殲滅戦争   作:Libro

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第29話

 扉が開く。

 兵士が通行するとき以外ほぼ開くことない扉が動くのを見た市民が珍しいと呟く。

 扉を潜ったのは私服姿のドワーフだ。

 鎧を着用せず。武器一つ持っていないドワーフ。

 

 深夜直前。酒を飲み笑うドワーフが流石に寝るかと酒場から出る時間帯。

 

 否が応でも注目を浴びたドワーフ──ギレスは息を吸い込み、叫ぶ。

 

「魔物が攻めてくるぞぉぉぉぉぉ!」

 

 耳が裂ける程の叫び声に幾人かのドワーフが耳をふさぐ。

 地下という閉鎖空間も相まって声が木霊する。

 

「なんじゃぁあ! 五月蠅いぞ!」

 

 偶々近くにいたドワーフが叫び文句を言う。

 酔っているのか顔が少し赤い。

 

「おう! 騒げ騒げ! 魔物が攻めてくる!」

 

 二度の魔物。という言葉に住民が騒ぎ出す。

 ざわざわとした声が重なり合っていく中一人エルフが前に出る。

 

「そこのドワーフ、魔物が攻めてくるって。どういうこと?」

「そのままの意味じゃ! 森から魔物が攻めてきおった!」

 

 だから今すぐ逃げろ、と。

 

「……森からって、ラ・ヌゾから? そこには──」

「理由はわからんが、森の要所から魔物がきおった……理由とかなんでとか。今考えても仕方がなかろう!」

 

 焦りながらギレスが叫ぶ。

 その焦燥感に駆られた声にようやく酔っ払いの戯言でも何でもないと判断したドワーフ達が軽くパニック状態になる。

 逃げろと。何処に逃げろと言うのか。

 

「──落ち着けい」

 

 街の奥からドワーフが歩いてくる。

 重装歩兵と言ったところか。

 自身の背丈よりも大きい戦斧。関節までガチガチに作られた鎧。

 この街の衛兵長だ。

 ギレスが要塞にて使った魔道具の信号を察知し。何かあったのかと門まで完全武装でやってきたのだ。

 

「住民は避難を、ギレス。こっちにこい……話してもらうぞ」

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

「……なるほどな」

 

 見たことない新種の魔物。

 エルフ達の防衛ラインからの侵略。千にも及ぶ魔物達。

 

「どうすべきか」

 

 門の隣の宿舎にて、ギレスは衛兵長と話していた。

 衛兵長は頭を悩ませる。

 どうにもできないと。

 

(敵は最低でもエルフを打倒せる強者……この街の戦力はさほどない……そもそも住民が避難すれば、そう長くは持たない)

 

 

 ドワーフの街は地下にできている。

 神官の奇跡や太陽の光を再現できる魔法。地下でも育つ植物などによって必要最低限の食料の生成等は可能だ。

 だがそれにも限度がある。

 神官の奇跡といえど万能ではない。作れる種類も数も限度がある。

 住民全員が避難をすれば切り詰めても一週間が限度だ。

 そもそも魔物を迎撃できるかどうか怪しい。

 運よく今回乗り切れても次が来れば終わってしまう。次への対処法がない。

 

 この場合都市国家というのが弊害だ。

 そもそもこの山はドワーフの国と謡っているが実際は都市が幾十かある程度でありドワーフの都市間で貿易も何もない。

 片道何年処か道中で餓死しえる場所と通行等不可能だ。

 今も拡張。拡大が続く生きた迷宮にこのような都市があること自体半場奇跡。

 故に都市を捨てて別の街に行くということもできない。

 ギレスが使った魔道具にてドワーフ達に危機は伝わったがこの状況で援軍を望むのはとんでもない愚者ぐらいの者だ。もしかしたら他の都市は全滅しているかもしれないし。

 

(ならば──)

 

 何かの奇跡にかけての都市での防衛戦。

 それしかない。

 

 ■

 

「きひひひひひ」

 

 気色の悪い笑い声をあげながらトーベンは進む。

 率いるは魔物の軍勢。

 一山いくらの雑兵に過ぎない≪不可解な者≫(アンノウンズ)と違い魔物はそれ相応に強い。

 といってもただの雑兵よりはまし程度だが。

 

 いつか人間の都市を攻めに行った時と違い魔神の完全な制御下に入っている魔物は坑道を突き進む。

 エルフの森を駆け抜け。これ見よがしに開かれていた山の洞窟を突き進む先の要塞を破壊し歩を進める。

 

