エンチャント業者を始めて一年が経ち、十一歳になる頃には、俺の魔術師としての評判もかなりの物になっていた。
引っ切りなしに、と言うほどではないが、いくつかの継続した契約を結び、安定した収入を得られている。技能の向上と共に付与できる魔術の威力も高まり、それに比例して値段を上げることも出来た。
結果、手元に集まったのが金貨6枚。日本円換算で600万程だろうか。これならばとっくに目標金額を達成している。ただし、既存の冒険者支援に限っての話だが。
ここで詳しい計算の話をすると、俺は冒険者の生活費を一日銀貨一枚と設定した。飯と宿屋を幾らか上等なものにしてそれである。
それが一年で銀貨360枚。加えてそれなりの武器が一本で銀貨30枚。それなりの防具が銀貨50枚。回復薬はその都度計算するが、まあ銀貨2、30枚ほどとする。そして娯楽費が一年で銀貨30枚である。
日本円にして一年の生活費が360万円。武器が30万円、防具が50万円。回復薬が2,30万。娯楽費が30万。合計約500万。よって金貨五枚である。
加えて武器の破損などを加味すれば追加で金貨もう一枚が欲しい。ので、目標金額は金貨六枚である。
娯楽費が高いのは心証を良くするためというのもあるが、初めの例で評判を良くし、二例目、三例目を生み出すためでもある。
しかし、先にも言ったとおり、これはあくまで既存の冒険者を想定した場合である。奴隷を購入するとなれば購入費で足が出る。
一般的な労働奴隷が金貨3枚から5枚ほど。日本円にして300万から500万である。使い方からしても乗用車の値段と考えてみて良いだろう。その値段で一生を売り渡すってのもどうかと思うが、スペックや希少価値によって値段が上がるというのも車のような物である。
遠い昔にジーニス先生と話したとおり、この計画には持ち逃げされないという信頼が必要不可欠である。その信頼を埋めるのが奴隷契約なのであるが、これがまあ高い。人一人の一生を買うので当たり前の話だが、まだまだ先は長いと言うことだ。
「まあ、多少高くともずば抜けた才能があれば即購入するつもりですがね」
「そう言って出会えた試しがねえじゃねえか」
「居るには居るんですよ。ただ、そういう人は大抵肩書きが付いていましてね。西から流れてきた元騎士とか、元魔術師の犯罪奴隷とか、とても手が出せませんよ」
気性という意味でもな。と内心に呟き、俺は首輪の繋がれた幾多もの人々を見やった。
ここは帝国首都、オーロックは西都のスラム街に近く、後ろ暗い者達の住処である。それでも大々的に奴隷市場が開かれている以上、その事業は公の下に行われているのだろう。事実、一般的な商人さえもちらほらと顔を見せている。
だが、その品揃えは一般的だ。話に聞くエルフや魔族やらが売りに出されているわけもなく、ごく一般的な人々が売りに出されている。『眼』を凝らして見つめてみても、その才能は一般の域を出ることは無い。
それでも掘り出し物を求めて、俺とジーニス先生は時たまここに足を運ぶのだ。今まで見つかった試しがないが。
「やっぱ良いものは高級店にしか卸されないんですかねえ。この間、懇意の奴隷商人にエルフって奴を見せて貰いましたが、まあ素晴らしい魔術的才能を秘めていましたよ。値段も素晴らしかったですが。金貨100枚とか馬鹿みたいな値段ですね」
「十一歳に懇意の奴隷商人がいるってのも馬鹿みたいな話だがな。お前を売った方が高い値が付くんじゃねえか?」
「そういうことを防ぐために先生がいるんでしょうが」
「まあな。お前の実力なら必要ない気もするが」
へへっ、と皮肉めいて笑いながら、先生はくるりとステッキを回す。この堂の入った紳士的振る舞いが、ガキの俺だけでは舐められるという事態を防いでくれるのである。
確かにこの奴隷市場には足繁く通い、時には奴隷の魔力的乱れから身体の不調を指摘したりと、幾らかの業者と交友を結んではいる。今だって「おや、ジョット坊ちゃん!」と気の良いおじさんおばさん(いずれも奴隷商人)が話しかけてくるしな。
しかし、やはり子供だけで歩くには危険な土地だ。そのために先生が付き合ってくれる。授業外でも気に掛けてくれるとは、ありがたいことこの上ない。
