殲滅戦争 作:Libro
「だぁ~~くそ。歯がいてぇ」
空の上から大地に降りて。ディロンが呟いた。
ぷっと、口から吐き出すのは歯。
人間の歯ではなく、牙のついた──肉食獣の歯を吐き出す。
ボロボロになった歯が灰になっていくのを見向きもせず。眼前の敵を──ヴェターを見据える。
(状況は五分──いやこっちが不利か)
ボロボロになったディロンを見ながらヴェターは考える。
先程の戦いで魔力と装備を消耗し、ディロンにそこそこのダメージを与えることに成功した。
だが、その傷は再生されていく。
まるで何も無かったの如く。衣服も含めて再生していく。時が戻るかの如く。
そして自身の傷もまた治していく。炎が吹き上がり。折れた肋骨を。内臓を。修復していく。
「……あなたまだ戦えそう?」
わきに抱えたネボにヴェターが小声で問いかける。
「……まだ魔力はあるが正直キツイな……」
ぐったりとした姿で。なすが儘のネボが答えた。
「……まぁまだあるだけマシと思いましょう」
空を飛んで山を投げて。ボロボロの装備でまぁよくも頑張った者だと、常時ならば褒めたいモノだ。
だが今は褒めている暇も力も無い。今こうして考えている間に──ディロンの体が再生していく。
両断され、力の入らなかったはずの右腕は完全に再生し終えて。炎で焼けた皮膚は新しい皮膚が盛り上がることで変わっていく。
その他の細々とした傷も再生していく。
傷の再生。それ自体はヴェターも歓迎する。再生能力というのは魔力を消費するモノだからだ。
魔力を消費すれば亜音速飛行も馬鹿げた膂力も発揮でない。だから再生自体は歓迎したいはずのモノ──なのだが。
(再会した時から魔力変わってないんだけど……?)
その身から発せられる魔力は。依然変わること無い。
勢いが弱まること無く、常に放出され続けている。
蛇口を弱めたことで垂れ流しになったタンクか何かの如く、膨大な魔力をまき散らし続けている。
『面倒だなぁ。ディロン』
そして空からケントニスがやって来る。瓦礫に戻ったギガントの残骸の雨と共に。
『相手はどうやら契約してきたらしいな。かつてよりも……二百年前よりも多少力を付けている』
「契約? なんだそれは」
『ふむ……基本的には神々とその眷属に許された特殊能力の一種、だな。人間やエルフ等の他の生命体──というよりは根本的に異なる者同士で繋がることでより大きな力を得る行為だ。
ま、言ってしまえば単なるパワーアップの一種に過ぎんが』
「それはあれか、今の俺とお前の関係みたいな感じか?」
『それは違う。私は単にお前に力を貸しているだけであり──単なる
契約とは。単なるパワーアップ手段ではない。
単に力が強くなるだけならば誰だって契約という手段を取るだろうが、誰もがしない理由があるからこそまずしない。
まず契約相手がそもそも居ないという問題がある。
ヴェター・ヴェーステは故郷に
次に契約内容。この内容こそが重要であり。誰もが気軽に出来ない原因。
契約内容そのものは正直何でもいいが。一度結んだ契約は解除出来ず、絶対に達成しなければ成らない。
契約内容に齟齬は許されず。両者の完全な──心からの同意が必要。
解除するにはただ一つ。契約対象のどちらかの死亡が無ければ契約は嫌でも解除出来ない。両者が強く契約破棄を望んだとしても。
「それをすれば、
「──させない!」
声が響いた。
ヴェター・ヴェーステが走り出すより。ケントニスが歓喜に心を震わせるより早く。
女の泣き声と。老人の憤怒の声が、届いてきた。
爆発。
ディロンとネボ。両者にはそこそこの──約五十メートル程度の距離があった。
その横から。全てを破壊する爆発が連鎖し、やって来た。
「アハハ! アハハ! アハハ! アハハ! ハハハハハハ!」
像の様な体。三つ又に分かれた脊髄のごとき首。
三つに分かれた先端には泣き続ける女と、怒りに顔を歪める老人と。笑い続けるピエロの顔が歪についている。
ドアイラク。ディロンが作り出した
この戦争においてドアイラクは能力の性質上邪魔にしかならないと判断され置いていかれた。ドアイラクの能力は超範囲攻撃。
全てを消してしまえば、計画そのものが台無しになると放置を決められた怪物が、全てを消さんと爆破を持ってきた。
ドアイラクが起こした爆発にヴェターとネボが巻き込まれ、空の彼方まで飛ばされる。
それをドアイラクは追撃。地面操作の応用で高速移動──と言ってもディロン達には程遠い──を成し追撃する。
(何故ここにドアイラクが──いやそれは別にいいか。今はケントニスと話を──)
何故ここにドアイラクがいるのか、という疑問に対する答えは単純。ディロンとヴェターの戦いを察知したウードが援軍として持ってきただけだ。
ウードは現状空の上。そこでド派手にディロンとヴェター達が戦っていれば嫌でも目に付く。
そして念には念をの精神で、転移して持ってきたというただそれだけのこと。
空間移動を短時間かつ連続で行えるウードならば戦闘中に一秒程度の隙があれば援軍を持ってくるなど造作も無い。
ウードの相手はクレール。ただの一般的な──強力な
「よしケントニス。俺と契約しろ。契約してあの女ぶち殺すぞ」
『気が早いな。契約内容はどうする?』
「いるのか? なら──俺に力を貸す。以上だ」
『…………もう少し詰めようか。"ケントニス・ヴィッセンはディロンに自身が出来る限りの支援を行い、ディロンはケントニス・ヴィッセンに対し情報を提供する"
──でどうだ?』
「情報の提供? 具体的に何を?」
『ふむ……お前が誰かとの会話、あった人物の詳細等を私個人が収集し利用する、ということで。
無論悪用はしない。"会得した情報はディロンにとって害をなすことに利用しない"としよう』
「俺だけじゃなく、俺の家族や友人──それと人類全体が滅ぶようなことと……あと俺に悪意や殺意を抱く人間を生まないようにしろ」
『疑り深いな。そのような事はしないが……まぁいい。それでいこうか』
契約が。ここになされた。
(やられた!)
