殲滅戦争 作:Libro
「総員散開。各自目標を発見次第確固撃破せよ」
「了解!」
森の中エルフ達の声が木霊する。
もはや隠れることをやめたエルフが後先考えず最大戦力をもってして対処する。
一人一人が一流の狩人。身体能力など並の冒険者以上。
更にはそれらが軍隊レベルの統率の元動くとなればこれほどの脅威はないだろう。
もっというならここは森。エルフという種族が最大の力を発揮できる場所。
これだけの好条件。ならばエルフ達も楽観視するかと思えばそんなことはない。
油断も怠慢も一切ない。今まで以上の力を発揮せんと力を籠めるものが多い。
理由は単純。ウディだ。
これまで彼にこれほどまで頼ったことはない。
だいたいが数年に一度あるかないか。
それも本当に最後の一手として使ったことのみ。
だというのに今回に限って最初から最後まで彼に依存する──ということにエルフ達は己に不甲斐なさを噛み締めている。
こればっかりはエルフも『相手が悪い』としか言えないが。
そうして木々の上を走ること一時間足らず。エルフは目標を発見する。
「あれが……敵」
この中で最も若いエルフが呟いた。
エルフ達の視界に入ったのは
全てが人型。四足の獣や飛行型のいない雑兵たち。
人の手足を無理やり大きくしたような異形。猿の風貌をし、口から牙が突き出た怪物。
数えるのも馬鹿らしくなる数。それが森に蔓延っていた。
「想定より最悪ではないな」
そう、ルドルフが言う。
しかし数は居ても全てが雑兵。エルフで対処できる程度。──慢心してしまう。
数こそ前の侵攻よりも断然多い。森を埋め尽くしてなお余りあると思えるほどに。
けれど全てが雑兵以下。そこらの魔物の方が強いと思える程度。
今も歩んでいる
このまま何もしなくても死ぬ──そんな雑魚たち。
不破泰二の『異形の肉体』が有する能力によって生み出される配下だがその力には制限がある。
かつて王都で『ドアイラク』を作り出した時のように配下を作る時は負のエネルギーや残留思念。魔力等を材料にして創り出す。
別に特にこれと言った材料が無くとも作れはする。だがその場合は雑魚にしかならない上短時間しか存在できないという制約が付く。
このままエルフ達が何もせずとも勝手に自壊し灰になって崩れ去るような雑兵。
エルフの矢が空を走り、木々がエルフの意思をくみ取り枝を動かす。
矢は何物にも阻まれることなく空を駆け、
「散開し各個撃破! 一体たりとも逃すな!」
ここで逃がせば戦えないエルフ達の害となる。あるいはウディの元にたどり着き不破と
それを防ぐためにルドルフは叫び、自身もまた矢を放つ。
だが
腕を貫かれようが真横で同胞が灰となり消えても動じない。
ふと。
一体の
ぱっと、何かを思い出したかのように。その鬼のように歪んだ元は猿だったのだろう顔を上げ虚空を見つめ。
ばっと身をひるがえし。走り出した。
それを皮切りに幾千の
主の元へ駆け寄る猟犬の様に。全力で
その頭が一本の矢に撃ち抜かれた。
豆腐の様に脆い頭が撃ち抜かれ風船のように破裂する。
破裂が広がり全身に回り灰となって崩れ去る。
「すべて倒せ! 奴らを行かせるな!」
ルドルフが叫びながら矢を番え、放っていく。
ウディと不破泰二。
その実力は拮抗している。
だからほんの少しの。刹那に満たない一瞬が命取りとなる戦いに
主の命にただ従うだけの駒に過ぎない者が命をとして動けば万が一を作り出せる。
いわば肉の鎧。肉壁。
ほんの刹那でいい一手。あるいは一瞬でもウディが行動を誤れば不破はウディを殺せる──ないしは致命傷を与えれる。
不破泰二を守る肉の鎧としてその使命を全うしようと動く
無論これはウディ側にも言える。
エルフ達とウディ。両方が手を取り合い動けば不破を打倒せるかもしれない。
この場合エルフとウディの関係性を考えない必要があるが──ともかくエルフ側も同じことが言える。
そしてそれを両者が邪魔をする。
ウディにはエルフが。不破泰二には
互いに邪魔をしあうことでようやく戦える現状。それの維持をするためルドルフは動く。
しかし忘れてはならない。エルフ側の