先生は、俺にとって単なる家庭教師以上の存在だ。純粋に恩人であり、友人である。
偶には感謝の言葉でも口に出そうかと、そう思った途端にぐい、と顔を掴まれた。
「おやおや、ジョット君は私を無視している。そこな禿頭には張り子の虎すら務まりませんよ。この地を悠々と闊歩できるのは私のお陰では?」
「別に呼んでないんだけどね。何で来たの」
「呼ばれてないからですよジョット君。ジョット君が将来を預ける相手が居るのなら、私は見定めなければいけませんからね。何時か徹底的に叩き潰すのに」
「ぎゃは」とリインは笑ってぐにぐにと俺の頬を掴む。ジーニス先生が「うげー」と顔を引き攣らせた。
そう、どこから聞きつけたのかは知らんが、今日はリインも同行者として共に歩んでいる。流石に完全武装ではなく腰に大小の二刀を提げ、緩やかな服を纏った姿であるが、それでも何かとガチャガチャうるさい。
そのために「今日こそ買って下さいよジョット坊ちゃ……うわ」と、話しかけてきたおじさんも遠くへ逃げていくのである。リインが凄まじい眼で睨み付けるからだ。
「奴隷商人が俺を見る度に剣をチャキチャキ言わせるの本気で止めてくれません?」
「だってたまに売り物を見る目が混じっているじゃないですか。魔術師の素養を持った子供は高く売れますよ。実績付きともなれば確かな値段でね」
「まーありがたいっちゃあ、ありがたいがな。俺も荒事は苦手だしよ」
「貴方に感謝される筋合いはありませんよ、せんせぇ?」
リインは何故そう先生に突っかかるのだろう。いや、理由は知っているが。『ジョット君が楽な道に向かうのが嫌なんですよ私』と、勝手極まる理屈を振り翳す一方で、その根底には果てしなき俺への期待がある。
その期待がどこから滾々と溢れ出ているのかが分からない。才能的にはリインの方が圧倒的だろう。勉学の方はともかく、肉体に魔力を流す才能という意味では。
というか、俺が中々これといった人材を決め上げないのにもリインが関係している。どうしても彼女の輝きと比較してしまって、そこら辺のちょっとした秀才が色褪せて見えてしまうのだ。
「しかし、ジョット君が求めるような才能がこんな場末にあるとは思えませんがね。どうしても欲しいというのなら、やはり剣にて魔術にて打ち負かし、収奪するべきなのでは?」
「どこの蛮族の発想だよテメエ。やっぱこいつ東方蛮族から出奔したお姫様とかじゃねえか?」
「多分に失礼なことを言いますね、せんせぇ? 出奔どころか祝福を以て出立しましたよ」
「じゃあお姫様ではあるわけですか? 長物の方は数打ちですが、小太刀の方は中々の拵えでしょう、それ」
「ジョット君は流石によく見ていらっしゃる! ですが、そこまで上等な生まれではありませんよ。この剣の由来はですね……」
と、不意にリインは俺を庇うように前へ出た。大通りの真ん中で柄に手を掛けて足を出す。警戒の構え。
何かと思えば、その先には見知った顔が居た。
「おや、ジョット君ではないか。この様な場所でまた人漁りかね。飽きない物だな。商い者だけに。ははは」
「クソ下らないダジャレを飛ばしやがるこの紳士とはお知り合いですかジョット君?」
「そうですね」
「そうですね、と来ましたか! やはり貴方、目を離しちゃいられませんね」
にやりと口角を吊り上げるリインの先、佇むは白スーツ姿の紳士である。反対色となる黒のマントを優雅に靡かせ、大型の鞄を持つその姿は、ジーニス先生のエセ紳士姿など消し飛ばすほどの紳士力で満ち溢れている。
ジーニス先生も本物の紳士の前では己の姿が恥ずかしいのか、山高帽を目深に被って目を逸らす。いや、得体が知れないってのは分かるがね。
「で、伯爵も掘り出し物探しですか? まさか一山幾らのお買い物って訳じゃないでしょう」
「うむ。私は漁るのではなく吟味し、鑑賞するのが趣味であるのだからな。だが偶には掘り出し物を求めてね。まあ、野良ネズミの中にドラゴンが居るわけがなかったが」
「……伯爵? ジョット君はお貴族様ともお知り合いなのですね。奴隷市場に足を運ぶような貴族と」
まーた剣をチャキチャキ言わせながら、リインは挑発するように言う。それに対し、白スーツの紳士こと伯爵は上機嫌そうにジロジロとリインを見つめた。
