芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第66話 準備期間

 

 

 

「うわあ伯爵が死んだ!? グロッ!」

「し、死んでないよ……」

「うわあ伯爵が生きてる!? グロッ!」

「生きてるよ……」

 

 血みどろの両半分が交互に話す最中、刀を携えた人影はぎゃはぎゃは笑いながら言った。

 

「いやあ、ジョット君を迎えに来ただけでしたが護身用に持ってきた甲斐がありましたねえ!」

 

 そう叫び、何度も伯爵の死体なのか生きているのかに刃を突き立てるのはリインである。リイン容疑者と呼んだ方が良いかもしれない。思いっ切り現行犯ではあるが。

 

「しかし、死ねば良かったのにというかなんで死んでないんですかこの蚊以下は! 聞きましたよノアやらユラウやらお嬢様から。お前が失敗したから戦争になるんでしょうが! そのせいでジョット君が余計な悩みなんぞを抱えたんでしょうが!」

「そ、それは……本当に申し訳ない……」

「まあ災い転じて福となったからそれは良いんですが!」

「こっちは変わらなさすぎて嫌になってくるぜ……」

 

 先生が口元を押さえながら言うのに対し、リインは「そっちは髪切りました? ああ、元からですね」と煽ってくる。煽るな。

 

 というか本当になんで死んでないの? やっぱり吸血鬼? その割にはユラウは知らないと言っていたし、やっぱりよく分からない何かでしかないのだろうか。

 

「で、ジョット君。この厚顔無恥野郎は何を頼もうとしたんです? 大体察しは付きますが」

「何も頼んでませんよ。頼まれる前に切られましたよ」

「頼む前に了承もされたがね……」

「ああ、つまりギャグでしかなかったと」

 

 リインは馬鹿にしたように言った。伯爵の首にぐりぐりと剣を当てて楽しそうに笑っている。

 

「全くなっさけないというか死になさいというか、流石に哀れになってきましたよ。ここからでも腹切ります? 今なら慈悲で介錯してあげますが」

「申し訳ないが、まだ死ねないのだ……事態を収拾するまでは……!」

「というか死ぬんですかね伯爵って」

「実は死なないが……」

「だったら腹切り得じゃないですか! やっちゃいましょうよ折角だから!」

「何が折角なんですか。止めて下さいよ」

 

 とまあ、そんな風に仲裁し、伯爵の身体が元に戻るのを待ってから(三秒)、ようやく彼は話し始めた。

 

「大体の事情は君達も知っているだろうが、私の役割は、帝国と連邦との間に交わされた協定の保証人、或いは調印でしかない。とうに存在しない魔王の名を立て、その名において契約を交わすという古い形式さ。だからこそ、ユラクロンの出方は本当に予想外のものだった」

「急に真面目な話されてもこっちは三秒前の死体が目に焼き付いてんだがよぉ……」

「まさか昨今の種族的独立の気運が、魔王すらも唾棄するものだったとは。それは連邦の上層部もそうだろう。魔王によって連帯するのが連邦ならば、どうしてその様な意識が生まれると思える。……しかし、これはやはり私のミスだった。だから私はここに居るんだ」

「無視?」

 

 先生が華麗にスルーされているのはどうでも良いとして、ミスとはどういうことだろうか。伯爵の言によるのならば、それは予期できなかったことではないのか。

 

「私は協定に違反が行われないかの監視役も兼ねていたのだよ。違反があれば罰することが出来るからね。しかし、妙に私を付け狙ってきた死霊術士がいたのだ」

「それってもしかしてミルラルタ」

「ああ、そういう名前だった。よく知っているね、ジョット君」

「クラウンが殺したので。というか彼だけでなく、軍の方もあの二人を利用していましたよ」

「ああ……やはりそうか」

 

 長く溜息を吐き、伯爵は口元を歪めさせた。「愚か者め」と自罰するように呟く。

 