何処からか男の声が聞こえる。
甲高い。耳がキンと痛む少しの不快さを含んだ声。
その声に気づいたエルフが──消えた。
爆発音。耳が消えたのではないかという程の爆音。
「……は?」
一瞬。ルドルフは眼を閉じてしまった。そのことを即座に後悔する。
眼と鼻の先から全てが消えている。
草も、木も。地面でさえも。ごりっと。まるでそれが最初からなかったかのように。
スプーンで抉ったように、エルフも
「──なんだこれは!」
遥か遠く、地平線が見える程の遠くまでが消え去った。
何が起こったのか判断が突かない。森の中に居たエルフも消えてしまった。
その虚無の中。
抉られ綺麗になった地面を悠々と。まるで自分こそがこの森の主だと言わんばかりに獣が歩いてくる。
異形が代名詞の魔物の中でも更に異形。
象の巨体からは頭部が無く。代わりに三又に分かれた背骨でできた麒麟のように長い首。
分かれた三つの首はそれぞれ怒りに満ちた老人。泣き続ける女。笑い続けるピエロの男。三種の人間の顔を模している。
そのうちの一つピエロの一瞬笑い、顔をすぐに歪めた。
「はははは! 楽しいな! 愉しいな! 楽しいな!」
笑い。嗤い。笑う。
痛みなど知らぬと笑う。
異形がまるで幼子のように純粋に笑い。災厄を撒き散らす。
森を焼き尽くす破壊の権化。川を止める大地を操る者。
不破泰二のの眷属として作られた最上位存在の一つ──ドアイラク。
笑い。泣き。憤怒に満ちる怪物がやってきた。
「化け物が……!」
残ったエルフはごくわずか。千以上居たエルフは数百まで減らした。
現実味が無いからか、あるいは認めたくないのか。
一人のエルフが矢を放った。
矢は真っ直ぐとドアイラクに向かって飛んでいく。
ドアイラクはそれを防ぎも避けもせずただ受け入れる。
強靭だった筈の皮膚に矢が突き刺さりドアイラクに僅かとはいえダメージを与える。
量産品の弓。ルーンが刻まれただけの──アリシャが持ち出した弓の様な協力ではない弓。
それでもダメージが通るとルドルフはまだ希望があると心を奮い立たせる。
──ドアイラクは弱っている。
これまでにないほどに。脆弱な程に。
ドアイラクに再生能力はない。
復元能力も。自己再生能力も無い。
クアトロを攻めに行った時に負った──ウディから受けた攻撃のダメージが直っていない。
ルドルフがよく見れば全身は傷だらけ。三つの顔には煤が尽き、足には幾つかの木の根が突き刺さり移動を阻害する。
「どうして……どうしてどうしてドウシテドウシテドウシテドウシテ!」
しかしそれは。ドアイラクを倒せるという訳ではない。
女の顔が泣き。大粒の涙を零す。
涙が溢れる首をぶんぶんと鞭のように振り回し。涙が周囲に散る。
「空が……」
誰かが空を見た。
先ほどまで憎いほど青かった空に雲が生まれ出る。
一つの小さな雲が雨雲となる。一つの雨雲を起点とし幾つもの雲が集まり、増殖する。
それはたった数秒で森を蓋いエルフ達を太陽から隠した。
何か嫌な。べっとりとした湿度を感じたルドルフが声をあげ結界を貼る。
「空から降る! 全員防御を!」
単純な防壁。人一人分しか守れない簡易的なモノ。
里にある樹木を使った結界。それを樹木など無しに貼る。
エルフは魔術にも優れている。数秒で結界を──自身を守るための壁を作るのは容易い。
声を聴いたエルフ達も同じように結界を貼っていく。作られたのは球体上の物だ。一人一人がボールの中に入ったような状態になる。
エルフ達が結界が貼り終わるが早いかことが起こるが早いか──
雨が、降り始めた。
ぽつぽつという最初は小さな雨粒だった。
しかしたったの数秒で米粒の様に小さい雨は親指サイズに。そして
「ぐっ、ぬ……!」
結界が軋む。
ガラスに罅が入るような音と共に結界が軋むがそれをルドルフは気合で耐える。耐え続ける。
物理的にあり得ない雨はもちろんドアイラクの魔術による代物。
現にドアイラクの周辺には雨粒一つ落ちていない。
この広大な森全てを蓋うような雨だというのに。
これもまたドアイラクの能力の一つ。三種ある能力のうちが一つ。
(ふざ、けるな──!)