「ははあ。これが件の少女かね。成程、強い血が流れていそうだ。察するに出自は東の果て、極東戦闘民族の末裔か?」
「ふっふー! お友達は選んだ方が良いですよジョット君。こいつ絶対変態ですよ。奴隷と魔物を掛け合わせてキメラを生むような変態貴族です」
「伯爵はキメラに興味ありましたっけ? 飼うの難しくありませんか?」
「言外に、興味があれば作るだろうという認識があるのが失礼だが、そんな過去も興味もないよ。しかし良い線は行っているね」
「私は博物学を趣味としているのだ」と、恭しく伯爵は礼をした。その礼にチャキチャキ音が加速する。止めて欲しい。
「伝説に伝承に、歴史に現れし英雄の、血筋を探し当てるのが私の趣味である。ジョット君とは趣味仲間とでも言おうか。いやいや、若い趣味人を沼に引きずり込もうとする悪魔か」
「大悪魔でしょうね。だって伯爵、見せてくれるだけでくれねえんだもん」
「若人にいきなり高級品を与えては肥える目も肥えぬものだよ」
そう、この伯爵と名乗る紳士は、この奴隷市場で出会った謎人物である。何が謎ってそんな帝国貴族など存在しないところだ。
彼と出会ったのは数ヶ月前である。奴隷市場の雰囲気にも慣れ、しかし一向に現れぬ天才に落胆していたところ、あちらの方から話しかけてきたのだ。
上等な髪油で整えられた黒髪に、鋭利な赤き瞳。そして何よりも、完全に整えられた体内魔力の流れ。
『面白い眼を持っているね』というのが、彼の挨拶であった。
『生来の魔眼と言うよりも、後天的な発現だろうか? いずれにせよ、希少な才能と言わざるを得ない。君、家名は何と?』
『ブレイク。ジョット・ブレイクといいます。貿易商の三男です。こちらはジーニス・フルンゼ先生』
『いや俺の名前出すんじゃねえよ……つか何で普通に相手出来るんだよそんな不審者とよぉ……』
ジーニス先生がビビり散らかして縮こまっている一方で、紳士は顎先に指先を当てて唸った。
『ブレイク……その家名を小耳に挟んだことはあるが、私が興味を持つ方面ではなかったな。誰か先祖に著名な人物は?』
『三代前の曾祖父でしょうか。地方の村から旗揚げして、ブレイク商会の基礎を作ったそうですよ』
『ふうむ……であれば、突然変異的な才能というわけか。こういった場合、血は走るか走らぬか……おっと、失敬』
そこで紳士は恭しく礼をし、自らを伯爵と名乗った。彼も俺達と同じく、奴隷市場を見に来たのだという。もっとも先にも言ったとおり、掘り出し物を探しに来ただけであったが。
そして俺達が未来の計画を話すと共に、伯爵もまた自らの趣味を語った。血統の博物学と題されたそれは、非常に陰険な趣味であり、貴族的と呼ぶのすらおこがましい物だった。
『そう言う割に、君は私から逃げないのだね』
『俺が収集されない分にはどうでも良いですよ。それよか、こんな場末にそんな貴種が転がっているとは思えませんがね』
『英雄色を好むと言うものでね、ばらまかれた種が思いがけぬ所で発芽することも多いのだよ。数百年前に滅んだはずの血統が鉱山奴隷として競売に掛けられていた例など驚嘆に値する』
『その末裔はどこへ?』
『それは勿論、私の領地に。いや、断られる事も多いがね。その場合は家伝の財宝などを買い取らせて頂くよ。家系図が残っていれば何よりだ』
その領地はどこなのかって話だが、突っ込むと面倒臭そうなので聞かない事にしたのだ。無理矢理拉致しないのならまだ良心的だろうしな。
ともかく、伯爵はある意味で俺の計画の先人である。彼は奴隷や農民、町民の中から貴種の末裔を探し出し、収集することを趣味としている。俺もまた、奴隷の中から才能がある人間を探し出し、活用しようとしている。
俺達は『人を漁る』という意味では同じ事をしていたのだ。もっとも、俺の場合は商売で、伯爵の場合は趣味であるという大きな違いがあるが。
……といったことを、奴隷市場から離れ、帝都大通りに程近く、上等なカフェでリインに話した。
彼女は紅茶を不味そうに喫しながら、眼前で優雅に香りを楽しむ伯爵を睨み付けている。あのままだと剣を抜かれて出禁になりそうだったから、何とか宥めてここまで連れてきたのだ。
