輝きが目の前にある。
黄金と青の輝きは流星のように夜を切り裂いた。追って現れるのは飛沫の赤である。その間に俺達は「あっぶね!」と先生の操る水によって逃された。
半径三メートル程の円から転がり出る。転がりながら「どうだ!?」と俺は叫んだ。
「ノア、どうだ! ぶっ殺せたか!?」
「普通なら死んでるんですよこれは!」
「相手は普通じゃないって何度も言っただろ!」
果たして見えた先、クラウンは右肩から左胸まで切り裂かれていたものの、ギリギリのところで剣を止めていた。そんなところで止めたって何の意味もないだろうと叫びたくなるが、動いている時点で普通ではない。つまりはまだ生きていやがるよこいつ!
「まさか君、まだ俺に……!」
「ようし髭面共出てこい! 俺達もやるぞジョット君!」
「はい先生! ノア下がる!」
「は、はいっ!」
致命傷ではあるはずだ。そう信じて俺は杖を振った。右手と左手、先生の杖と金色の杖を合わせ、夜闇に巨大な光球を生み出していく。それに先生が「火属性は苦手なんだけどよお!」と言って杖を振った。
俺はそれを打ち上げた。空に浮かんだのは一つの太陽だった。そう見紛うばかりの光球は、直ちにクラウンの身体を焼け爛れさせていく。
その陽光に照らされながらクラウンに飛び掛かったのはトール達だ。首に二刀を突き刺し、血を溢れさせる。同時にファットが弾丸のように短刀を投擲し、顔面にはスレンダーによる弓矢が数多突き刺さった。
「ノア!」
「分かりましたっ!」
「決めろよお嬢さん!」
一旦下がったノアが再び飛び出した。陽光を背に剣を振るう。今度は先程の逆。首から右胸に掛けての斬撃。
しかしクラウンは尚も動いた。眼を血走らせ歯軋りをしながら腕を振った。
「素晴らしいぞ人間共!」
「……っ!」
鉄音。地響きすら伴う衝突。腕と剣が奏でるべきではないそれは、クラウンの左腕を確かに落とした。
落とした。落としたが、しかし。切断面からは血が異様なほどに流れ出る。たたらを踏みながら、クラウンは狂ったように笑い続ける。血が地面を覆っていく。
「驚いたよ。本当に驚いた! 君が転移魔法を使えることは知っていたが、現実的にはほぼ不可能じゃなかったのか!?」
「魔法じゃなくて魔術だ馬鹿野郎。そして不可能なんて誰が言ったんだよ。理論的には数百メートルだって可能なんだぜ」
「本当に理論だけでしたけどね……」
言って俺は鼻血を拭った。先生はピンピンしているというのに不甲斐ない。それを見て取ったのか、ユラウが俺の左手を包んで言った。
「光の維持、代わるから」
「君が維持するのはキツいだろ」
「だからなに」
「そりゃそうだ」
指先を絡ませながら操作権を移行させる。ユラウは一瞬眉間に皺を寄せたが、それでも何事もなかったような顔を繕った。
しかし、と俺は目の前を睨んだ。二度だぞ。ノアが二度も全力で切ったのにまだ生きてやがる。それも殆ど太陽に近い光を受けながらだ。常軌を逸しているどころの話じゃない。
「良い作戦だと思ったんだけどな。お前だけを釣り出して、お前だけを先に殺すってのは」
「俺の馬鹿な仲間達はどうしているよ」
「もっと恐ろしい人に怯えているよ」
その時、森の向こうから騒々しい声が響いた。何を叫んでいるのかは分からないが、鉄音と悲鳴が聞こえているのは確かである。そして爆発音やら燃える音やら。つまり、リインは上手くやっているということだ。
じり、とノアが一歩距離を詰めた。クラウンは面白そうに笑う。全身から血を噴き出させながら、尚も泰然として笑っている。
「君はまだ、戦えるのかな」
「私はずっと戦いますよ」
「それは何のために?」
「私の全てのためにですっ!」
「それでこそだ!」
ずぬりと、血が動き出す。レーザーのように噴き出す。蛇のようにのたうちまわる。ノアが焦燥を浮かべる。あと一歩の距離にクラウンは笑っている。
だが今度は違うだろう。「先生!」と俺は叫んだ。「分かってるってああもう忙しいなボケ!」先生がステッキを地面に突き立て叫んだ。
「水だ水! 世界の全ては水だ! だから俺は世界の全てを操れる!」
「傲岸不遜ッ!」
