「あの耳長野郎マジで海に落とそうとしてきたんですけど頭おかしいんですかね」
「差別用語ですよ」
「あっちには言わないんですか聖女様」
「もう言いました」
「言ったんですか?」
顔を上げ、振り返って言えば、聖女様は涼しい顔をして「ええ」と返してくる。「劣等種と呼ばれたので」それは随分と陳腐な罵倒である。
確かに、エルフは俺達人間よりも平均的に魔力量が多く、魔術の腕も生来的に優れている。そして平均寿命は約三百歳と、そりゃ他種族を劣等種と蔑んでも良いような素晴らしい生態をしているが、そんな生物的差異を持ち出して侮蔑するのは却ってダサいだろう。たとえばあの何とか言った女の吸血鬼……は思い出すとグロいから思い出さないとして。
まあエルフの王様がいたら、そいつもひょっとしたら同じ悩みに襲われているのかもしれんね。「アイデンアイデン」と呟きながら俺は荷物を纏めていく。何せ結局、船からは降りることになったのだ。
料理人さんの治療をして三日が経った。その間のエルフ野郎の騒ぎっぷりは筆舌に尽くしがたいというか尽くしたくもないほどで、終いにはデッキ上での魔術戦である。相変わらず酔っ払っていたので簡単に倒せたが、寧ろ倒してしまったからこそ悪かった。
船員さん達が、これ幸いと俺達を神輿にし、上司の人達に反旗を翻し始めたのである。エルフ野郎の嫌われっぷりは最早語るまでもないことだが、奴を雇用した会社やら、奴との契約を遵守しようとする船長さん達にまで敵意を向けるのはいただけない。船の上で反乱されたって困るのは俺達の方である。有名な戦艦ポチョムキンの反乱にしたって結局は亡命の道を歩むことになったのだ。ただでさえ密航しているというのに、このまま亡命までしてしまったらどこに帰れば良いというのだろうか。というか反乱なんて起こしたら無事に帰れるのだろうか。
よって俺は仕方なく彼らの仲を取り持った。エルフ野郎は耳も貸さなかったが、代わりに船長さんやらと話し合いの席を設け、俺達が船から降りるという当初予定していた形で話は纏まった。やつはあからさまに馬鹿にしたように鼻を鳴らしてきたが、あんなのは無視してしまえ。エルフの全部がああであるわけではないし。
「そもそも、南方エルフが海の上にいること自体がおかしい話ですよねえ。彼ら彼女らの魔術体系は土地と密接に根ざしたものと聞きますよ。自然との調和、世界との融合を目的としているなら、風に吹かれて動く船の上なんて職場として選ぶもんですかね? 何だか怪しいなあ。犯罪でも犯して土地にいられなくなって逃げ出してきたんじゃねえのかなあいつ」
「ノアさんに彼女を無視すべきと仰ったのは貴方では?」
「でも怪しいですよあの野郎。叩けば絶対埃出てきますって。ねえ聖女様、教会の権威って叩き棒を用立ててくれませんかね」
「それで叩かれて埃が出るのは貴方達も同じでしょう。私だって埃もないのに叩かれる側なのですから」
「まあ確かに聖女様の服は埃出そうなほど分厚いですが。暑くありません?」
「特には」
そう言って聖女様は部屋の隅、散乱した彫刻を見て「何ですかこれ」と言った。ああそういや忘れてた。
「こちとら杖しか持たぬ身ですから少しでも路銀を稼ごうと思いまして。土魔術で民芸品でも作って船内で売り捌こうと思ったんですが、どうにも上手く行きませんでしたね。不出来なものでしょう」
「なんだかぬぼっとした、その、丸まった猫ですかね?」
「魚を咥えた熊です」
「はあ」
まあ傍目には猫どころか土塊にしか見えない。毛皮を表現しようとした割に手足も顔も不出来だからよく分からないものになっているのだ。こんなものは重いだけで何の利益も生まないし、そして何より、これから赴く南方大陸ではそこら中に民芸品が売ってあるのだ。本場を目の前にして偽物をわざわざ買うものはいないだろう。安易な発想だった。
こんな風に、当初は長い航海を予定していたものだから部屋には物が散乱している。元々倉庫として使っていた場所を貸して貰ったものだから、どれが自分のものでそうじゃないのかがいまいち分かっていなかった。
そんな俺達を見かねて聖女様が手伝いに来てくれたのだが、彼女の方は元々手持ちもなく、部屋は綺麗に片付けてあったので整理に時間は掛からなかったそうである。
「というかノア遅いな。タコ売り用に使った籠を返してくるだけなのに」
「確かに、少し遅いですね」
「あと宣伝用の旗と物干し竿と歯ブラシコップに盥その他諸々の生活用品を返してくるだけなのに」
「借りすぎじゃないですか」
