殲滅戦争   作:Libro

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第70話

 

(面倒な)

 

 空の上。高度千メートル以上の空の元。一人の少女と悪魔が戦っていた。

 ウードとクレールの戦いはまだ続いている。

 

 空を縦横無尽に二人は飛び回る。

 慣性等知ったことかと、物理法則等知らぬと上に下に左に真後ろに。

 ここに地球の科学者が居たら発狂するだろう。世界の法則を何だと思っているのか。

 

 空間転移でドワーフの国の建築物を動かしクレールに当てようとするウードに対しクレールは建築物で身を隠したり自ら煙幕を出すことで身を隠す。

 時折表に出て炎や氷。雷などの魔術で攻撃をしてはウードは遠くに転移し攻撃を避ける。

 ウードが広範囲の空間を消そうと腕を動かせば死んでたまるかとクレールは高速移動し空間操作から逃れる。

 その様な攻防が続く中。クレールは苛立ちを隠せなくなっていた。

 

(相性が悪すぎる)

 

 戦闘が長引いている理由は実力が拮抗しているからではない。単に相性が悪いだけ。

 

 クレールの攻撃は一切ウードに届かず。またウードの攻撃もクレールに届かない。

 

 クレールの攻撃手段は単なる魔術と魔法。古代の遺産(アーティファクト)を使えば広範囲攻撃も出来るがそれだけ。

 対してウードは空間操作。落下する建築物を慣性そのままに転移させることで縦横無尽に動かす事による質量攻撃と空間の抹消。

 だがそれだけだ。所詮は建物──単なる質量攻撃ではクレールには大したダメージには成らなず、空間の抹消は高速で移動するクレールを捉えられずダメージを与えれない。

 質量攻撃は全てを回避することは出来ず傷を負いはするが自然回復する魔力で治癒できる程度。

 

(後はどちらが先に動くか──ですが)

 

 先に動かないとまずいだろうと。クレールは思案する。

 

 

 憤怒の大悪魔。ウード。

 知識人──というよりは悪魔について詳しく調べた者ならば名前だけでも聞いたことのある存在。空間を司ると記されているモノ。

 魔界の第一層に住まう公爵であり、悍ましき姿を有する者。

 更に一時期学術都市に身を置いていたクレールはそれ以上を知っている。

 これが邪神側に居るだけで。事実上人類は敗北しているも同然。

 

 空間転移という技術其の物はある程度研究されているがそのどれもが実用性に欠けた物に過ぎない。

 移動したは良いが体がバラバラになったり上半身と下半身に分かれたりスパゲッティ状に成るなど生物が使うイコール死を意味している。

 だからこそどんな堅牢な城や屋敷であろうと空間転移に対する対策やそれを前提にした警備システム等作っていない。作る訳が無い。

 

 ならば──空間転移を繰り返し王侯貴族を殺して周るだけでとんでもない被害が生まれる。

 更に都市の中に魔物を持ち込むだけでも混乱が起こる。安心安全な場所など世界の何処にも無くなっている。

 

 それを相手も把握してるならば。この戦いから逃げ出すのも時間の問題だ。

 逃げようと思えばいつでも逃げ出せる。ここで今戦ってくれているのは何かしらの理由があるからか、もはや奇跡と言ってもいい。

 後方で隠しておけば良かったのを、何の理由があるのか考えようとし──今はそんな事を考える余裕は無いと頭を振る。

 

 だからこそ、この奇跡が続いている間に何が何でも倒さなくてはならない。

 

 

『────賭けに出ますか』

 

 魔術攻撃の行使を辞め自己強化に回す。

 戦士ではないクレールでは微々たるもの。精々が一トンかそこら持ち上げれる程度の強化。

 

 そして。音を超えた速度で空を飛んだ。

 

 なくしものの義腕(ロスト・プロステティック・アーム)の手のひらから炎を噴出によるジェット噴射の要領での飛行。

 突如としてこれまでよりも速い高速移動を始めたクレールに対し流石のウードも驚愕に動きが一瞬。止まる。

 

