殲滅戦争 作:Libro
──なんだこれは?
第一印象はそれだった。
見たこともない素材でできた白亜の神殿。
東西南北にはそれぞれ別の動物が描かれている。
あれだけの。ドアイラクの爆破や大雨があったというのにこの神殿の周囲だけは不気味なほどに何もない。
配下の気配を頼りに壊れた森を進んでいった不破は次にどうするか考えを纏めるべく。あえて徒歩で向かっていた。
唯一の手掛かりであったエルフが使い物にならなかったため別の方法で地球へ帰る方法を考えて。
考えた結果は不明、という当たり前の結果だったが。
数分、意味もなく観察していた不破は意を決して中へ進んで行った。
──神殿の外からの視線に気づかぬまま。
長い階段をゆっくりと降りていく。
蜥蜴のような足では足音が鳴らず。呼吸もしていないので布ずれの音しかしない。
降りていくこと数分。暗かった階段から一転し明るい場所に出る。
地下だというのに支える柱一つない大広場。
その奥には自分こそがこの場の支配者だと主張するかのように置かれた像が一つ。
光に誘われる蛾のように無意識に近づいていく。
「凄いな……これは」
素直に、すぅっと言葉がでる。
不破がこれまで見た──日本の神社や寺で見れるような仏像とは。圧倒的に存在感が違う。
今にも動き出しそうな力強さと本当に存在するかのように作られた神像。
毛の一本一本に至るまで精巧に作られたオルカ―ン・ハイレンの神像。世界を創りし神々の象。
鹿の顔を見上げながら、ふと異質な気配を感じ振り返る。
肌がチリチリと焼けるような。料理の油跳ねが飛んでくるような感覚と共に振り返ればそこにはもう一つの神像が。
──いや、本物か?
精巧に作られた神像は色も眼も何もかもが生きているかのように作られている。
故に気づくのが一瞬遅れた。
先ほどまで何もいなかったはずの場所に現れた存在が、口を開く。
『何者だ?』
エコーがかかった声。聞く者すべてを威圧する声。
心が弱い者ならば、自死を選んでしまいそうな圧を放つ人外の存在。
世界を創りし
鹿の両目が強く。強く不破を睨んでいる。
それに対し、不破は。
「そっちが何者だ……殺すぞ」
逆に威圧。
相手が神でも一歩も引かず。対抗するように殺意を撒き散らす。
『外から来た者よ。この世界を汚すつもりか?』
対し善神も一歩も引かない。自分が上でお前が下だと言わんばかりの言動をとる。
何処までも上から目線の言葉に不破も言い返えした。
「そっちが俺を召喚したくせに、汚すつもりだ? 嬲り殺すぞ」
召喚した、という言葉にオルカ―ンがふむと頷き何か納得する。
『……なるほど、転移者か──お前の望みはなんだ?』
「俺を元の世界に帰せ」
両手で中指を立てながら不破が返答する。
『
「……はぁ?」
『お前は
オルカ―ンの言葉を遮るように不破が全力で拳を振りぬく。
しかしオルカ―ンの体を貫いたと思えば湯気の様に体が消え。拳が直撃しない。
不破の拳は余波で床を破壊するだけに終わる。
オルカ―ン・ハイレンは本体で顕現している訳ではない。
現れたのは朝露のようなモノに過ぎず。強く世界に干渉できないと同時に干渉もされない。
出来るのは精々が声を届け、会話をするぐらいの物。
如何に不破が
『話は最後まで聞け』
不破が舌打をし後ろに跳躍する。
攻撃する気はなくなったのか。不破は拳を収める。
『我もお前を元の世界に戻すことは可能だった』
「……だった、てことは過去形か?」
『その体、我々も知覚できない異界の肉体では容量が大きすぎる
無理に元の世界に帰せば我にも影響がでる』
不破泰二を元の世界。地球へ帰すことだけならば可能だ。
だがそれは神がその身を削ることを意味する。
別世界への移動には膨大なエネルギーを必要となる。
これがただの人間等なら大した手間もエネルギーも必要ない。隣の家か部屋に移動する程度の疲労で終わる。
だが、不破泰二の──この場合は異形の肉体の場合は話が別だ。
なにしろその体が有する力は余りにも膨大。ただの人間に超越者の力を与える代物。
不破泰二の
例えるならば核兵器や原子爆弾などのそれ一つで世界に影響を与えうる物。
それ一つで世界に多大なる影響を与えるのだから本来なら気軽に動かせるものを動かせない。
ならば力を剥がせばいいが異形の肉体と不破泰二は魂と融合が完了してしまっている。
無理に剥がせば不破は死ぬし。死ぬ前に異形の肉体が暴走するだろう。
無論だからと言って地球に帰すことができないわけではない。
帰す場合に疲労もするし力も失う。しかし疲労なんてものは時間経過で回復するし、力を失うと言っても一時的なことに過ぎない。
神という存在からすれば瞬く程度の時間。
だが定命の者にとっては非常に長い。
死を司る邪神が世界に顕現すれば『死』が近づくように。逆に死を司る邪神が一度死ねば死は遠ざかる。
厳密には神が死ぬことはないが。『死』と呼べるような状態にはなりうる。
その影響は定命の者達に……死の概念がある者に強く出る。
人々は首を斬られても数年単位で生存可能。指一本動かせない空腹の状態でも何年も生き続けられる。
本来なら致命傷であるはずの手足の欠損であろうと心臓がかけようが最低でも月単位。最大年単位で生存可能という死が遠ざかる。
