許嫁を名乗る転校生が現れたと思ったら、義妹が彼女代わりになって追い払うなどと言い出した   作:古野ジョン

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第1話 許嫁と名乗る不審者、もとい転校生

 朝練が無い日はついつい寝坊してよくないな。ふああと欠伸をしながら、校門を通って新学期の学校に足を踏み入れる。

 

「ねーお兄ちゃん、なんかおかしいよ」

「何が?」

 

 周囲をきょろきょろと見回す。別に何もおかしいことはない。しいて言えば、きのう入学式を終えたばかりの初々しい新入生が多く歩いていることかな――

 

「襟、曲がってるってば!」

「うおっ」

 

 その新入生の一人である、義妹(いもうと)(つばさ)が首元に飛びついてきた。背伸びをするようにして、学生服の襟をごそごそといじくっている。

 

「もー、背が低いと不便!」

「いいよいいよ、自分で直すってば」

「まったく、お兄ちゃんは私がいないと駄目なんだからー!」

 

 翼は頬を膨らませつつ、踵を地面につけた。昔はもっと甘えた感じだったけど、最近は年相応の成長を感じる。俺がずぼらな分、しっかりものになったということか。

 

「お兄ちゃん、もっと速く歩いても大丈夫だよ?」

「ん、そうか?」

 

 いつもより歩幅を狭くしていたのを翼に気づかれていたらしい。兄妹だというのに、俺たちの間にはかなりの身長差があるのだ。

 

 俺と翼に血の繋がりはない。正確に言えば、今は両親を含めて四人暮らしだが、その中で俺だけ実の家族ではないのだ。

 

 翼はご機嫌に鞄を揺らしている。入学式に合わせて切ったらしく、ショートヘアもよく似合っていた。だが茶色がかった髪の色が、やはり自分とは遺伝子の違う人間なんだということをまざまざと見せつけてくる。

 

「ふんふ~ん……♪」

 

 鼻歌まで口ずさむ翼の姿を見て、こちらの頬まで緩んでしまう。たしかに翼とは実の兄妹ではないが、だからと言って何を思うこともない。分け隔てなく育ててくれた両親にも感謝している。

 

 そんなことを考えていると、間もなく昇降口に着いた。壁にはクラス分けの表が貼りだされており、多くの生徒たちで賑わっている。一年生と二年生は下駄箱が分かれているので、翼とはここでお別れだ。

 

「じゃあお兄ちゃん、私は先に行くから!」

「おっと、お弁当忘れてるぞ」

「あっ、ありがとっ! じゃあねっ、今日も頑張ってね!」

「おう、お前もなー」

 

 翼は俺の手から弁当袋を受け取り、笑顔で手を振って去っていった。手を振り返してその後ろ姿をじっと眺めつつ、ふと考える。

 

 俺の人生はきっと幸せなんだと思う。優しい両親に兄想いの可愛い妹。家族にも恵まれて、何不自由なく高校まで進学することが出来た。

 

 けど……もし、実の両親に育てられていたら。何か違う人生になっていたのだろうか? 今とは違う人と出会い、違う学校に行き、違う道に進む。そんな未来があったのかもしれない。

 

 実の両親について、俺は何も知らない。今の両親に尋ねるのは申し訳ないような気もするし、何か深い事情が関わっているのだとすれば……知らぬが仏、ってこともあるだろうしな。

 

「おい時間だぞ、さっさと教室行け!」

「すっ、すいません!」

 

 近くにいた教師に怒鳴られ、慌てて校舎に入ったのだった。

 

***

 

「参ったな……」

 

 教室がずらっと並んだ廊下を見ながら、頭をぽりぽりとかいた。急いで校舎に入ってきたものだから、クラス分けの貼り紙を見ないままだったのだ。

 

 ちらりと腕時計を見ると、間もなく始業時間であることが示されている。さすがに新学期の初日から遅刻するわけにはいかないし、そもそも「クラスが分からなくて遅れました」は情けないにもほどがある。

 

「一個一個回るかあ……?」

 

 各教室のドアを叩いて「僕ってこのクラスですか?」などと尋ね回ることも不可能ではない。でもちょっと恥ずかしいな……って、向こうの方にもきょろきょろしている奴がいる。

 

「えー、あれ? どこだろう……」

 

 そいつは真新しいセーラー服に身を包み、教室の窓を覗いては見回している。背も高いし、それに……なんか美人? あんまり見覚えがない女子だな。

 

 あっ、分かった。新学期だし、もしかして転校生かな? 自分の教室が分からないのかもしれないし、助けてあげないと。決して美人とお近づきになりたいという下心ではないっ、人助けだ人助け。

 

