ナポリタンをフォークでくるくる巻きながら、小さく口に運んでいく。子供の口では一口に運べる量も限られているため、自然とお上品な食い方になってしまう。
「ところで、ここの金は誰が払うんです? 結構な値段しますよこの店は」
「食事中に金銭の話とは感心しませんよジョット君! 食事は食事、生命を頂くのですから厳かにしなくては。あと、私は私の分しか払いませんよ」
「ケチくせぇなぁ銀等級の冒険者様の癖してよぉ……。てか、え? マジ? 一人頭で銀貨行くわけ? この店マジか?」
「私が払うから、そう信じがたいようにメニューを見つめないでくれ給えよ、ミスタ・フルンゼ」
嫌そうな顔をして伯爵は紅茶を喫する。彼はもう食べ終わったらしく、悠々とカップを傾けている。「あざーす!」と先生が元気よく頭を下げたのには眉根を潜めたが。
まあ確かに高級ではある。ちょっと飯食っただけで日本円にして一万超えるとかどうなってんだと言いたいが、しかし場末のコーヒーハウスとは違い、レストランの流れを汲むような上等のカフェでは致し方ないのだろうか。先生を嫌そうに見つめている店員さんだって上等な身なりをしているしね。
「タダ飯を奢ってくれるのであれば、私も素直にありがとうと言ってあげましょう。貴重なありがとうですよ? ありがとうと言いなさい」
「サンキューです伯爵。その調子で収集品も譲ってくれるとありがたいんですがね」
「もうジョット君はすぐにそんなことを言う! 周囲が駄目人間で溢れているのが良くないのでしょうか。怠惰の誘惑に負けぬ心を持って欲しいものですがね」
やれやれと大袈裟に肩を竦めて、リインは再びスパゲッティをくるくる巻く。塊となったそれを一口に放り込んだ。気持ちの良い食べっぷりである。
しかし、勝手に期待されているところ悪いが、そもそも楽をするために始めた計画なのだ。根本からして俺を見誤っているのが彼女であろう。
だが、伯爵もまたリインに同意するように「確かに、ジョット君には苦難の道を行って欲しいものだな」と言った。おい。
「英雄とは苦境の末に生まれるもの。折角、類い稀なる才能があるのだから、それが輝くところを見てみたい、というのが趣味人としての感想だがね」
「苦境はこれからする予定ですよ。これから六年間の学校生活という拷問を受けなきゃならないんです。餞別の一つでも寄越しちゃくれません?」
「ジョット君は気が早いですね? 受験もまだ一年後なのに、もう受かった気で居るとは! お受験勉強は順調なようですね、せんせぇ?」
リインが皮肉たっぷりに言うと、「ん? ああ」と先生は鷹揚に返した。少し意外そうでもあった。
「いや、見ていて分から……ねえか。アンタは勉学を解さなそうだからな。帝国文字分かる? 東方騎馬民族語じゃなきゃダメか? ニャンニャンニャン?」
「それは単なる猫の鳴き真似でしょうが薄らハゲ。大体、私のルーツなどどうでも良いのです。貴方が怪しげな育毛剤を購入していることと同じくらいに」
「な、なんで知ってるの?」
「ぎゃは。本当に購入しているんですか? 鎌掛けただけなんですが!」
「せ、先生……哀れな……」
魔術師のくせに、未だ開発されていない育毛剤という夢に縋っている三十代を可哀想に思いながら、しかし最近帽子を脱がなくなったのはそういうことかと独り合点する。ハゲてないという言い訳も飛び出さなくなっていたからな最近は……。
「いや、貴方の頭髪事情はどうでも良いんですよ。それよりジョット君です。ひょっとして、帝国学院という物はそんなに楽に入れる物で?」
「な訳がねえって言うかどうでも良くもねえが!? ……まあ、才能だよ。今の時点でもぶっ千切りの成績で入れるだろうな」