「私はこの名が示す通り、縛られた存在なのだ。決して人間を傷付けてはならないし、人間に魔術を使うことも出来ない。それをあれらは吹き込まれていたのか、しつこく私を追ってきてね。暫く姿を隠す必要があった」

「そんな話は初耳なんですが。先生は知ってます?」

「おっ、やべえ! また帰りたくなってきたぜ! どうしよっかジョット君!」

「帰らないで下さいよ」

 

 やけに先生は逃げ腰だった。「やっぱ碌でもなかったじゃねえか!」と空に向かって叫んでいた。

 

 それに対し、伯爵は自嘲するように微笑んで言う。

 

「なに、大したものではないよ。私は単に、今は亡き王に仕えた貴族でしかない。つまりはユラクロンの言う通り、古い時代の遺物に過ぎない。頭が古いんだ。今回の事でそれがよく分かったよ」

「魔王のぉ……三百年前の生き残りぃ……うげげ……おしっこ漏れそう……」

「おや、その年で介護が必要ですか? 必要になったら言って下さいね。安楽死させてあげましょう」

「その必要はありませんよ。俺がちゃんと老人ホームにぶち込んであげますから」

「聞いてるかね?」

 

 伯爵は不安そうに聞いてきた。聞いてる聞いてる。

 

「しかしですよ、蝙蝠の糞」

「それは私かね?」

 

 と、伯爵が言うのを無視し、剣をチャキチャキ言わせながらリインは言う。

 

「その縛りがどうとかよく分からないのですが、さっき貴方は違反があれば罰することが出来るとか言ってたじゃないですか。だったら罰しなさいよ。そうして死になさいよ。それとも覚悟が足りませんでしたか?」

「ああ、それは」

 

 と、伯爵は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

 

「それも見越してきたよ、ユラクロンは。奴は人間共と、敢えて私に言ってきた。その上で私にこれを押し付けてきたのさ。ジョット君も見ただろう?」

「ああ……そういえば、そんな事も言っていましたね。見はしませんでしたが」

「その内容がこれだよ」

 

 そう言って伯爵は羊皮紙を指し示した。今時羊皮紙もないだろうが、それよりも問題なのはその内容である。

 

「読めないんですが。何語です?」

「古代聖言語もとい教会語だよ馬鹿。ちゃんと勉強してんのか? つうかやっぱそうじゃん嫌だぁ……」

「さっさと翻訳!」

「……まあ、言ってしまうとだね」

 

 伯爵はやけに疲れた顔で言った。

 

「この契約書は、奴が人質とした村人達の安全を保証する。その条件として、私がユラクロンを罰しないこと、何もしないことが課されているのだ。ここで優先順位というものが致命的になってくる。私の『人間を傷付けてはならない』という契約は何にも優先するものであり、そのせいで奴に手が出せない」

「いや、安全を保証するとは言っても、そこにも保証はないのでは?」

「いいや、契約は絶対だ。これはまず、ユラクロンと村人達の間に契約が結ばれている。奴が死ねば村人が死ぬようなね。そこに付け加えられた条件、つまり私が手を出さないという契約を遵守すれば、村人達が死なないようになっている。だから私はそれを了承する他なかった。機能として私はそうなっているのだよ」

「あー、なるほど! それを見越しての拉致でしたか。中々のやり手ですねえその吸血鬼!」

「なんで感心しているんですかリインさん」

「いや、素直にそう思ったので」

 

 謎に「上手いですねえ」と呟いているリインだったが、ともかく伯爵一人ではどうしようもないということは分かった。

 

 しかし、機能とは。俺はその言葉にウォルツを思い出した。あれも機能によって縛られた存在だったが、伯爵も同じようなものなのだろうか。

 

 伯爵は長い溜息を吐いて眉間を押さえた。

 

