殲滅戦争 作:Libro
──これは使いたくなかった一手。最後の最後の切り札。
相手がどうしようもないほどに強く、殺す事が不可能の場合にのみ使用を許可された力。
『あ"?』
喉も裂かれ、自分で叫んだことで傷を負い普通ならば発音できない状態だがディロンには関係ない。
全意思疎通の力で己の不快をこの場の全員に伝わる。
そして、最後の切り札が──勇者たちにとっての詰めの一手が放たれた。
『は?」
足元に、罅が現れる。
紙を力任せに破った様な亀裂。それにディロンは飲み込まれ、当然超至近距離に居た勇者も飲まれる。
遅れてディーナが亀裂に飛び込むと同時に──亀裂は無くなった。
「な、んだここはー?!」
治った喉を使い言葉を発する。治ったのは喉だけ。頭部はまだ二つに分かれたまま。
亀裂の先から最初に目に映るは島。草一本も生えていない、岩だけで構成された島。
中心に山があるが山自体も岩だけ。木は勿論の事苔すらも生えていない。
今まさに海底火山が噴火して出来た様な島であった。
そして島以外に目を向ければ──海。
一面の、広大な海がディロンと、勇者の目に映る。
(あり得ん、空間移動?! どうやって?!)
転移系の能力は誰も使えないのが基本だ。邪神の信者だろうと超一級の魔術師であっても使えない。
唯一の例外がウード。短距離から長距離転移まで気楽に行っているがそれはウードだけの特権。一種の権能とさえ言ってもいい。
当然勇者たちがこんな事が出来たのには種も仕掛けもある。
空間転移が阻害されているのは
ならば、
だからこそ使いたくなかった一手。ほんの一瞬であっても結界が緩めばどの邪神が干渉してくるかわからない以上切りたくなかった力。
「だが、これならば──!」
身体強化に割いていた力を攻撃魔術に回そうとし──空から降って来た勇者の仲間。ディーナのエストックに突き出した右腕を貫かれた。
「て、めぇー!」
叫びながら山の中心──ぽっかりと空いた空洞にディロンは落とされ、続いてルークとディーナも入り込んだ。
どしん、と地面を揺らしディロンは着地しルークとディーナが降りたつ。
「カス共が、もう、縊り殺してくれる!」
本気の怒りを発する。
剣を手に、殺意を胸に抱き一歩歩こうとし──阻害された。
「は?」
思わず頭を下げて足元を見れば──結晶が足に纏わりついていた。
植物の様にパキパキというガラスの割れる様な音を鳴らしながら、足から全身を覆うように動いている。
純白の結晶。透明度も高く結晶の向こう側にディロンの足があるのが良く見える。
(拘束系の能力? 馬鹿が)
「この俺に、拘束など通じるか──!」
一定以上の実力者は拘束や行動を阻害してくる力に対して対策を積んでいる。
泥溢れる沼地だろうと木々生い茂る森の中であろうと活動する為であり、当然ルークもディーナも何かしらの手段で完全耐性か無効化能力を持っている。
ディロンだって持っている。魔神の体にデフォルトで持っている耐性だ。弱体化していると言っても無効化能力や耐性能力まで消えたわけではない。
足を動かし、結晶を割り──それより早く更に結晶が生まれる。
「な、んだこれはー?!」
(有り得ない、拘束は効かないはず──!)
