殲滅戦争 作:Libro
エルフが育てた木から作られた矢が空中を走る。
風切り音を鳴らし獣が気づいた時には遅く。頭部を綺麗に矢に貫かれて絶命した。
それを見た女が、長く尖った耳を動かし、獲物の心音を探る。
数秒後獲物が絶命したとわかり女が木の上から降りる。
女──エルフの狩人としての高い身体能力では落下によるダメージなどを足に残さない。
死んだ獣……鹿の死体に触れ。魔術を発動する。
かける魔術は保存。食物を腐らせないようにするエルフが使う魔術だ、
エルフが使う魔術と言ったがエルフが好んで使うだけで別にエルフにしか使えないわけではないが。
木の皮から作られた服に血が付かないよう慎重に鹿の死体を持ち上げる。
そして跳躍。
百キロ以上ある鹿の死体を持ちながらも高い所まで成長したマングローブの上に乗る。
本来足場に適さない形の木だがエルフの女はそんなの知ったことかと跳ねまわる。
飛んで飛んで飛び回り。鹿の死体から血を一滴も零さず飛び回る。
たったの数分で魔術による防御がかけられた場所に付き。器用に足を突き出して木の幹に触れる。
そのまま足から魔力を込める。すると何もない──先ほどまでの延々と続いてるように見えたマングローブ林の中に異様に膨らんだマングローブの木々が見え始める。
足を元に戻し。跳躍。
異様な木々の中に突っ込む。
ほんの少しの音もたてず木の板の上に立つ。
まるで最初からそこにあったかのように先ほどまでの景色とは一変している。
全てが木でできた場所だ。
切られた木の板を魔術で繋げた場所はまるでこういう風に木が成長したような印象を受ける。
バルコニー。今女が立つ場所から上を見れば空が見えるが少し女が進めば木でできた天井に空が隠される。
奥の壁には弓が立てかけておりその近くには様々な木や鉱石を元にした矢が置かれている。
また通路の邪魔になるようにバリスタが設置されている。何かからの侵入に備えているようだ。
「おっ? 早いな」
女が言うが早いか奥から男が歩いてくる。
歩いてきたのは同じエルフの男だ。
悠々と男が歩いてくるが男からは足音も呼吸音も。布ずれの音も聞こえない。
ガタガタと揺れながら動く荷車からも車輪の音も聞こえない。
だが荷車の上には他の鹿の死体が置かれている。
その数は三。だがサイズがでかいため荷車を圧迫している。
しかし死体からは血の匂いも腐臭もしない。
更には女が持ってきた死体と同じように頭部が貫かれて死亡。他の傷は無い。
正確無比に致命傷のみを与える技術に男が感嘆する。
「やぁアリシャ、狩はこれで終わり?」
男が柔らかい声で女──アリシャ・レイフェ・クアトロ・ポロに問う。
「えぇ、終わったわサリエン。これ以上は他の子の手柄を取っちゃうわ」
「確かに、まだ昼だっていうのに四匹目だからね」
はは、と男が笑う。
男の名はサリエン・フォルト・クアトロ・ハリソン。
サリエンはアリシャと同じく狩人だがその腕はアリシャには劣る。
だがその事実に挫けることなく、自分にもできることはあると努力を怠らない者だ。
だか何故狩りに行かずこんなところにいるのか? 問いかける前にサリエンが答えを言う。
「と、すまないアリシャ。族長が呼んでいる、直ぐに行った方がいい」
アリシャが死体を荷車の上に載せながらサリエンが話す。
どうやら伝言の為に居たらしい。
「おじ……族長が? なんで?」
「それは僕もわからない、けれど火急だそうだ、急いだ方がいい」
「わかったわ、直ぐ行く」
アリシャが直ぐに走り出し族長の元へ向かった。
バルコニーの大扉を蹴り開き。その勢いのまま跳躍する。
マングローブの木々の合間にできた家々を壊さぬよう。着地時に衝撃を殺しながら跳ねまわる。
その様はまるで兎のよう。金の髪を靡かせながら跳び回る。
アリシャが飛び回る下にはエルフの少ない子供が弓の練習や魔術の練習をしている。
マングローブの木を壺上に育てたエルフの木の上を跳ぶ。
壺上の木──他のエルフの家々には通路として橋上に育った木があるがそこを歩くのを横着する。
