殲滅戦争 作:Libro
夜の空。二つの月が照らす空の元を飛ぶ者が一人と一つ。
二メートルを超える長身を持つ男。一目見て鍛え上げられたとわかる肉体美。丸太の様に太い足と反対に異様に小さい腕と手。月光を反射して輝く黒い皮膚。
夜空をそのまま閉じ込めた様な黒く輝く黒髪に星空が浮かぶ瞳。
服装は簡易的なモノ。ズボンと上着を着ただけに過ぎず靴すら履いていない。
背中側は大きく開いており衣服としての機能を損なっている。
開かれた箇所からは蝙蝠の翼の様に被膜が付いた巨大な翼が一対生えており時折動くことで翼で空を飛んでいるのだと主張する。
『ここだな』
一つ、本が動いた。
顔が三つ程重なる事で一つの顔としても見れるような異様な表紙に獣の皮をそのまま使った様な奇妙な本だ。
言葉を発する事無く。他者の思考に介入して心に直接言葉を送る。
『降りるぞ』
そういうと本は自由落下を始める。下降ではなく落下。慌てて男も翼を収納し落下する。
重力に身を任せた落下によって地上に墜落した。
空中で制御することも無く、落下時に減速することも無い本当の落下。地面へ着弾しクレーターを作り土埃を巻き上げる。
「ここが合流地点か」
腕を振るうことで土煙を吹き飛ばし、男──ディロンが確認の為本──ケントニスに問いかける。
『あぁ。そうだ。名も無き国跡地──拠点とするのに、そして儀式の場としてこれ以上最適な場所は無い』
落下地点はかつてディロンが武器として呪具である剣を回収した国の跡地だ。
首都のはずれであり何も無い荒野と化した場所に二人は降り立った。
「……ウードが居ないな」
『あれが死ぬとは思えないが…………まぁ。いずれ来るだろう』
ウードとディロンの間に魔術的な繋がりは無い。その為仮にウードが死んだりした場合でもディロンが気づく事は出来ない。
「早速始めてくれ」
『そうしよう』
本が動き。冒涜的な事が描かれたページが開く。
開かれた本から文字で構成された小さな触手が何十本と飛び出してくる。
一つ一つは人の小指程度の小さなモノ。それらは日本語やこの世界の言葉、象形文字等の多数の言語が集まることで触手の形をとっている。
触手が地面に打ち込まれ、ケントニスは権能を使う。
眩い光。黒い光という矛盾したそれにディロンは眉を顰めるも目を閉じることは無い。
光や土煙などの視界を防がれるという行為全般に耐性を持つディロンは視界封じは通じない。常人なら失明する光でも眩しいな、と思う程度で済む。
光が収まった後には、巨大な城が現れていた。
一言で言えばフランスのモン・サン=ミシェルが一番近い。ただあちらは湖の上にあるがこちらは城の一部──城壁や通路等が露出し、空中に浮いているという大きすぎる違いがある。
城壁に塔。門に至るまで全てが空に浮いている。
黒を基本とし、所々には紫色の装飾も施されている。
「これが過去改変の結果か。何ともまぁ…………」
目の前に実際に起こされて、そして事前に何をするか知っていたからこそ現状を正しく理解できているがそうでなくては何が起こったか何もわからなかっただろう。
ケントニス・ヴィッセンが司るのは記憶と記録。つまるところ過去。
この城は過去改変によって生み出したモノである。
過去を書き換えた事で"ここに城があった"という歴史を作り出しそれが正史となった。
今この瞬間。築何百年の城が一分足らずで建てられたという訳だ。
これもディロンが暴れたことでケントニスの現世への干渉能力が増した結果。この程度の過去改変は容易く出来る。
事実今出来たばかりの城は時間経過による劣化で罅が入ってたり野良で沸いた魔物が巣を作り、逞しく苔が生えて中庭であろう部分には木々が伸びすぎて城を侵食している。
築数百年の城を一分足らずで建てるという矛盾の塊を成し得るのが
「次は俺か」
とん、と地面を軽く蹴ることで飛び上がる。
ただのジャンプで数百メートル飛び、城壁を越え城の一番上に着地する。
それだけの移動をしたにも関わらず城に欠損は無い。これまででは城を壊していただろうが、契約によってディロン本人も力の使い方を学び始めた事で無闇矢鱈な破壊を防ぐことが出来る様になった。
「こうか?」
しゃがみ込んで城に手で触れ、力を行使する。
「眷属創造」
ディロンの体から魔力と、魔力以外の何かが迸る。
赤く脈打つ力の波動が城全体を包み血管の様に行き渡る。
ぎしゃぎしゃと、硬質的な音が響いてくる。
ぎちぎちと何かが無理くり動く音が反響する。
『城其の物を眷属にすることで防衛も完璧、という訳だな』
新しく生まれたのは城型の
