殲滅戦争 作:Libro
「うぉぉぉぉ!」
獣が吠えた。
よくよく見れば衣服を纏い。理性があり。亜人なのだとわかるであろう獣であったがその場にいた他の人間達は獣にしか見えなかった。
獣人種は獣が二足歩行をしている外見だ。頭部と体が獣で四肢が人のそれに近い。種族が猫や虎等の毛がある種ならば獣の毛が生えている。
人間と同程度のサイズであり。どれだけ大きくても三メートル程度。
それが獣人の基本であり変わること無い種族的特徴。
現在戦っている獣人が他の人間からぱっと見で獣人と認識されなかった理由がその共通点から逸脱している理由はただ一つ。
デカい。これまで見たこと無いほどに。
マギーと比べればそれはもう見劣るがそれでも普通の冒険者の何倍もデカい。具体的には五メートルを超えている巨体。
無論これだけでかくなったのには種がある。神の奇跡と魔術の併用だ。
本来神の奇跡は魔術との併用など出来やしない。神と魔は根本的に相性が悪い。水と油。反発しあうモノ。
それを両立させてしまうのがヴァン・フント。
亜人。その中でも獣人と呼ばれる種族は亜人種の中でも最も多岐にわたる種族。
だがその中にあって"獣人"という一つの枠組みにおいて多数存在するのが獣人であった。
言ってしまえば全ての動物分の獣人が居る。
猫豹虎。犬に狼等の代表的な者から鼠に猿に狐に蛇に蜥蜴に鳥に。あらゆる者たちがいる。
更には獣人は一つの種族の枠組み。つまり同族間での繁殖が可能となる。
元々別の種族として創られた人間と亜人の間では子は出来ないし。同じ亜人というカテゴリーにあってもエルフとドワーフの間に子は出来ない。
だが唯一の例外が獣人。獣人は猫の獣人と蛇の獣人の間で子が出来る。出来てしまう。
結果どうなるのかというと。それはもう獣人だけで凄いことになる。
地球上における哺乳類の総数が約百七十五万種と言われ。その中から哺乳類が約六千に鳥類が九千となる。
地球上の動物の総数とこの異世界の総数は異なるが大体は同じ。つまり単純計算で一万五千種類の獣人が居ることになる。
そこからさらに。同種族間での結婚などによる子が生まれる。
ハーフからクォーター。そこから更にワンエイス等など。鳩の獣人と狼の獣人等が混ざることが出来て、それはもう凄いことになる。
具体的には背中に翼が生えてて空を飛んで地を駆ける狼っぽい訳わかんない奴が誕生する。
何ならそこに蛇とか混ざればもはや
ただしそれはあくまでも可能性の話だ。獣人を作った神もそのような獣人とは名ばかりのバケモンが生まれる可能性を危惧し母親の種族の方が強く出る様に調整した。
だが何事にも例外がある。単に母親の種族が強く出る程度ならば。他の獣人の血も残り続ける。
結果。近年になって生まれたのがヴァン・フント。獣人でありながら純粋たる個の力でBランクにまで上り詰めた例外たる獣人。
他にも
後は冒険王の時代の獣王か。唯一の獣人国家を支配していた獣王は獣人では有り得ない力を行使していたと言われる。
ヴァン・フントはそんな。二百年以上ぶりの。獣王に次ぐ存在。
外見こそただの一般的な獣人だが覚醒した血により多種族の獣の力をその身に宿している。いわば突然変異個体。
本来有り得ない奇跡と魔術の併用が出来るのも変異しているからこそ。
拳を開いて。眼前の怪物──口だらけのマギーに放つ。
祝福と魔術で強化した拳はマギーを吹き飛ばし。爪でダメージを与える。
「RUKAKAKA」
しかしながら大したダメージにはならない。
マギーはディロンが新しく作り出した
単純な命令しか受理できず実行できない雑兵と違い多少の知性と高い戦闘力を誇る
無論同じように固有能力も持ち備えている。