「しかし、契約するには村人達自身の意思が必要になる。恐怖で押さえ付けたか、或いは精神魔術を使ったか。しかし村人全員の精神を契約させるなど、どんな魔術師を……」

「それってもしかしてミルラルタ」

「……あれは死霊術士では?」

「精神魔術も使えると自白していましたよ」

「あの言動でそこまで出来るのかね……?」

 

 あんなんでも天才は天才だった。最悪の形で噛み合っていやがる。まあ、もう死んだがな。その死に様については思い出したくないので心の隅に仕舞っておくことにする。

 

「でもまあ、良かったじゃないですか」

 

 あっけらかんとリインが言った。

 

「お前は役立たずのゴミになりましたが、そのお陰で村人達が救えるのです。何せ安心して吸血鬼を殺せるのがここに居ますからね。ねえジョット君!」

「そういやそうですね。もう決まり切ったことですよ。先生が無駄に怯えただけじゃないですか」

「び、ビビってねえし!」

 

 先生はそう言うが足が震えている。一方で伯爵は焦ったように言った。

 

「いやいや、君、君ね、本当にユラクロンを殺すつもりなのかね?」

「それを頼みに来たのが伯爵でしょうが」

「まあ……そうなのだが……。そもそも、私が世界に大きく関わること自体がよろしくない。だからこそ、世界を動かせるような人間に私は期待し、支援してきたのだが」

「だが?」

「ユラクロンを殺し、吸血鬼の一団を殺せる者ともなると、私に思い付くのは……君達しか居なかった」

 

 恥じ入るように伯爵は言った。それに対し、俺は言った。

 

「気分が良いですね」

「はあ……?」

「俺が英雄になれると、伯爵は本気で思っていたって事でしょう。それって気分が良いですよ」

 

 同時に、俺はやっぱり馬鹿だと思った。これこそがノアの心境ではないのか。誰かに望まれることは単純に気分が良い。それだけで何かをやろうという気分になれるのだから。

 

「だから、申し訳なさそうにしなくて良いですよ。俺自身の態度を見せられているようで恥ずかしくなってきますから」

「ぎゃは。皮肉ですねえジョット君。貴方は否定しようとすればするほど肯定されるんですから。これって人徳ですか?」

「馬鹿なだけだろ。自分を勘定に入れてねえ馬鹿だ」

「はあ、君達……」

 

 伯爵は呆れたような、眩しいものを見るような笑みを見せ、そうして言った。

 

「君がそう言うのなら、私も全力を尽くす。戦争だけは避けなければならない。つまり、君という無名に近い英雄が誕生する土壌を作らなければならん」

「ああ、そこ懸念だったんですよ。俺だって帝国市民なんですからね」

「そのために私は動く。私は何故ここに居るか。この帝国の公爵に渡りを付けてきたからさ」

「公爵に?」

 

 そういやなんでここに居るのかと思ったのだが、伯爵は伯爵で四方八方駆けずり回っていたらしい。彼は決意を秘めた眼で言った。

 

「政治的問題がないということに、これからなるのだ。あらゆる手を尽くしてね。私は君に全てを賭けよう。君が勝ちさえすれば後は全く問題ない」

「気軽に言いますねえ」

「重く言っているよ」

「それはそれは」

 

 責任重大。背負うものがまた増える。その重さが苦しいのか心地良いのか。きっとそれはどちらもであり、どちらかを決める必要はなかった。

 

 そういうことに今更気付くのだから俺は馬鹿なのだ。対してリインは妙に楽しそうに笑う。

 

「何だかこの面子、懐かしいですね。ノアが居ないものですから」

「そういえば、彼女は……」

「ノアのためにも戦うということですよ、伯爵。見たでしょう」

「ああ……」

 

 伯爵は思い出すように呟き、また申し訳なさそうな顔を浮かべた。俺は言った。

 

「駄目ですよ、伯爵。それを背負うのは俺なんですから」

「……欲張りだな、君」

「今更知ったんですか」

 

 しかし、リインの言うように、この四人というのは懐かしい光景だった。学院の入学前以来だろうか。

 