暇だった六年間で何が通じて何が通じないのかある程度検証しているディロンはこの現象を有り得ないと断じる。
だがルークとディーナにとっては当然の現象のようで驚きも何も感じ取れない。感じるのは──もっと別の感情。
「それは、封印です」
「ふう、いん?」
ふう、いん。ふういん。封印。封じる。
頭の中で勇者の声がこだまし、理解を拒む。
「ふざ、けるな! こんなものー!」
腕を動かし魔力を発し。結晶を砕く。
「ケントニスゥゥゥゥ!!!」
ディロンが叫び、ディロン側の最後の切り札が使われた。
それは、儀式の中断。
当然中断、全てがやり直し。あと少しで現世に来れたはずの
だから使いたくなかった、全てが無かったことになるのだから。六年間の辛抱も人を殺し街を滅ぼし隕石を呼び寄せたことも──すべて無意味になるのだから。
斬り落とされた左腕が再生する。半分ほど消えていた腕が直る。頭部も治り地球の銀河が映る眼を取り戻す。
全身焼け爛れ、死に掛けの体が即座に全快する。これぞ魔神の力。邪神と繋がったことで得た力の一端。
ただしそれはあまりにも──あまりにも遅すぎた。
「今なら、こんなの!」
全身から魔力を放出する。儀式が終わった以上全力全快。魔力も当然全て取り戻している。
それでも──破壊しきれない。
身動ぎする度に結晶を砕くも、破壊よりも増殖が速すぎる。既に下半身は覆われている。
もしもこれが、勇者たちが魔神城から視認できる距離で儀式を中断し力を取り戻していればもっと違った結末になっただろう。
だが、ディロンは余りにも愚かで、ケントニスは欲張ってしまった。
だからこれは当然の結末。人を喰らい奪う怪物は──人に全てを奪われて終わってしまう。
「ふざ、けるなぁぁぁ!!」
恐る恐る察しているものの、認めたくない現実にディロンは更に力を発する。
バギバギという木々が砕ける様な、力で岩を砕く音が響く。
先程までの比ではない。もはや増殖よりも破壊が勝り──このままでは遠からず封印を破るのは目に見えていた。
だから、勇者は歩く。女エルフは諦める。
「ディーナさん」
ルークの声に。ディーナは悲痛な顔をしそうになるが──最後に見せる顔がそれは無いだろうと、精一杯の笑顔を見せた。
「はい、ルーク」
それを察したルークは思わず飛びつきたくなるが──我慢する。
何よりも時間が無い。後数分もあれば
だからこれは必要な事。自分が大好きな人たちを守るために必要な事で──最初から分かっていた事。
「みんなの事、よろしくお願いしますね。それと──師匠に、ありがとうと、伝えてください」
「────はい。必ず、伝えます」
涙をのみ。二人は笑顔で終えて──ルークが一歩、踏み出す。
手にするは聖剣。魔を打ち払う為の武器。世界を救う為の力。
「ゴミ、が! こんなのが、何時までも持つとでも──!」
「えぇ、思っていません。だから──これを使います」
聖剣を手に取り。騎士の様に目の前に構える。
その姿勢のまま、一歩ずつ、踏みしめて進む。
それを見てディロンは、どうにか出来ないかと考えて──力を発する。扱うのは魔術。何時だって、魔の力は自分を助けてくれた。この世界に来た時から。だからそれを使う。
魔術とは、出来て当然と思う力。本来ならば出来ない様な事でも、出来ると思えば出来る。そういう力。
だから──勇者の力よりも魔神の力が勝っているから。封印を破壊していく。
ルークとディーナは驚く。ここまで追い詰めて尚これだけの力があるのかと。どうするか、一瞬悩んだ瞬間。
「──あ?」
ディロンの胸が、何者かに貫かれた。
ディロンの胸を貫いたのはルークもディーナも見慣れない形の武器。とある人物が伝えたとされる異界の武器。
そしてディロンにとっては──不破泰二にとっては見慣れた刀。
「お、まえは──!」
刀を握る者──かつて相対した勇者藤原玲一。幽霊の如き実体の無い姿で彼は刃だけを実体化させてやって来た。
顔を少し動かし次代の──自分の不始末を拭う事になってしまった今代の勇者と目を合わす。
それだけで充分だった。ルークは全てを察し、眼だけで伝えて──藤原は消えた。
「ふざ、けんな、こんな、こんなの!」
魔神にとって勇者の力は劇薬だ。絶対的に自分を撃ち滅ぼす力。それを防御も無く心構えすら出来ずに受けた今、重傷を負う。
だがそれだけだ。後一分もあれば完治するし行動には一切の障害は無い。本来ならば。
今は封印の途中。勇者の力を受けた胸から更に結晶が生えて来てディロンの動きを阻害する。
それを握り潰し、相手を見る。勇者を、自分をここまで追い込んだ女を。
ディロンの──不破泰二の能力。全意思疎通。それは相手の意思を汲み取る力。だから当然、勇者の意志を汲み取り何をするかわかってしまう。わかってしまった。
勇者から感じるそれは、ディロンにしかわからないモノ。あるいは、勇者自身わかっていない感情だ。
自分の全てを奪った憎き相手のはずだけど、それでも。勇者はディロンを真っすぐと見つめる。
──例え言葉を発せられること無くとも、何かしらの行動をされることが無くとも。ディロンの
「お、ま、えぇぇぇ!!!」
最後の叫びをディロンは上げる。駄々をこねる子供の用に、それだけは嫌だと泣き叫ぶ。
「ふざ、けるな! 俺から全てを奪った、お前が! お前たちが! まだ俺から奪うのか! 俺は、帰りたいんだ! 故郷に! 家族の元に!