それを──殴る。
雄たけびと共に殴る。殴る。殴る。
「KAKAKA」
マギーが声を上げ。複数の口を形成しヴァン・フントに食らいつく。
「舐めんなぁ!」
ヴァンはそれをただ受け入れる。
ノーガード戦法の様に思えるが実際は違う。
マギーの歯は祝福と魔術で強化されきったヴァンの皮膚と毛によって防がれ傷を与えることは出来ない。ならば回避だ防御だと思考を回すより何も考えずぶん殴る方が効果がいい。
全長約十五メートル以上。ヒドラか何かの様に複数の頭部を持つ異形。
ミミズが一か所に集まっている様な、あるいは絡まりまくった糸のような。複数の口つきの触手が集まった異形を掴む。
マギーもただ掴まれるだけではない。幾つもの口を突き立て肉を食い破ろうと力を籠めるもちょっとした歯形が出来るだけで傷にはならない。
「オオオオ!」
雄たけびと共に。ヴァンがマギーを持ち上げる。
マギーもじたばたと体をうねらせるがその程度の足掻きでどうにかなるモノではなく。全身が宙に浮く。
「オオ!」
更に叫び。ヴァンがマギーを放り投げた。
身体能力任せの技術も何も無い。獣人らしい力のごり押し。
遥か遠くまで飛ばされたマギーは地面に勢いよく打ち付けられ──即座に立ち上がる。
そもそも足が無いので立ち上がるという表現が正しいのかわからないが。体制を立て直し口からだらだらと涎を垂らし始める。
「クソバケモンが……!」
ヴァンが構えと同時に──地面が揺れた。
なんだ、と幾人かの冒険者が声を上げる。
ふらついて視線が上に行けば──空が崩れている。
一面の黒になったはずの空の一部が晴れ。太陽の光がさしている。
かと思えば地面が大きく揺れ。立っていることさえ出来なくなる。
更には暴風が吹き荒れ。ヴァンの毛が逆立ちかいた汗が何処かへ飛び散る。
すわ相手の魔物の仕業かと思えば。魔物の方が被害がデカい。不意に揺れたせいで空に浮かぶ魔術師からの攻撃を許し暴風で小さな魔物はそのまま浮かんでしまい無防備となる。
「ああクソ、いったい何が起こってるんだよ……!」
■
時は少し遡り。ディロンが本気を出した直後。何処かの街近くで。
どちらともなく。走り出した。
亜音速。自分たち以外の全てを置き去りにする超高速機動。
単なる移動でソニックブームをまき散らし。生きとし生けるモノ全てに害を与える。
地球でそんなことをすれば地球がそれはもうヤバいことになるがここは異世界。ソニックブームが起こる速度であろうと地形とそこにいる生命に被害を与えるだけに留まる。
地面が抉れ土の中の動物が挽肉よりも酷い状態となり空の瓦礫が吹き飛び行く。
そして──衝突。
何故かディロンは剣を持っている右腕ではなく素手の左腕を構え。ネボは素直に右手の剣を構えぶつける。
互いの力が衝突し。周囲に散る。
衝撃波となり大地に、空に響きまたも空と大地に消えない傷を与える。
「羽虫が!」
更に出力を上げ。ディロンが接近しネボを蹴り上げた。
超高速で空の彼方までネボが吹き飛ばされる。
瓦礫の雲。クレールとウードが戦う空の上まで一秒未満で到達するもネボは即座に体制を立て直す。
そしてディロンも同等。あるいはそれ以上の速度で飛翔し到達。自身が蹴り上げたネボの位置まで到達する。
そしてかかと落とし。
ネボは一瞬の判断で防御が間に合うも完全に防ぐことは出来ない。今度は地面にまで撃ち落される。
それを追いディロンは急降下。翼を広げ考えるのも馬鹿らしい速度──具体的にはマッハ千を超える速度で地面に落ちる。
マッハ千。改めて数字にすると余りにも馬鹿らしい数字である。地球でそんな速度を出せば地球が悲鳴を上げる速度。