 しまった。そう思った時は既に遅い。

 反射神経。動体視力。どれをとっても現行人類のそれを凌駕しディロンレベルの戦いを視認出来るだけの力はあるウードだが思考速度は大したことが無かった。

 視認出来るだけ、見て分かるだけ。そもそも戦闘経験というモノが殆ど無いウードでは相手の変化についていけないのも道理。

 これがディロンの様に狂気で正気を覆いつくす事が出来ていれば違うが──現実はそうはいかない。

 

 眼前。文字通りの目と鼻の──ウードには目も鼻も無いが──先のクレールに対し相手が何をしてくるか。思案した。

 

 

 なくしものの義腕(ロスト・プロステティック・アーム)による殴打? あるいは蹴り? はたまた順当に魔術攻撃? あるいは頭突き? 

 

 否。そのどれでも無い。なくしものの義腕(ロスト・プロステティック・アーム)でウードの腕をつかみ。クレール本体はウードの腰に跨った。

 

「何を?!」

 

 残っている足でがっちりと腰を掴み。恋する乙女の様に顔を胸板に押し付ける。

 ウードの身長は多そよ三メートル。クレールの身長が少女として平均的な百五十と少しという圧倒的な身長差ならこうもなる。

 

 そしてクレールはぼそりと──思念なので音量は変わらないが──呟く。

 

『あなたの空間転移は、二種類。範囲と対象の二つ。なら、こうしてしがみつけば──どうしようもないでしょう?』

 

 ニヤリと、口元を妖艶な美女の様に歪めたクレールに対しウードは何をするのか察してしまった。

 

 

 クレールが言った通りウードの転移は二種類。

 一つが範囲転移。指定した範囲を転移させる。言ってしまえばパソコンのマウスで一定範囲選択するような物。細かい指定は出来ない。

 二つ目は対象転移。建物ならば一つの建物を、人間等の生命ならば着用している物を含めて一つとなる。

 

 基本使うのは範囲転移。指定した範囲を転移させる能力を扱う。対象転移は誰かを何処かに送るときや自分が移動するときのみ。

 

 

 故にこうしてしがみつけば、対象転移にはクレールも含まれる。

 

 人が着ている服や所持している武具等含めて"一つ"の判定に成るならば。この状態で対象転移を行ってもクレールと一緒に転移するだろう。

 範囲転移は更にまずい。一定範囲の空間事転移させるそれは細かい指定が出来ない。クレールだけを転移させようにも下手に使えば自分の体を両断することになる。

 

 だからこそ。ジタバタと動くしかない。

 

 ウードは大悪魔であるがその能力の殆どを空間操作に割いている関係上身体能力では中位悪魔にも劣る。赤子を捻り殺す事は出来ても強化されたクレールの拘束を振り解く程の力は無い。

 

「死ぬ気ですか?! 命を大事にしましょう!」

 

 ウードの叫びに。クレールは冷静に答える。

 

私の命(魔術師一人)の命であなた(憤怒の大悪魔)を殺せるなら、安いモノでしょう?』

 

 ぱきり、とクレールの体に罅が入っていく。

 蜘蛛の巣上に。ガラスに罅が入るかの如く。

 

「や、やめ──」

 

 

 ──最後まで言い切る事無く。ウードはクレールの自爆に巻き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 同時刻。シュテーレン。

 

 雄たけびが戦場に響いた。

 男女両方の声が混じり一種の騒音のようにも聞こえるそれは勝鬨の声であった。

 

 攻めて来た魔物の殆どは殲滅が終わっていた。

 

 裏を取って来た魔物を倒し終わり空からの瓦礫や大地の揺れも終わり混乱状態も収まった。

 一体多を得意とする冒険者がこれだけの数集まれば、余程のアクシデントが無ければ殲滅等容易なモノであった。

 そして今は防衛一方だった冒険者達は攻勢に出ている。

 

 リートの歌声による強化。敵を倒し続けたことによる高揚感相まって冒険者は次々と魔物を倒していく。

 

 その倒される中には無論。≪不可解な者≫(アンノウンズ)も含まれている。

 

「遠距離から広範囲攻撃当てまくれ!」

「こいつは無敵じゃねぇ! 範囲攻撃なら当たる!」

 

「アアアアア!」

 

 炎が亡霊──トーベンに向かって放たれる。

 

