芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第9話 動物園に行こう

 

 

 

「ジョットくん、動物園にでも行きませんか?」

「えっ、悪いものでも食べました? ちょっと心配です」

「ぎゃは。死ぬほど失礼ですね。死にませんが」

 

 そんな事を言うのは冒険者ギルド前の大通り、来客も途絶え始めた昼過ぎのことである。

 

 今日も今日とて先生と俺は看板を出し、ごろ寝をしながら本を読み耽っていたのだが、不意に殺気が放たれたかと思えば目の前にリインが居たのである。

 

 先生は「うっひょぉ!?」と素っ頓狂な声を上げて周囲の奇天烈なものを見る目を集めていたが、しかし当のリインと言えば視線の割に穏やかで、先生を無視して先の言葉を言い放ったのだ。

 

「しかし動物園とはまた妙な場所を言いましたね。リインさんのような人は動物園を嫌っているとばかり思っていましたが」

「おや、それはまたどうしてです?」

「いや、人に飼われた獣など獣ではないと剣をチャキチャキ言わせそうだと思ったので……」

「流石の私も獲物と観賞用のそれとの区別は付きますよ!」

 

 やっぱり獣判定ではないのか。と思いつつ、さて動物園かと俺は本を閉じた。折角誘われているのだからそれに乗ることも吝かではないが、しかしこの場合、場所が問題である。

 

「お誘い頂く前に一つ確認したいのですが、どの動物園に向かうつもりで?」

「そんなものアスベルク動物園に決まっているでしょう。帝国の動物園と言えば、いえ、世界にも名高き初めて一般庶民にも公開された動物園ですよ!」

「ですよねえ……」

 

 帝都ウォーロックはアスベルク宮殿に開かれた動物園は、世界で初めて一般庶民に公開された動物園であり、我らが皇帝の私的なコレクションでもある。

 

 取り取りの動物や魔物が飼育された敷地内は、帝都内において一種の異界的な空間を生み出しており、観光目的で訪れるものも多い。

 

 その割に入場料が安価なのは皇帝の慈悲と言うよりも、昨今の博物館ブームが影響してのことだろう。国家が皇帝の所有物ならば、この国で最大のコレクターとは皇帝である。決して貴族やら商人やらの私的博物館及び私的コレクションに負けるわけにはいかないのだ。

 

「いや、なんで乗り気じゃねえの? 良いじゃん動物園。俺ってそういうとこ好きよ」

「貴方は誘ってないのですがー?」

「誘ってくれよそこはぁ。だって今まで行きたくても行けなかったんだぜ? 男一人じゃ肩身がせめえや。あそこは家族連れやら恋人やらのための場所だかんな」

「はあ。だーから誘ってないのですがー?」

「お前なんでそんなにジョット君の事を気に入ってんの……?」

 

「きわぁ……」と引いた顔で先生は呟いた。たぶん気持ち悪いと怖いが入り混じった奴であろう。

 

 しかし、先生も行きたがるのか。これは少し困ったことになった。

 

「別の動物園なら俺も行きたいんですけど、どうにもアスベルク動物園はあんまりなぁ……」

「えー、ジョット君は意地悪だなぁ。お前の先生がこんなにも行きたがっているってのによぉ」

「だってあそこに動物を卸しているの俺の家ですし」

「えっ、そうなんですか?」

 

 リインが意外そうに言った。そう言えば俺の実家の生業を話していなかったような気がする。

 

 アスベルク動物園は皇帝による珍獣コレクションであるが、その殆どは南方大陸からもたらされたものである。これには色々と理由があった。

 

 歴史的にも南方に君臨する王国との縁が深いというのもあり、そもそも南方大陸は珍獣の宝庫というのもある。また、歴代皇帝は青色の動物を珍重する歴史があり、自然界でそれらが見られるのは南方大陸産の動植物に多いのだ。

 

 まあ、一番の理由は対外的なものなのだろう。潜在的な敵国である北方魔族連邦や西方諸国、遠く強大な東方帝国は南方王国との縁が浅い。つまりは虎の威を借る形である。勿論、純粋な自慢の意味も込めて。

 

「ブレイク商会は南方との貿易を主幹とする家です。俺も子供の頃から何度か南の方に連れ出されましてね、あそこの奴等は見慣れているんですよ」

 

 たとえば極彩鳥のつがいはビョンビョンとチョウチョウなどと愛称を付けられて人気者であるが、南方では割とよく見かける種である。春の辺りに山奥を歩けばウグイス染みてホーホケキョと鳴いている奴なのだ。いやホーホケキョとは鳴かないが。もっと得体の知れない声で鳴く。

 

