殲滅戦争 作:Libro
ラ・ヌゾの森。遥か上空。
下を向けば木々が豆粒程度に見えてしまう空の元、ウディは数秒放心した。
(殴られた? 私が? あの距離を詰められた──?!)
驚愕し、体制を立て直す。
即座に飛翔の魔術を行使し、空中に滞空する。
「はぁ!」
そのまま追撃するべきだと叫び。杖を振り下ろす。
たった一つのパンチで何百メートルと離されたことを把握したウディは驚愕し油断してはならないと心を引き締める。
口から血が出たのを確認し、手で拭う。
ただ殴られた際に口を切っただけ。だがこのような外部からの攻撃による傷は初めてのこと。それがウディに警戒させる。
相手に行動させる前に倒す。そうすべきと判断しウディの背後から幾千の木の根を作り、高速で射出する。
「聞くかぁ?!」
それに対し不破は翼を広げ、飛翔する。
自身の体より何十倍も多き翼を形成し、はためく。
何十。何百という弾丸をその身に受けるも無傷。
速度こそ落ちるモノの大したダメージにはならない。
「死ねゴミィ!」
不破が叫ぶ。
あらゆる弾丸を──自身よりも巨大な木の根などもすべてその身で受ける。
回避も防御も知ったことかとその身で受ける圧倒的ごり押し戦法。いや戦法未満。
あらゆる能力で不破はウディに勝っている。だからこその攻撃全て受けて倒すという脳筋戦法が通じる程に強い。
数秒。木の根をすべてその身で受け止め突き進んだ不破はウディの眼前に先ほどと同じように眼前にたどり着いた。
しかしウディも同じことを繰り返す気は無い。
「あぁ?!」
不破は殴りかかろうとするも、腕が動かないことに驚愕した。
視線を少し下にすれば両腕が拘束されている。気づかぬうちに。
一瞬の。距離を縮めたことに歓喜した一瞬の隙をつかれたという事実に不破は顔を歪める。
「これでどうだ?!」
ウディが後ろに飛翔。杖を上に掲げる。
「なにを──」
そういえばこいつなんで飛べているんだ? と今更なことに驚愕した不破は遅れてしまう。
ウディの遥か上。雲の上から巨大な木が地面に向かって成長するのに不破は気づけなかった。
「あ"?」
濁声。あるいは潰されたことに対する音。
遥か上空から不破を優に上回る。樹齢数千年──直径五十メートルはある巨大な木のてっぺんに不破は大地に落とされる。
早送り化の様に本来な天に突き進む木が逆に上空から地に突き進むという摂理を無視した現象。
(これが──一級の魔術師!)
自分が知っている相手はただの雑兵に過ぎなかったか、と不破は驚愕し、大地に打ち付けられる。
そのことにウディは油断も慢心もしない。更に力を入れ木が地面を侵食する。
びき、と嫌な音がしたのをウディの耳は聞き逃さなかった。
ばきばきと木が軋み、枯れ木の様に砕けていく。
連鎖するように大地から木に罅が入り、粉々に砕け散った。
「聞くかぁ?! こんなもの!」
不破が顔を歪め、叫んだ。
ウディ側は戦闘経験豊富。
このような全力全開の戦闘そのものの経験はなくとも『戦う』という経験自体は多数ある。
厳密には戦闘にすらなっていないことが多いが、それはさておき。
しかし不破側は戦闘経験等ない。
精々が義未教育における柔道程度。戦闘のせの字ぐらいしか知らない──あるいは知らない程度の者。
それがここまで戦えるのはやはり
だが、それ以上に不破を戦えるようにするのはその心に秘めた狂気だ。
異形の肉体は確かに超越者としての肉体を与える。
が、それだけだ。
F1の車に乗せられたところで一般人が運転等できないように。本来は不破もそうなるはずだった。
野良猫の死体一つ見るだけで忌避するような軟な精神のはずが。狂気を纏い人間を。同胞を蹂躙している。
今の不破泰二の戦闘方法は無茶なごり押し。歩き方も知らない幼子がよちよちと地面を這っているようなモノ。
だからその戦闘手法は素人以下の者で──そして、上昇しやすい。
どん、と不破が大地を蹴り、空に跳ね上がる。
そのままスーパーマンの様に拳を構え、ウディに向かって突き進む。
「あっぶな!」
ウディはそれを叫びながら拳をなんとか避ける。
そのまま後ろに飛行。遠くまで逃げる。
この数分の戦いで不破は成長した。
何もわからない手探りの状態から少しずつ。少しずつ学んだ。
本来単純なスペックだけで言うならば不破のが勝っていた。
それがウディが戦いになっていたのはひとえにその経験。知識。技術があってこそ。
それを上回れたら勝ち目など、無い。
(そうなる前に倒す!)
