殲滅戦争 作:Libro
執務室。
簡素な机と椅子しかない部屋。
客人をもてなすための茶菓子一つ無く、机や椅子もサイズこそでかいが作りは非常に簡素な物。
執務用の椅子に座り、老人が報告書を呼んでいる。
みすぼらしい格好をしている老人だ。
机と椅子に合わせたかのように一山いくらの量産品。仮にも一国の中心である王城に努める者が着るような者ではない。
幾つかの報告書を読み、休憩でもしようかと思った瞬間。ビービーという異音が響き渡る。
この音は城に侵入者が来たことを知らせる音。
耳が痛くなるほどの大音量で流れる音。執務中ならば怒りに染まるであろう音。
「……さて」
立ち上がり机にかけておいたスタッフを二度、かんかんと床に鳴らし、執務室を出る。
部屋を出るとまるで最初から居たかのように巨大な者がぬっと出てくる。
「行こうか」
返事はないとわかっても、会話相手が少なくなった故に話しかけてしまう。
返事の代わりにガシャンと、動き出した。
この国、クンラフという小国の王は実に見窄らしい服を着ている。
一国の王が着る服ではないそこらの農夫が着るような一着いくらの最安品。
唯一手にもつスタッフだけが、見ずぼらしい外見に反して──それこそ大国の王が持っているに相応しい。
ミスリルという希少金属をベースに金をふんだんに使い装飾されている杖。
これは王の個人的な趣味などではなく服にかける金が無いという実に悲しい事情がある。
単純な財政難。
王の服どころか民の食事ーー地方都市の者達程困窮するほどに、この国は苦しんでいる。
魔族の侵攻に作物の不作に邪神崇拝者の略奪。
例を挙げればキリがないほどの理由により、国は疲弊している。
唯一王都だけは神官の奇跡で農作物を作るれる為どうにか保っているが、それもいつまで続くかわからない状況。
それらをどうにかすべく行われた手法。神々の遣わした奇跡である勇者召喚。
異界の住人を拉致し、国の為という大義名分のもと酷使する禁呪。
そんな人道に反したモノを使うなど如何に神のお告げだとしても、最初は拒否した。
しかし現実は非情でそれをせざる負えなかった。
増える魔族。魔物による田畑の消滅。森林破壊や邪神信仰者の悪逆による交通の崩壊。
それらをどうにかするのはただの英雄では不可能。"神に選ばれた"という絶対的な正義の象徴が必要。
ただの英雄ーー魔族や魔物に勝てる者ならば他国に要請すれば何とでもなるだろう。
だがそれをすることは国としての終わりを意味する。他国に縋ればそれを気に領土を求める者や利権を得ようとする者が現れる。
そもそも他国に頼る必要がある国など冒険者も貴族も見捨てるに決まってる。
"この国の力で窮地を脱する"必要がある以上他国や冒険者達に要請することは出来なかった。
つらつらと、しても遅い後悔をしながら避難する。
傍を歩くのはゴーレムの兵士。
年を取り、背丈が曲がり始めた王の隣に立たれるとまるで大人と子供のようなサイズ差だ。
サイズは約3m程。巨大な全身鎧を纏っている。
視界を確保するためのバイザーや関節用の隙間が無いことが生命ではないことを主張している。
全身は鋼鉄。要所要所にはアダマンタイトという物理的な防御における最高峰の素材が使われている。
右手に持つ巨大な剣は王と同程度……もしくは少し長い程度という巨剣だ。
遥か古代の文明により創り出されたこの城は、所有者として認めれた血族の意思に従うようにできている。
この国の創設者の記述にはとある魔術師の力を借りた──とも記されているが、真偽は定かではない。
わかるのは、この城は王族にのみ従う
ガシャガシャと隣のゴーレムが音を鳴らし、かつかつとスタッフが金属音をながして歩いて行く。
