殲滅戦争 作:Libro
扉が開く。
兵士が通行するとき以外ほぼ開くことない扉が動くのを見た市民が珍しいと呟く。
扉を潜ったのは私服姿のドワーフだ。
鎧を着用せず。武器一つ持っていないという外に出ていたにしては不自然な者。
深夜直前。酒を飲み笑うドワーフが流石に寝るかと酒場から出る時間帯。
否が応でも注目を浴びたドワーフ──ギレスは息を吸い込み、叫ぶ。
「魔物が攻めてくるぞぉぉぉぉぉ!」
耳が裂ける程の叫び声に幾人かのドワーフが耳をふさぐ。
地下という閉鎖空間も相まって声が木霊する。
「なんじゃぁあ! 五月蠅いぞ!」
偶々近くにいたドワーフが叫び文句を言う。
酔っているのか顔が少し赤い。
「おう! 騒げ騒げ! 魔物が攻めてくる!」
二度の魔物。という言葉に住民が騒ぎ出す。
ざわざわとした声が重なり合っていく中一人エルフが前に出る。
「そこのドワーフ、魔物が攻めてくるって。どういうこと?」
「そのままの意味じゃ! 森から魔物が攻めてきおった!」
だから今すぐ逃げろ、と。
「……森からって、ラ・ヌゾから? そこには──」
「理由はわからんが、森の要所から魔物がきおった……理由とかなんでとか。今考えても仕方がなかろう!」
焦りながらギレスが叫ぶ。
その焦燥感に駆られた声にようやく酔っ払いの戯言でも何でもないと判断したドワーフ達が軽くパニック状態になる。
逃げろと。何処に逃げろと言うのか。
「──落ち着けい」
街の奥からドワーフが歩いてくる。
重装歩兵と言ったところか。
自身の背丈よりも大きい戦斧。関節までガチガチに作られた鎧。
この街の衛兵長だ。
ギレスが要塞にて使った魔道具の信号を察知し。何かあったのかと門まで完全武装でやってきたのだ。
「住民は避難を、ギレス。こっちにこい……話してもらうぞ」
「はっ!」
■
「……なるほどな」
見たことない新種の魔物。
エルフ達の防衛ラインからの侵略。千にも及ぶ魔物達。
「どうすべきか」
門の隣の宿舎にて、ギレスは衛兵長と話していた。
衛兵長は頭を悩ませる。
どうにもできないと。
(敵は最低でもエルフを打倒せる強者……この街の戦力はさほどない……そもそも住民が避難すれば、そう長くは持たない)
ドワーフの街は地下にできている。
神官の奇跡や太陽の光を再現できる魔法。地下でも育つ植物などによって必要最低限の食料の生成等は可能だ。
だがそれにも限度がある。
神官の奇跡といえど万能ではない。作れる種類も数も限度がある。
住民全員が避難をすれば切り詰めても一週間が限度だ。
そもそも魔物を迎撃できるかどうか怪しい。
運よく今回乗り切れても次が来れば終わってしまう。次への対処法がない。
食糧の生産は都市内に集中している。避難先では食料に自給自足は不可能になる。
この場合都市国家というのが弊害だ。
そもそもこの山はドワーフの国と謡っているが実際は都市が幾十かある程度でありドワーフの都市間で貿易も何もない。
片道何年処か道中で餓死しえる場所と通行等不可能だ。
今も拡張。拡大が続く生きた迷宮にこのような都市があること自体半場奇跡。
故に都市を捨てて別の街に行くということもできない。
ギレスが使った魔道具にてドワーフ達に危機は伝わったがこの状況で援軍を望むのはとんでもない愚者ぐらいの者だ。もしかしたら他の都市は全滅しているかもしれないし。
(ならば──)
何かの奇跡にかけての都市での防衛戦。
それしかない。
■
「きひひひひひ」
気色の悪い笑い声をあげながらトーベンは進む。
率いるは魔物の軍勢。