心を鼓舞し。杖を構える。
地面から何百メートルという木が生え不破に襲い掛かる。
不破はそれを全力の拳を振りぬき破壊する。
ただの拳の空振り。だがその力驚異的。
ただの余波。本来ならただそよ風を起こす程度の拳は不破の狂気と異形の肉体が共鳴し森をも消し飛ばす威力となる。
それに対しウディは自身を守るように球体上の結界を貼り防ぐ。
ウディ自身は耐えれる。だが森が死んでいく。
木々が大地ごと吹き飛び、たまたま居た獣が空に舞い上がり風でバラバラに砕け散る。
それほどの──森を消し飛ばして余りある力に結界は耐え切ない。数秒ののちパキリというガラスが割れる音と似も砕け散る。
威力が上がった一撃はウディの結界を容易く破る。そのままウディは風に流されるまま遥か遠くに吹き飛ばされる。
そしてそれを上回る速度で不破が飛翔。空中で回避も防御もできないウディは顔面の不破の拳を受ける。
大きな水音と共に、水が弾け飛んだ。
気づけば川の所に来ていたらしい。不破は今更それに気づき、まぁいいかと次の一手を放つべく掌に魔力を集中する。
川の水が木々が無くなり地面が変に抉れた大地に降り注ぐ。
その中ウディは体中に傷がついた体を治すべく自己治癒の魔術を使いながら考える。
(体がもたない……! どれだけ強いんだあの人!)
超高速で川に叩き込まれたウディは体制を直し魔術を行使する。
新たに行使するのは最も得意な樹齢操作の魔術。
川底から幾百の苗木が顔を出し絡み合い成長していく。
ある程度成長を操作し自身が木の上に入れるよう調整。ぐんぐんと木々は成長する。
たった数秒で樹齢幾千年かわからぬ巨木となる。木は川を突き破り遥か遠くの雲を貫く程に成長する。
川の水を吸い上げみずみずしく生い茂った葉の上にウディは飛翔し飛び降りる。
巨樹が水を常に吸い続けるせいか。あれほどの水量を誇る川の水が干上がり底にいた鮫や鰐や鯵がピチピチと跳ねている
ウディは大樹の上。遥か空の上から不破を見下ろす。
「ゆけ」
枝木が伸び歪に歪んだ木が不破を襲う。
下や横ではない。上から降り注ぐ木の枝とウディが時折放つ風の刃をその身で受け不破は耐える。
手の平に貯めていた魔力を放とうにもその隙が与えられない。そのことに苛つくも何もできない。
放とうとした瞬間不破の視界の外から攻撃が飛ぶ。打たせない。
拳を構える。阻害される。翼で飛翔、攻撃されて飛べない。
攻防が数分続き、耐えれなくなった不破が叫ぶ。
「煩わしい!」
叫び、両腕を開き魔力を放つ。
それだけで暴風が荒れ狂う。飛んできた魔術が。木が破壊された。
翼を大きく広げ、傷つくのを無視し超高速でウディの眼前まで飛翔。最初に撃たれた魔術の木よりもさらに強い。全てその身で受けた不破は最初と違いその身に多くの傷を負う。
しかしそんなの知ったことかと不破はそのままウディの顔面を右腕で掴み一回転。
回転の勢いをのせ、放り投げる。
さながら野球の投球のようなフォームで投げられたウディは勢いよく頭から地面にぶつかっていく。
地面を抉り。地を滑り。ウディが倒れこむ。
やったな、と不破が油断した瞬間体を貫かれる。
「がぁ……!」
木から生えた枝が不破の体を正確に貫く。
幾百の枝が不破の頭を。胸を、貫く。
「な、め……」
藻掻けば藻掻く程枝分かれし体を拘束する。
振り払おうと腕を動かそうとすれば胸に突き刺さった枝が成長。腕を阻害するように体の中を突き進む。
逃げようと足を動かそうとすれば足元の木から枝が生え突き刺さる。
魔法で消し飛ばそうとすれば喉から枝が生え詠唱を阻害する。
完全な詰み、
もはや指一本動かなくなった不破を視認したウディは上半身だけ起こしていたのをやめ、地面に背を預ける。
腕を下ろし息を整える。
(あぶ、なかった)
ウディがこれまで戦ってきた相手の中で最も強く。これ以上は無いと断言できる怪物。
幾百の魔族の軍よりも森を食い尽くす魔獣よりも。
なによりも強く。恐ろしいモノを倒せたと──