「はあ……そんなに。傍目にはお金儲けに心血を注いでいるようにしか見えませんが」
そう言ってリインはジロジロと俺を見つめる。「ユア・ソウ・キュート!」気持ちの悪い発言が飛び出した所で、伯爵が口を挟んできた。
「私としてはまだ入学していなかったのかと驚いたがね。いや十一歳は入学資格を満たしていないが、飛び級なり何なりで入っている物かと」
「なんで苦労する時間を自分で早めなきゃいけないんですか!」
「成程、これと来た。英雄の性根ではないが、優れた研究者の気質ではあるだろうね。楽をするために発明を生み出すのだ」
「その研究資金を出資して下さるおつもりは?」
「楽をするために頑張る者に、楽をさせてしまっては意味がないだろう。精々そこな師匠のために、毛生え薬でも開発してやり給え」
つれない人である。俺の才能を評価してくれるのなら、それこそパトロンにでもなってくれれば良いのに。
そして先生は本気で期待した目でこちらを見つめないで欲しい。そんなに毛根の衰退は激しいのか。
「今からでも共同研究って事にしない? 取り分は八対二で良いからさ、人体実験は俺で済ませるとして!」
「ちゃっかり特許権も持っていこうとしないで下さいよ先生」
「良いじゃねえかよ。俺の師匠だって出来なかった大発明だぜ? 成功すれば巨万の富間違いなし!」
「先生の先生もハゲだったんですか? だったら魔術の教導によって遺伝が……」
「師匠はハゲだが、俺はハゲじゃない。というかそうなるとジョット君もハゲることになるが?」
「おっと、この理論には穴が多すぎたようですね!」
そう言って魔術の教授による体質遺伝理論を闇に放り投げていく。しかし、先生の先生の話はたまに聞くが、結構偉大な人だったりするのだろうか。ハゲだけど。
その内に、リインが溜息を吐いて言った。
「皮算用が過ぎますね。師匠がこれでは弟子もこうなりますよ」
「俺はこうなりませんよ!」
「こうなるかも知れねえぞ? 今から海藻でも食っとけ!」
「食感が苦手なので嫌です」
「……しかしそうなると、あと一年ですか。ジョット君を私の覇道に引き込むまでの時間は」
「えっちょっ何それ怖い聞いてない」
さらっととんでもないことを言ったリインに目を向けると、「言ってませんでした?」とか言いやがった。何だこいつは。
「ほら、私ってもうすぐで金等級になるじゃないですか。そうなるとそろそろ相棒役が欲しくなってきましてね、ジョット君には私の覇道の支え役となって欲しいのですよ」
「金等級ってのも聞いてないですが、覇道ってなんですかそれ」
「そりゃあ国家征服ですよ。いや、世界征服? 傭兵団を率いてですね、国を手に入れるのです!」
「ジョット君さぁ……こいつマジ……」
ジーニス先生がドン引きしたようにリインを見、呟いたが、俺だってドン引きしているので安心して欲しい。いや安心できないが。
と、そこで伯爵が納得いったようにぱち、と手を叩いた。
「ハインフィリアの一団か。帝国東方を中心に活動する傭兵集団の中でも群を抜いた傑物。馬と共に生まれ育つ生粋の騎馬民族。君はそこの生まれかね?」
「身体的情報だけでそこまで推察できるとは控えめに言ってドン引きですが、正解です。英雄犇めく紛争地帯に生まれ育ったのが私ですよ」
「やっぱ蛮族のお姫様じゃねえか」
「先生、失礼ですよ。東方騎馬蛮族のお姫様と呼ぶべきです」
「ぎゃは。どちらも失礼ですよ首飛ばしますよ」
と言っても、そこで出てくるのが首なのが蛮族っぷりを現わしているようにしか思えないのだが。
帝国の東方は乱立する諸国との境界線である。更なる東に位置する大国との間に挟まるその一帯は、絶えず領土を巡った紛争が発生している。