 で、そういった動物をそのまま持ってきたり剥製にしたり素材だけ採取したり加工したりして売り払うのが家の主幹産業の一つである。お陰で皇帝の覚えもめでたく、商人の割には貴族社会にも顔が利くのだ。

 

 そう言ったことを言うと、リインは今更ながらに驚いたように言った。

 

「お坊ちゃんじゃないですか」

「ふっ、お坊ちゃんですよ」

「の割には性根がお坊ちゃんじゃねえけどな。そのせいで俺も苦労してるんだぜ」

「いやいや、結構なお家じゃないですか。皇帝にも商品を卸しているとか、ひょっとして大商人というやつですか?」

「まあ、そうなんじゃないですかね?」

 

 たぶんそうだろう。しかしその割に両親は俺に物を買ってくれない。あれが欲しいと言えば駄目だと頻りに言うのだ。『もっと子供らしい物をねだりなさい!』と。

 

「ちょっと高い絵画を欲しがっても買ってくれないんですよ。厳しいですよねえ」

「いや厳しくねえよ。あとちょっとでもねえよ。ガキが宮殿に飾られるレベルの奴を欲しがろうとするんじゃねえ」

「良いじゃないですか金持ちなんだから! というわけで、俺達は日々金を稼いでいるというわけです」

「はあ。よく分からない趣味を持っていますね、ジョット君は」

 

「絵とか何が面白いんです?」とリインは臆面もなく口にした。「じゃあ行き先を美術館に変えましょうか! 俺が美術の素晴らしさを教えてあげますよ!」と俺が息巻いて言えば、「嫌ですよー」と笑った。

 

「だって今の話からすれば、ジョット君は動物に大変お詳しいと。まさしく動物博士と! であるのならば、是非ともその解説を聞きたい物ですね」

「えぇ……労働ですか……?」

「労働と言いますか。私とのデートを事もあろうに労働と言いますか。まあお金を出せばデートという名の労働を、即ちあれやこれやも鞭打ちも出来ると思えば中々良いですね!」

「じゃあ俺ともデートして欲しいぜジョット君! あっやっぱなし。言ってみたけど気持ち悪ぃや」

「なんだあんたら」

 

 しかし動物園はともかく、宮殿の方は見たかったので、俺と先生はリインと連れだってその場を後にした。

 

『入場料は払ってあげますよ』という言葉に釣られたのは言うまでもないことである。『そんな端金で釣られるんですか?』とも言われたが。

 

 

 

 さて、帝国冒険者ギルドから北に向かって馬車を駆り、大通りをそれなりに離れれば都市に見合わぬ自然風景が見えてくる。そして大通りから離れたというのに人が多い。殆どが動物園を目指しての事だろう。

 

 道脇に馬車を降りて向かえば、流石は宮殿ということもあり、壮麗な建築が見えてきた。

 

 確か三百年前辺りに建築されたというその宮殿は、今は専ら晩餐会会場や離宮として使われており、普段は動物園の一部としてこのように一般公開されている。

 

 しかし、見事な建築である。並び立つ巨大な柱には継ぎ目無く、卓越した魔術で生み出されたものと分かる。当世とは違って装飾は少ないが、それでも壁面の純白が質実剛健な力強さを伝えてくるのだ。

 

「やっぱり何度見ても良いものですね、アスベルク宮殿は……!」

「なんだってジョット君はそんな地味な建物をじっと見つめているのです」

「地味て」

「だってそうでしょう? 宮殿にあるべき青も金も欠けているではないですか」

 

 リインはつまらなさそうにアスベルク宮殿を指差して言った。「皇帝のお城などそれはもう見事なものでしょう」と、東の方に見えない宮殿を指す。

 

 確かにここウルド帝国において皇帝の権威を示すのは青と金、そして白の三色である。皇帝の王冠や杖などには当然にその三色が配置されているし、国旗にもその三色が使われている。目の前の宮殿の頂点にはためいているやつがそうだ。

 

 しかし、アスベルク宮殿に使われているのは白と廉価な赤、そしてちょいちょいと装飾に金があしらわれているが、それだって今の宮殿に比べれば僅かなものだ。だがそれは仕方のない話なのだ。

 

「三百年前の帝国は財政難だったんですよ。それも外敵による国難です。それで改めて宮殿を作ろうという際に、質実剛健と倹約の意を込めて建てられたのがこれですよ」

「倹約するならなんだってこんなものを建てたのです。無駄でしょうがこんなでかいもの」

「国家というものには象徴が必要なんですよ。何よりこうして後世にも残っているんだから無駄ではないでしょう。いやあ素晴らしいなあ……!」

 