──ふと、気づく。
この世界における魔に属する存在は全て死ねば灰となって消え去る。
一定以上肉体が損傷すれば魔物も魔族も魔獣も関係なく消え去るはずのそれが、消えていない。
不破とウディの間にはだいぶ距離があるせいで気づきづらかったことに気づく。
ピクリ、と不破の体が動く。
(やめろ、やめてくれ)
もう体力はなく。魔力もない。
疲労で指一本動かせず舌も動かず魔法の詠唱もできない。
ウディの絶望を他所に不破は動く。
無理矢理に体を動かし。体から紫の血を垂れ流しながら動き出す。
肉が裂け。骨が零れ落ちた傍から再生する。
生命なら存在する内臓はなく。再生しないのが不破が人外の化物だと証明する。
数歩木の上を歩き。体から突き出た枝をその手で引っこ抜き再生が進んでいく。
ウディのこれまでの努力をあざ笑うかのように。時間が巻き戻るように直っていく。
今の不破泰二は神話の時代の名残。世界が楽園だった時代の──全能が常識だった時代の力。異形の肉体を保持している。
不破自身正確に把握できてない力。しかし不破の狂気と共鳴しその力を増すモノ。
ウディには圧倒的に経験が足りていなかった。
油断してしまった。そもそもウディ自体戦闘に向いている性格ではなかった。
経験は足りていた。だが心が不足していた。
それがウディの命運を分けた。
そもそも人型の実体に過ぎず頭部を破壊されようが脳みそを壊されようが。
前述したように内臓がない今の不破には致命傷という概念もない。
他の魔物達同様体が一定以上損傷しないと消えることない怪物はその視界をウディに向ける。
「あ──」
遥か昔からこの森を守り続けた者が最後に見たのは。
自らの頭を潰そうと迫りくる大きな手でも。狂気に染まった不破の顔でもなく。
はるかむかし幼い自身と一緒に遊んだ女の子だった。
ぐちゃり。
■
「しに……かけた……!」
不破が立ち上がり呟く。
右手で顔面を圧し潰し。眼球一つ残さず潰した死体を横目に口を開く。
開いた傍から血と体内に残っていた枝が零れ死体を汚していく。
魔術でゼロから作ったのではなく元から存在した物を強化・増殖させたものは術者が死亡しても残り続ける。
無から有を作ったのではなく有を強化したものだからだ。
無論無から有を作り出す──炎の魔術などで焦がせば焦げたままだったりするが。
不破がぺっ、と口からまたも血を吐き死体となった強敵に吐きかける。
元は綺麗だったの銀色の服にかかり汚れ切っていた銀が血に染まる。
それを気にもせず不破は自身の体の修復に全力を注ぐ。
傷跡から紫の靄が湧き塊となって肉に変わる。
佇むこと数分。体が完全に元に戻る。
何度か手を開いたり閉じたりして確認。自身の体が完全に治ったことを確認した不破は足元に魔力を込め操作する。
土が盛り上がり体に纏わりつくように蠢くこと数分。枝や木の根やらにズダズダに引き裂かれた服が元に戻る。
元がただの土であるため気分的にはいいモノではないが新しい服を着るまでの我慢だ。不破は自身に言い聞かせる。
これが鎧を元にしていたらもっと耐えれたのか。そんなどうでもいいことを不破は考える。
そもそも不破の『異形の肉体』はこの世界のどんな物質よりも強固だ。
何十年も強力な武具を産出する迷宮。他の迷宮よりも強力な──それ一つで戦局を別ける武具が数多く眠る迷宮の最下層にあった
今の不破に相応しい防具となれば神々が残した神器ぐらいものだ。
それ以外ではどんな名工の服も防具も布の服と大して変わらない。
「駒は……ほぼ全滅か」
眷属との繋がりを探るも残ったのはたった一つ。
元となる素材。死体や感情。魂無しで作った
「残ったのはドアイラクか……?」
こっちにこい、と思念を送っても動く気配がない。
はよこい、と命令しても一切動かない。
「ちっ……使えん奴だ」
背中から翼を広げ、川から飛び去った。
残ったのはエルフ擬きの死体と、ぐちゃぐちゃに荒れた大地だけだった。