「じゃあ、やりましょうか」

 

 その時と変わらずにリインは笑って、先生は溜息を吐いている。

 

 

 

 使える伝手は全て使おうと思ったので、俺は学院の八号館の屋上でバーベキューをしていた。

 

 ワイエス爺が新設したこの八号館は人が寄り付かないことで有名だった。それもそのはず、あの爺が設計した建物なんて何があるか不安で仕方がないだろう。

 

 しかし、この場合は好都合だった。炎天下に簡易な天幕を張り、その脇にバーベキューコンロを置いて肉を焼いている。野菜もあるぞ。良い匂いだな。

 

「いや、なんでバーベキューをしているんだよ君は。それもテスト期間中に」

「お前の爺さんに媚を売ろうと思ってな」

「あれ、遂に気が狂っちゃった?」

「遂にとは何ですかメイヴン先輩」

 

 そんな風に言いながらメイヴン先輩は次々と肉を食べていく。「野菜も食べて下さいよ」と言ったのだが聞こえない振りをしている。トレージとは違い、線の細い割によく食べる人だった。

 

 公爵館に行った翌日がテスト期間の始まりだったのだが、まあそれはどうでも良いことだった。伯爵の言によれば相手も今すぐに動くという訳でもないらしく、どころかより円滑に戦争を引き起こすための交渉まで行っているらしい。呑気なのか狡猾なのかさっぱり分からん。

 

 そこで俺は準備に取り掛かることにした。と言っても、頼れるものは限られている。そもそもの交友範囲が狭いのもあるが、何よりも、国家に深く関わることは避けなければならなかった。

 

 つまり、実家パワーは使えないということである。そうでなくても使えないだろうがな。そもそも戦場に出ること自体に反対しそうである。

 

 なので、媚を売る相手と、その方法は選ばなければならなかった。その結果がバーベキューである。だって焼肉は誰でも好きだろ。トレージは除いて。

 

「いや、その話を聞く限り、お爺様は一番駄目だろう。だってあれでも、本当にあれでも国家的な人なんだから。君が言う所の英雄って奴さ。何よりお爺様だよ? 戦争なんて望むに決まっている」

「そしてぼくもだね。お肉を奢ってくれたのは嬉しいけれど、ぼくは何もしないほうが良いと思うよ。というか下手したら口実にされて拉致されちゃいそう」

「そこら辺は分かってますよ。だからそれを頼んだんでしょう」

 

 言って俺はバーベキュー台の脇、布袋の上に無造作に置かれた武器を指した。長剣に長槍、そして短刀の三つは、いずれも黒く塗られている。

 

「後から注文ばかりで本当に申し訳ないんですがね、せめてもの工作です。流石にそのままでは見ただけで分かっちゃうでしょうし」

「使えばすぐに分かると思うけどねえ。まあ、ポーズが大事かな、こういうのは」

「分かる人には分かると思いますけどね。それも、これも」

 

 そう言ってトレージはメイヴン先輩の、俺が皿に取り分けた肉を口に運ぶのとは別の手元を見つめた。そこには板状に加工された魔石があった。

 

「よっと」

 

 メイヴン先輩は杖を操り、魔石へと次々に魔術式を刻み込んでいく。完成したそれもまた杖によって操られ、天幕の下、堆く積まれた同様の板の上に置かれた。

 

「どんだけ集めたんだよ」と、トレージが呆れたように言った。「それも魔石とか。普通は金属片とか羊皮紙だろう。使い捨ての魔術式を刻むのはさ」

 

 そう、俺がメイヴン先輩に媚を売り、そしてワイエス爺にも媚を売ろうとしているのは、実際に戦場に立って貰うためではない。露見しない程度の助力をして貰うためである。

 

 そのために必要なのが魔導具だった。といっても、一昼夜で複雑なものなど作れないし、使い手のことを考えれば複雑すぎても意味がない。ならば次々と使い捨てる形の方が良いと思ったのだ。