単に跳んだ方が早い、というものあるが最大の理由はやはりアリシャ自身こうやって動き回るのが好きだからか。
家々を飛び回ること数分。里の中でも最も大きい木にたどり着く。
丁度目と鼻の先に着地し右手を突き出し魔力を込める。
まるで木に意思があるかのように蠢くと一人分の隙間が生まれる。
そこに躊躇なく入り。歩き続ける。
足元や壁。天井に生えた苔が近づくと光り離れると光りが消える。
どういう原理で動いてるのかアリシャ自身理解できていないが気にせず歩き。大扉に付く。
扉、と言っても傍目には扉には見えない。茶色い木の中に赤い木が混じった程度の違いだ。
アリシャは赤い木に触れ巨木に入った時と同じように魔力を込める。
今度はするすると木が動き赤い部分全てが蠢く。
まるで歓迎するかのように木がアリシャを向いている方に開く。
「失礼します」
そういってアリシャは族長と集まった者たちに挨拶をした。
ここにいるのはエルフの中でも高齢の者達。
地面から生えるように設置されたラウンドテーブルに同じように生えている木製の椅子。
エルフの建物はすべて植物をそのまま利用している。
植物がそのまま椅子や机上に成長──枝分かれしているのだ。
そしてここには最低でも二百を超える者しかいない。
最高齢の者は二百八十六歳。エルフでも最高齢──普通ならば家で盆栽の手入れでもしている年齢の者。
最も年の高い者の名はルドルフ・ノブレ・クアトロ・ポロ。
アリシャと同じく金髪緑眼のエルフでありアリシャの祖父に当たる人物でもある。
中間名が違うが血の繋がりはある。……エルフの名前は基本四つ。
最初に其の物の名。二つ目に本人が掲げる理念。三つ目に生まれた里の名。最後に苗字。
この理念は古より続くエルフの言葉である。
アリシャが掲げる理念であるレイフェは救済を意味する。
ルドルフのノブレは高貴。気高いエルフとして生き続けることを掲げた。
エルフは成人の儀において己の理念を祖霊に掲げ、最後の名前を刻むのだ。
他にも狩人長。神官長。農業長が左右に座っている。
ここにいるのはアリシャを除けば全員男だがむさ苦しい気配はない。あるのは加齢臭だ。
エルフの平均寿命は約三百年。
もはや隠居しても可笑しくない年齢の者が最も貫録を出し。威風堂々と佇む姿はアリシャを威圧する。
「──今回来てもらったのはアリシャ、お前には人の街へ向かってもらうためだ」
「人の街ですか? 何故?」
「うむ、人の領域で異変が起こったのだ」
「詳細は?」
「それを調べるのがお前の仕事だ」
強くルドルフが言う。
それを見た他のエルフが目でルドルフに訴えるがそれを無視し。ルドルフは真っ直ぐとアリシャを見つめる。
「わかりました。では調べてまいります」
踵を返し直ぐにアリシャが立ち去ろうとする。
来た時と同じように閉じた木の扉に触れ魔力を込める。
直ぐに赤い木が蠢き。またも木がアリシャの方に先端を向けながら開く。
「アリシャ」
直ぐに戻ろうとしたアリシャにルドルフが声をかけ。足を止めさせる。
「はい?」
いったいなんだろうか、とアリシャがクルリと回転しルドルフの方を向く。
見ればルドルフが先ほどまでの雰囲気とは違い。穏やかな様子でアリシャを見つめている。
「気をつけなさい」
柔らかい声で、アリシャに言う。
「──はい! 行ってきます!」
元気な声を出し、アリシャは会議室から飛び出した。
■
「──孫には勝てんか? 族長」
神官長がおどけたようにルドルフに話しかける。
「そういう訳ではないわ」
ふん、と鼻を鳴らし先ほどまでの雰囲気を取り戻す。
「まぁ、この里で一番の実力者はアリシャだからなぁ……あの若さであの実力だ」
うんうん、と他のエルフも頷く。
「しかし人族に何があった? 武具の提供が無くなるなど」
「わからんな。魔族は我らエルフとドワーフが食い止めている……更には大河もあるのだ
我々の包囲網を抜けるなど考えられん」