 ふと、トーベンの背後から爆発音が響く。

 

「うひょ?」

 

 疑問を感じる暇なく。連続して爆発していく。

 一発一発は大した威力ではない。精々が魔物が一匹死ぬ程度の威力。

 だが塵も積もればなんとやら。重なれば結構な被害となる。

 

 トーベンは魂の集合体という非実体(アストラル)に分類される存在だ。

 意図的にトーベンが調整しない限り物理的な干渉は一切受けない。

 トーベンが物質(マテリアル)に攻撃する際のみ実体となる。

 それ以外では魔力か神力を用いた力でのみダメージを負う──正確には干渉される存在。

 故に物理的なトラップに気づけなかった。引っかかることはなかった。

 

 連鎖爆破により坑道が揺れる。

 天井にはルーンが刻まれているが……これほどの爆発に耐えれる程のモノではない。

 実体化していないトーベンは兎も角。他の魔物達に被害が及ぶ。

 天井が崩れ瓦礫の雨が降りそそぐ。

 オークが瓦礫に潰され。ゴブリンは瓦礫に埋まれ身動きできなくなる。

 ボーン・ディア―は特徴的な角が折れただの鹿となって頭が潰れた。

 唯一岩をも喰らう森の大ミミズ(フォレスト・ワーム)は降ってくる岩を食うなり先に地面や壁を食って避けれているが。

 

「ひょほほほ」

 

 だがそれをトーベンは気にしない。

 降り注ぐ瓦礫を。ごく一部のルーンが刻まれた部分のみ回避しそれ以外は素通りさせる。

 ≪不可解な者≫(アンノウンズ)に自己判断能力はない。

 一度命じられればそれがどんなものでも──物理的に不可能な命令だろうと受理。実行する。

 連れてきた魔物の大半が死に。残りは数十程度の森の大ミミズ(フォレスト・ワーム)のみ。

 

 冷静に考えればこの兵力でどう都市を墜とすのか。トーベンは数秒止まり。

 ──何も考えず突っ込んだ。

 

「ひぃはっはははは!」

 

 叫びながら斧を生成し都市に向かって走り出す。

 瓦礫に埋もれ。視界が塞がれ前後左右わからないがトーベンは直観で走る。

 後ろから森の大ミミズ(フォレスト・ワーム)が瓦礫を喰らいながらトーベン追従してくる。

 全力で走ること数分。瓦礫の山を抜け出し都市の眼前にたどり着く。

 

 ドン、ドンという砲撃音。

 見れば城門に取り付けられたバリスタから砲弾が放たれているのが見える。

 放たれた砲弾をトーベンは器用に体を変形させ回避。結果後ろから顔を出した森の大ミミズ(フォレスト・ワーム)の頭部に着弾した。

 

 ぐちゃり、と森の大ミミズ(フォレスト・ワーム)が潰れる。

 着弾と同時に破裂し、森の大ミミズ(フォレスト・ワーム)の頭部が破裂し飛び散る。

 だがそれでは森の大ミミズ(フォレスト・ワーム)は止まらない。

 魔物という生命に近いだけの別種の化物は頭が潰れた程度では止まれない。

 

 トーベンが進む後から森の大ミミズ(フォレスト・ワーム)が湧いて出てくる。

 それをドワーフ達はバリスタで迎撃する。

 しかし城門に取り付けられたバリスタはたったの二丁。この数を相手にするには足りなすぎる。

 そもそもバリスタ事態連射武器ではない。

 一発放つ度に玄を引き砲弾を装填して放つ。それだけの動作がいるのだ。

 更には威力と射程の為に放つための玄も相当固く。ドワーフの腕でも引くのに相当力が必要だ。

 無論ルーン文字を用いて強化されているがそれでも相当に固い。

 

 そうしてトーベンが城門前に到着する前に放たれたのは九発。

 それはたった二体の森の大ミミズ(フォレスト・ワーム)を倒し。七体の森の大ミミズ(フォレスト・ワーム)に怪我を負わせた。

 怪我と言っても魔物の身では放置すれば死ぬ訳ではない。

 だが行動に支障は出る。

 肉が抉れ。頭部が壊れていようと一定以上損傷しない限り魔物は消滅しないが──ダメージの影響は出るものだ。

 足を斬られれば歩行が困難になり。爪を傷つけれれば攻撃能力に支障がでる。

 