だがしかしここは異世界。地球よりも概念的に世界の強度が高い。極端な話マッハ一億等を出されても余裕で耐えるのがこの世界だ。
その場合は惑星其の物が壊れるだろうが世界は耐える。
しかしながらマッハ千で動いても世界は耐えるがそれ以外は耐えれない。世界が振動する。
無茶苦茶な移動によって生じるエネルギーによって世界の大気が震えて暴風となり大地は歪に揺れ動く。
その余波は。こんな一大陸程度ではなく世界──惑星全土に及んだ。
地面に急降下するもそこに落としたはずのネボが居ないことにディロンは眉を顰めた。
落下位置は会っているはず。バカでかいクレーターがあるのだから間違うはずがない。頭を回すも事実としてそこにネボはいない。
普通人類が遥か上空から地面に打ち付けられれば死ぬが異世界の冒険者であるネボはたかが上空から地面に打ち付けられた程度で死にはしない。
凡そ上空七千メートルだろうが耐えるだろうという謎の予測をディロンは立てている。
「ち、何処へ行った」
逃げたか。あるいは透明化などで潜伏しているのか。
答えはどちらでもなかった。
ぼこ、と地面が割れる音がした。
頭部だけを器用に百八十度回転させるこどで音の方向に頭を向ければ──自身の背後の土から全身を出すネボが目に移った。
「は?」
畑から抜かれる野菜の様に。あるいはファンタジーなら大体あるマンドラゴラの如く。地面からぼごりとネボが這い上がって来た。
突然の凶行にディロンの思考が止まる。
地面から飛び出たネボは放心するディロンに構わず剣を構え。斬撃を放つ。
「ち──」
両断。頭のてっぺんから股まで剣で斬り裂かれる。
大したダメージではない。魔神の体は頑丈。フル装備のネボの斬撃であろうと耐える。
だがノーダメージとはいかず。多少はダメージを受ける。
体の表面部分。生命で言えば薄皮に相当する部分が斬られ出血する。
無論外見だけ。血が噴き出たように見えるが実際は血でも何でもない血の様に見える何かに過ぎず。このまま垂れ流したところで出血死などしようがない。
「モグラかてめぇは!」
口も斬られているというのに構わず。ディロンは叫んだ。
大剣を振り落とした体勢のネボにディロンは怒りのままに拳を振るうもネボは即座に回避。
ディロンが動く前に回避を終えた。
「あぁ?!」
怒声を上げると同時に。ディロンの首がまたも斬られる。
といっても先ほどと同じ薄皮一枚程度。致命傷には程遠い。
「カスがぁ!」
両拳を握りしめ。拳を振り落とす。
ダブルスレッジハンマーというプロレス技の一種だがディロンはそんなことを知らず。地面に向かって強く叩きつける。
振動──ディロンが振り落とした拳を中心に暴風が巻き起こり大地が揺れる。
地震。震度にすれば七は確定するだろう揺れを起こし、土埃も巻き上げる。
拳を元に戻し体勢を戻せば──
「が、ぁ?!」
空から降って来たネボに。綺麗に脳天を貫かれた。
レイピアの如く細く鋭くなった剣が直撃。回避も防御も出来ずにされるがままとなる。
「ああああ!」
叫び。幼児の如く腕を振り回す。
行動は駄々をこねる子供其の物。正し被害は子供のそれでは済まない。
振り回した手によって暴風が起こり怒りと共に魔力を放出することで並の人間は近づけない状態となる。
遥か遠くの山が消し飛び空の上の瓦礫が更にバラバラに砕け散る。
だがそれだけだ。最高位の冒険者であるネボにはその程度障害にはならない。山をも砕く攻撃も直撃しなければ耐えれてしまう。
振り回される手の動きを見て。予測して、瞬時に回避と防御を使い分けちくちくちくちくと攻撃を当てていく。
その程度の傷。瞬きする間も無く再生が終わる。が再生が終わると同時に新しい傷を付けられ常に再生させられる。
