「【あ、なに。話がまとまった感じ?】」
「【おばけが出たと言ったでしょう。聖女様がそれを祓ってくれるらしいんですよ】
意気揚々と進みだした俺達にステイドウェルドが聞いてきた。「【え、本当に出たの?】」と、それを示唆してきたのは彼女だろうに目を丸くして言ってくる。
「【なんですか。出るって言ったのは貴方でしょう。他の人達も雰囲気を察して案内してくれているじゃないですか。つまり出ること確実だったじゃないですか。なんだって俺をあんなところに押し込めたんですか】」
「【いやー、私は半信半疑だったし? それに、ここに人を置いておく所ってあそこしかないし、仕方ないじゃない】」
「【そりゃまあそうですが。しかし、実際、どうなんですか?】」
「【どうって?】」
「【精霊というのがここにはあるらしいじゃないですか。おばけというか、地下牢に出る何かって、貴方達でも分からないものなんですか?】」
西から来た人達は、俺と聖女様ほどには南方語を解していないようで、突然の状況に困惑している様子だったが、あのニノウミという人が何やら説明をしていた。彼はまた、慣れていなさそうに苦笑を交えて話していたが、聞く側の態度は良くなかった。
半信半疑どころではない。あからさまに馬鹿にしたような顔をこちらに向けて来た。それは幼稚さを笑うものではなく、未開さを笑うもののように感じた。何せその顔は俺たち以上に、エルフさん方に向けられていたのだから。
「【精霊というのは、信仰でしょう。ここでは女神の恩寵も様々な場所に見出されていると聞きます。それと関係したものですか?】」
南方では万物に神性が宿っていると聞く。それは、俺が船で押し付けられたがらく……神が宿る祭祀の道具を、現地の人々に売り切れたことからしても事実だろう。
しかし、その神性が女神の恩寵として受け止められているのではなく、精霊という個別の名称を与えられているのなら、俺は聖女様の話を思い出さずにはいられない。
つまり、信仰が挿げ替えられたという話。女神降臨以前にこの地にあった信仰は、俺が思っていたよりも強く、未だに息づいているのではないか。
「【まあ、確かに。だから私達はあの人達が嫌いなわけ。その違いを未開と見下してくるからね】」
中庭に面した外廊下を歩きながら、とうに見えなくなった彼らを指して彼女は言った。俺達の話を傍で聞いていたエルフさん達も、同意するように頷いてくる。
「【でも、精霊とは何か。それは確かに信仰だけれど、私にだって一口には説明できないよ。だって説明する必要がなかったし、寧ろ、説明があったら、邪魔になるし】」
「【邪魔ですか】」
「【どうして邪魔だと思う? 何の邪魔だと思う?】」
「【修行の邪魔でしょう。貴方達は理論ではなく感覚で世界と繋がる。魔力の流れを体外に循環させることが目的なら、つまり脳ではなく身体で目的を達成しようとするのなら、先入観と四角四面的な定義は邪魔でしかない】」
「【流石、魔眼くん】」
彼女は感心したように頷いた。それでも俺としては、教材や綱領があった方が捗るのではないかと思ってしまうが、そこは信仰にも繋がるだろうし言わないでおく。
彼女達のそれは、きっと生き方や生活そのものであって、勉強でも研究でもない。
「【まあ、魔眼ではないんですけれど】」
「【でも見たんでしょう? 見れる人は少ないらしいよ、あれ】」
「【……話を戻しますが、それで結局、ここに出るものは精霊ではないんですかね?】」
「【怖がらせるようだけど、そうなんだよねえ】」
丁度、件の地下牢まで辿り着いたところだった。
扉は開け放たれているが、相変わらず暗闇ばかりが目に入る。改めてみれば、暗闇以上に物寂しく、陰気な場所だった。
「【それが力なら分かるはず。感覚でね。肌の心地というか。でも、見たって人は、皆分からないって言っている。だからおばけね。死人が出たかどうかは定かじゃないけれど】」
「【年数を思えば一人くらいいそうなもんですが】」
「【失礼だね。でも、結構長くいるけれど、私も知らないよ。そもそも、何時建てられたのか、とか。何のために建てられたのか、とか】」
聖女様は暗闇の中へ躊躇なく進んでいき、地下へ降り立つと、指先に光を灯して辺りを見渡した。
「なにもないですね」
「なにもないところから現れたんですから」
「それもそうですか。では」
聖女様は目を閉じると、その場に正座して息を整えた。傍目から見れば魔術行使における儀式的手順にも見えるが、"眼"で見れば、彼女の内側には何も変化がない。
それでもノアに加え、エルフさん方までも固唾を飲んで見守るのは、彼女自身に聖性を、この地にもそう呼べるものを見出さざるを得ないからだろうか。
「【人気あるよね。少しの時間だけで信頼されてる】」
「【南方語が話せる人が少ないから……と言うには、俺が信頼されていないのはおかしいですが】」
「【何の話? 言語なんて大した問題じゃないよ。人柄というか、力量、程度の差、格? 君は分からないのかな。魔眼持ちなのに】」
「【魔眼じゃありませんって】」
「【まあ、肌の心地の話だよ。感覚で……というか、何というか? さっきからそうだけど、分からない人に話すとなると、やっぱり曖昧になっちゃうね。もっとも、捉えようのないものを、少しずつでも何とか捉えようとするのが君達で、捉えないまま自らをその領域に移そうとするのが私達なんだから、話が通じないのは当然だけれど】」
ステイドの話は、彼女の言う通りによく分からないが、それでも一応の説明にはなっていると思った。