ケントニスが城を生成しそれを眷属にすることで拠点を作り出す。城型というのは巨人型の
名前を付けるならば魔神城、といったところだろうか。
「能力はどんなもんだ?」
『こういう感じだな』
ぱらぱらと本が捲れて城
自動修復。移動。侵入者感知。破壊感知。変形。移動以外は城──拠点として求められる能力だ。
「…………移動ってどういうことだ?」
『そのままではないか? 足が生えるか空でも飛ぶのだろう』
一瞬。城に人の足が生えて歩く様を想像しディロンは顔を顰めた。
「そんな気持ち悪いもの想像させるな」
城の形を変えさえ、内部に侵入する。
がしゃがしゃと城が動きすぐさま目的地にたどり着く。
ついた先は玉座の間。何も無い空間の最奥にぽつりと、黒曜石の様に黒い玉座があるだけの部屋だ。
壁も床も天井も黒い為黒に黒という部屋のセンスとしては最悪の場所だろう。その椅子に何となく、ディロンは座った。
「……で、ここからの計画は?」
『その前にウードがおらん。あれが居ないと話が進められん』
そういった矢先。どさりと何かが落ちる音がした。
椅子以外何も無い部屋に落下音がしたとなれば原因は限られる。
『──随分とやられたなぁ。ウード。それほどまでにあの女は強かったか』
「だい、いいいせええええいいがががそれれれれでえでええでですすすすかぁかか」
「バグったか?」
現れたのはウードであった。大ダメージを受けた状態の。
黒い装甲は茹で上がったエビなどの甲殻類を思わせる程に赤くなり、手足は見るも無残に引きちぎられている。
手足も無く、もぞもぞと動く様は実に無様である。
「…………茹で上がったエビか?」
「そそそれれれはきんんんんく」
『まぁいい。話をつづけるぞ』
瀕死のウードを横目に──本なので目が無いが──ケントニスは話を進める。
『さて。これで計画は完遂された。ディロンが起こした戦争を人々は知り、記憶し、記録する。次があった時の対策を練る為に。今後このような悲劇を起こさない為に。
そこに駄目押しする為に私が一度
続け様にそうなればどんな馬鹿でもこの戦争と魔物の増加を結び付けて考える様になる。思考とは詰まり記憶であるからな』
ウードが動けないままケントニスの計画を聞き、視線──目が無いので視線もクソも無いが──で"それ自分の仕事量多くない? "と訴える。
ケントニスは当然気づけないし、ディロンはそのような意思を読み取ったが無視して話を進めさせる。
「──んでそれが何がどうなれば俺が帰れる事になるんだ?」
『結論をそう急ぐな。今の私は全盛の二割弱、契約前はもっと下だが……それを四割、つまり倍増させれば私の本体を呼び出せる。そうなれば後はどうとでもなる。
私がこの地に完全に降りて来れればお前ひとり地球へ帰すぐらいは訳無い。まぁ、帰す為にも協力してもらうぞ』
「わかった、が……具体的には何をすればいいんだ?」
『お前には核──正確には"ディロン"を触媒にした大規模魔法儀式を行う。全ての起点にして終点となりお前が全てを始めて終わりとなる。"ディロン"の名を広め核として機能するようにもしたのもこの為──
──まぁ要点だけ言うならばお前はこの城で暮らしててくれ。出来れば一歩も出ないで』
「はぁ?」
『要するに、終わりの名を関する者が特定範囲内に居るのが儀式の条件だ。それ以外にも星の並びや地脈なんやらあるが──ディロンが出来ることはこの城に居てもらうことだけだな、あとは』
「……具体的には、どれくらい城に居ればいいんだ?」
『六年だな。それ以上長くなることも短くなることも無い。後は六年間ここに居てもらうだけだ』
「………………六年、か──一つ聞くが、俺が地球に戻った際、時間はどうなる?」
『ふむ。今考えてることが上手くいけばお前はこの世界に来た当日、あるいは数日後への帰還になる。時間関連は気にしなくともよい』
「そう、か」
六年。あと六年で帰れる。
長いようで短い時間だ。この世界に来て二年近く時間が経ったディロンはそう考える。
大学でのこと等ほぼ忘れかけている。それ以前の高校の事も。
中学の頃は忘れたくても忘れられないが──兎も角地球で暮らしてた常識が異世界で得た常識で上書きされているのを感じるディロンは内心もっと早くならないのか、と感じる。
だがケントニスの言に嘘が無いのがわかる。能力で嘘を判別できてしまうが為に。
帰還のめどが一切無かった時に比べればマシか、と自分を慰める。
『私は今から
そう言い残し。ケントニスの体はただの本に戻った。
「…………後で労基に訴えてやる」
最期に不遜な事を言い残したウードを残して。