 トーベンは一見無敵に近いが実際はそんなことは無い。

 無数の亡霊が一つの塊となって動いてるだけ。要は蚊柱の様なモノ。

 ならば回避出来ない範囲攻撃を繰り出せば倒せてしまう。

 無論触れた相手の魂を奪うという驚異的な能力がある為近距離戦では危険が高いからの遠距離戦。

 だが冒険者にとってはこの様な初見殺しの相手だろうと戦うのは良くあること。更にトーベンも複数の理由で本気は出せないとなれば倒されるのは時間の問題に過ぎなかった。

 

 

「こいつは魔力の攻撃を吸収する! 近距離か弓で潰せ!」

 

 そしてマギーもまた順当に倒されようとしていた。

 マギーの能力は魔術攻撃の吸収と解放。高威力の遠距離攻撃が魔術と魔法しかない世界では脅威。

 正しその反面近接攻撃には滅法弱い。そこらの冒険者の剣で傷がついてしまう程度には。

 逆に魔術攻撃ならば例え邪悪なる神々(ゼーベ)のモノであろうと吸収出来るが。

 

「AGYAAAA!」

 

 奇妙な断末魔を上げ、苦しむ。

 そもそも痛覚など無いが、"攻撃を受けた場合の反応"として痛み悶える振りをする。

 

 ただの振りに過ぎないが、ダメージを負っているのは事実。

 

 ヒュドラか、あるいは絡まった蛇の如く複数の胴体と頭部を持つマギーが暴れのたうち回る。

 複数の口が暴れることで冒険者もたまらず逃げるが、逃走時にも弓や短剣等で攻撃を与え確実に削っていく。

 

 トーベンとマギー。両者とも単純な格ならばドアイラクという一都市を消し飛ばせるそれに準ずるが、今は状況が悪かった。

 

 主たるディロンからの指令により本気を出すのを禁じられ、更に本来の運用目的とは違う使い方をされている。

 トーベンもマギーも直接戦闘は得意ではない。上手く使うのならば都市や軍の内側からの強襲だろう。

 

 そして最も苦戦する理由は。リートの歌声。

 

 声が聞こえる範囲のモノ全てに対する強化と弱体化は確実に両者の能力を削っていた。

 冒険者の能力が二割上昇し、敵対する魔物の能力が二割弱体化──実質的な味方の四割強化か敵の四割弱体化である。

 

 本気を出してはならないという命令が無くとも。苦戦は免れなかっただろう。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 そして今。一人の冒険者の剣がマギーを両断した。

 

 ネボやタリの様に名の知れた者ではない。ありふれた、Cランクの冒険者の剣だ。

 

「このまま押し切れ!」

 

 誰かの声が。戦場に響き──トーベンとマギー。両者が打ち取られた。

 

 

 魔物はこれでいない。冒険者に魔物と≪不可解な者≫(アンノウンズ)を区別する術を持つ者はいないが、これで全て。

 小鬼も巨人も豚人間も、全てが倒された。まごうことなき勝利。

 死者も多く、負傷者も多い。数えきれない程。

 

 それでも冒険者は叫んだ。自分たちの勝利だ、と。

 

 

 

 ──どしんと、その声を遮る様に。空から何かが落ちて来た。

 最初に気づいたのは空に浮かんでいた幾人かの魔術師。気づきはしても早すぎて言葉を発する前にそれは地面に落ちた。

 

 クレーターを作り、土煙を起こして何かが降って来た。

 

「流石に煙たいな」

 

 振って来た何かが言葉を発すると同時に腕を振るい暴風を起こす。

 土煙が一瞬で晴れて中身が露わになる程の力。数メートルは離れていた冒険者達も思わず目を閉じてしまう程。

 

 二百を超える身長。丸太の様に太い両腕。がっしりとした体。

 黒い髪に夜空が浮かぶ瞳。半裸の大男──ディロン。

 

「さぁ。蹂躙劇と参ろうか」

 

 ディロンが腰を落とし。拳を構えた。

 格闘家の構えではない。獰猛な肉食獣を思わせる構えであり、戦う者としては余りにもなっていない物。

 

 それでも、周囲の者達は警戒する。冒険者としての経験から何かヤバいと警告を発する。

 