 確かに現在の宮殿に比べれば、アスベルク宮殿の格は落ちるものとされている。しかしそれは皇帝の権力──先にも言ったような三色の取り合わせを筆頭とする──を勘案した結果の格であって、純粋に美術的な観点で見れば負けていないと思うのだ。

 

 大理石を使用した純白の威容は、最小限の装飾にのみ徹することにより、石本来の重厚さを遺憾なく発揮している。垂直にそそり立つ壁面など、青空をきりりと切り裂いて爽快なこと無比であろう。まさしく質実剛健。威圧的な権力の象徴としては白のみでも十分やっていけるのだ。

 

 そんな賛美をリインは「へー」と聞き流していた。そしてドタバタと足音がやって来て言った。

 

「そんな建物なんかよりも面白いのが待ってるぜ!」

 

 そう言って先生は「見て見て、貰った!」と自慢げに赤色の風船を見せびらかした。どっから持ってきたのだ。立派な紳士服姿に違和感が凄いぞ。

 

「そこで大道芸人が配っててよ、子供達の列に混ざって拝借してきたぜ!」

「子供ですか貴方は……?」

「なんか嫌そうな顔をしてたけど三つくれって言ったら三つくれたぜ!」

「本当に大人ですか貴方は……?」

「どーでも良いですから先に行きましょうよー」

 

 そう言ってリインは先生から風船を引ったくり、二つとも俺に押し付けて手を引いた。端から見れば子供そのものである。子供そのものだったわ。

 

 その様にして入った動物園は、まあ、見事なものである。この辺りでは決して見かけることのない動物たちが勢揃いだ。

 

 マスコット的な存在である極彩鳥を始めとして、目の青い猿に青の蟹、翼の生えた蛇は南方王国の国獣である。緑色の鱗は宝石のように輝いて、かの国の美しき森林を思い起こさせる。

 

 最も威容を放つのはやはり首長竜であろうか。広大に作られた檻の中に、木々の頭から草を食む巨躯は、その身じろぎさえも観衆にどよめきを起こさせている。これもまた南方大陸産の動物であり、仄青い体表は森の中に空が浮かぶが如き珍奇である。

 

「さて皆様、次はあちらをご覧下さい。あれこそは南方大陸は湖畔において、空ならぬ水に遊ぶ青白鳥でございます」

「おお」

「鳥にしては大型でありますが、最も驚嘆すべきはその生態でしょう。彼らは空よりも水に親しんでいるのです」

「おお」

「この帝都でも鴨の類いは水に浮かんでおりますが、あれらは比較的水の浅いところを好みまして、浮かぶのではなく歩いてそこに暮らすのです」

「おお」

「この園に棲まう他の大鳥に比べて足が細いでしょう。あれらは森の中に地面を踏みしめて暮らしておりますが、青白鳥は流れ穏やかな湖畔に住処を見出し、その細身を水に遊ばせて生きているのです」

「おお」

「そしてなんと! 今ならより詳細な話がたったの銅貨五枚で……!」

「おお」

「なーにをしているのですかジョット君は!」

 

 紳士淑女の皆様方が財布を取り出したところでリインに頭を叩かれた。「何をするんですか!」と振り向けば「貴方こそ何をしているんですか」と呆れ顔である。

 

「途中までは良かったですよ。ええ、見慣れぬ珍獣の生態を解説して下さり、ありがとうございました。とても楽しかったです。しかし途中から何をやっているのです。耳を側立てる他人にまで解説しなくて良いのです。剰え賃金まで要求しますか!」

「だったら良いじゃねえか、なあ? 金取れるレベルの解説だと思うぜ」

「良くないですよ。ここをどこだと思っているのです。路上じゃないんですよ」

 

「ほら」とリインは動物園の職員さんを指差した。めっちゃ嫌そうな顔を浮かべているが、なんとかそれを取り繕おうとしているようである。どうにも俺の素性が分かっているらしい。まあ何度か足を運んでいるからな。

 

「貴方達は、そりゃあ路上生活者の性根が染みついているのでしょうが、一般に勝手な商売は禁じられているのですよ。分かりましたか?」

「いやあ、実際に入ってみるとやっぱり楽しくて……。つい夢中になっちゃいました」

「そんな可愛い顔をしても騙されませんよ。つい夢中でおひねりを貰いたがる人がありますか」

「まあ、それもそうですね」

 

 俺は地面に置いた紳士帽を先生に返し、「ごめんなさいね」と職員さんに頭を下げた。騒ぎを起こすことは本意ではない。得意先の社長の息子が職場で小遣い稼ぎをやっていたら嫌なのは当たり前である。というかドン引きものだろう。

 

 しかし、元はと言えば俺の言葉に逐一「おお」と言ってきた皆様方が悪いのである。何がおおだよ。

 

 

 

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