エルフさん方は、聖女様の行為を見守りながら、どこか打ち震えるようにしている。あれは感嘆と敬服の顔だろう。俺には"眼"を通しても分からないものが、彼女達には肌を通して分かっているということか。
「【その点を言えば、あの、ノアちゃんって言ったね】」
「【はい】」
「【彼女はちょっと、近いんじゃないかな】」
「【近い?】」
ノアは聖女様の傍にいて、興味深そうにその瞑想を見つめている。ステイドは目を細め、「【或いは、深い、高い】」と言った。
どういうことだろう。聞こうとしたその時、急いてこちらに来る足音が聞こえた。
振り返る間もなく轟音が響いた。それは扉に剣を叩き付けた音だった。振り返れば、あの気難しそうなエルフ、リリードが激怒の表情で俺達を見下ろしている。
「【私の落ち度でもある】」と、まず彼女は言った。到底そう思ってはいなさそうだったが。
「【この騒動に気が付けなかったこと。そこの少年に関する処遇をその場で詳細に決めなかったこと。そして何よりも、お前達の変心に気が付けなかったことだ】」
「【変心って。私達は何も、ねえ】」
「【黙れステイドウェルド。罪人はこの場に余りある。それは規則のみならず心の罪だ。それを煽ったのはお前か外の!】」
言って彼女は剣の切っ先を聖女様に向けた。そしてエルフさん方は俺に目を向けた。いやまあ最初に騒ぎ出したのは俺だけれども。
しかし、聖女様は何も言わなかった。瞳を閉じて、深く沈んでいるようである。
「【先んじて首を垂れるか? 良い心がけだな】」
リリードは挑発するように言って、わざと剣を揺らしながら近付いてくる。俺は咄嗟に前に出た。
「【心を言うのなら、彼女の心は立派ですよ。少なくとも、彼女は騒動を起こすためではなく、騒動を収めようとしているのです。俺が経緯を話しましょう】」
「【なんだ。お前、またお前か。どうして牢の外にいるんだ。そもそも、お前が走り回っているという話を聞いて私は来たんだ】」
「【そうですその通り。それはどうしてか。おばけが出たのです】」
「【……おばけ?】」
「【そうです、おばけです。どうにも俺は小心者で、慌ててしまいまして。今となっては恥ずかしく、そして心苦しく思うばかりですが、何とか逃れようとここを飛び出して、彼女に助けを求めたという次第です】」
言っておいて何だが、まともな言い訳ではないと思った。いっそ滑稽なほどである。エルフさん方の中にもくすりと笑う人はいて、ステイドなど大口を開けながら何とか声を上げまいとしていた。
一方、リリードは全く笑わなかった。
だが、怒りも、呆れもしなかった。その表情は、何だろうか。複雑な困惑。或いは焦燥か。俺を見つめながら、俺を見つめてはないような。
その、探ろうとする視線に気が付いたのか、彼女はさっと表情を変えた。怒りを繕った。
「【……馬鹿げた話だな。何か、勘違いか。まさしく小心者だな。まったく子供】」
「【そうかもしれませんね】」
「【それでお前達は、子供の勘違いに誘導されて、外の人間をここに連れ込んだのか。大勢で!】」
「【いやーだって怖いじゃないですか。皆が見たと言っているのに、貴方様と教主様はいないとばかり言うんですもん。解決策があるのなら、それに縋っちゃいますよ】」
「【ねー?】」とステイドは相変わらず軽い調子で同意を得ようとする。しかし、他のエルフさん方は、流石に立場や地位の差を考えたのか、硬く唇を閉ざしていた。
「【あれー? 何時もなら同意してくれるのにね。暇つぶしには鉄板のネタなのにね。どうしてかな?】」
「【……お前の心が、一際浮ついているからだ。お前もここに入るべきだな】」
「【そんな殺生な。おばけを見られるならまだいいですけれど、私は何回入っても見たことないんですよ。つまり入ったら暇なだけなんですよ】」
「【今回は話し相手もいるだろう。そこの少年と、少女。それから、そこの女だ】」
リリードは順番に俺達を指し示した。ノアが不思議そうに自分を指差して「今度こそ果し合いですか?」と言ってくるがいつの間にそんな物騒な思考になったのか。首を振って「今日の宿はここだってよ」と言ってやる。
「ええー? こんな暗い所ですか? まあ温泉には入れたので、これまでに比べれば、屋根があると思えば……」
「えっ、何時の間に入ったの」
「そりゃ、ジョットさんが一人でぶつぶつ言っている間、聖女様と一緒に……。あっ、いえ、本当に心配していたんですよ!? ただ、聖女様が、助けるにしても時間は置いた方が良いと言ったもので……!」
ノアは弁解するように「そ、そうですよね!」と聖女様に話しかけたが、彼女はまだ動かない。
指先は石畳に触れながら、掌を浮かせ、何かを掴み上げようとしているようでもある。奇跡とは一口に言うが、一体何をしようとしているのか。
「【分からない?】」
「【そりゃ、俺には分かりませんよ。何をやっているんですか?】」
「【えへへ、私にも分からない】」
「【えぇ……】」
「【いやほんと、想像よりも深いし、重いね。だから彼女も手を出せないわけね。無理やり切っちゃうと、あれだから】」
あれってなんだよ。ここに来てからは分からないことばかりだ。
それでもリリードは、分からないことに対して、観察よりも関与を選んだようで、剣こそ振り上げなかったが、強く肩を突いた。
それでも聖女様は身じろぎもしなかった。こうなると彫像のようである。
だが、ふと、その口元が動いた。
「なるほど」
「な、何か分かりましたか?」
「なるほど、なるほど。そういうことで、そうでしたか。ははは」
笑っていた。聖女様は、口角を吊り上げて笑っていた。初めて見る表情だった。