「事実なんだなあこれが!」
先生がステッキを突き立てた地点からぶくぶくと泡が吹き出ては消えていく。その後に残るのは血ではなく水だった。透明な光り輝く水を龍のように形作って、先生は血溜まりの中へと突っ込ませた。
支配権の強奪。相手が操るのは自らの命そのものだというのに、先生は全く関係なしにそれをねじ伏せて自分のものにしていく。
「だから、ノア!」
「ふうううううっ!」
気を吐き、ノアは地面を攫うように低く駆けた。狙うは足下。機動力を潰す。
しかし「まだまだッ!」とクラウンはその斬撃を受け止めた。持ち上げたのは足首。そこに結晶した血液が鉤爪の形を成して剣を抑えている。
撥ね除けるように足が振るわれた。ノアは剣ごと持ち上げられて吹き飛ばされた。直ちに風で衝撃を緩和させる。その隙を埋めるようにトールが躍り出たが、繋がり始めた腕によって防がれ、殴り飛ばされた。
吹き飛んだトールへ向けてクラウンが眼を向けた。腕を向け、虚空を握り潰した。脳裏に思い浮かぶのはぐしゃりとねじ曲がった人体。しかしそれを押し留めるために俺は杖を振るう。
みしり、と虚空から音が聞こえた。トールに向かって放たれたクラウンの力は、俺の手によって防がれている。しかし感覚としては防ぐと言うよりも相撲でも取っているようだった。重く大きい相手とギリギリのところで組み合っている。
「どうしたッ!」
それが面白くて仕方がないように、彼は視線を切って叫んだ。
「俺はここに居るぞ! 俺はまだ生きているぞ! どうして俺を殺せない! そこまで用意してこの程度か人間ッ!」
「そんな訳が……っ!」
ノアが言った。揺らめく身体を整えて、息も吐かずにクラウンを睨む。
しかし、クラウンはノアを見てにたりと笑った。
「おや」
その表情。尚も挑もうとしながらも、心身の震えを隠せない顔を見て、彼は言った。
「なんだ、克服したわけじゃないのか。それでも立とうとするのは勇気かな。それは、とても素晴らしいね。素直に尊敬する」
パチパチと、この場においてはいっそ間抜けなほどの音が響く。クラウンはにこりと笑って拍手をしている。
その態度にノアは歯軋りをして、しかし迷うように俺に眼を向けた。
俺は言った。
「ノア」
「はい」
「俺はとても嬉しい。君が戦おうとしてくれたことが」
「……はいっ」
「だから、頼みましたトールさん」
トールはその声に頷いてノアの側に近付き、二刀を捨てた。そうして代わりにノアの持つ剣を受け取って、腰元の短剣を抜いた。
「じゃあ、任された。悪く思うなよ、お嬢さん」
「……はい」
「おじさんがジョット君のお眼鏡に適っちゃっても悪く思わないでねお嬢さん!」
「……いいえ!」
「そう言えるのなら安心だ」
にいっと笑ってトールはクラウンと相対した。クラウンは些か拍子抜けしたような顔を見せた。
「君が彼女の尻拭い役か。大変だろうが、俺に敵うとは思えないな。たとえその剣を持っていてもね」
クラウンは値踏みするような、或いは驚嘆するような顔を浮かべ、黒塗りにされた長剣を指して言う。
「それ、オリハルコン製だろう。どこで手に入れた。国家による介入か? いや、国家だろうとも持ち合わせるはずがないだろう、そんなもの」
「伝手があったんで」
「どんな伝手だよ。君には驚いてばかりだ。……しかし、使い手がねえ」
その言葉に、トールがせせら笑うような顔を見せた。クラウンが眼を細める。
「気に障ったかな? すまないけど、事実だろう。君は彼女の尻拭い役なんだから」
「残念だけどおじさんは尻拭い役でもないし、お前に敵うとか敵わないとかそういうことを思って戦うわけじゃない」
「じゃあ何が?」
「そして、おじさんはお前と戦う訳でもないんだよね」
そう言って、トールは俺に振り向いて下手くそなウインクをした。
「ジョット君! 今からおじさんの格好良いところを見せてあげるよ!」
「もう格好良いですよ、トールさん」
「やだもうジョット君ったら嬉しいことばっかり言ってくれるんだからさあ!」
ぐるりと反転した勢いのままトールは突っ込んだ。柔和な笑みは一転して獰猛な笑みへ。咆吼を上げながらトールは二刀を繰り出していく。