「いや、胡散臭さ大爆発ですよジョット君。何ですかこいつ。素ッ首を河原に晒し上げて小鳥に啄ませるのが上等な対応策ではないですか?」
「ふむ、ジョット君。私が言うのも何だが、友人を選んだ方が良いのではないかね? とてもではないが、カフェで放つ言葉ではないだろう」
「ふええ……どっちも日の当たる場所を歩いて良いような奴等じゃねえよぉ……!」
「ふええ言う三十代も表を歩いて欲しくありませんがね、先生?」
「だったらこんなお友達作る弟子にも表歩いて欲しくねえわ。尽くに巻き込まれる師匠として」
ふて腐れたように紅茶を一気飲みする先生を、リインは冷たい眼でじっと見つめた。
「……せんせぇ? お弟子を変態から守るのも師匠の務めではありませんか? 貴方の教鞭はお金儲けにのみ向けられています?」
「言うて勝手に仲良くしやがってるのはジョット君だけどな。俺だって聖十字架投げつけろって言ってやったんだぜ?」
「ああ、あれは君の提言だったのかね? ある日いきなり投げつけられて非常に驚いたのだが」
「マジで投げたんかい!」
ガチャンと空になったカップを勢い良く置いて先生は言った。いやあ、だって俺も疑ってたし。
血への異常な興味と、帝国貴族じゃないのに名乗る『伯爵』という名。老獪な雰囲気に似合わぬ若々しい顔。そして何よりも、非人間的なまでの魔力制御。
リインがにいっと笑って言った。
「……ばーんぱーいあー。この場で殺せば帝国騎士にでも取り上げられちゃいますかね、蝙蝠と蚊の王様?」
バンパイア。吸血鬼。土地によってはヴァだったりヤだったりするそれは、もっとも有名な魔族の一つである。
ここで人種の話をしよう。この世界において人間という生物の明確な定義は存在しない。何故と言うに知的生命体の種類が多すぎるからだ。
数だけは多い我ら人猿が如何に定義付けをしようとも、エルフやらドワーフやらの反発は目に見えており、結果として今日に至っても何が人間でそうで無いのかの境界線はハッキリとしていない。見知らぬ人種がひょっこり顔を出すことも歴史上には往々にしてある。
その上で魔族という人種を語るのならば、それは一つの人種と呼ぶには煩雑すぎるという特徴があるだろう。
例を挙げてみても、吸血鬼やら悪魔やら巨人やらと、その特性を見るに、一つの種族として括るのは乱暴が過ぎる。それでも彼らを魔族と呼べるのは、この大陸に唯一存在する神ではなく、魔王なる不可思議存在を信仰しているという特徴があるからだ。
で、その中でも有名な奴が吸血鬼である。何故有名かと言えば、その強力さ以上に弱点が多いからである。
十字架にニンニクに流水にと、耐性がガバガバどころかスカスカな種族であり、そのためよく講談のネタになるが、そんな弱点を抱えながらも恐れられているのが、逆説的に吸血鬼の強大さを示しているだろう。
だから俺も聖十字架を投げれば正体を現わすと思ったのだ。だって見るからに怪しすぎるし。こんなのと関わっていたら外患誘致罪で逮捕されるかもしれん。
しかし伯爵は悠々とそれを受け止め、どころか『安い品だね』とグチグチ言ってきたのだ。そのため、俺は疑いを持たぬ事にした。もっと面倒な奴かもしれないが。
「そう、私は日の下も歩けるし、聖句も唱えられるし、ニンニクも塩も食べられる。ペペロンチーノを頼んでよろしいか?」
「俺はナポリタンで。そういやナポリってどこにあるんです?」
「そりゃお前、異世界人の頭の中にだろ。往々にしてな。俺もナポリタンでよろしく」
「……馬鹿らし。私はたらこスパゲッティで」
気を抜かれたのか、リインも俺達と同じく注文した。この注文にも現れているが、この世界ではすっかり異世界文化が組み込まれてしまっている。
何せこの世界に鱈は居ないし使われているのは別の魚の卵である。それでもたらこスパゲッティと呼ばれているのだから、きっとどっかの日本人が昔に作り出したのだろう。
だから金儲けで現代知識を使えないのだ。オセロもチェスも既にあるし、どころか将棋まである。大体、俺は異世界で使えるような知識なんて碌に持ってない。ハーバー・ボッシュ法を説明できるわけがないだろ。