それを加味しても遅いのである。まさかノアに限ってサボっているわけでもあるまいし。と思ったが最近の図太さを思えば普通にサボりそうである。これは成長か否か。
しかしドタバタと足音が聞こえたと思ったらバァンと扉が開かれた。「ジョットさん大変ですよ!」と目を輝かせてノアが言う。
「どうしたノア。なんだその手に持っている土産物の山は」
「見たことのあるお客さん達にですね、これから降りますって言ったら餞別にとくれたんです! いやあ持つべきものはお得意様ですね!」
「南方土産を南方で持ち歩いてどうするってんだよ」
その腕一杯に抱えられているのは木彫りの人形やお面にお守りなど、俺が作って売ろうとした、南方大陸のそこかしこで作られているような民芸品であった。そこかしこで作られすぎてウルド帝国の港でも売られているような品である。出所はそこだろう。出発前に気分高まって買っちゃう奴である。
いやまあ、ここで降りるって事は北に帰ると思われて土産をくれたんだろうが。しかし、土産物買って行ってきたと嘯く見栄っ張り野郎じゃあるまいし、こんなものを貰っても困るだけだった。
「『私達もそういう時期あったわねえ』と老夫婦に言われもしたが、こちとら貧乏学生の貧乏旅行じゃないんだぞ。いや貧乏は貧乏だけど! 行って帰るだけのとんぼ返りは旅行なんかじゃない! それで得られるのは鬱憤と疲労とマイルだけだ!」
「怒りの先がずれてませんかね」
どうしろというのだこんなの。土産物は観光客に売るから土産物なのであって、土地の人にしてみれば日用品か商品である。つまり在庫は潤沢で、新規が入り込む余地は無い。
「あ、それとですね。料理人さんからお礼としてタコの干物を貰いました。あと船員さん達から缶詰を貰っちゃいました! これで生活には困らないんじゃないですか?」
「食糧を貰ったのなら土産なんて要らなかったんじゃねえのかな……」
「でも、ジョットさんが私の立場だったら絶対貰っていますよね」
「それはまあそう」
だが困ったは困った。セールスマンは靴を履かない村で靴が売れると思ったそうだが、この場合は靴の製造元の軒先でサンダルを売るようなものだろう。
仕方なく風呂敷に包んで背負ったが、全く捌ける気がしない。どうすんのこれ。
南方における宗教的態度は原始的である。それは未開という意味ではない。寧ろ、当地の生活や思想と深く結びついているという意味では非常に高度に洗練されていると言うべきだろう。
というのも、南方にて暮らす人々は、神を身近なものと捉えているためである。
その態度は当地にて盛んに作られる人形や仮面など、種々の祭祀の道具に特徴的である。彼らは手作りの木製品に神を見出し、時には仮面を被り、自ずから神の如き振る舞いをして神と接しようとする。
この地において、神とは教会などの限られた場所にのみ威光を発する存在ではなく、生活の中に身近に存在するのだ。彼らは神をごく当然にそこにあるものと考え、世界との調和の中に信仰を持っている。
故に、南方において神とは遊ぶものだと伝えられている。帝国や西方諸王国に見られる偉大な神ではなく、人と遊んで交流するもの。自然の中に存在し、感情豊かな振る舞いを見せるものなのだ。仮面を被り、神と接しようとする振る舞いも、その様な人格から生み出される遊びの一つである。
しかし、これは教会総本山の、殊更に儀式を装飾しようという態度からは受け入れがたい文化だろう。彼らは貴族の特権を誇張するように教会の特権を誇張する。ましてや、南方における信仰を非文明的であると蔑みさえする。
だが、そもそも文明の発展に宗教は追い付くべきだろうか。文明的な宗教という言葉は、果たして存在するべきだろうか? 寧ろ、西方のように信仰がイデオロギーのために利用されるのであれば、宗教が文明に迎合することは注意深く見つめなければならないだろう。
それでも自然を征服し、自然を破壊するのは文明の宿痾である。ましてこの世には人を脅かす魔物が街道にも跋扈するならば、自然は第一の敵として人間の前に聳え立つ。南方以外の土地では世界への征服を合理化せざるを得なかった、と考えれば、教会総本山の擁護も可能になるだろう。
だが、だからこそ、この地にて豊かに育まれた自然信仰は、人々の眼に原始的な調和、あるべき世界の姿を想起させるのだ。それは遥か古代。女神がこの世界に降臨し、その振る舞いを以て人々を導き、全てを祝福した神話の光景である。
神と人はかつて同じ場所に存在し、同じものを食し、同じ場所を歩いた。