 

「たとえ使い捨てだって魔石の方が刻める術式の数は多いだろう。事前に発動用の魔力を込めることだって出来るし。金なら問題ない。勝てなきゃ意味がないんだから」

「にしても出所は……」

「ウチの倉庫ごと買ったよ」

「ああ、そう……」

 

 トレージはそれ以上言うこともなく、そして折角の焼肉に手を付けることもなく、手元の紙束に何かを書き込み続けている。魔術式にも数式にも見えないそれは、殴り書きも相まって何を示しているのか殆ど判別が付かない。

 

 俺もまた、肉を取り分け肉を食いながら、空いた手で魔術式を書き込み続けていく。その大部分は光と炎の術式だった。吸血鬼相手にはこれが一番効くだろう。

 

 で、来た。遂に来た。ふとコンロの火が消えたと思ったら、荒々しい足音が近くの階段から聞こえてきた。

 

「おい! 火気厳禁だぞクソガキ共が! というか何やってんだクソガキ共!?」

「バーベキューです」

「はあ!?」

「おお、お爺様が狼狽えている。珍し」

 

 この暑いのに魔術師然としたローブを身に纏って、ワイエス爺は屋上に現れた。「おい、おい!」と激昂したように言って近付いてくる。

 

「マジでやってたのかよクソガキ! あの『バーベキューするんで来て下さい』って手紙は新手の決闘状じゃなかったのか!? そのために儂は喜び勇んでやって来たんだぞ!」

「違います。酒もありますよ。飲みますか」

「おい!」

「なんすか」

「気が利くなお前!」

 

 爺は一気に上機嫌になって、用意しておいた椅子にどっかと腰掛けた。「それならそうと早く言え!」と、言っているのに酒を要求してくる。手元に自前で器を錬成させる喜びようであった。

 

「お前も分かってきたなクソガキ。闘争には休暇も必要だが、その休暇はただベッドの上で横になることではない。日光を全身に浴び、肉を食らって酒を飲む。これこそ気力を付けるというものよ」

「流石。知らなかったです。凄いですね。戦闘狂みたい。それではどうぞ」

「褒めるな褒めるな! おっとっと」

 

 瓶から酒を注いでいけば「あーもうちょっともうちょっと!」うるせえな。なみなみと注いだそれを爺は一気に呷って「かーっ!」と空に吠えた。

 

「こうなると火を付け直さなければならんなあ! おい!」

「もう付けてますよ。ささ、焼けたところからどうぞ」

「気が利きすぎるぞお前! おい! クソ孫と土野郎も食え! リキ付けにゃあ何事も出来んぞ!」

「切り替えるのが早過ぎない?」

 

 トレージは呆れたように言う。メイヴン先輩は「もう食べてますよ」と微笑んで一度に二枚の肉を食べた。だから野菜も食べてくれよ。

 

 爺は肉を食ってはその油を洗い流すように酒を飲み「おいこれどこ産だ!?」「南です」「南の酒はキツいなあ!」げらげら笑ってはまた肉を「おいこっちはどこ産だ!?」「公爵領です」「あそこの肉は高いだろ!」「あっ、そうなの? だったらぼくも食いだめしとこ」「ジョット、煙がこっちに来るからどかしてくれ」「クソ孫も食えや!」忙しすぎるだろ。

 

 そんな風にして暫く食べて飲んだ後、爺は顔を赤らめて言った。

 

「で、クソガキ」

「なんすか」

「飲んでやったぞ。言えよ。何が望みだ?」

 

 更に酒を呷りながら、爺はにやりと笑う。

 

「殺し合いってレベルじゃないようだの。戦争か? 儂の知らん戦争か。ならクソッタレ政治があるか。だから、らしくなく迂遠に頼みやがるのか。しかしだなあ」

 