 とん、と地面を蹴った。

 ダンスでも踊るかのように、気楽に。

 ただ足をほんの少し動かしただけで数メートルの距離を縮めた。

 

「は?」

 

 近づかれた冒険者の一人が間抜けな声を出した。目と鼻の先。数センチ程度の隙間しかない程の超至近距離。

 混乱する冒険者を他所にディロンが腕を振るった。

 

 正拳突き。

 

 

 虚空に向かって放たれたのは単なる拳。冒険者に当たる事無く拳が空ぶりした。

 

 それだけで、冒険者達は空に飛ばされた。

 

 うちわで扇がれた紙か羽虫の様に軽く。

 冒険者達の平均体重は八十キロ程。そこに武具の重量も加算すれば総重量百キロ越えも少なくない。

 そんな冒険者たちが飛ばされる。ただの拳の余波で。

 

 振りかざした拳は暴風を巻き起こし冒険者を飛ばし、地面を抉り──城壁にぶつかることでようやく風は消えた。

 堅牢なはずの城壁でさえも罅が入り歪んでしまっている。

 射線上にリートが居なかったのは不幸中の幸いだろう。もしいたら粉微塵になっていただろうから。

 

「いかんな。どうも加減と言うのは上手くいかん」

 

 にやりと、笑いながらそれっぽくため息と共にそのような事を言う。

 明らかな煽り行為に冒険者達は反応できない。この光景を認識したくが無い故に。

 

「さて…………」

 

(こいつらを殺すのは駄目。適当に暴れて"魔神ディロン"の脅威を知らしめる──だったか)

 

 どうするか。ディロンは悩む。

 手を抜いた戦い等これが初めての行為。どうすれば手加減になるのか、手を抜くと言っても何処まで抜いていいモノなのか。

 判断に困ると、心の中で愚痴をこぼす。

 

 空からどさどさと先ほど吹き飛ばした冒険者が落ちてくるのを眺めながらディロンは手のひらを開いた。

 

「まぁ、これだろうよ」

 

 掌の先に魔力を集中する。

 ケントニスとの契約により魔術に対する造詣が深くなったディロンは魔術の行使能力が格段に上昇している。

 と言ってもケントニスに行使させた方が威力も精度も上がるが。

 

 冒険者達もただやられるだけではない。飛ばされた冒険者の中でも軽傷の者は即座に立ち上がって向かおうとし、射程外に居た冒険者は武器を手にディロンに走り寄る。

 

 向かってくる冒険者に苛立ちを隠せず、舌打ちと同時に球体状になった魔力を乱雑に開放する。

 

 解放された魔力は扇状に広がり冒険者達を包み込み空に浮かばせた。

 

 魔力光線、と言っても魔法効果の乗っていない単なる魔力。

 魔術攻撃ではなく質量攻撃に近い。地面を抉ることも無く単に冒険者たちを吹き飛ばすだけに終わった。

 

「さて……」

 

 またも空から地面にぼとぼとと落ちて悶え苦しむ冒険者を尻目に次にどうするか考える。

 

 

 気分的には一匹ずつぶちぶち踏み潰したいが鋼の心で我慢する。殺すのは駄目だと言われているから。

 

「あ?」

 

 そこに。嫌な気配を感じた。

 

 生理的嫌悪。岩をひっくり返したら虫が大量にいるのを見つけた気分の様な、ふとした時に嫌なことを思い出してしまった様な形容しがたい感覚。

 そして──やってきた。

 

 

 この大陸には無い武具。ディロンもよく知る服装の名残と、日本人ならば誰もが知っている祖国の武器を携えて。

 勇者がやって来た。

 

 

「──あ──ーんん? あぁ、そういう……なるほどね」

 

 憤怒で顔が歪み、怒りが急速に消えていくのをディロンは実感した。

 魔神の体は感情の起伏すら人間のそれとは異なる。感情を制御出来てしまう。

 また契約によってケントニスと繋がっている関係上お互いに距離があっても状況がわかり、意思の疎通が可能。

 ケントニスが"勇者"に関しての情報を思念で伝えることで何がどうなっているかを瞬時に把握した。

 

「お前が、魔王か?」

 

 勇者──藤原が震える手で刀を握りながら問いかけた。

 