 そうして女子の方に向かって歩き出したが、向こうがこちらに気が付く気配はない。自分のクラスを探すのに夢中のようだ。

 

「んー、いないなあ……」

「あのー」

「ひゃいっ!?」

 

 普通に声を掛けたつもりだったのだが、不意を突いてしまったようだ。その女子は飛び上がるようにして驚いていた。

 

「な、なんですか!?」

「いや、その……さっきからどうしたのかなって」

「えっと……あっ、その前に自己紹介しないとですねっ!」

 

 女子は右手を胸に当て、背筋を伸ばした。綺麗なハーフアップの黒髪が揺れて、微かに良い匂いが漂う。170センチはありそうだし、スタイルもまるでモデルのよう。遠目で見るよりずっと美人だな。思わず息を呑む。

 

「私っ、吉岡(よしおか)ひばりって言います! 今日から転校してきました! 将来の夢は……『お嫁さん』ですっ!」

 

 吉岡はふふんと胸を張った。お嫁さん、というフレーズにドキリとさせられる。こんな綺麗な人が……お嫁さんかあ。将来の旦那は幸せ者だな。

 

「こちらこそよろしく。それで、吉岡……さんは何をしていたの? もしかして、自分のクラスが分からないとか?」

「えーと、それもあるんですけど……人を探してて!」

「人?」

「はい! 私、その人と会うために転校してきたんです!」

「……?」

 

 自信満々な吉岡に対し、俺の頭には疑問符が浮かぶばかりだった。こんな美人がわざわざ転校してまで会う人間って、いったいどんな奴なんだろう? 昔からの友人とか? それとも恋人……?

 

「あー!」

「ん?」

「あなたの自己紹介がまだですっ! 私はしたのにー!」

「うおっ!?」

 

 ふと顔を見上げると、吉岡が目の前にいた。興味津々といった感じで俺の顔を見上げており、なんだかこちらが恥ずかしい。翼はこんなに背が高くないから、ここまで女子と近距離で見合うことなど滅多にないのだ。

 

「ち、近いって……!」

「ねえねえ、あなたのお名前は?」

「えーっと……」

 

 さっきの良い匂いを再び感じる。新学期早々、頭が溶けてしまいそうな気持ちだ。……って、このままじゃ遅刻しちまう。とりあえず自己紹介だけでも済ませないと。

 

「ねえってば、聞いてます?」

「わ、分かったから!」

 

 吉岡は人差し指を口元に当て、身をよじってこちらの気を惹こうとしてくる。俺はこほんと咳ばらいをしてから、改めて正面を向き直す。

 

「た……」

「た?」

 

 その時、吉岡がピクリと反応した。さっきまでご機嫌に体を揺らしていたのに、微動だにしない。……なんだ急に? 戸惑いながら、言葉を紡ぐ。

 

鷹野(たかの)史也(ふみや)だ。よろしくな」

「……」

 

 ますます不可解なことに、吉岡は完全に俯いてしまった。ふと腕時計を見ると、あと一分ほどでチャイムが鳴る時間。まずい、本当に初日から遅刻してしまう。

 

「あの、ホームルーム始まっちゃうよ? そろそろ教室に行かないと――」

「やあーっっと見つけた!!」

「へっ!?」

 

 驚いて声を上げる間もなく、俺は吉岡の手によって――床に押し倒される。弁当袋をかばいながらなんとか受け身を取ったが、その時には完全に上を取られていた。

 

「な、何すんだよ!?」

「えへへっ、やっぱり顔だけじゃ分かんなかったなー!」

「だから何のこと!?」

 

 俺たちが騒いでいるものだから、周りの教室から生徒や先生たちが飛び出してきた。

 

「どうした鷹野!?」

「なんだよ、羨ましいなー!」

「あんな女子いたっけ?」

 

 ガタイのいい俺が高身長の美少女に朝っぱらから押し倒されるという光景に、皆は騒然とするばかりだった。だが吉岡は俺の上に乗ったまま離れようとしない。

 

「ちょっと、いい加減に」

「だめ、逃がさないもん!」

「お前、なんで俺を――ぐおっ!?」

 

 次の瞬間、吉岡は俺の身体に体重を預けていた。全身が温もりで包み込まれて、さらに柔らかな感触が伝わってくる。ああ、幸せだな……なんて思うほど能天気ではないので、俺は改めて吉岡に問い直した。

 

「なあっ、本当に何なんだよ!?」

「まだ気づかないの? ひどいなあ」

「気づくって!?」

 

 ただただ呆然としていたのだが、吉岡はそっと俺の耳元に顔を寄せた。そして――甘く甘くとろけるような声で、囁くように一言。

 

「私、史也の許嫁だよっ?」

 

 この日から、俺は「許嫁」を名乗る不審者に振り回されることになる――

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