許嫁を名乗る転校生が現れたと思ったら、義妹が彼女代わりになって追い払うなどと言い出した 作:古野ジョン
「お兄ちゃん、どういうことなの!?」
耳をつんざくような絶叫に、教室全体が揺れたような気がした。翼はキッとこちらを見上げ、口を一文字に結んでいる。
「ええと……」
「あれ? よく考えたら、史也に妹さんなんかいたっけ?」
俺が困っていると、吉岡は首をかしげて、翼のことをまじまじと見つめていた。
「……あなた、何なんですか?」
「だから、私は史也の許嫁ですっ!」
「お兄ちゃんに許嫁なんかいない! 彼女も出来ないくせにそんなのいるわけない!」
「おい」
彼女が出来ないのは事実だけど、今ことさらそれを強調しなくてもいいんじゃないかなあ!?
「ねえお兄ちゃん、説明してよ!」
「その……俺も知らないんだよ。コイツが勝手に言い張ってるだけだ」
「ひっどー! でもそういうところも好きっ!」
「や、やめろっ!」
ぎゅっと力強く抱きしめられて、思わず振り払いそうになる。あーあ、またクラス中に恥を――
「お兄ちゃんが嫌がってるでしょ!!」
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
いでっ!? 翼に思い切り腕を引っ張られて、強引に吉岡と離されてしまう。
「いい加減にしてよ! うちのお兄ちゃんに変なことしないで!」
翼は吉岡を見上げるようにして、毅然と言い放った。相手が年上、しかも身長差がそこそこあるのに、兄のために声を張れるとは。自分の妹が、自分の想像よりも……ずっと大人であることを理解した。
「お兄ちゃん、大丈夫? 怪我してない?」
「いや、平気だよ。悪いな」
「ううん、いいの。お兄ちゃんを守るのが、私の務めだから」
こちらに振り向き、照れ臭そうにそっぽを向く翼。俺たちは実の兄妹じゃない。だけどそんなことは些細な問題に過ぎず、むしろ世の中の兄妹よりもよほど絆が強いとすら感じる。
「えっと……」
流石に圧倒されたようで、吉岡は何も言えずにいた。さっきから気圧されてばかりだったから、こんな表情をしているのは初めて見るな。仕方がないから、説明するとするか。
「コイツは俺の妹、鷹野翼だ。きのう入学したばかりの一年生だ」
「そ、そうなんだ……」
吉岡は戸惑いを見せたあと、ふうと息を吐いた。翼の方を向き、深々と頭を下げる。
「ごめんなさい、申し遅れました。吉岡ひばりと言います。今日から転校してきました」
「別に、自己紹介なんかいいから。さっきの話を説明して」
翼は端的に話し続ける。完全に自分のペースを掴んでいるな。吉岡にされるがままだった自分が情けない。
「んーと……私、史也の幼馴染なんです」
「幼馴染?」
「ずーっと昔は一緒だったんですよ? 史也は覚えてないって言うんですけど」
「……」
「それで、史也が『結婚しよう』って言ってくれたんですよ? だからっ、追いかけて転校してきちゃったんですっ!」
段々調子を取り戻してきた吉岡に対し、翼は何かを考えるようにして、拳を口に当てて黙り込んでしまった。「えーっ」とか「そうなの?」とか、そういう反応をするのかと思っていたが……何を思っているんだろう。
「翼?」
「お兄ちゃんと昔から一緒だけど、私もあなたのことを知らない。本当に幼馴染なの?」
「お、おい」
「だいたい子どもの頃の約束でしょ? それで転校するとか、意味わかんないんだけど」
まあ、たしかに……ごもっともではある。仮に昔の俺が結婚の約束をしていたとして、それを本気にして転校してくるなど簡単に出来ることではない。
「そっかあ。なるほどね」
「……何?」
黙って話を聞いていた吉岡が、静かに口を開いた。微かな笑みを浮かべて翼と相対し、ポケットをごそごそと漁っている。
「さっき史也には見せたんですけど、あなたにも見せてあげますっ!」
「見せるって、何? 指輪でもあるの?」
「それは流石にねえ」
指輪まで見せられたら俺だって納得してたんだがな。なんて思っているうち、吉岡が例の写真を取り出した。
「……写真?」
「そうですっ! ここに写っているの、誰だか分かりますか?」
「えっと……」
翼は目を凝らし、写真をじっと見つめていた。最初は表情を変えずにいたが――徐々に目を見開き、後ずさりし始める。
「嘘、これって……」
「はいっ! 私と史也が二人で撮ってもらったものですっ!」
「……お兄ちゃんっ!」
「!?」
次の瞬間、翼は素早く俺の後ろに下がり――腰にしっかりと抱き着いてきた。衝撃で俺まで転びそうになる。
「ちょっ、翼!?」
「あんたなんて絶対に認めない。その写真、二度とお兄ちゃんに見せるな!」
「えっ、どうしたんですか? これ、私と史也の――」
「黙れ! お兄ちゃんのことは絶対に渡さない! 許嫁なんて私が許さないっ!」
「翼、どうしたんだよ!?」
今まで見たことないくらい声を荒げ、敵対心を剥きだしにするようにふるまう翼。痛いくらいに腰を抱きしめてきてくる。こっ……こんな翼、初めて見たぞ。
「お兄ちゃん、絶対にコイツに近づかないで! 結婚なんか言語道断だから!」
「結婚するなんて一言も言ってねえよ!」
「えーっ、結婚してくれないの?」
「うるさい! 誰があんたなんかにお兄ちゃんを……!」
翼は息を切らすように、必死に声を張り上げていた。クラスメイトたちもなんの騒ぎかと集まってくる。
「あの、翼さん?」
「なに!?」
「その……どうして結婚しちゃだめなんですか?」
「えっ?」
「私と史也は婚約していただけなんです。それの何が悪いことなんですか?」
「そっ! それは……」
急に口ごもる翼。たしかに、なぜここまで翼が必死になるのかは気になる。急に言われて驚いているのは事実だけど……俺だって、ここまで吉岡のことを拒絶しているわけじゃない。
「理由が知りたいんです。私に直せることなら、なおさら」
「えーと、その……」
「翼、本当にどうしたんだよ? お前らしくない」
「お、お兄ちゃん……!」
何かを訴えかけるように、さらに俺のことを強く抱きしめる翼。本当に今日は分からないことだらけだ。けど……ここまで翼が取り乱すなんて余程のことなんだろう。
「~~~もうっ! お兄ちゃんのわからずやッ!」
「えっ、俺!?」
なんで!? ……などと驚いていると、翼が唐突に俺の体から離れ、再び吉岡の前に立った。
「よく聞いて! あんたが、お兄ちゃんと結婚しちゃいけないのは……!」
翼は精いっぱい背伸びをして、胸を張った。そして自らの手を胸に当てて、堂々と――とんでもないことを言ってのける。
「私がっ、お兄ちゃんの彼女だからなのっ!!」