一山いくらの雑兵に過ぎない
といってもただの雑兵よりはまし程度だが。
いつか人間の都市を攻めに行った時と違い魔神の完全な制御下に入っている魔物は坑道を突き進む。
エルフの森を駆け抜け。これ見よがしに開かれていた山の洞窟を突き進む先の要塞を破壊し歩を進める。
ふと、トーベンの背後から爆発音が響く。
「うひょ?」
疑問を感じる暇なく。連続して爆発していく。
一発一発は大した威力ではない。精々が魔物が一匹死ぬ程度の威力。
だが塵も積もればなんとやら。重なれば結構な被害となる。
トーベンは魂の集合体という
意図的にトーベンが調整しない限り物理的な干渉は一切受けない。
トーベンが
それ以外では魔力か神力を用いた力でのみダメージを負う──正確には干渉される存在だ。
故に物理的なトラップに気づけなかった。引っかかることはなかった。
連鎖爆破により坑道が揺れる。
天井にはルーンが刻まれているが……これほどの爆発に耐えれる程のモノではない。
実体化していないトーベンは兎も角。他の魔物達に被害が及ぶ。
天井が崩れ瓦礫の雨が降りそそぐ。
オークが瓦礫に潰され。ゴブリンは瓦礫に埋まれ身動きできなくなる。
ボーン・ディア―は特徴的な角が折れただの鹿となって頭が潰れた。
唯一岩をも喰らう
「ひょほほほ」
だがそれをトーベンは気にしない。
降り注ぐ瓦礫を。ごく一部のルーンが刻まれた部分のみ回避しそれ以外は素通りさせる。
一度命じられればそれがどんなものでも──物理的に不可能な命令だろうと受理。実行する。
連れてきた魔物の大半が死に。残りは数十程度の
冷静に考えればこの兵力でどう都市を墜とすのか。トーベンは数秒止まり。
──何も考えず突っ込んだ。
「ひぃはっはははは!」
叫びながら斧を生成し都市に向かって走り出す。
瓦礫に埋もれ。視界が塞がれ前後左右わからないがトーベンは直観で走る。
後ろから
全力で走ること数分。瓦礫の山を抜け出し都市の眼前にたどり着く。
ドン、ドンという砲撃音。
見れば城門に取り付けられたバリスタから砲弾が放たれているのが見える。
放たれた砲弾をトーベンは器用に体を変形させ回避。結果後ろから顔を出した
ぐちゃり、と
着弾と同時に破裂し、
だがそれでは
魔物という生命に近いだけの別種の化物は頭が潰れた程度では止まれない。
トーベンが進む後から
それをドワーフ達はバリスタで迎撃する。
しかし城門に取り付けられたバリスタはたったの二丁。この数を相手にするには足りなすぎる。
そもそもバリスタ事態連射武器ではない。
一発放つ度に玄を引き砲弾を装填して放つ。それだけの動作がいるのだ。
更には威力と射程の為に放つための玄も相当固く。ドワーフの腕でも引くのに相当力が必要だ。
無論ルーン文字を用いて強化されているがそれでも相当に固い。
そうしてトーベンが城門前に到着する前に放たれたのは九発。
それはたった二体の
怪我と言っても魔物の身では放置すれば死ぬ訳ではない。
だが行動に支障は出る。
肉が抉れ。頭部が壊れていようと一定以上損傷しない限り魔物は消滅しないが──ダメージの影響は出るものだ。
足を斬られれば歩行が困難になり。爪を傷つけれれば攻撃能力に支障がでる。
故この奮闘は無意味ではない。
「きぃぃぃはぁぁぁ!」
トーベンが叫び一瞬で城門前にたどり着き。斧を振り下ろす。
だがルーンが刻まれた門はトーベンの攻撃を容易く防ぐ。
魂の集合体であるトーベンは物理攻撃力は非常に低い。
唯の鋼鉄一つ壊すのにすら時間が掛かる程。
幾十と斧を振るっているが城門には傷一つ付かない。