そしてこれは
この場合狩と治癒を司る神であるオルカ―ン・ハイレンが死ねば人々は狩ができなくなる。
矢を放てば獲物に届く前に失速し落ち。剣で獣を狩ろうとすれば獲物は見つけにくくなり。剣を振るえば当たることはない。
傷を追えば瘡蓋ができても治ることはなく。数年たたねば擦り傷一つ治らない。
三日程度で直るささくれが三年以上の月日を持ってようやく治る──そのようになるだろう。
不破を元の世界に帰す場合死ぬ訳ではないが実質死ぬと同じぐらい弱くなる。
善なる神であるオルカ―ンが不破を元の世界に帰せばこれだけの被害が世界単位で生じ、生命全般に影響が出る。
無論これは他の神が元の世界に帰したとしても同じことが起こる。
光を司る善神ならば世界が闇に覆われる。闘争を司る戦女神の場合は人々は戦うという発想そのものがなくなり魔族に滅ぼされる。
他の神々と協力して帰せば世界の要素そのものが短期間とはいえ弱まってしまう。
そもそも
故に善なる神々は協力しない、不破を元の世界に帰すことには。
「ふざけんな……」
膨大な──邪神に匹敵する魔力を放ち、不破が威圧する。
『それはこちらの台詞だ──異邦人』
魔力に対しオルカ―ンは神の力を放つ。神の力。
世界を滅ぼす力が魔力ならば。世界を創り出す力こそが神力。
世界を滅ぼす存在たる
世界を生み出す力。世界を維持する力は世界を滅ぼす力と相反する。
『異世界からの来訪者よ、今ならばまだ──』
神の言葉が終わる前に不破は右手を突き出し魔力を込める。
膨大な魔力が込められたそれは闇の塊となり。
「"消えろ"」
『……それがお前の──選択か』
黒い閃光という矛盾したそれに善なる神の幻はかき消された。
■
神殿。外。
そこに不破泰二は出てきた。神殿を踏みしめ、罅を残してから。
「使い物にならねぇーじゃねぇかクソが!」
ドタドタと、地面にスタンピングしながら不破が叫んだ。
子供の癇癪じみた行動。だがそれ一つで地面に罅が入りクレーターを作り出す。
異形となり果てた不破の力は神のそれに匹敵すると言っても過言ではない。
ようやく。元の世界に帰れると期待を込めてエルフに会いに来たら結局は帰れないと断言された不破はあれに荒れている。
どうやっても元の世界に帰ると誓いはしたが唯一の手掛かりが消えた以上もはやどうしようもない。
その事実を認めたくなく。玩具を買い与えられなかった幼子のように暴れる。
数分後。がむしゃらに暴れた不破に声がかかる。
「随分と荒れていますねぇ」
「あぁ?!」
何処からか来た声に反応し不破が振り返る。
クレーターの底から見上げればそこに居るのは女だった。
真っ黒なローブに身を包んだ若い女。
ローブから見える顔を見ればエルフの耳がないことから人間であることがわかる。
特徴的なのはその身にローブしか纏っていないことか。服もズボンも靴も何もかもがない。
森の中裸足で歩いてきたせいか足には細々とした傷があり血が流れている。
「なんだお前」
(何でこんなところに女がいる?)
しかもエルフでもない者が何故──?
女は不破の問いに答えることなくクレーターに飛び込んでくる。
片足で着地した女は骨折をし。片足立ちをする。
何がしたいんだ、と不破が呆れれば女の口から触手が生える。
「……は?」
突然の奇行に唖然とする。
生えたのはピンク色の生肉のような触手だ。
うねうねと動き。女の口を破壊する。
次に腹──丁度子宮がある位置から触手が突き出てくる。
一本だけでない。何百という単位で。
不破が何が起こってるのかと存在しない脳が停止しているうちについには触手だけになる。
ピンク色の蠢く触手の塊となり女の肉片一つ残っていない。
『初めまして』
強い威圧。
聞く者が聞けば発狂し。自傷行為に及んで自ら死を望むような声。
オルカ―ン・ハイレンのような。何処か神聖さを感じさせるのではなく純粋な恐怖を与える声。
『私はケントニス・ヴィッセン──
「誰だよ」
『外の世界から来た者の末裔だよ。不破泰二君』
何で自身の名を知っていると不破は警戒を強める。
先ほどあったオルカ―ンに気配は似通っているが根本的には違う存在。
『混乱するのも無理はない、だが私は、君の味方になりうる』
「……へぇ」
「なら俺を元の世界に帰せるって言うのか?」
どうせ無理だろう、そう思っての言葉。
『
「……は?」
『私ならお前を。元の世界に戻すことができる』
目の前の邪神は、断言した。
ようやく元の世界に帰れる。家族に会えると。歓喜する寸前それは裏切られる。
『今は無理だがね』
「──どういうことだ、説明しろ!」
『無論説明するとも』
口も眼もない癖にニマァと顔を歪めたような気配。
異形の邪神は
『私ならばお前を元の世界に帰せるが私はこちらの世界に強く干渉できない
故にこちらへの干渉を強めるためにやるべきことがある……』
「……何をすればいいと?」
『単純なこと。この地に存在する魔族をこの大陸に蔓延らせればいい』
『無論それ以外にも細々としたことは必要だが結論としてはそれを最優先に動けばいい』
『さぁどうする不破泰二。我々と同じく遥か遠くから飛来せし者よ』
ケントニスは、不破に向かって触手を伸ばし。
不破泰二は強く、強くその触手を掴んだ。