 その顔には汗がにじんでおり、手を見れば手汗で刀がずれ落ちそうである。

 

 如何に一年間戦ってきたのだとしても同格──あるいはそれ以上の相手と相対するのは初めての事。

 恐怖で足が竦む。今すぐ逃げ出したいと心が叫んでくる。

 それを、だからどうした、自分は勇者だと鼓舞する事で抑え込む。

 

「……なぁ、一つ、質問いいか?」

 

「…………なんだ?」

 

 ディロン──魔族の問いかけに藤原は驚愕しながらも顔に出さないように努め、答える。

 これまで戦って来た魔族は何体かいる。だがその全てが口を開けばこちらに対する罵詈雑言ばかり。

 質問などしてくる相手は初めてである。故に、警戒しながらも問いかけに答えてみる。

 

「お前、日本人だろ? なんでこのゴミ共(異世界人)を助けようとするんだ?」

 

 偶々近くに落ちて来た冒険者の頭を踏みながら。ディロンは問いかける。

 頭を踏み潰さないように力を調整しながらケントニスと連絡を取り、藤原を見つめる。

 対する藤原が日本人と言い当てられた事に驚く暇無く。ディロンは口を開く。

 

「どうやってこの世界に来たかは知った。この世界に来た理由も。だからこそわからない。なんでこの異世界人助けようとすることが出来て、本当の家族をないがしろにすることが出来る? 

 お前にも友人ぐらいいるだろう。学友、教師。実の母、あるいは兄弟。

 見たかったアニメは無いのか? プレイ中のゲームは? 読んでいた漫画はどうした? そもそも異世界で戦うということはそれだけ勉学が遅れるということだろう?」

 

 アニメ、学校、ゲーム。

 久しく聞いていない単語に。またも藤原は動けなくなる。

 

「ベトナム戦争やら中東での少年兵のPTSDを知らないのか? 今でこそゲーム気分でぽんぽん魔物を殺しているのかもしれんが、仮に地球に戻ったらどうする? 

 この世界で暮らして来た常識が必ず邪魔をするぞ。武具が無いと家を出れなくなるし、外を歩けば魔物に襲われるかもと警戒する。

 ただの中二病の痛い奴、で済めばいい方だろうが、実際に冒険者──この場合は勇者か? 兎も角それとして戦ってきた実績がある以上体に戦闘が染みついている。

 朝、起こしに来た家族を間違えて撃ち殺した、なんて話が地球でもある以上お前が地球に戻ったら実の家族や友人をその刀で斬り殺さない保証は何処にあるんだ?」

 

 それに、と矢継ぎ早にディロンは言葉を続ける。

 

「実際問題こいつら(異世界人)がやってるのは拉致軟禁による洗脳やらでの少年兵の製造だ。

 やってることはあれだ、隣の国が日本人攫ってレイプして薬ぶち込んで都合のいい奴隷にしてんのと同じこと。

 異世界召喚と言えば聞こえはいいが要するに拉致監禁による奴隷制度のそれ、隣の国が似たようなことやってんの知ってるだろう? 

 それやってんの知ってお前はこの世界に来たのか? 自ら奴隷になりに来たのか? 

 結果この世界の連中に"日本人は我々にとって都合のいい奴隷"つうクソみたいな前例を作る為に?」

 

「な、に、を──」

 

「なぁ、答えろよ、勇者様。お前は何を思ってこのカス共を助けようとするんだ?」

 

 藤原は、ディロンの問いかけに答えられなかった。答えを持っていなかったから。

 藤原玲一がこの世界に来た理由は単純なモノだ。"異世界と言うファンタジーを体験したかった"の一言で終わる。

 つまるところ自分が異世界に行くことで生じる問題など何も考えていない。

 というより学生にそこまで求める方が間違っているだろう。未来の事など考えず、勉強したくないやテストなど嫌だと嘆く一般的な学生に過ぎなかったのだから。

 

 ディロンが冒険者の頭を踏み潰そうとしたその瞬間。矢が放たれた。

 

「あ?」

 

 高速で飛来する矢を掌で受け止めようとするも──失敗。

 掴んだはずの矢は、ディロンの体を撃ち抜いた。

 