装飾品の消えたかつては王城に相応しかった廊下を歩く。
静かになったな、と思う。
先ほどまで耳が裂ける程鳴っていた警告音も止んでしまった。
侵入者が死んだか、警報音の大元が壊されたか。
かつては多数の使用人や騎士で賑わっていた城も今や静寂に包まれている。
残ったのは行くあてのない者達。
孤児や家を勘当されたもの、食うに困って犯罪を犯そうとした者等をスカウトした者達。
皆、当代の王や先代、あるいは実子が勧誘したことによって単純な給与などではなく恩によって国に残ることを選択した者。
それら以外の金があったりするものはみなこの国を捨て、よその国へ行こうとしている。
滅びゆく国に付き合う義理はないのだろう。既に他国の貴族とつながりのある者もいるが、王として処罰することはできない。
それほどまでに国は弱体化している。
「……ん? どうした?」
歩いていたゴーレム兵が急に止まる。
何かあったのかと俯いていた顔を上げれば、目の前から男が歩いてくる。
背丈は170後半程度。髪と目は見たこともない黒で染まっている。
そして──左手に持つは侍女長である老婆の頭。
服は鮮血で染まっており、赤いどころか黒く染まり始めている。
「まさか……いや……」
異世界の大陸では神に作られた人類の容姿はある程度決まっている。
その中に、黒髪と黒目は、無い。
もしや彼こそが勇者なのか?王は疑問を抱く。
「婆の次は爺か? ”死ね”」
目の前の男が"魔法"を発動させる。
魔法。世界に命令することで"結果"を出す力。
単純に死ねと言えば死に、燃えろ言えば燃える力。
しかし単純に使える力ではない。
正しい詠唱を行わなければその力は発動者自身にも及ぶ諸刃の剣。
確かに詠唱の省略などの技術は存在する。だがそれには長い鍛錬がーー十数年に及ぶ制御の訓練が必須。
まだ若い……王の眼で見ても二十台にしか映らぬものが使える力ではない。
可能性があるとすれば
『勇者』しかありえない。
「ぐっ……ぬっ……」
耐える。
手に持つスタッフが持つ防御術の力だ。
スタッフが持つ魔力が尽きぬ限り、魔力を用いた術を防ぐことができるという王が持つに相応しい防御術。
また、ゴーレム兵にこの魔法は通じない。
これが"壊れろ"等の魔法だったら通じるが、生命に"死"を与える魔法は生命でないゴーレム兵には通じない。
魔法とは即ち世界にその『現象』を無理やり実行させる力だ。
故にそもそも世界に存在しないことや、その対象には存在しないことは通じえない。
ガシャン、と隣のゴーレム兵が剣を手に走り出す。
生物的な死の概念が無いゴーレムは、即死の魔法の中でも動くことができる。
そのまま見た目とは合わない軽快な走りで男に近づく。
しかしその前に男は左手に持つ老婆の頭──昔の王の世話係の頭をゴーレムに投げつける。
ゴーレムは咄嗟に剣を構え、防ぐも衝撃は凄まじくちょっとした
ギギギ、と硬い音を震わせる。
聞く者が聴けばー
「まだ死なねぇのかよっ!」
悪態を尽きながら、男はゴーレム兵に接近する。
一瞬で、王という戦いからは無縁の身では視認することすらできない。
これが神々の
腰が入ったパンチがゴーレム兵の胴体に入る。
無意識のうちに魔力でも込めたのだろう拳は、傷つくことなくゴーレム兵をバラバラに吹き飛ばした。
その勢いのまま──ゴーレム兵の破片が、王に降り注ぐ。
スタッフの魔力は残っていたが、あくまで直接的な魔法/魔術を防ぐ術しかこもっていない。
つまりその後の結果に過ぎない物理現象は防げない。
(すまない、我が国の民よ、愛しい我が娘よ……
どうか愚かな私を……ゆる…………
く…………)
こうして一国の王は。
そうだと認識されることもなく。
その骸をさらけ出した。