 故この奮闘は無意味ではない。

 

「きぃぃぃはぁぁぁ!」

 

 トーベンが叫び一瞬で城門前にたどり着き。斧を振り下ろす。

 だがルーンが刻まれた門はトーベンの攻撃を容易く防ぐ。

 

 魂の集合体であるトーベンは物理攻撃力は非常に低い。

 唯の鋼鉄一つ壊すのにすら時間が掛かる程。

 幾十と斧を振るっているが城門には傷一つ付かない。

 追従してきたワームたちが壁に突進したり捕食しようとするがこれもまた無意味。

 唯の岩や壁ならどうとでもなるがこの都市を蓋うのはルーンが刻まれ、魔力を用いその効果を永続的に発動させている城壁。

 人の都市ならいざ知らず。ワーム以外にも土や岩を喰らう魔物は多数いる。

 そういった魔物の侵入を防ぐために人の街より強固に作られた代物。更にはこれは地中にまで及ぶ。

 城壁の真下から真上まで。ドーム状に都市を蓋う様に地中にもルーン性の鉄板が仕込まれている。

 つまりトーベン達魔物がここを突破するのは不可能というわけだ。

 

 これが魔神がいればパンチ一発で吹き飛ばし。ドアイラクがいれば土を操作するなり爆破で消し飛ばせれたが──ここに彼らはいない。

 

 しかしドワーフ側も対処法が無い。

 ワームの群を倒せる戦士はおらず。逃げるための手段などない。

 

 お互いに千日手。動くことができない。

 だが魔物側には余裕があり。ドワーフ達は余裕がない。

 

 魔物に……この地の魔物に食事は必要ない。

 大気に満ちる魔力をただ吸収するだけで己の存在を維持できる。

 

 ドワーフ達は食事がいる。

 神の奇跡か数少ない植物が育つこの街で。食物を得る必要が。

 

 このまま時間が過ぎてゆけば先に倒れるのはドワーフだ。

 避難所では神の奇跡で食料を得られても数は少なく都市全員を養うのは不可能。

 無論魔物は壁を突破できないのだから街に戻って生活に戻ることも可能とはいえる。

 だがそんな状況下で普段通りに暮らせるわけがない。

 四面楚歌──四方八方を猛獣に囲まれた檻の中での生活等。想像を絶する苦しみ。

 一歩でも出れば魔物に食われる状況で普通に過ごせるものがいればそれは狂人だ。

 

「ええい! これどうすりゃいいんじゃ!」

「知らん!」

 

 喚きだすドワーフの戦士に同じく恐怖に駆られた者が叫ぶ。

 故に気づくのに遅れてしまった。魔物側に増援が来たことに。

 

 グルル、という地下ではあまり聞こえない肉食獣の声。

 瓦礫の山を地道に掘り進め。新しくやってきた魔物達。

 

「ウォーオオン!」

 

 獣。狼の叫ぶ声。

 三つの獣の叫び声が地下空間に木霊する。

 新たに現れた魔物は人狼(ライカンスロープ)だ。

 獣が人の知恵を得たという獣人種と違い人が獣の力を得た──後天的に魔物化した存在だ。

 人を無理やり狼の形に歪めた造形。

 手足が異常に伸び。歪んだ指が垣間見える。

 口からはダラダラと涎が零れ落ち。自らの肉を溶かす消化液が顎から零れ落ちては足元を溶かしてゆく。

 衣服というのは見受けられない。その裸体を惜しげもなくさらしているが生殖器は見当たらない。

『人間』というのは無限の可能性を秘めた種族だ。

 能力に制限を欠けられている亜人種と違い才能による壁はあれど誰もが強くなれる可能性を持つ。

 邪神がその力を与えたのならば。才なき者でも強くなれる。

 と言っても最初から才がある者ならば普通に努力した方がより早く。より強くなれるが──

 兎も角人間でも才が無くても強くなれる手段の一つだ。

 他には吸血鬼やアンデッドという別の存在への転生があるが……それは今は置いておこう。

 

 現れた人狼は三体。だがこの戦局をひっくり返すのには十分だ。

 

「は、はなてぇ!」

 

 いち早く正気に戻ったドワーフがバリスタから砲弾を放つ。

 クロスボウの速度は時速三百キロを超えるという。

 だがここはファンタジー世界。ルーンというエルフが発明しドワーフが発展させた技術を用いれば初速から時速五百キロにまで達する。

 この狭い地下空間では放てば即座に当たる代物。

 