お前たちを殺して何が悪いんだ! えぇ?! 帰りたいんだよ俺は家族の──■■■の元に!」
支離滅裂。意味の無い様な言葉の羅列。今のディロンには言葉は半分要らない。意思を伝える力がある以上は言葉という専用のコミュニケーションツールは不要。
だからこそ、ルークはわかった。ディロンの本心を。本当にこいつは──この人は、家族の元に帰りたいだけなのだと。
だが、やり方が間違っている。全てが、間違っている。
どの段階で間違えたのか知らない。あるいはすべてが、
しかしながら反省するには遅すぎる。
ディロンは人を殺した。女を食い殺した。意味も無く、意義も無く。"ただそこに居た"というだけで、人を弄んだ。
確かに、ディロンは被害者だ。勝手に召喚という拉致をされて、人生を壊された被害者だ。それは間違いない。
だが──被害者ならば何をしてもいいという訳ではない。被害者だからって、加害者に何をしてもいいわけではないのだから。
だから勇者は何も言わない。ただただ憐れむ。全てを奪われ、奪わんとした男を。
「やめろ……辞めろ……止めろ……ヤメロ! そんな、そんな目で、眼で! 俺を──見るなあぁぁぁ!」
ここで今初めて、ディロンはこの世界に来て初めて恐怖を感じた。
感じた恐怖の原因が何かは明白。だけど、何で感じるのかはわからない。生理的な嫌悪とも違うそれを、抱く。
思わず、結晶を破壊する手が緩んでしまう。足元まで減っていた結晶は破壊が無くなったことで勢いを取り戻す。
一歩、一歩歩く。そして、ディロンの前に辿り着く。
「ディーナさん」
最後の言葉は交わしたはず。それでも、思わず、言葉出てしまう。最後の最後だから。覚悟を決めたとしても、やはり怖いから。
「ありがとう」
そう言い残すと、ルークは自分の胸を聖剣で貫いた。
「お、まえは──!」
ここにきてようやく、多少の正気を取り戻し相手の狙いがわかってしまったディロンは何をしたか把握した。
魔術に関する勉強を片手間と言えどしていたのだから。多少は知識がある。
これは、呪術だ。
ディロンの胸──藤原に貫かれた胸から結晶が湧き出す。ルークが時分で貫いた心臓から更に結晶が湧き出て、両者の結晶が衝突し融合する。
血が結晶の代わりになったのか、という程の勢いで増殖し続ける。それは、二人を覆いつくしても尚止まらない。
「こんな、こんあぁ、こんなぁぁ──こんなところでぇぇ…………」
そうして覆われて──ディロンは身動き出来なくなって、封印された。
それでも、結晶は留まるところを知らない。増えて増えて増え続け──一歩も動かないディーナの前まで来て、ようやく止まる。
ただしそれは部屋の中。行き場の無い力は上に向かう。
植物が成長するように、結晶は増え続け、空へ、空へと向かう。
パキパキと、ひび割れる様な音共に山を出て、空に向かい──止まる。
それは、結晶で来た花にも見えた。世界で一番綺麗で残酷な花。
「────────」
ディーナはそれを見届けて、最後に何かを言い残し──島を去った。
こうして。悪しき魔神は封印された。