結界の維持に魔力と体力を奪われ。声を出すこともできないルドルフは心の中で文句を言う。
かつてはエルフ最強と謡われたルドルフも歳には勝てない。
無限に続くかと思われた大雨が突如として消え去る。
ルドルフが精いっぱい呼吸を止めた後の様にぷはっと口を開け、大きく息を吸う。
(ふざけるな、この化け物め!)
再び心の中で文句を言いつつ呼吸を整えならが跳躍する。
先ほどまで降っていた雨は、幻のように消え──されど、その結果は強く残った。
まず、結界で防ぎきれなかったエルフが死んだ。
数十処か数百、ルドルフ自身正確に感知できてるわけではないが。
死んだのは主に若い。未来ある若者たち。
結界術をそもそも使えない者や使えてもその練度が低い者。
彼らは防ぎきることができず大雨に潰された。
空から降ってくる瓦礫に押しつぶされるように。幾千幾万の人間台の雨粒という盛大に矛盾したモノにさらされ、体はもはや原型を留めていない。
ミンチよりもひどいどころかこれでは元がなんだったのかわからない状態だ。
肉片一つ残らない圧殺。
更に起こった現状は『雨』だ。
現代の地球においても雨というのは恵みであると同時に災害となる。
雨が大量に降れば川が氾濫するようにこの森はもはや一種の川とかした。
たった数分振っただけでこのありさまだ。
地面が川となり。強く根を張っていたはずの木々が流され体力が衰えた老人。雨に耐えることはできても力を使い果たした者が流されていく。
ルドルフは咄嗟に跳躍し。なんとか無事な──この森の中でも大きい部類の木の上に登ることで濁流から逃れたが。
地面に吸われきれなかった水が溢れ大地が沼地となり木が沈んでいく。
唯一の救いは問答無用の範囲攻撃であった為ドアイラクにとっての味方である
しかしドアイラクには致命傷等は無い。またも行動が可能に対しエルフは全滅寸前。
「──な、め、るなぁー!」
ルドルフが叫びながら震える手に魔力を纏い無理やり動かし矢を放つ。
斜めにエルフが放つとは思えない程ゆっくり──と言っても人間が放てる速度ではない──で放たれた矢がドアイラクの顔面に突き刺さる。
「ぐがぁ!」
ドアイラクが悲鳴を上げる。
潰された顔はたった一つ。憤怒の老人。
ドアイラクも反撃しようと今度はピエロの顔面を振り回し──
「ひょえー!」
体のバランスが崩れ地面に倒れこむ。即座に女の顔がのぞき込み足を確認する。
見れば左足が膝から消し飛んでいる。その先には一本の矢。
ピエロの顔を向けた先には一人のエルフが。
「やって……やったぞ……」
血を吐きながらエルフがドアイラクを睨みつける。
ドアイラクの足を打ち抜いたのはサザンカ。
爆発かそれとも大雨か。
どちらにやられたのか不明だがその下半身は消し飛んでいる。
本来ならば臍があるべき場所から腸がはみ出し血が零れている。
今にも死にそうな。否死んでいなければ可笑しい状態の者が文字通り最期の力を振り絞り強敵に一矢報いたのだ。
そして、彼らは抵抗むなしく散ることとなる。
「楽しかった楽しかった楽しかったぜぇぇぇぇぇぇぇ!」
ピエロの顔が笑い。嗤い。哂い。大爆発を巻き起こした。
(ああ、アリシャ──私、は──)
この戦いにおいて、勝ったのはドアイラクだ。
しかし、戦争において負けたのは──やはり、ドアイラクだ。