追従してきたワームたちが壁に突進したり捕食しようとするがこれもまた無意味。
唯の岩や壁ならどうとでもなるがこの都市を蓋うのはルーンが刻まれ、魔力を用いその効果を永続的に発動させている城壁。
人の都市ならいざ知らず。ワーム以外にも土や岩を喰らう魔物は多数いる。
そういった魔物の侵入を防ぐために人の街より強固に作られた代物。更にはこれは地中にまで及ぶ。
城壁の真下から真上まで。ドーム状に都市を蓋う様に地中にもルーン性の鉄板が仕込まれている。
つまりトーベン達魔物がここを突破するのは不可能というわけだ。
これが魔神がいればパンチ一発で吹き飛ばし。ドアイラクがいれば土を操作するなり爆破で消し飛ばせれたが──ここに彼らはいない。
しかしドワーフ側も対処法が無い。
ワームの群を倒せる戦士はおらず。逃げるための手段などない。
お互いに千日手。動くことができない。
だが魔物側には余裕があり。ドワーフ達は余裕がない。
魔物に……この地の魔物に食事は必要ない。
大気に満ちる魔力をただ吸収するだけで己の存在を維持できる。
ドワーフ達は食事がいる。
神の奇跡か数少ない植物が育つこの街で。食物を得る必要が。
このまま時間が過ぎてゆけば先に倒れるのはドワーフだ。
避難所では神の奇跡で食料を得られても数は少なく都市全員を養うのは不可能。
無論魔物は壁を突破できないのだから街に戻って生活に戻ることも可能とはいえる。
だがそんな状況下で普段通りに暮らせるわけがない。
四面楚歌──四方八方を猛獣に囲まれた檻の中での生活等。想像を絶する苦しみ。
一歩でも出れば魔物に食われる状況で普通に過ごせるものがいればそれは狂人だ。
「ええい! これどうすりゃいいんじゃ!」
「知らん!」
喚きだすドワーフの戦士に同じく恐怖に駆られた者が叫ぶ。
故に気づくのに遅れてしまった。魔物側に増援が来たことに。
地下ではあまり聞こえない肉食獣の声。
瓦礫の山を地道に掘り進め。新しくやってきた魔物達。
「ぐぎゃぎゃぎゃ!」
獣と人間の混じった声。
暗闇に光る赤い瞳。肥大化した腹部に筋肉質な手足。
森の木をそのまま握って持ってきただけの人型の怪物。
緑色の肌を晒し、身にまとう衣服も布も無い姿。
オーク。そう呼称される魔物たち。
その最大の特徴はその膂力。全身鎧を纏った騎士であろうとその力で叩き潰すその力。
そう。つまりワームやトーベンには不足している破壊力を有する。
鼻息を漏らし、口から涎をだらだらと流す怪物が二桁程度やってきた。
「は、はなてぇ!」
いち早く正気に戻ったドワーフがバリスタから砲弾を放つ。
クロスボウの速度は時速三百キロを超えるという。
だがここはファンタジー世界。ルーンというエルフが発明しドワーフが発展させた技術を用いれば初速から時速五百キロにまで達する。
この狭い地下空間では放てば即座に当たる代物。
「グォウ!」
それを回避も防御もせず。その身で受け止める。
オークの胸に突き刺さるもーーさして気にしない。
無得に深く刺さったというのに歩みは止まらず。抜いたり気にする素振り一つ無く進んでいく。
ダメージが無いわけではない。だがたかが一発では致命傷に至らないだけ。
しかしドワーフの目には通じていないように映る。
歴戦の兵は居ない。そもそも大半は壁の内側で過ごしてきた者が殆どだ。
壁の内側に籠っている兵はその大半を同じドワーフや少ない人間等が起こす犯罪などを対処してきた。
異形との戦闘経験など持ちえない。
このまま何十と放てば倒せる程度の敵であろうとドワーフにはそれがわからない。
