殲滅戦争 作:Libro
空が歪み暗雲の中から文字で構成された触手が何十と伸びて生えてくる。
大地からは一つ目の怪物が沸いて出て、虚空がひび割れて悪魔が飛び出す。
地上に蔓延る低位の魔物が消えたが代わりに上位の魔物がやって来たという訳だ。
数で言えば先程よりも少ない。地平を覆いつくすほどは居らず精々が千を超える程度だろう。
だが質ではこちらが上。数より質が勝る世界では数万の雑兵より千の精鋭が勝る。
「こりゃヤバいな。どうするよ」
如何にもな魔物の軍勢と虚空から現れた見知った相手に引き攣った笑いをしながらネボが隣の女エルフに問いかける。
「どうするも何も、全ての行く末を決めるのは勇者。私たちは彼のサポートですよ」
肩にエストックを載せながら軽く女エルフは答える。
そこに二人の、この場に居る数少ない人間がやって来る。
一人は剣を構えながら歩きもう一人は錫杖を杖代わりに歩いて。
「ディーナさんは僕の補助を。ネボさんはあの悪魔の相手を。ヒュムネさんは地上の相手をお願いします」
勇者──ルークという彼は手慣れた様に仲間に指示を出し指示を受けた仲間はさも当然であるかのように受け入れる。
女エルフ──ディーナは最低でも百年以上の時を生き、かの国では重鎮であるにも関わらず冒険者でも無い、立場で言えば平民に過ぎない相手の命令を素直に受け入れてエストックを構える。
ネボは剣を取り出して構える。冒険者として今はAランクになった彼は下手な国の貴族よりも偉くふんぞり返っても許される程に地位のある彼もまた同様に。
杖を持つ神官ヒュムネは世界的に有名な
「ようやく来たかボケナス」
「助けに来てあげた相手にそれは酷くありませんか?」
一方空の上でもディロンとその配下でのやり取りがあった。
悪魔を呼び出したのは言うまでも無くウード。甲殻類に似た体とのっぺらぼうの悪魔はこの盤面に成ってようやくやって来た。
更にまだ浮遊する本状態のケントニスもやって来る。すかさずディロンはケントニスに問いかけた。
「んでケントニス、この盤面からどうひっくり返す?」
ディロンの視点から見ればこれはほぼ詰みに近く思えた。
自身は儀式の中心地である城から遠く離され、体もボロボロ。再生しているとはいえ力が
手足も無事だし喉も無事。戦闘に支障は無いがそれでも無視できるモノではない。
『何も変わらないさ。儀式の完了まであと一時間半耐えるだけでいい──と言いたいところだが、相手は勇者だなぁ……更に神々が世界に残した神器。人の世界を守るための神造武具を持っている。生半可な相手じゃぁない。
あれで斬られればお前では危ないなぁ』
言いながら。ケントニスは考える。
(こちらの勝利条件はディロンの生存による儀式の完了。だが位置が悪すぎる。ウードで転移させようにもあのレベルだとウードでは転移させる前にやられる。
正面突破──は無理だな。勇者と聖女のセットが厄介にも程がある。それにあの女エルフの武装、恐らくすべて
であれば、仕方があるまい)
『あまり借りは作りたくないが……しばしまて。力を貸してやろう』
「あぁ、わかった。とりあえずは──」
何をするかわからないが任せよう、と言おうとした瞬間。ディロンの眼前に勇者ルークが出現する。
は、という間抜けな声を漏らす暇無くディロンが斬られ、蹴り飛ばされた。
「カスがぁ!」
地面に叩きつけられ、品の無い言葉を吐きながら立ち上がると同時に空からルークが落下し剣で攻撃をする。
「ディロン!」
心配の声をウードは上げる。
儀式の完了はウードにはなんとしても成し遂げたい事。先代の策略が失敗に終わり、ドワーフの国の封印が解けた今現状現世に自由に活動できる公爵位の悪魔は自分だけ。
ここで自分が直接動き現世に邪神を顕現させるという大役を果たせば魔界での地位は大きく上がる。
空間を操れるという特異性こそあるが戦闘力では大きく劣るウードは魔界に君臨する七人の王の中で最も地位が低い。
他の王は君臨するだけで星一つ焦土に変え焼き焦がしたり星一つ丸呑みできる惑星サイズの悪魔等の中顕現しても世界に大した影響を与えず空間を操り雑魚悪魔を呼び出せる程度。
だからこそ、ぞんざいな扱いを受けてもウードはめげずにやってきたのだ。ここで全部壊されるのは流石に御免被る。これまでの努力が全部無かったことにされるのだから。
ディロンが飛ばされた方向に顔を向けた瞬間。光の矢が何百と飛んでくる。
「ちっ!」
咄嗟に転移し矢を避ける。
一発一発の威力もまた高い。地面に着弾した矢はクレーターを作り一面に居た魔物を全て破壊した。
「俺の仲間を殺したこと、まだ忘れてねぇからなぁ?」
