義妹は妹キャラとして認めん!という俺に、義妹ができてしまった件。   作:荒井竜馬

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第10話 兄妹の距離間

「戸締りちゃんとした?」

 

「ん? ああ」

 

 そして、制服姿の美優と共に朝の支度を終えて、俺たちは一緒に玄関を出た。

 

 学校に行くときに初めてされるような質問をされて、俺は鍵を閉めてそのまま玄関で美優が先に学校に行くのを待っていた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……ん? もしかして、これって一緒に行く感じか?」

 

 いつまで経ってもこちらを黙って見つめ続けてくる視線に耐えられなくなって、俺はそんな言葉を漏らしていた。

 

「そしかしなくても、そのつもりだけど?」

 

 そして、そんな言葉を投げられた美優は可愛らしく小首を傾げて、そんな言葉を口にしていた。

 

 どうやら、美優の頭の中では一緒に登校することが決定しているようだった。

 

「いやいや、今までは別々で登校してたじゃん」

 

「それは、お兄ちゃんがそうしようって言ってきたからじゃん」

 

「じゃあ、別々に行こうぜ」

 

「嫌ですー。せっかく兄妹っぽくなってきたのに、別々で行くなんて嫌」

 

 美優はそう言うと、そっぽを向いて片頬を膨らませてしまった。

 

 分かりやすくいじけている様子は、普段学校で見るような表情ではなく、お家モードの美優のそれだった。

 

「……まさか、学校でもその感じで話しかけたりしてくるつもりだったり?」

 

「何か問題でも?」

 

 美優はジトっとした目をこちらに向けて、まるでこちらに非があるかのようにむくれていた。

 

そう言われて、俺は美優にこんな表情で話しかけられる未来を想像してみた。

 

 今まで美優に振られてきた男たちは、おそらく自分達の得意なスポーツに関する道具を使って、俺を本気でぶん殴りに来るだろう。

 

 そして、肉体的にいじめ抜かれた後、陰ながらに美優に憧れを抱いている女子達から、精神的ないじめを受けることになるに決まっている。

 

 机には花が添えられて、その机には落書きをされて、ゆくゆくは俺の席を窓ガラスから投げ捨てられてーー

 

「……俺が殺される」

 

「またそれ? 呼び名は『春斗君』って呼ぶからいいじゃん」

 

「いやいや、学校で名前呼びはマズいだろ。誤解しか呼ばない」

 

 俺の中では今まで通り『雪原さん』と呼ぼうと思っていたのだが、どうやら美優は俺のことを名前で呼ぶ気満々だったらしい。

 

 こんな直前になるまでこのことに触れなかったのは単純で、学校での俺たちには接点がなかったからだ。そもそも名前を呼び合う機会はないだろうと思っていた。

 

 だから、そんな打ち合わせはしなくてもいいと高を括っていたのだが、その機会を美優の方から作られるとなると、話は変わってくる。

 

これは、色々と話しておかねばならないみたいだ。

 

 美優は俺が折れないでいると、より一層むくれながら言葉を続けた。

 

「じゃあ、学校では他人のフリをしろって言うの? お昼ご飯も別? そんなの寂しーー」

 

「まぁ、その方がいいだろうな。変に誤解されるのも嫌だろ?」

 

 今まで接点を持たなかったのに、急に距離を詰めて話していたら勘違いしか生まないだろう。

 

その方が人見知りの美優にとっても、目立ちたいと思わない俺にとっても良いはずだ。

 

 そうは言っても、何かしら反論が来るだろう。

 

「……分かった」

 

そう思っていたのだが、美優は俺の言葉を受けて顔を伏せると、そのまま表情を隠して微かに声を震わせていた。

 

「み、美優?」

 

「……っ」

 

 俺の問いかけに対しても特に反応することなく、美優はそのまま俺の方に振り返らずに、俺の先を歩き出した。

 

 いつもよりも速く歩く美優のペースに追いつくことができず、追いついてはならないような気もして、俺はただ遠くなっていく美優の背中を見つめていた。

 

 

 

「春斗、購買行こうぜ!」

 

「ん、ちょっと待ってくれ」

 

 そして、昼休み。

 

 俺は学校で美優と今まで通り、他人のフリをして過ごしていた。

 

 そもそも他人のフリを決め込むほど、接点はなかったのだ。だから、家でいるときのように話しかけないだけ。

 

 ただそれだけで、美優とは本当に他人にでもなったかのような距離ができていた。

 

 一気に距離間が近づいた気がしていたけど、また一気に遠くなる。離れてしまった距離間について何も思わないことはない。

 

それでも、静かに学園生活を送ろうと考えたとき、この選択は間違ってはいないはずだ。

 

「ん?」

 