見上げるべき素晴らしきものは、かつては同じように世界を眺めていたのだ。
「【──そして、そんな素晴らしい文化を象徴する祭祀の道具が、何とこの場限り! 一つたったの銀貨一枚で手に入るという! 素晴らしい幸運に直面しているわけですよ皆様は!】」
「【おお】」
「【家にあるから! そんな風に思っていませんか? いいや思って下さって結構! しかし今の話に感銘していただけたのならば、これらの品々には新たな神様が宿っていることでしょう。貴方が感銘を受けた、この地の文化と伝統を連綿と受け継いだ神様がね】」
「【おお】」
「【古くからの神様を大切にすることも大事ですが、これは機会ですよ! 私は機会を売ろうというんです! 貴方が今まで以上に神様を大切に思う機会を! これらをどうぞお家の神様の隣に置いてあげて下さい! そしてどうかこれまで以上にお家の神様を思って下さい! そんな機会がさあ、今ここに! たったの銀貨一枚で!】」
「【おお、買った!】」
港付近に集まった人々は、広げた風呂敷に我先に群がってくる。ノアは「順番にですよ!」と言って次々と土産物を渡していく。
「【ああ押さないで! 落ち着いて! ああお婆ちゃん三つも持ってっちゃ駄目ですよ人多いんだから! お兄さんも抱えてから選ぼうとしない!】」
「【はいどうぞ! はいどうぞ! はいどうぞ!】」
「【さあこの場限り! この場限りの機会ですよ! さあ買った! はいありがとう!】」
「【はいどうぞ! はいありがとうです! はいどうぞ!】」
「【皆さん神様を大切にー!】」
数分後、俺達はすっかり物がなくなった風呂敷を畳んで、代わりに銀貨を数えていた。「いやー、流石ですね!」と嬉しそうに顔をほころばせてノアが言う。
「要らない物を口八丁で売り捌けるなんて、ジョットさんは詐欺師になれますね!」
「なれるからってなりたくなどないわそんなの」
そう言って、俺はぐるりと辺りを見渡した。
ここは南方大陸北東部にある港町であり、俺達が船から降ろされた場所である。客船が寄港するような港町ではあるが、それはあくまで物資を補給するためのもので、観光地としてはまるで整備されていない。外国資本の投下は近代的な港を作りはしたが、そこを少しでも離れれば道も舗装されていない田舎町だ。
土埃は往来の中に濛々とあり、木と石を組み合わせた家屋の連なりは野趣溢れる景観を見せている。そして灌漑設備が整ってないものだから、港に注ぎ込む川は土色だった。まあ、この世界の田舎なんて大抵こうである。
「とにかく、捌くものは捌けた。これで荷物は軽くなり、船長さんから貰った慰謝料も合わせ、懐も暖まったというわけだ」
「いやあ、ジョットさんがここの言葉を使えて本当に良かったですねえ」
「使えるから来たんだよ」
俺達が交わすのは先程まで使っていた南方語ではなくウルド語である。南に行けば当然言語が違うので、観光ガイドも碌にいないこの世界だ、少しくらいは使えないと旅行するのは難しいだろう。
まあ俺は実家の生業からして南に縁があるので使えるが、ノアの場合は全く使えない。なのでとりあえず【どうぞ】と【ありがとう】だけ教えたのだが、ちゃんと使えたようで何よりである。
「しかし、詐欺師とは言ってくれるものだな。騙しちゃいないんだから詐欺ではないだろ。俺が売ったのは言った通りに機会だけだ」
「でも、神様が宿っているってのは嘘じゃないですか? あれらはただの土産物でしょう」
「嘘じゃないさ。何せ万物に神が宿ってるんだ。虫にも木にも神様が居るんなら、工場で作られた土産物にだって神様は居るだろう」
つまり、どう見えるかだ。ノアの言葉はそうとも言えるし、そうでもないとも言える。
「うーん、セールストークの説明をしてくれたときにも思いましたが、そこら辺はどうにも分かりませんね……」
「まあ俺としても不思議ではある」
俺は銀貨を袋に入れながら言った。それは自然信仰、アニミズム的側面を持つ宗教形態そのものにではない。
彼らはどのようにして、唯一の神を戴きながら、アニミズム的信仰を可能にしているのかということだ。
「感覚としては、どうしても多神教だと思うんだがな。こういう宗教形態の場合は。神イコールで世界というのなら汎神論というものがあったはずだが、しかし、それは確か神に人格を認めていないんじゃなかったか?」
「私はリインさんが言っていた『一切衆生悉有仏性』という言葉を思い出しましたよ。同じではないですか?」