「ちっ、神の力か」

 

 矢を掴んだ手はぐじゅぐじゅに溶け、貫かれた肩もまた溶けた鉄の様になってしまっている。

 魔に属する存在であるディロンにとっては大ダメージ。肉体的損傷は再生するが保有する魔力そのものが削られた事を感じる。

 手は真っ二つに割かれ、紫色の煙を噴出している。

 

(喰らい続けると駄目だな。あのクソ女の時の杖と同じで存在そのものが抹消されかねん)

 

 同時に、敗北を予感する。

 

 勇者とは魔を撃ち滅ぼすモノ。魔王を打ち倒し世界に平和をもたらす舞台装置。絶対的な魔に対する特攻。

 ならば魔神であるディロンもまた、打ち滅ぼされるべき悪である。勇者相手ではどうしようもないぐらいに相性が悪い。

 例えるなら山火事とコップ一杯の水。水は炎を消すが同時に炎も水を蒸発させる。

 焚火相手にバケツ一杯の水なら水が勝つが、山火事にコップ一杯の水を持って言って何に成るのか。意味など無い。

 

 それほどまでに、相性が悪すぎる。

 

 仮に戦えば手加減する余裕など無いだろう。どれほど甘く見積もっても今の自分なら瀕死に成っての殺害。殺したところで直ぐ他の冒険者に殺される程度に弱体化する。

 

 ならば戦わなければいい。

 

 勝てるか怪しい相手に馬鹿正直に戦ってやる必要などない。勝てないならば負けないようにすればいい。

 

 徐々に再生していく手を確認し、自らの手を撃ち抜いた女を睨みつける。

 

「女の勇者か……今代の勇者は二人、か。随分とまぁ贅沢なモノだな」

 

「最後の言葉はそれでいいかしら」

 

 弓を引き絞り、狙いを構えながら女の勇者──出雲大和が言葉を発する。

 その目つきは鋭いがよくよく見れば驚愕が潜んでいる。今まで戦ってきた相手とはまるで違う存在を前に隠すことは出来なかった。

 

「なんで俺を倒そうとする? むしろ俺はお前たちにとって都合のいい存在じゃないか? お前たちを利用しようとするカス共を代わりに殺してやろうとしているんだから」

 

 ニヤリと、悪人の如く顔を歪めながらディロンは内心焦る。

 

(──まだか? まだなのか? そろそろ煽りも限界だぞ。こいつらと殺り合うとなれば本気を出さざる負えんぞ)

 

 ディロンにとっては本気イコール全壊である。力の制御もクソも無い。

 ここで藤原と出雲両者と戦い始めれば周囲の冒険者は死にこの都市──シュテーレンも消えるだろう。

 そうなれば本末転倒。今まで行ってきた全てが水泡に帰す。だからこそ煽りという行為を選択した。力を振るわないで済む選択を。

 当然だが煽る為に言った言葉はディロンの本心だ。だが会話というのを最近してこなかったディロンはどうにかして言葉をひり出し少し時間を稼ぐ為に言葉を発する。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな」

 

 足元の冒険者を蹴って遠くへ吹き飛ばす。

 周囲をぐるりと見まわし、周囲に冒険者等が居ないことを確認する。

 それと同時に正確に自身の頭部を狙って飛んできた矢を首を動かす事で回避する。

 善なる神の力が近づいたせいで頭皮と髪がちりちりと焼けるがディロンは気にしない。

 

「改めて、俺の通り名はディロン。本名は不破泰二。お前たちと同じ日本人だ」

 

 

「……は?」

 

 間抜けな声が藤原からこぼれた。

 

(日本人? こいつが? 目ん玉化け物のこいつが?)

