殲滅戦争 作:Libro
「──あ?」
自分の後ろに、何かが生まれたことをディロンは敏感に感じ取った。
「な、んだー?!」
人では無い体で視界を確保している以上首を動かしたり眼球を動かすことなく、真後ろを視認できるディロンは後ろに出現したそれに驚愕し動きを止めた。
そこにあったのは亀裂だ。紙を破った様な裂け目。
裂け目の中には星や岩。あるいは形容し難い何かが蠢いている。
「うぉぉぉ!」
ルークが叫び、剣を押す。
攻撃ではない。相手をただ押し込もうとする力。
「な、めるなー!」
体の再生もままならないまま、裂けた状態の右腕を使い聖剣を掴む。
当然聖なる力の塊を魔の塊であるディロンが掴んだのだからただでは済まない。皮膚が焼け内部から焼かれる痛みがディロンを襲う。
だがそれでも握るのを辞めない。自身を貫いた剣を向こう側へ押し返さんと握る。
「いい加減に、しろや!」
叫びながら追加で攻撃をしてきたのはネボ。かつての勇者の仲間。
大剣がディロンの下半身に当たり、また一歩ディロンは後ろにずらされ、亀裂に押し込まれる。
そして続いてディーナが雷撃をもって行動を阻害し、ヒュムネが奇跡を使って移動範囲を狭める為に障壁を張る。
これでディロンが動けるのは前と後ろだけ。左右に障壁が張られてる今ディロンは前以外には動けなくなった。
前までならこの程度の障壁なんてことなく破壊出来た。だが儀式の核として消費されている今は壊せない。
握った右手が焼け爛れ、指が落ちる。このままではまずいとディロンは判断する。
最後の最後。今度はディロンが切り札を切る。
ケントニスに思念で伝え、最後の力を振り絞った。
「まだだ!」
途端──ディロンの体が全快する。
先程までのダメージなど無かったように。斬り落とされた左腕は瞬く間に新しい腕が生え、頭部は修復され地球が映る眼を取り戻した。
胸もまた治り、足も戻った事で踏ん張る事が出来る様になった。これでダメージは全て無くなり全力が出せるようになった。
いや、それだけではない。全快以上の力──つまりディロン本来の力を、儀式として使われていた事で消費していた力を全て取り戻した。
身体能力、魔術の行使能力。魔力量。全てを取り戻した。
これは儀式の中断によって得た力。
儀式の進行で力を失っていたのならば当然、儀式を辞めればディロンは力を取り戻す。当たり前の事。
だがらこそ使いたくなかった奥の手。これで今までの努力は全て水の泡となった。
街を襲ったことも、城で六年間辛抱し続けたことも全て無意味となった。
もう一度ケントニスを呼び戻し地球へ帰るには最初から全てをやり直す必要になる。だからディロンもケントニスも使いたくなかった一手。
だがこれで、戦局は変わった。
さっきまで優勢だったのは勇者達。だが力を取り戻した今、如何に魔に対する特攻を持つ勇者と言えど。最強とさえ言われる者が二人いようと。
神への祈り無しで奇跡を扱う聖女が居ても、他所の大陸の別系統の力を扱うエルフがいようと──もはや勝てる訳が無い。
ディロンの力は六年前より増している。契約によって得た力だけではない。知識を付け、技術を学んだ今ならばかつて敗北を予感した勇者二人にだって勝てるだろう。
そのはず、だった。
「あ?」
とスン、と全快したディロンの頭部に矢が突き刺さった。
それは、この場の全員が──たった一人を除いて見慣れる矢。この世界における矢は木と羽と鉱石を使う。
だがここではすべて見慣れぬ物で作られた矢だ。かつて勇者の仲間として行動し──一緒に行動していたネボ以外は。
「これが、どうした?!」
頭に刺さった矢を抜き取り、ディロンが叫ぶ。
叫びに呼応し勇者が一歩引く。
馬鹿が、と自身の左右に張られた障壁を破壊し──目を疑った。
それは、六年前に邂逅した者の姿。かつての敵であり、同胞の姿。
あれから六年もの時が経ったというのにも関わらずかつての姿そのままで、その者は──勇者藤原玲一は、実体の無い姿でそこに居た。
確かに。勇者一人では容易く殺されて終わりだろう。二人ならば、戦いは成り立つがやはり勝てはしない。
だが、三人ならば?