「よしんば抜けれたとしても、人族も弱い訳ではない──むしろ我らエルフよりも強い
こちらに連絡するぐらいの余裕はあるはずだ」
人族からの武具供給。
正確には武具以外にも食料やスクロール等の消耗品全般。人族の各国家から支援を受けている。
それによってエルフ達は戦えていたのだ。
魔族が従え放ってくる魔物や魔族其の物。
大元はドワーフが抑えているとは言えこの大陸は広い。抜け道を探し出し人の領域へ攻め入ることはできる。
といってもドワーフが九割倒せるが魔族の数はすさまじい。何十年も何万と攻め続けられれば数百の打ち漏らしはでる。それらを排除するのがエルフの役目。
こういった事態においては人もエルフも協力する。しざる負えないのだ。
理由は単純。魔族が蔓延れば世界が滅ぶ。
誇張でも何でもない。魔族が蔓延ると言うことは邪神が世界に顕現できると言うこと。
そんなことになれば人もエルフも魔族も関係なしにこの世界──彼らが住まう大地そのものが崩壊する。
事実百年以上前にこのタオゼントという大陸で死を司る邪神が顕現しかけた事態があった。
その影響で人もエルフも植物も関係なしに『死』が近づいたのだ。
『死』が近づいたというのは単に死ぬだけでなくあらゆる要因によって死にやすくなるということ。
転んで膝を擦りむいただけで悪化し、三分と立たず死に。頭上から降ってきたパンによって頭が歪み死。
風邪を引いたら九分程度で死ぬ。
足の小指を角にぶつければ足が破裂し死ぬ。
しゃっくりをすれば止まらず呼吸ができずに死ぬ。
植物ならば水がほんの少し……通常より一ミリ足りなければ枯れ。日差しが強いと枯れ。
風が吹けばばらばらに散る。
そしてこの余波は一つの大陸で終わらずこの世界全土にまで及んだ。
『死』を司る存在の顕現。あらゆる生命の終わり。それを回避するために種族の壁を越え定命の者達は協力し合う。
その時はとある人物たちの活躍で死の邪神は邪神の領域に送還され解決したが。邪神本神が殺した数よりもその余波で勝手に死んだ人間の方が多い。
他にも恐怖を司る者や疫病を司る邪神。幾柱の神話の時代にやってきた者達。邪神が世界に本体で顕現すれば定命の者は滅ぶしかない。
そんな邪悪なる神々を顕現させんと動くのが邪神の尖兵たる魔族。
魔族は一つの邪神の眷属と言う訳ではないが誰もが定命の者へ敵対する。
そんな事態を防ぐために人は国家の壁を越え。エルフ等の亜人種は種族の壁を越えて協力し合うのだ。
「やはりアリシャからの情報が頼りだな。情報が無ければどうしようもできん」
「だな、アリシャはあの若さでこの里最強の存在だ。何があっても情報を持ち帰ることはできるだろう──」
■
エルフの里唯一の入り口であるホールにて、アリシャは着替えるべく服を脱いでいる。
ここはバリスタ等の迎撃装置のある入り口の横の扉から入れる準備室だ。
と言っても他のエルフの家と同等にぱっと見は木でしかないので見つけるのは困難だが。
雰囲気としては更衣室。
大人数が使うのを想定し座れるようにと設置されたベンチと椅子。
ロッカーは大人数用で総数四十八。
アリシャ以外誰もいないからかアリシャは恥ずかしがることなくその体を晒している。
エルフ特有のスレンダーな体。
金髪緑眼という他のエルフと同じ容姿。肩まで伸ばした髪が特徴的だ。
胸は他のエルフよりは少し大きい程度だが尻は恵まれたのか大きい。
一糸まとわぬ全裸。その姿は情欲を湧かせるようなものではなくミロのヴィーナスなどと言った芸術品に近い。
もしこれが湖などで裸を晒していればまさに妖精と思われるだろう。
アリシャがロッカーを開け。片手に持っていた衣服──下着も含め入れる。
中からマジックアイテムである下着や同様にルーン文字が刻まれた服を取り出し着ていく。
着替え終わったアリシャはロッカーを閉じ入り口横の壁に向かって歩く。
その中で異様な雰囲気を放つ弓を手に取る。
入り口横の壁に掛けられた弓はたった一つを除いて木製だ。弓の玄は植物の蔦で、全てが植物でできている。