「仏教もアニミズムも、そこに見出されるのは個別のものだ。あらゆるもののには悉く仏性があるが、その仏性自体は個別のものなんだ。しかしこの場合、自然の中に見出される神性は女神という単一の存在だよ」
いや、仏性というものを可能性や力、つまり女神的に言うならば祝福と考えれば、それが遍く存在するというところに共通点を見出せるだろうか? しかし、女神の祝福は即ち女神に至るといったものではないだろう。仏性という言葉もまた、単に祝福と呼ぶには難しいところがある。
まあ、そもそも神が実在すると全ての人に確信されているのだから、異世界とこの世界では前提からして違うのだが。
そんな風にとりとめなく考えていると、ふらりと白い布が見えた。
「それは、前提が違うのではないでしょうか。ブレイクさん」
「あら聖女様」
船を降りてからこちとら商売に没頭していたので姿を見なかったが、何時もながら何時の間にか話を聞いていたようで、彼女は開口一番にそう言った。
「アニミズムとは、その名の通りにアニマ──霊魂を万物に見出す信仰ですが、その思考をイコールで今に繋げようとするのは前提が間違っているのではないかと、私は思うのですよ」
「前提ですか。聖女様はどうお考えで?」
「当地の信仰形態は、非常に古くからのものなのです。それこそ、女神降臨以前からのものではないかと言われるほどに」
「ああ」
変形したのか。俺は得心いって頷いた。
「女神の降臨以前から人はあり、その地にて生業を営んでいました。そこには当然、信仰があったはずです。それがこの地ではアニミズム、自然の内に神性を見出すものだったのであれば、女神の降臨によって、形式を維持しながらも信仰の対象が挿げ替えられた──と、考えられるわけです」
「今の信仰は、最初からそうあったのではなく、段階を経て変化したものだと」
「何せ、神は実在したのですから。素晴らしきものが現実として目の前にある以上、そちらに向かうのは当然のことでしょう」
露店が並ぶ通りの隅、地面に腰を下ろした俺達の隣に座って彼女は言う。
「人形や仮面といった祭祀の道具も、本来は女神に対して用いられたものではなかったのでしょう。しかし、唯一なる存在を戴くに至って、それらは全て女神を意味するように変化した。古くは巨木や巨岩に見出された神性もまた女神を意味するようになり、その結果、アニミズム的側面を残した唯一神信仰が成立した──」
「はあ。それは、何というか」
「何と言いますか?」
聖女様は俺を見つめた。色の薄い、感情の薄い瞳。
やや躊躇しながらも俺は言った。
「まあ、何というか。随分暴力的な話だと思いましてね」
「暴力的、ですか?」
ノアが不思議そうに言う。聖女様は話を促すように俺を見つめている。
「何せ聖女様の話が確かだとするのなら、元はこの地に確かな信仰があったって事なんでしょう? そいつをそっくり挿げ替えるってのは暴力的じゃないかと思うわけです」
「古戦場跡地などもありませんし、神権の譲渡は平和的に行われたと思いますがね」
「ああ、そうじゃなく。女神様が暴力的な振る舞いをしたんじゃなくて、何というかですね。存在そのものが暴力的と言いますか」
「ほう」
「ジョットさん」とノアが気まずそうに背中を突いてくる。自分でもまずいとは思うが、これはずっと思っていたことなのだ。ちょっと詳しい人に聞いてみたい。
「神様が実在するというのは暴力的じゃないですかね。だってそれは力ですよ。眼に見えて存在する力なんです。天啓をくれて天罰を下す、実に現世的な存在なんです」
大前提として、この世界には神が実在する。だが、実在するからこそ、その信仰は現世利益的なものになりかねないのではないか。
「最も強い存在が神であるからこそ、そこから利益を引き出そうとして信仰する。神ではなく、神という力に服従している。聖女様が言った信仰の変形も、実在する神という暴力に屈服しただけだと考えられませんか。だとしたらそれは、見ようによっては貴族と農民の関係と同じじゃないですか。力があるから、仕方なく信仰という税を納めるという……」
「違いますね」
「違いますか」
「何故ならば、神は稲穂を刈り取る鎌を持たないからです。徴税人は門戸を叩いて細かく稲穂を数えますが、神はその豊かな穀物庫を万民に開き、与え、決して取り返そうとはしません。神の恩寵という名の稲穂は無期限に、無制限に、万民へ与えられるものなのですよ」
