた衣服、向けた剣が纏めてねじ曲がる。

 

 鮮血が良く噴き出すように、人体が雑巾のように絞られる。

 

 曲げられたものは、それに平伏するように地面に倒れた。

 

 それ。異常なそれ。

 

 悍ましいほどに白い肌。濃い赤色の眼。銀色の髪。

 

 重い外套を身に付けた、硬い表情を浮かべた男。悪相というよりも、狂相と呼ぶべき険しい顔。

 

「お父様」とユラウが言った。

 

 それは、つまり。

 

 吸血鬼の長、ユラウの父親。

 

 クラウン・ユラクロン。

 

「あ、あのう、吸血鬼様……?」

 

 ミルラルタが声を発した。揉み手でクラウンに近付き、下品な媚びへつらいの顔を浮かべている。

 

「わ、私、貴方の言うとおりに動いたわよ……! 軍の情報も言ってあげたでしょ……? だ、だから、殺さないわよね……!」

「こ、こいつ……二重スパイというか、蝙蝠野郎というか……!」

「野郎じゃなくて女よ! えへへっ! 私は人間だけど、一緒に人間を滅ぼしましょ! 村の人間達を連れて行ったって事は、そういうことでしょ?」

「自分死体なんで分かんないんですけど、とんでもなく最低な事言ってませんかね、マスター」

 

 ウォルツが言った。その通りである。死体を操るだけでも邪悪なのに、人間を滅ぼすなどとは。

 

 ……というか、人間を滅ぼす? そのための村人?

 

 相手は既に帝都に侵入している。

 

 これは、物凄く不味い状況なのではないか。

 

「ああ」とクラウンは言った。今気付いたようにミルラルタを見つめる。

 

「そういえば、お前がいたな。死霊術士」

「そうそう! 私は死霊術士! つまり貴方達に近い存在よ! 死体を操って人間を殺すのよ!」

「つまりそれは、文化の盗用だな」

「えっ……?」

 

 ぐしゃり。

 

 ミルラルタの右腕が、一瞬にしてねじ曲げられた。

 

「ああっ!?」悲鳴が漏れる。「マスター」ウォルツが無表情で六刀を振り翳そうとして、その動きが中途で止まる。

 

 ミルラルタは、信じられないようにウォルツを見つめた。一瞬にして全ての腕が引き千切られたウォルツを。

 

「死体を操るという技は、吸血鬼のものだろう。人間のものではない。これは文化の盗用であり、吸血鬼の誇りを汚すものだ」

「ちょ、ちょっと! 痛いじゃない! 貴方も裏切るの!? やっぱりスパイなんてやるんじゃなかったー!」

「忌々しいことに、それは技術としては大した物だ。支配権を奪うことも出来ない。そして、吸血鬼の生態よりも発展した部分さえある」

 

 ウォルツは腕を取られた時点で諦めたように佇んでいた。主であるミルラルタを無表情に見つめている。

 

「ちょ、ちょっとウォルツ! 助けなさいよ! 腕がなくなったって噛み付いてでも助けなさいよ!」

「すみません。自分死体なんで、その機能がなくなった時点で何も出来ないんですよ。というかそういう風に設計したのはマスターじゃないですか」

「うわーんそうだったー!」

 

 そんな風に、二人は騒がしく喚いている。

 

「じょ、ジョットさん」とノアが俺に眼を向けた。俺はユラウの青ざめた顔をちらと見、頷こうとした。

 

 動くなら今の内だ。ミルラルタとウォルツが騒いでいる内に逃げ出すことが出来れば、後は二人がどうなろうがどうでも良い。

 

 しかしクラウンは、俺が動く前に言った。

 

「で、そんな風に呑気な声を出せるのは、お前が自分の肉体さえも死霊術で操っているからだろう?」

 

 クラウンは笑みも浮かべず言った。「へ?」とミルラルタが間抜けな声を出す。

 

 クラウンが掌を広げ、指を折った。

 

 ぐしゃり。

 

 ミルラルタのねじ曲げられた右腕から、何かが潰れたような音が響いた。

 

 途端、ミルラルタの顔が青ざめ、声にならない悲鳴が漏れた。

 

「あ──」

「死への余裕は、死なないという安心からだ。人体の重要部位を分割し、増殖させ、全身に分散させている。盗んだものを、盗んだ先で発展させられるのは敵わないな」

「ちょっ、待──」

「待たないよ。脳に足でも生えていたら取り逃がすからな」

 

 右腕に続き、左腕、右足、左足、胴体。頭以外の全てをねじ曲げられ、それでもミルラルタは生きていた。

 

 しかし、彼女の顔は、それまでの騒がしいものからは一変し、本当に目の前のものを恐れるように引き攣っている。

 

 顎から耳にかけての縫合跡が、醜く歪んでいる。

 

「あ、嫌、嫌だ。待って! ちょっと、ウォルツ! ねえ、助けてよウォルツ!」

「すみませんマスター。自分死体なんで分からないんですけど、どうやっても助けられないんじゃないですか」

「どうしてっ、そんな事を言うの!? 貴方は死体なんかじゃ──」

「自分は死体ですけど……? 何言っているんですか……?」

「だって、だって、あ、あ」

 

 ねじ曲げられ、血を噴き出させながら、ミルラルタはウォルツに叫んだ。

 

「助けてよ、お兄ちゃん」

 

 ぐしゃり。

 

「は」

 

 マルガレーテが、俺に眼を向けた。「つまり」つまり、何だ。

 

「あの人達は──」

「驚いた」

 

 クラウンが言った。不意に飛びつき、噛み付こうとしたウォルツの首を持ち上げながら、本当に感嘆したように。

 

「お前、術士が死んだのに動けるのか。それも、思い出したのか。あり得ないことだ」

 

 ウォルツは首を押さえられながらも藻掻き、その腕に噛み付こうとしている。

 

 瞳に生気が、意思が宿っている。

 

「魂というのは、分からないな。何時死ぬのか。何時、肉体を離れるのか」

「お前、お前はッ! 俺の妹を──!」

「うん。じゃあ、今度こそ死んでくれ」

 

 ぐしゃりと、ウォルツがねじ曲がった。それで何も動かなくなった。

 

「お父様」

 

 ユラウは、震えた声でそう言った。

 

 クラウンはユラウに眼を向け、「ああ」と呟いてから顰め面を浮かべ、言った。

 

「何をやっているフィネカッ!」

 

 一喝が空に響いた。「チッ」とクラウンは舌打ちをする。

 

 そうして、真っ赤な眼でユラウを睨んだ。ユラウが一歩下がる。じり、と靴音。信じられないように父親を見つめている。

 

「お父様、何をして」

「お前が何をやっている。ユラウ、我が娘。吸血鬼ならば血を恐れるな。人間を食らい殺せ。フィネカの報告に耳を疑ったぞ。何を冒険者の真似事などやっている」

「それは、お父様が、観光していろって。好きにして良いって。お父様が」

「その年で言葉の意味も分からないのかッ! お前の立場が許されるのは、お前が俺の娘だからだ。吸血鬼の長の娘だからだ! それがその振る舞いかッ!」

 

 言って男、クラウンは俺達を睨んだ。

 

 月光。白金。冬の夜。いいやその程度ではない生易しくない。

 

 未踏の凍土。雪嵐。強く拒絶を示す雪崩の様相。

 

 輝きのない氷の世界が、俺の眼には見えている。

 

「お前が出来ないのなら俺が殺そう。不出来な混じりものの代わりに、俺が吸血鬼をやってやる」

 

 クラウンは厳然としてそう言った。

 

 

 

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