そんな中アリシャが手に取ったのは合金製の弓。
地球のオリンピックで使われる弓に形状は近い。
しかし外見は似ていても中身は別物。アダマンタイトとオリハルコンを精霊の炎で混ぜ合わせたと伝えられる弓部分に鋼鉄を糸の様に細くした弦。
弦を弾き使えるか確認する。マジックアイテムは基本的に劣化しないがアリシャの気分的に確認する。
マジックアイテムと魔道具は外部からの魔法的な力などに充てられない限り何百年でも力を発揮し続ける。
他の木製の弓が動物を狩るための弓。だがアリシャが手にした弓は動物ではあり得ない皮膚や鋼鉄の盾をも貫けるように作られた弓。
無論そんな弓は一発放つ度に疲労が過度に溜まるため普段使いはできないがその分威力は凄まじく、並大抵の魔物ならば一撃で粉砕する。
弓の確認をし終わり。今度は服の確認をする。
エルフが魔術で成長させた木の皮にはルーン文字が内側に刻まれており唯一の弱点である炎への耐性を与える。
ブーツにもルーン文字が刻まれたマジックアイテム。跳躍力上昇とスタミナ回復の効果を持つ。
ルーン文字、と言うのは文字それそのものが効力を持つ言語。
その言葉通りの力を発揮し物体に刻めばその力を与える。
炎と剣に刻めば剣から炎が吹き荒れ、鋭いと刻めば木刀でも鋼鉄を切り裂ける。
魔道具と違いこれは等しく使い手に同じ力を与える。
魔術師たちが力を込めた魔道具は魔術が使えるモノならだれでも──と言っても多少才能に依存するが──作れる強力な物だ。
だが何処までも才能依存。使用者によって効果が変わるというメリットともデメリットもとれる要素がある。
例えば、魔道具で炎の弾を放つ杖があるとしよう。
単純な炎の魔道具。製作者の想定はバスケットボール程の炎の弾を放つとする。
それを極上の才を持つ者が使えば大都市をも飲み込む火球を放ち都市を炎に閉じ込める。
一般的な魔術師が使えば多少増減しようとバスケットボール程度の炎の弾が放たれるだけ。
凡夫が使えばライターの火程度の現象しか起こせない。
魔道具と言うのは使用者の才能に依存する。安定した結果を出さない道具。
逆に誰が使っても同じ現象を起こすのがルーン文字。ドワーフが発見しエルフが広めた技術。
誰がどう刻んでも刻まれた文字以上の結果は起きず。誰が使っても能力の上昇や現象は同じにしかならない。
故に全体の戦力の底上げを狙った昔のエルフはルーン文字の研究を最優先にした。
これはエルフという種──亜人に分類される者達は"得られる能力に限りがあり、人間の様に超越者が生まれにくかったのも多いが。
里最強とされるアリシャも冒険者ランクにすればC──あるいは、マジックアイテムを全力で使えばBに届くか届かない程度。
その代わり亜人は人が鍛錬して手に入れる能力。あるいは人では絶対に手に入らない能力を生まれ持って持っているという利点がある。
自分が人ならもっと強くなれただろうか、と軽く思いながら扉を開けアリシャは入り口に向かった。
その先。里唯一の外部との通路。
魔物が侵入してきたとき用のバリスタに腰掛ける者がいる。
アリシャが帰って来た時と同じように、優しげな声を出した。
「やぁアリシャ、族長はなんて?」
サリエンだ。今日はもう外に出る気はないのだろう。ラフな格好で佇んでいる。
「サリエン、待ってたの?」
「いやぁ、気になったしょうがなくてね」
はは、と軽く笑うサリエンにアリシャは先ほどのことを話す。
「──なるほど、人に異変……か」
「どう思う? サリエン」
「……よくて邪神教団の活動による阻害。悪くて魔族が別ルートでも見つけた、かな」
邪神教団──その名の通り邪神を信仰する者達。
正確には邪神教団と言う集団はなく邪悪なる神々に連なる者を信ずるモノたちの総称。
「ただ、情報が無い以上どう考えても妄想に過ぎない──族長が言う様に実際に行くしかないかな」
「じゃあ、行ってくるわ。サリエン」
行ってらっしゃい、とサリエンは微笑んだ。
「さて……どうなるか」