と言うのも、乱立する諸国の中には必ず英雄的存在がおり、個人が戦術も戦略も吹っ飛ばしてしまうことがままあるため、中々決着も停戦も出来ずにいるからだ。二大国が戦争を煽っているような気もするが。
で、その戦争の中では、使われるだけだった傭兵団が逆に国を支配することもあるわけで、それはもう修羅道そのままを行く光景が広がっているらしい。
ということを両親と兄が話していた。家は武器商人ではなく、南方との交易を主幹事業とする貿易商人だが、東方世界の趨勢は色々と影響が大きいらしく、その事情を知ることは商人にとって必須事項らしい。俺には関係ないな。
「まあとにかく! ジョット君には一緒に国を興して貰う予定があるのです。故にだらけて貰っては困りますよ?」
「勝手に人の将来を決めて貰うのも困りますよ!」
「ゲヒャヒャ。良いじゃねえか一国の王様とか憧れちゃうぜ」
「そうなると先生には宮廷魔術師として過労死して頂くことになりますね」
「最悪なワードを一文に二つも込めてくるんじゃねえよ!」
「いやジョット君、そこのハゲは呼んでませんよ」「俺だって呼ばれたくねえよ!?」と、そろそろ全員食べ終わって紅茶を喫し始めたところで「ふうむ」と伯爵が考え倦ねたように呟いた。
「確かに苦境は苦境だが、私が望むものとは些か異なるね。ジョット君は魔王討伐には興味はないのかな?」
「おお? 自殺願望ですか推定吸血鬼さん? 貴方達の王を殺す算段をジョット君に押し付けるとはどういう意味合いで?」
「私の懐中時計は銀製だし、寝室には棺桶ではなく上等なベッドが置いてある。ともかく、英雄とは魔を殺すものだろう。魔を殺し、人を救うからこその英雄譚だ」
「そいつは伯爵の趣味ってだけじゃないですかね」
「そうとも言える」
言えちゃうのかよ。と思ったが、彼は割合本気で話しているようだった。
「君が望むのであれば……そうだな。学院入学の祝福として、一人、英雄の血筋を紹介してやっても良いだろう。確かな者だ。逃げ出すことはない」
「おお!? 凄いですよ先生、やっぱ世の中コネですね! 問題が解決しそうですよこれ!」
「いやどう考えても厄介事だろお前……安易に頷くんじゃねえよお前……」
先生は乗り気である俺にドン引きしているようだが、しかしくれると言うなら貰った方が良いのが人生である。
タダより高い買い物はないと言うが、俺はそうは思わん。タダはタダなのだ。高いも糞もあるか。
「そうですよジョット君! 私との覇道はどうなると言うんですか! いやそうでなくても怪しすぎますからねこの男!」
「えーどうとでもなるでしょ。これで金稼げて万々歳ですよ。薔薇色の未来ですよこれで! それに俺って権力者には全力で媚びる質なんで」
「ぺっ、この世の中舐め郎が! 何時かその生き方を後悔しますからね!」
「ふむ、私も君の世の中舐めっぷりにちょっと心配だ。精々苦労してくれると良いが」
「舐めて生きられない世の中なら、そこは俺が生きる世界じゃないって事ですよ!」
「言い切りやがったよこいつ……まだ十一歳のくせに……」
そんな風に、そのまま『誰が俺をこんな風にしたのか』という責任論の話が始まり、当然の流れとしてジーニス先生がやり玉に挙げられた。
「いや性根の問題だろ。生まれながらのものだろこれ。こいつ多分転生者だぜ。ガキの頭してねえもん」
「転生者にしては性根が怠け者すぎません? こんなのが転生者だったら数々の英雄に失礼ですよ」
「転生者だとしても、その性根と才能は当人のものだろうがね。救いようのない怠け者だということだ」
散々口さがなく言ってくれるものである。しかし俺は、自分が転生者であるか、という問いには『ノー』で通すと決めている。この世界に三六協定という悪魔が存在する以上な……!