ほんの少しの切込み。紙で指を切っただけの傷程度のそれが。常につけられていく。
(まずいなぁ。押されている)
空の上から本が見つめていた。
人の顔が刻み込まれた奇妙な本を依り代に現世に顕現したケントニス・ヴィッセンだ。
(このまま戦っても勝てはするが。さてはてどうすべきか)
一見、この戦いはネボが有利に事を進めているように見えるが実際は違う。
常にディロンが有利でありネボは俄然不利なまま。何も改善していない。
確かに一見ディロンがなすが儘にされダメージが蓄積されている様に見えるが実際は違う。あの程度の損傷など傷にすら入らない。
ネボがディロンの拳を回避するごとに。ディロンに小さな傷を与えるごとに。ネボは消耗する。たった一度のミスが死につながる相手との接近戦だ。精神など消耗しきる。
その光景を上空から監視しながら。ケントニスは頭を回す。
(ディロンに強化の魔術を使ったのは失敗だったな。多少ステータス有利が出来たところでディロン本人の戦闘力が向上するわけではない。
あの場では攻撃魔術が最善だったかな? ──まぁそれは次に生かすとしてこのまま見るか介入するかどうか……想定していたよりネボの戦闘力が高いな)
ネボ。全裸戦士と呼ばれる冒険者。
その異名である『全裸戦士』というのは文字通り全裸で戦うことから付けられた二つ名である。
何故全裸で戦うのかと言えば──単なる趣味に過ぎない。
そう。趣味。呪術的な制約を己に科してるわけでも何かしらの後遺症でも
完全な趣味嗜好としてネボは戦う際に全裸になっている。
であれば、今のネボはどうか。
真っ当に鎧を纏い指輪を付けネックレスまで付けている。
全身に装備とアクセサリーを付けることによる自己強化。毒の無効化や移動阻害に対する対策。純粋な身体能力の強化。
それら全て。万全な状態である今のネボは──Aランク相応。かのヴェター・ヴェーステにも匹敵する冒険者となった。
冒険者のランクは実力によって決められる。現Aランクの魔物を倒せるならばAランクに成るという感じに。
無論単純な実力だけでなく人格に実績、信頼等も求められるがやはり冒険者という荒事専門の職業において一番に求められるのは実力である。
そしてこの実力というのは変動するモノだ。剣士が剣を持っていなければ弱体化する様に冒険者は真面な装備をしていなかったら当然弱くなる。
ネボはこれまで、常に全裸で戦ってきた。結果与えられたランクはBランク。最高位の一つ下。
このランクに関してネボが特段実力を隠していたいとか実は最強なムーブをしたいとかではない。完全な趣味。その一言で終わる。
冒険者ランクの判定時には装備品も加味される。極論誰でも装備するだけで最強になれる
その判定時にネボは趣味としてパンイチだったという、ただそれだけ。
では何故今更装備品を真面に付けて戦いに来たのかというと──単に世界と趣味を天秤にかけて、世界が優先されたというだけのこと。
フル装備のネボの実力はヴェター・ヴェーステに匹敵する冒険者。つまりはAランク相応。単独での人類殲滅すら可能となった文字通りの超越者。
「が、あぁ?!」
意識の外。ディロンの認識範囲の外からネボは斬撃を浴びせ続ける。
ネボとディロン。単純な身体能力だけならばディロンが上回るがそれ以外はネボが勝る。
戦闘技術。経験。武装。全てでディロンはネボに劣る。
故に、こうも一方的に圧倒されてしまう。
「クソ虫が!」
絶叫と共に腕を振るい。暴れ続ける。
さてはてどうするか。そろそろ干渉すべきかとケントニスが考え始めた頃。
『……む』
一つの光がやって来た。
ある種破壊的で。情熱的で。畏れ多い光が。