 

 混乱。思考がさまよう。

 だが、妙な納得感を得ているのも事実。

 

 ディロン、勇者二名共今は知らないがディロンの有する【翻訳能力】──正確には【全意思疎通】は互いの意思を完全に疎通することが可能になる。

 嘘偽りは両者とも通じない。ディロンは相手の言葉の嘘を見抜くことが出来るし、逆にディロンが虚実を言えば相手にそれが伝わる。

 無論真実でも同じ。嘘偽りなど通じず、相手に伝えたいことが完全に伝わる力。

 

 だからこそ──藤原と出雲はディロンの言葉が真実だと理解した。

 

 

「前提条件として、俺は無理やりこの世界に連れて来られた。女神を名乗るクソが世界を救えだ何だとのたまって、どっかの王女が手引きした結果この世界にぶち込まれた。

 理由としてはお前たちと同じ、魔王を倒せだ何だと言われた訳だな」

 

 ケントニスの気配が近づいてくるのを感じ。後少しだと自身に発破をかける。

 

「──あなたの話を聞く必要はあるかしら?」

 

「おいおい、気持ちよく自分語りしてんのに横やり入れるなよ」

 

 横から突っ込んできた出雲に、これ見よがしに舌打ちをして見せる。

 だが相手を見るに突っ込んでくるのは火を見るより明らか。言葉を考えなければならないだろう。

 

「話を変えようか。お前たちは異世界人(こいつら)の手で日本が滅ぶのを許容するのか?」

 

「……は?」

 

 食いついた、とディロンはにやついた。

 

「まぁ、それはある種の結果論に過ぎないが……そうだな。異世界召喚の対象は恐らくランダム

 俺が呼び出されたのは単なる偶然、奇跡。必然じゃない。

 ならば俺以外……そうだな……現代科学の治療が必須な者が、召喚されない保証は何処にあるんだろうな?」

 

 一度言い終わり。唖然とする二人を見ながら、本心を話始める。

 

「糖尿病や骨折患者。手術目前のガン患者、あるいはペースメーカーが埋め込まれてて、定期的なメンテナンスが必要な者だったら? 

 あるいは認知症患者、家族の支えが居る者。または障害者などなど……要するに日本の環境でしか生きていけない者がこの世界に来た場合、お前たちはどうするんだ? 

 "自分たちは勇者として生きていけてる"と馬鹿みたいな主張をするのか? それは結果論だろう。俺もお前たちも何かしらの力を与えられたが……次来るものがそういった力を付与されるとは限らない

 俺の様に訳の分からん力が与えられることなく。勇者としての力が与えられることなく、ただの一般人としてそれらが召喚されれば……来るのは単なる死。日本なら生きていけた者は直ぐに死ぬだろう」

 

「何を、言いたいんだ」

 

「じゃあ、次にそれ以外が来る可能性──そう、例えば……総理大臣とか」

 

 絶句する二人を他所に。ディロンは綽綽と話を進める。

 

「日本の総理大臣ならまだましだな。暗殺だ誘拐だと騒ぎになるが、まぁそれだけだ。問題は日本だけで済むかもしれん。

 だが、たまたま日本に来ていた外交官が召喚されたら? あるいは──日本に外交しに来た外国の首相だったら? 

 日本とその国の戦争で済めばいいだろうな。そうでなくては下手したら世界大戦の引き金になりかねん」

 

 ディロンの言葉をいち早く理解した出雲は声を上げる。

 

「それは、可能性の話でしょう! 実際に起こるかもわからない話に過ぎない!」

 

 叫ぶ出雲に。ディロンは怒りで顔を歪めながら答えた。

 

俺がここにいるぞ(・・・・・・・・)

 

 顔だけで人を殺せるのでは、と思わせる程の形相に怒気に二人は押される。

 

「俺という前例がここに居る以上。今俺が語ったのは全て現実問題起こりうることだ。俺は何もわからないままこの世界に召喚されたんだぞ。

 なぁ、お前たちはそれを受け入れるのか? ある日突然訳も分からないまま日本が誘拐犯だ何だと言われて戦争の引き金を起こさせることを。

 愛する家族が事故や病気で治療しなければならないとき、異世界に召喚されて治療を受けることなく死に至ることを」

 

「俺は受け入れられない。訳の分からぬまま戦争など起こさせてたまるかよ。俺の家族が、友人が。こんなクソみたいな世界に拉致されて、訳の分からぬまま殺されるのなんてふざけるな。

 だから、全員殺す。この世界の連中全員死ねば異世界召喚もクソも無くなる」

 

 

「邪魔をするなら、たとえ日本人(同胞)でも容赦はしない」

 

 

 

 一歩。藤原が踏み出した。

 