勇者藤原と勇者ルークが重なる。
声が重なり、二人の少年の声が響く。
「
二人の勇者の剣がディロンの胸を貫き──そのままディロンは亀裂へ押し込まれた。
「アアアアア!」
体が吸い込まれる。
上空で飛行機の窓を開けた様に。あるいは掃除機で吸われる様に。ディロンは亀裂に吸い込まれる。
吸引によってディロンの皮膚が吸い込まれ、髪の毛も吸われる。
魔力もそうだ。魔術として形を得る前に全て吸われてしまう。
「ま、だ、だ!」
それでもなお。ディロンは抗う。上半身を亀裂からだし、亀裂を──裂け目と現実の境目を掴みはい出ようとする。
当然、それが許される事は無い。
勇者の聖剣がディロンを斬って──ディロンの体が亀裂に完全に飲まれ──亀裂が、閉じた。
パキリとという氷が砕ける様な音共に亀裂は消えてなくなり──こうしてこの世界からディロンは消え去った。
「終わった……のか」
ガラガラと、遠くで何かが砕ける音が響き始める。
誰かが音の方へ顔を向けた。
そこは、魔神が住まう城。神話の時代に作られたとされる城が──音を立てて崩壊していた。
ガラガラと大きな音を立てて崩落していく。その中にはディロンがこの世界で集めた本や武器。ウードが趣味で集めた人の死骸や宝石などが混じっている。
かき集めれば一国は買えそうな黄金の山。それが空から流れ落ちるさまは実に綺麗であり絵にすればそれだけで一財産築けそうなもの。
「終わったんだ……これで……」
勇者がぱたり、と倒れる。
聖女が勇者を──ルークを心配して駆け寄る。
倒れた勇者の顔は、実に綺麗なモノだった。
遊び疲れた子供の用に、勇者の顔は爽やかな物。
「なんですか、その顔は……」
思わず、ヒュムネは苦笑する。
あれだけの激闘の後には似つかわしくない顔だ。だが、これでこそ勇者に──ルークに相応しいと思わず思ってしまった。
「お、晴れて来たな」
ネボの言葉のが早いか否か、空を見れば──それは綺麗に晴れていた。
先程まであった暗雲など何処へやら。綺麗さっぱり消えてしまった。
残るのは綺麗に映る太陽と、太陽の光で隠れてしまいそうな月が二つ。
「これで、終わりですね……」
ディーナがそう、疲れた、と言いながら呟き大地に突っ伏した。
「ああ、これで終わりだ。もう、全部が終わったんだ」
タリがそういい、鎧を外して地面に寝転ぶ。
じゃあ俺も、とネボも寝ころびヒュムネが少し恥ずかしそうにしながら勇者の隣に寝転ぶ。
「これで……終わったんだよね……」
「えぇ。これで終わりです。悪しき魔神は、彼方へと飛ばされました。もうこの世界にやってくることは──ありません」
「そうか……そうだよね」
今まで、様々な事があった。
故郷を滅ぼされ。魔神に親を殺され。
師匠に──タリに拾われ魔神を倒すべく力を付けた日々。
ネボと遭遇し、不運にも戦ってしまった地下遺跡での激闘。
他所の大陸から来た使者でるディーナとの共闘。砂の神殿での謎解き。
本当に、いろいろと会った。ここで語るには余りにも長すぎることが。
「──よし!」
数分、横になっていたルークは立ち上がる。
「もう、もたもたしちゃいられない! 世界は救われたんだ! これまでお世話になった人たちにお礼を言わなきゃ!」
うぉぉぉ、と子供の様な声をルークは上げる。
「んで、そのあとはどうするんだ?」
ネボがニヤニヤと笑いながら、ルークに問いかける。
「当然、また冒険をするよ! この世界はこんなにも広くて──美しんだから!」
勇者を祝福するように──太陽がいっそう、輝いた。