「しかし、恩寵が現世的な力を持つならば、信仰だって現世的な力を持つでしょう。信仰と恩寵との関係は、王朝への朝貢のような、見返りを求めての行為だとは思えませんか。教会の信仰は信仰ではなく、いっそ貿易だとは言えませんか」
「言えません。そもそも、神の実在を前提に置くのならば、信仰もまた実在を前提になるのだと貴方は分かっていない。我らが見るのは力のみではなく、力をも含んだ神の姿です。寧ろ、力のみを取り出すことの方が難しいでしょう」
「……その構造そのものが暴力的だとは思いませんかね」
「穿った見方です。というよりも──」
そこで聖女様は眼を細めた。深く見定めるように俺を見つめる。
「貴方はどうして、神の実在が、まるで不自然なもののように語るのですか?」
あっ、墓穴を掘った。
「構造を語るのならば、最も不自然なのは貴方の視点でしょう。貴方の視点は構造を語れる位置にある。それは世界の外側です。信仰どころの話ではなく、貴方の眼は遠い所から向けられている」
「ああ、まあ、そりゃあ……」
「ジョットさんは転生者なんですよ! ね!」
「あっ、ちょっ」
ノアが無邪気に言った。ノアは転生者を何か凄いっぽいとしか思ってないのである。
しかし聖女様の眼はますます細められた。そうなのだ。転生者の存在は現在の魔術では説明できない、教会の人間からしてみればまさしく神の奇跡そのものである。そこら辺を深掘りされると面倒なことにしかならないだろうと思って黙っていた。
だが、彼女は納得したように「そうですか」とだけ言って、語気強く続けた。
「ならば、一つだけ言いたいことがあります。ブレイクさん」
「な、何でしょうか?」
「貴方の態度は、外から見たものに過ぎません。異世界の文化とこの世界の文化は、どちらが優れているというものではないのです。一方の価値観だけを持ち込んで、もう一方を論うことは、慎んだ方が良いでしょう」
「まあ、はい……」
そりゃあそうだ。たとえば、キリスト教の視点でアニミズムを非文明的と言うのは馬鹿げた事だろう。それと同じ事をしちゃあ注意されただけ御の字である。
というか、これが行き過ぎてしまったら、それこそエルフ野郎や女吸血鬼の何某と同じく、転生者であることだけがアイデンティティーになってしまうこともあるだろう。事あるごとに転生者であることを持ち出して自分の世界では云々と喋り散らかすのはあまりしたくない。まあ無意識にはそうしてしまうんだろうが。
「ただ」と聖女様は擁護するように言った。
「貴方が言うように、力のみを目的として神へ祈るものが居るのも事実です。それは先にも言ったように光への志向及び聖人の安売りなど、私もまた憂慮している事です。ですので、貴方が抱いた疑問は、その鋭い観察眼から得られた物だと言えましょう。しかし決定的に貴方自身への視点が欠けています。貴方はこの世界に生きていますが、どこか離れた眼で世界を見つめている。そういった態度は転生者の宿痾とも呼べましょうが、しかし時には価値観の違いから軋轢を引き起こすこともありますので、どうかご注意を」
「ぐ、ぐうの音も出ませんね。思ってたこと全部言われた……」
「……とまあ、こんな風に」
ふと聖女様は頭を下げた。
「申し訳ありませんね。どうにも私は、言いたいことを言ってしまう。気分を害されたでしょう」
「い、いやいや。何てことはありませんよ。図星です。見事なものです」
「図星を突くから悪いのですよ。私の役目とは図星を突くことでも論破をする事でもないのですから」
「はあ」
そうなのだろうか。聖女様はいそいそと立ち上がって再び頭を下げた。
「それでは、私はこれで。短い付き合いではありましたが、非常に有意義な会話が出来ました。しかし、私は急ぎ向かわなければなりません」
「目的地はここから近いんですか?」
「不幸中の幸いにも。ここから徒歩で十日といった具合でしょうか。港から離れた山間部にありましてね」
「では」と言って聖女様は背を向けた。楚々としてありながら堂々たる振る舞いである。全く見習いたいものだった。
だが、ふと気が付いた。
「……あの、聖女様。そっちに駅馬車はありませんけど?」
「え? はあ。そうですが」
「……まさか、歩いて行くつもりですか?」
「そうですが」
「あの、お金もあるでしょうし、缶詰とかも餞別で貰っていたのでは……それを交換するとかも……」
「ああ、それは」
聖女様は、至極当然のように言った。
「当地の人々が私の姿を見、何か恵んで欲しいと言ったので、全てあげてしまいました。なのでこの服以外に何もありません」
……やっぱり見習いたくないなあと思った。