「……あんたの言うことは、正しいと思う」

 

 

 大地を踏みしめ。空を仰ぎ。刀を握りしめる。

 

「けど、それは……そんなことをする連中だけだ。

 俺が今まで会って来た人々(異世界人)はみんな、いい人ばかりだ。その人たちは、何も関係ない

 ほんとうに、あんたが言う様に相手の許可なく召喚なんてことをする人も、いるんだろう……けど」

 

「ここの人たちは、何も関係ない! あんたが奪っていい、命じゃないんだ!」

 

 叫ぶ。心の底から。腹の底から。怒りを込めて。

 

 ディロンが奪ってきた命は数多い。数えれば百を超えるだろう。

 その命の中に──ディロンが言う"相手の許可なく召喚する邪悪"なんてものは、居ない。

 

 ただ日々を生きていきたかった者。家族と共に暮らしていただけの者。ただ、畑を耕して来た者。

 ただ、それだけの人々の命を、特に何も考えず、馬鹿みたいに殺して来たのがディロンだ。

 

知るかボケ(・・・・・)

 

 正論を叫ぶ藤原相手に。たった一言、それだけでで終わらせた。

 

「それはこっちも同じだ。俺には俺の事情がある。日本の──地球の事情を考えず召喚なんてことをしたのは異世界(こっち)が先だろう? 

 そんなくだらねぇことを言う権利はねぇ」

 

 はぁ、とため息をつき。わざとらしく肩を竦めた。

 

「……まぁ要するに、この世界の人類全員死ね。それが俺の答えだ」

 

「──なら俺は、それを止める! そんなこと、させない!」

 

「やってみろ! 人間!」

 

 

 両者が同時に走り出し。同時に拳を刀が衝突する。

 力は拮抗──否。藤原が押している。

 リートの歌声による強化に加え、ディロンは魔神──魔其の物。勇者相手では魔神の本来の力の一割も発揮できない。

 魔神だけでなく中にディロン(不破泰二)が入ってる関係上完全な魔神ではないからこそ勝機がある訳だが。

 

「ちっ──」

 

 ディロンが足を使い。藤原を蹴り飛ばす。

 咄嗟に刀をずらす事で藤原は蹴りを防ぐも衝撃によって飛ばされてしまう。

 

「──しぃ!」

 

 掛け声と共に出雲が矢を放つ。

 放たれた矢をディロンは左手を突き出して受け止める。

 受け止めた先からドロドロに溶けていく。熱したガラスか何かの様に。

 

「面倒だな──だが、勝利は確定した」

 

 にやり、と笑った。

 溶ける左手で矢を放り投げ、意識して再生を早める中第三者の声が響いた。

 

「貴様ら──魔神様に何をしてるぅぅぅぅ!!」

 

 それは、渦だった。

 人其の物の声を出していながら、外見は緑色の渦の塊と言う訳の分からない外見に勇者二名は止まる。

 地面から数センチ程浮き、体を斜めに傾けながら飛行してくる渦の塊だ。異世界経験の浅い藤原と出雲では止まるのも無理はない。

 

 人一人は覆えそうな緑色の渦が何十、何百と折り重なる事で人型となり蠢くモノ。異界より発生せし新たなる魔王。

 この戦いで勝つために絶対的に必要な者。

 

(相手が何かわからない──けど、斬る!)

 

 

 戦いを放棄し全力で魔王に向かって疾走するディロンに勇者二人は走り出す。

 これまで倒して来た魔物にはスライムや不定形の怪物、人の骸が集まった気味の悪いモノさえいた。ならば緑色の渦程度なんてことないと。

 

 

 がしり、とディロンが魔王の頭部を掴んだ。

 何をするのか。相手の行動が読めない藤原はぎりぎりまで接近して刀をるう。

 

「ここで死ね、魔王!」

 

 ぐるん、と魔王を掴んだまま藤原の刀の前に差し出した。

 

 は、という声は誰のものだったか。藤原か、魔王か、あるいは両方か。

 

 正確に。鍛え上げた力で振るわれた刀は身代わりとして差し出された魔王を綺麗に。両断した。

 刀はディロンの体を掠る事無く。魔王だけを斬り裂いた。

 

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