さも怒ってます、という顔と声色で矢を撃った相手──ネボは言う。
かつて。ネボの仲間であるクレールはウードと戦い、敗北した。
当時の戦況をネボは良く知らない。だがクレールが空の上の悪魔と戦うと言い飛んでいき──戦死したのは知っている。
クレールのランクはB。ならば雑兵にやられる訳が無い。となれば当然相手は限られる訳で──目の前にいるウードは、クレールを殺したとしても何の不思議もない存在。
「あなた──あぁ、あの時にいた冒険者ですか……煩わしい。縊り殺すとしましょう」
一応は、当時の勇者パーティを独自に調べていたウードは知っていた。当然今も新しい勇者の仲間となった事も知っている。
煽りと自身への発破を込めて。ウードは煽った。
■
「死になさい」
ウードがそう言うと同時に空間を操る。攻撃ではなく呼び出し、召喚。
呼び出すはリッター。ディロンから借り受けた兵隊。
かつてはドワーフの国の残骸を呼び出し攻撃手段としたが今は出来ない。攻撃に利用できる廃墟都市等何処にも無い。
ドワーフの国の残骸は全て破壊されてしまった。更にこのレベル相手に下手に瓦礫召喚からの攻撃など意味が無いとなれば無理に瓦礫を探すよりは他の対処法を考えた方がいいと判断する。
リッターが空を駆ける。
地面があるかの様に空を踏みしめて走り出しその手に持つ武器でネボに襲い掛かる。
当然ネボは迎撃する。一瞥することも無く剣を振るいネボは全てのリッターを消し飛ばす。
(余りにも実力差がありすぎる! クソが!)
若干のキャラ崩壊を起こしながらウードは嘆く。リッターは確かに強い。相手と相性と数によるが格上であるはずのBランクを打ち倒せる可能性がある程に。
だがネボのランクはA。装備を纏い六年前から修練を積んだ今は確実に六年前よりも強い。
ならば当然相手に成らない。
だからこそ格上相手に数と質をもってすれば万が一の可能性が生まれるリッターは強い。文句のつけようが無い程には。
さてどうするか。そこら辺の川かあるいは海から水でも持ってくるか──そう考えた途端。
止まった。
「は?」
指一本動かせない。視界も動かせない。足も、背にある翼も、何もかも。
「な、にがー?!」
唯一動く口で、現状をどうにか出来ないか、動かす。
だが言葉しか発せれない。声に魔力を載せる事も出来ない為魔法もつかない。ただの喋る木偶に成り下がった。
わからない。他者へ干渉する類の魔術は抵抗されやすい。最上位悪魔であり公爵位を持つ自分ならば人間程度が使う他者干渉系魔術は無効化出来る。
だからこそ有り得ない。指一本動かせず、魔力すら使えないという今この状態は。
更に──魔力が使えなくなったのにも関わらず空から落ちないのも可笑しい。対空出来たのは飛行の魔術を使っていたからこそ。魔力が使えなく成れば当然魔術も使えなくなるはず。
一部の悪魔は種族的能力として飛行能力を持つがウードは持っていない。だからこそ、魔力が使えなくなった今浮遊している状況が一層ウードを混乱させる。
『ようやく効きましたね』
脳裏に響く声。存在しない鼓膜から聞こえる音声ではなく相手に直接意思を伝えるテレパシー。
──クレール。Bランクの冒険者であり最高位の魔術師。特異の魔術師。
魔術の威力だけならばネボやタリに劣る彼女が何故最高位の魔術師と呼ばれているのか。
単純な理由だ。彼女はネボやタリよりも長く生きていて、相応に知識を有したという事。
彼女の師匠はかつてクリセルダで最も長い時を生きたとされる魔術師であり魔法使いであった。今も生きているとされるが何処にいるかはもはや誰もわからない。
そんな彼女は魔術という技術に対して疑問を抱き研究しつくした。
結果彼女が行きついたのが呪術。何かを失う代わりに何かを得る技術。
失うものが大きければ得るものは大きい。
だがレートが狂っている。腕や幾つかの内臓を失うだけで才能の無い──ほんとにちょっとした魔術が使えただけの少女がBランクという国をも滅ぼしうる存在に成れるのだ。
ならば、腕や足、眼球などよりも最も大きいものは何だろうか。
──呪術に長けた彼女が、ただ自爆等という事をするだろうか。
当然、答えは否。自分の命という特大の対価を払ったのだ。
得たモノは──公爵位の悪魔の、一定時間の完全な行動停止。
「お、ま、エェェェェ!!」
ウードは今は既に居ない。死んだ相手に怨嗟の声を上げる。
それを聞いたネボはかつての仲間とよく似た気配の魔力を感じ取り何が起こっているのか把握して、ニヤリと笑った。
「じゃあな、悪魔──俺
何も出来ないまま、ウードは両断され──体をバラバラに斬り裂かれ──今度こそ、ウードという邪悪なる悪魔は打ち倒された。