 そんなことを考えながら、財布を探してバッグを漁っていると、見知らぬ風呂敷に包まれた箱状の物があった。

 

形状から察するに、おそらく弁当箱が入っているサイズだと思う。

 

 そもそも、俺は弁当箱を持って学校に来たりはしない。

 

 いつも購買でパンとかを適当に買って、お昼ご飯を済ませているのだ。

 

 なぜ今日に限って、見知らぬ弁当箱が入っているのか。そんなの考えるまでもない。

 

 ……そういえば、今日は美優が俺を起こしてくれた。

 

俺が起きたときには、美優は朝の支度をすでに終えていたので、それだけ早く起きていたということになる。

 

 早く起きて何をしていたのか、この風呂敷を見て気づかないほど俺は鈍感ではない。

 

『じゃあ、学校では他人のフリをしろって言うの? お昼ご飯も別? そんなの寂しーー』

 

 ふと、俺は朝の美優の言葉を思い出した。

 

 なぜあの流れでお昼の確認をするのか。

 

もしかしたら、美優は俺と一緒にこの弁当を食べることを想像しながら、早起きをしてお弁当を作ってくれたのかもしれない。

 

朝、兄を起こすようなブラコン妹なら、お弁当も作るよねとか考えながら。

 

「……ごめん、貞治。今日は購買はいいや」

 

「え? あ、そうか? じゃあ、俺は昼飯買ってくるわ!」

 

 俺は貞治にそう告げると、バッグに入っていた弁当を片手に席から立ち上がった。

 

 向かう所はもちろん決まっている。俺の席から少し離れた窓際の真ん中の席に向かった。

 

 温度を感じさせない瞳をそのままに、俺が手にしているものと色違いの風呂敷を広げようとしている女の子の元へ。

 

 その子の前の席の椅子を持ってきて、その女の子の机の前にそれを持ってくると、さすがに俺に気づいたようで顔を上げた。

 

「――っ」

 

 微かに揺れ動いた瞳の温度を抑え込みながら、微かに空いた口をそのままにしている女の子。

 

 俺はその子の机に弁当を置いてから、ドカッと雑な感じで椅子に腰かけた。そして、投げやりになってしまった口調で口を開いた。

 

「雪原さん、一緒にご飯食べてもいい?」

 

「――っ!」

 

 今朝、他人のフリをすると言ったとき、美優は『寂しい』と口にしていた。

 

 自分がしていることが、柄にもないことだということくらい分かっている。それでも、体が動いてしまったのだから仕方がない。

 

 今日の美優はブラコン妹。

 

そんな妹が寂しがっているという状況で、シスコンである俺が放っておけるはずがないのだ。

 

 美優は俺の言葉を受けて目を少し見開いた後、そっと顔を伏せてしまった。

 

 まぁ、今朝他人のフリをすると言っておきながら、お前から約束破ってんじゃねーかとか言いたことはあるのだろう。

 

 正直、そのくらいの愚痴は言われても仕方がないと思う。

 

「……こういうの、なんていうか知ってる?」

 

「え?」

 

 そんなことを考えていると、美優はそんな言葉を漏らすよう口を開いた。

 

 思ってもいなかった返答が返ってきたので、俺は間の抜けたような声を漏らしてしまっていた。

 

そんな俺の声を聞いて、美優はくすっと小さな笑い声を漏らしていた

 

 それから、美優は顔をゆっくりと上げながら、そっとこちらに手を差し出してきた。

 

 美優は優しく俺の頬を指の先で小突いて、大人びたような笑みが浮かべていた。

 

「『ツンデレ』、って言うんだよ?」

 

じんわりと温められたように頬を朱色に染めて、微かに熱を帯びた瞳を揺らしながら。

 

「っ!」

 

 見つめられた瞳を通して、俺の体温が急に上げられていくのを感じた。

 

 急上昇した体温によって、鼓動が速く大きなものへと変えられていくのが分かる。その証拠に頭が働かなくなって、言葉が全然出てこない。

 

「ん? どうしたの?」

 

 きょとんと小首を傾げた美優の仕草によって、拍車をかけられたように心臓の音がうるさくなっていく。

 

 少しの所作が、微かな表情の変化が、俺の心臓の音を操っているようだった。いたずらに上げられた体温は、冷めることなくただ溜められていく。

 

「ゆ、雪原さんが笑った?」

 

「え?」

 

 しかし、ただされるがままだった俺の心臓は、すぐに美優から解放されることになった。

 

 あの氷姫が笑った。

 

 その事実は、一気に昼休みの教室の喧騒を数段階も跳ね上がる大事件となった。

 

 その喧騒に紛れて、俺の心臓の音は徐々に落ち着きを取り戻していったのだった。

 

 

 

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