ドアイラクを槍で粉々に斬り刻んだヴェターは。直感でディロンとケントニスが契約を結んだことを察知した。
契約とは単なる協力関係に成る訳ではない。戦闘力が文字通りに跳ね上がる行為だ。
先程まで足し算だったのが掛け算となる様なモノ。
つまりは──これまでと比べ物にならないということ。
で、あったはずだが。
「……これが契約か」
掌を開いたり閉じたりしながらディロンは己の力を確認する。
見て分かる様な力の上昇は無い。放つ
だがそれでも何かが変わったはずだと。ヴェターは油断しない。出来ない。
『ふぅむ。こうなるか……面白い』
粉々になり、塵と化して消えていくドアイラクの真横に使い物にならなくなったネボを投げ捨てヴェターはディロンに突進する。
契約とは単なる力の上昇だけでは終わらない。
最大の特徴はお互いに契約対象の力を行使できるようになるというところにある。
ヴェター・ヴェーステは
頭を吹き飛ばされようが体を灰にされようがーー魂さえ無事ならば蘇ることが出来る究極の不死系能力。
ならば、
(
自己強化。己の力の底上げ。
ネボとの戦いで行使したちさつな魔術など比べるまでも無い程に洗練された強化術。
更にはケントニスの権能を持ってすれば、この世界で行使されたあらゆる魔術を扱える。
エルフや獣人等の特定種族でないと使えない強化魔術。特定の宝石を消費して扱う呪術的強化。
特定の環境下でないと意味が無い強化等々。
それら全てを。あらゆる前提条件を無視し──完璧に扱える。
そして自己強化の魔術は元が強ければ強いほど、上昇率が高い。
契約によって上昇した力に更に強化を重ねればどうなるか──考えるまでも無い。
「あ?」
地面が。溶けた。
ドロドロのスライム状──あるいは溶岩の如く溶けていく。
途端に感じる高温。近づくものみな灰にするかの如き熱波。
それらにディロンは晒されるも無傷。この程度かすり傷にすらならない。
地面から炎と共に何かが飛び上がって来る。
炎で出来た翼。鋼鉄の如き鋭さを持つ嘴。七つに分かれた尾。
神々しさを感じさせる黄金の鳥──不死鳥。
フェニックス、霊鳥。そう呼ばれる原初の火の具現化。
「阿呆が」
はっと、鼻で笑った。
「
それら多種多様なタイプがある中で──
ならば、その力は他よりも圧倒的に劣る。
戦闘用の眷属ならばやはり竜だろう。単独で大陸一つ文字通り潰しうる竜ならば。
だが悲しいかな。ここに竜はいない。
「死ね」
その一言共に。拳が繰り出された。
それだけで──不死の象徴は粉々になった。
バラバラに。ぐちゃぐちゃに。
無論不死鳥とて再生能力──不死の力を持っている。
一撃で粉微塵にされたところで再生出来る。
だがしかし。再生能力にはエネルギーを消費する。
真に無限の力を有するのはここでは
つまりは。
「勝てるわけないだろう」
ぐちゃぐちゃぐちゃ。不死の鳥をその手で。爪で。斬り裂く。
そもそも。真に不死鳥が戦える存在ならばもっと早く──ヴェター・ヴェーステの登場と同時に出現している。
今更出てきたのは。契約者の危機だから。今でなければ何も出来ずに死ぬと察したから。
出たところで死ぬが。
不死鳥に関する知識を契約によって得たディロンは。このまま殺し尽くして終わりだと嗤った。
「──ッ」
だが、ヴェター・ヴェーステが。ネボが。何もしないでいる訳が無い。
ヴェター・ヴェーステの槍が。渾身の力で放ったネボの剣が。ディロンの体に当たって。
皮膚で、止まる。
先程まで貫いていたはずの槍が。体を斬れていたはずの剣は。何も出来ずに止まる。
「今の俺に敵う道理があるか?」
はっ、と。またもディロンが笑った。
契約によって先程までと比べ物にならない程に力を付けたディロンに。今のヴェター・ヴェーステとネボが敵う訳など、無かった。