 爺は積み上げられた魔石の山を見つめ、気の狂ったような笑みを浮かべながら言う。

 

「こんなものを見せられては、血が騒ぐぞ。儂が望むことは分かっておるだろう。まさか、この肉と酒だけで満足しろとは言うまいな」

「言っちゃ駄目ですかね」

「ならん」

「厳しいですね、ワイエス教授は」

 

 メイヴン先輩は楽しそうに言った。こちらは全く楽しくない。仕方がないので手札を切ることにする。

 

「じゃあ一つ、納得できるような理由をあげましょう」

「あげるだぁ?」

「はい。俺と、そしてトレージが」

 

 ワイエス爺は不機嫌そうに口元を歪めさせて懐に手をやろうとした。しかしその前に酒の注がれた器を見、それを呷って「ふん」と息を吐いた。

 

「情けない。一人では出来んか」

「情けない事に。しかし偉大なことでもありますよ。なあトレージ」

「あ?」

「めっちゃ苛ついとるんじゃが……」

 

 トレージはああでもないこうでもないと言いながら紙束に何かを書き加え続けていたのだが、急に集中を切らされて眉間に皺が寄っている。

 

 しかし舌打ちの代わりに、彼はその内容をワイエス爺に見せ付けた。それを見て爺は目を見開いた。唖然としたように口を開けた。

 

「おま、お前……隠れてこそこそやっとったのは知っていたが、お前……」

「お爺様、ジョットは最悪だよ。テストを受けながら僕にこれを完成させろって言うんだ。それも魔術として使えるようにね。人使いが荒すぎるよ」

「お前……出来るのか、それ」

「出来るからやっているんじゃないか。お爺様ともあろう人が何を驚いているんだよ」

 

 トレージは顔を上げ、当然のように言った。

 

「言っとくけど、僕は天才なんだ。お爺様よりもね」

 

「だから期間がさあ……」とぶつぶつ言いながら再びトレージは紙束に向き直った。ワイエス爺は呆気に取られた顔を浮かべている。

 

 そうして、口端を震えさせながら笑みを浮かべた。獰猛な、狂喜するような笑みで彼は言った。

 

「面白すぎるぞ、お前達」

「これでも必死なんですよ」

「必死だから面白いんだ。お前、そこに手を伸ばすのか。そりゃあもう戦争どころじゃねえだろ。ああ、だからか? それだから戦争にはならないのか?」

「さあ? 露見するか、しないか。したとしても俺がより面倒になって、政治がより混乱するだけですよ。後者は全く望むところです」

「ちくしょう、ふざけやがって。孫の名誉を何だと思っていやがる」

「名誉なんてどうでも良いのはお爺様も同じでしょ」

「そりゃそうじゃ。クソッタレが」

「それに、ジョットの助力なしには結局使えないしね、これ」

 

 眼鏡を押し上げてトレージが言う。「いいなあ」とメイヴン先輩が手を止めて言った。

 

「ぼくもそういう友達が欲しかったよ。ワイエス教授はどうですか? 羨ましいと思いません?」

「思うわクソが」

「あれ、素直」

 

 意外そうにメイヴン先輩は言って「じゃあ一緒にやりましょうか」と足下に置いていた魔石をワイエス爺に投げた。彼はそれを受け止めて「けっ」と悪態を吐いた。

 

「良いだろう。見せられるのなら見せてみろ。肉と孫とその他色々なものに免じて大人しくしておいてやるわ」

「ありがとうございます」

「礼などいらんわ。結果を見せろ。それが可能だということを」

 

 トレージと同じようにぶつくさ言いながら爺は作業に取り掛かった。そうしてふと思い浮かんだように言った。

 

「そういやお前、期間はどのくらいじゃ?」

「明日っす」

「明日ぁ!?」

「だから言っているんじゃないかお爺様。ジョットは最悪だってさあ」

 

 しょうがないだろ伯爵がなんやかんやして決まったのがその日なんだから。

 

 

 

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