敵わないとクラウンは言ったが、それでも油断なく二刀を防ごうとした。特にノアが持っていた剣に注力し、一本目を白刃取りの形で、二本目は肩によって防ぐ構えを取る。
一本は確かに捕えられた。しかし、二本目は。黒塗りにされた短剣はクラウンの肉を削いで骨を断った。
「な──!?」
「残念だけど、こっちも特別製でね!」
くるりと、肩に突き立てた短剣から一旦手を離し、トールは逆手で短剣を身体の中へと押し込んでいく。クラウンが顰め面を浮かべる。その顔へと畳みかけるように短剣と矢による弾幕が発せられる。
そして、魔術。支援として光線を数本。それに劈かれてクラウンはよろめいた。その腹をトールは引き裂いていく。咆吼を上げながら傷を刻んでいく。
しかし、尚もその手は途中で止まった。クラウンの手に止められた。頭を半分欠けさせながらクラウンは笑った。
「訂正するよ。君、強い」
「それなら良かった!」
「笑う──?」
トールが同じように笑った事に、胡乱げな顔を見せたその隙に。
ようやく準備が出来た。
「先生!」
「分かってるっての!」
俺達は同時に空へと向けて杖を指した。「ユラウ!」「分かった!」俺の声に頷き、彼女は操作権を手放した。
光と炎。単純極まりない、それを維持するだけの魔術。そこに全魔力を懸けて威力を増幅させていく。
「本当に防御大丈夫なんだろうなジョット君!」
「そのためにユラウに維持任せたんでしょうが!」
「信用するからな! じゃあやるぞああもう不安だなあ!」
「弟子を信じて下さいよ!」
二つの杖先は一点を示し、そこに全てを乗せていく。
世界に答えを書き加えるようにして魔術式は構築される。
そこにある。あるということ。あるということそのものが致命的になるもの。光と炎の極致を再現する。
「退避!」
トールが叫んだ。クラウンが一瞬、唖然として空を見上げた。
「驚いた」と彼は言った。
夜空から、太陽そのものが落ちてくる。
「これが俺とジョット君の魔術だ! 名付けて……ええと、あー……」
「星落とし──!」
「あっ勝手に名付けんじゃねえ! つか単純すぎ!」
先生はそう言うが、しかしこれ以外に何と呼べば良いというのか。
星が落ちた。灼熱と閃光は一点に収束し、膨大な熱量となってクラウンに直撃する。俺が戦闘中に組み上げ続けていた防御用の魔術が見る見るうちに砕け散っていく。
爆風は濛々と上がり、辺りの草木を焼き尽くしていく。地面は融解し、マグマがあちこちから噴き上がる。
「ひええ」とノアが情けない悲鳴を上げたのが聞こえた。しかしもっとうるさいのが「ひゃあああああ!?」という先生の悲鳴だった。
「おま、これ、お前本当に大丈夫だろうな!? 自分の魔術で死んだら笑い話にもならねえぞ!」
「大丈夫だって言ってるでしょ! それに、これならクラウンだって生きてるはずがありません! この戦い、俺達の勝利です!」
「そ、そういうことはあんまり言わない方が良いんじゃないかなーって先生思うぞ!」
「なんでです?」
答えを聞く前に轟音が響いた。風が巻き上がる音だった。風が爆風も土煙も吹き飛ばし、炎もマグマも鎮火させ、冷たくしていった。
「あ、あんなのが世の中にいると、信じたくないからだよ……」
先生は、顔を引き攣らせて言った。
爆心地。地面が落ち窪み、荒れきったその中心に、クラウンはまだ立っていた。
「驚いたよ」と彼は言った。
「何が驚いたって自分がこれに耐えられたことに驚いた。凄いな自分。ちょっと引くぞ」
「い、意外と軽口好きだよなお前……」
「しかし言ってる通りではありますよ先生。あんなのドン引きでしかありません」
「私はあんなのの血を引いてるの……? ちょっと気持ち悪くなってきたわ……」
「だ、大丈夫ですよユラウちゃん! 半分はきっとまともですっ!」
「酷いな君達。特にユラウ」
そう言ってクラウンは笑った。
全身を焼け爛れさせ、身体の半分を欠けさせながら、彼は尚も笑えている。その傷口は光と熱によって再生を阻害されているが、それでもまだ生きている。再生の余地がある。
どうやればこれを殺せるんだよ。