「グォウ!」

 

 それを人狼が掴む。

 片手で放たれた砲弾を掴み。そのまま無造作に投げ返す。

 フォームもなっていない。力任せの投擲はワームを巻き込みトーベンを通過し城門に着弾する。

 ワームは肉片が飛び散り灰となるがトーベンは体を霧散させて無効化する。

 

「ま、まずい! 逃げるぞ!」

 

 これにて戦局は決まった。

 ドワーフ側に切り札はない、この戦局をひっくり返せる手札(ジョーカー)はいないのだ。

 だが魔物側は人狼という足りなかった物理火力がやってきた。

 もはやこれまでとドワーフが諦めて城壁から走って逃げだした。

 

「ウォォォン!」

 

 その逃走を感知し。一体の人狼が好機とみなし叫び。突撃する。

 トーベンのような牛歩ではない。馬よりも早く四足で駆けだす。

 その勢いのまま頭から城門に突撃する。

 咄嗟に。トーベンは体を霧散させ回避し難なく城門に命中する。

 ぴきり、と罅が入る。

 これを好機と見たトーベンがやたらめったらに斧を振るい。続けてワームたちが頭突きを繰り返す。

 しかし彼らの攻撃力は低く如何に罅が入っていようと壊せるものではない。

 叫び声をあげながら人狼が頭突きをしたり連打を繰り返す。

 知性を感じられない行動だが、実際彼らに知性はもはやない。

 元は人間だが……邪神に魂を売り渡した末路。彼ら。あるいは彼女たちは力と引き換えに知能を失った。

 だから罅にもう一度突撃なり殴るなりすればいいという判断が付かない。

 しかしそれでも攻撃力は非常に高い。このままでも数十分で破壊できるだろう。

 そこに新しく増援がやってくる。

 

「ド ケ」

 

 現れたのは一つ目の巨人サイクロップスだ。

 大きな眼球が一つに角が二つ。緑色の皮膚。

 衣服を纏っていない体は己の筋肉を主張している。

 だが大きさがこの洞窟にはあっておらず。猫背の体勢だ。

 持ってきたこん棒が半分以上地面を抉っている。

 

 トーベンが視界を切り替えればそこに来たのは新しく従えられた魔物と魔族たち。

 崩落した坑道は既に新しく来た魔物に撤去。或いは破壊され元通りになっている。

 オークにゴブリン。人狼が更に数体に植物が人の形になったもの。

 合計して百にも満たないがそれでも充分すぎる。

 しかし主であるディロンや存在が規格外なドアイラクはここにはいない。

 

「フンヌ!」

 

 サイクロップスがこん棒を地面から振り上げトーベンを巻き込みながら城門へと振りかざす。

 罅が入り。脆くなっていた城門はあっけなく砕かれ破片が街に降りかかる。

 酒場に。広場に。宿に。

 降り注いだ破片が街を破壊していく。

 元の形に戻ったトーベンが笑いながら街に突撃し。適当な家に斧を振りかざし壊しながら真っ直ぐ走る。

 ワームたちが家を喰らいながらトーベンを追いかける。

 サイクロップスはその巨体で家を蹴り飛ばし。オークはこん棒で地面をたたき。ゴブリンは破壊力が無いので人狼に投げられて砲弾代わりに家々を破壊する。

 そうして街を破壊する行進は一時間足らずで終わった。

 

「……なんじゃったんじゃ、今の」

 

 バリスタで迎撃していたドワーフが呟く。

 城壁から逃げ街の奥へと逃げたドワーフ達は破壊の行進から逃げた。

 サイクロップスは勿論。トーベンにすら視認されていたが彼らはドワーフを無視し街を破壊していった。

 ドワーフ達とて、魔物の群相手に突撃して勝てるなどとは思わない。だから隅で縮こまってどうか見逃してくれと神に祈っていたが……それでもこの光景は彼らの常識から考えてあまりに可笑しすぎた。

 

 魔物は人類を襲う。それに意味はない。

 何故ならそういう概念だからだ。

 故に魔物がドワーフを……人を見つけたというのに無視して街を破壊して回る等余りにも可笑しいことだ。

 人を探す。あるいは襲うために街を破壊することはあれど街の破壊そのものが目的なことは、ない。

 

 彼らは数分、顔を見合わせ──わからんと思考を放棄した。

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