「ま、まずい! 逃げるぞ!」
恐怖が伝播し一人のドワーフが声を上げた。
これにて戦局は決まった。
ドワーフ側に切り札はない、この戦局をひっくり返せる
だが魔物側はオークという援軍。足りなかった物理火力がやってきた。
もはやこれまでとドワーフが諦めて城壁から走って逃げだした。
「ウォォォ!」
その逃走を感知し。一体のオークが好機とみなし叫び。突撃する。
トーベンのような牛歩ではない。走り方も成っていない力任せの走り。
腕を動かすことなく。全力で走るせいで腕がぶらぶらと揺れるのも構わず走る。
その勢いのまま頭から城門に突撃。
咄嗟に。トーベンは体を霧散させ回避しーーオークのこん棒が難なく城門に命中した。
ぴきり、と罅が入る。
これを好機と見たトーベンがやたらめったらに斧を振るい。続けてワームたちが頭突きを繰り返す。
しかし彼らの攻撃力は低く如何に罅が入っていようと壊せるものではない。
叫び声をあげながらオークが頭突きをしたりこん棒による連打を繰り返す。
知性を感じられない行動だが、実際彼らに知性はない。
本能のまま。あるいは主に命じられたままの行動しか取れない怪物だ。
しかしそれでも攻撃力は非常に高い。このままでも数十分で破壊できるだろう。
そこに新しく増援がやってくる。
「ド ケ」
現れたのは一つ目の巨人。サイクロップス。
大きな眼球が一つに角が二つ。緑色の皮膚。
衣服を纏っていない体は己の筋肉を主張している。
だが大きさがこの洞窟にはあっておらず。猫背の体勢だ。
持ってきたこん棒が半分以上地面を抉っている。
トーベンが視界を切り替えればそこに来たのは新しく従えられた魔物と魔族たち。
崩落した坑道は既に新しく来た魔物に撤去。或いは破壊され元通りになっている。
追加のオークにゴブリン。狼等の獣型の魔物達。
合計して百にも満たないがそれでも充分すぎる。
しかし主であるディロンや存在が規格外なドアイラクはここにはいない。
「フンヌ!」
サイクロップスがこん棒を地面から振り上げトーベンを巻き込みながら城門へと振りかざす。
罅が入り。脆くなっていた城門はあっけなく砕かれ破片が街に降りかかる。
酒場に。広場に。宿に。
降り注いだ破片が街を破壊していく。
元の形に戻ったトーベンが笑いながら街に突撃し。適当な家に斧を振りかざし壊しながら真っ直ぐ走る。
ワームたちが家を喰らいながらトーベンを追いかける。
サイクロップスはその巨体で家を蹴り飛ばし。オークはこん棒で地面をたたき。ゴブリンは破壊力が無いのでオークに投げられて砲弾代わりに家々を破壊する。
そうして街を破壊する行進は一時間足らずで終わった。
「……なんじゃったんじゃ、今の」
バリスタで迎撃していたドワーフが呟く。
城壁から逃げ街の奥へと逃げたドワーフ達は破壊の行進から逃げた。
サイクロップスは勿論。トーベンにすら視認されていたが彼らはドワーフを無視し街を破壊していった。
ドワーフ達とて、魔物の群相手に突撃して勝てるなどとは思わない。だから隅で縮こまってどうか見逃してくれと神に祈っていたが……それでもこの光景は彼らの常識から考えてあまりに可笑しすぎた。
魔物は人類を襲う。それに意味はない。
何故ならそういう概念だからだ。
故に魔物がドワーフを……人を見つけたというのに無視して街を破壊して回る等余りにも可笑しいことだ。
人を探す。あるいは襲うために街を破壊することはあれど街の破壊そのものが目的なことは、ない。
彼らは数分、顔を見合わせ──わからんと思考を放棄した。