「間違ったイタリア料理」にテデスコ枢機卿はお怒りのようです。

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求める者に与えられたもの

 枢機卿団は騒然としていた。

 事の発端は「聖マルタの家」で振る舞われた昼食にある。教皇選挙の間、選挙の候補者である枢機卿たちの食事と眠りと憩いとを守る「聖マルタの家」は、世界各地から集まった枢機卿たちが満足する食事を提供しなければならない。

 問題はその食事だ。全ての枢機卿が満足する食事などありはしない。だからといってそこで食事に細かく文句をつけるような者は教皇としての寛容の精神に欠けると見做される。

 だから、普通は穏やかに、喜んで食事を楽しむ。

 

「――こんなことがあってたまるか!」

 

 大抵の場合は。

 食堂は怒号と罵声に包まれた。ある料理を巡って一部の枢機卿たちの怒りが爆発したのだ。

 騒動が落ち着くまでにはしばらくの時間を要した。全員が落ち着き、形式的にでも謝罪の言葉を口にし、集会を開いたころには、もう時計は15時を示していた。

 

「事態を……報告します」

 

 呆れと戸惑いを押し殺しながら、首席枢機卿のローレンスは枢機卿たちを前に状況を整理しはじめた。

 

「本日12時のことです。『聖マルタの家』の食堂で、ある料理が提供されました。そのある料理とは……」

 

 本当にこのようなことで会議を開くべきなのか。

 躊躇いに、思わずローレンスの言葉は詰まった。しかし、教皇選挙で起きた事件は首席枢機卿の名のもとに監督され、解決されなければならない。

 

「ピザです」

 

 呻き声が上がった。薄っすらと罵声が混じっていた。

 

「ピザにはマヨネーズ、コーン、ポークウィンナー、そして……パイナップルが乗せられていました」

 

 よりはっきりと、罵声が混じった。

 一人の影が立ち上がった。

 立ち上がったのはテデスコ枢機卿だった。イタリアのベネチア教区を司る彼は、この件についてこの上なく立腹していた。テデスコはいつも吸っている加熱式たばこを放りだしてまで熱弁を振るおうとしていた。

 

「いつもそうだ! 寛容が文化を破壊する!」

 

 テデスコはそう口火を切った。

 

「主は地上の国に恐れ多くもデュラム小麦とトマトとモッツァレラを遣わした! 我々はそれをひとりで、そう、ひとりで食べる権利者だった! かつてピッツァとは全き一枚だった!」

 

 小さく歓声が上がった。

 強硬な保守派であるテデスコは、メディアの下馬評でも保守層の支持から得票を期待されている。それはピッツァに関しても変わらないようだった。

 

「それをアメリカ人はパイナップルとコーンとマヨネーズで蹂躙し、ぶくぶくに肥らせ、全き一枚をいくつにも分断した! イタリア人が寛容にもパスタを、ピッツァを、リゾットを差し出して、代わりにアメリカ人はイタリア料理になにをくれた! スパゲティを折る屈辱だけだ!」

 

 そうだそうだ、と野次が飛んだ。

 イギリス人のローレンスにはさっぱりだった。食べることができて体が温まるのだから、どちらにせよいい食事であることに代わりはないと感じられた。しかし、どうやらイタリア人の枢機卿たちには共感できる憤りのようだった。

 

「今こそ正統なピッツァを取り返すときだ! これは戦争だ! 戦争に備えられる教皇、正統なピッツァを愛する教皇こそが求められているのだ!」

 

 熱狂は最高潮に達していた。

 もはやローレンスの制止など功を奏さなかった。奏するはずもなかった。ローレンスはイギリス人だ。食文化を犠牲にして繁栄を得た国の民だ。ローレンスの制止など、意味がないも同然だった。

 しかし、そこにひとりが立ち上がった。

 

「――皆さん、お願いします、皆さん」

 

 ベニテス枢機卿だ。

 アフガニスタンのカブール教区から密かに現れたベニテスが、今、ついに沈黙を破って語りはじめた。枢機卿たちは自然と沈黙して、彼の言葉を待った。

 

「皆さんはピッツァは正統たれとおっしゃる。しかし、食べる人たちの笑顔を見たことがありますか。私は見てきました。ピッツァも、ピザも。どちらも関係なく、食べる人を満ち足らせ、笑顔にし、恍惚を感じさせるものです。そこに分け隔てはありません」

 

 ベニテスの言葉はまっすぐだった。

 

「私は初めてこの集まりに参加しました。もう参加することはないでしょう。下らない集まりです」

 

 ローレンスは頷きたくなるのを必死にこらえた。

 

「大切なのは、それがおいしいかどうかということです。ピザかピッツァか、具材が何か、パイナップルはピザの具として認めるべきか、そんなことは重要ではありません。糧を口にすること。それに感謝すること。おいしさの喜びを分かち合うこと」

 

 もはや、誰も反論しなかった。

 この会議室に集まった全ての枢機卿たちがベニテスに注目していた。彼の言葉のひとつひとつには重みがあった。

 

「わたしたちを神のもとに導くのは食べ物ではありません。食べないからといって何かを失うわけではなく、食べたからといって何かを得るわけではない。*1それならば、どんな食事でも喜んで食べることが神に祈るということなのではないでしょうか」

 

 ローレンスは心の中でベニテスに喝采を送った。

 素晴らしい説教だった。あれだけ怒り狂っていたテデスコ枢機卿ですら、沈黙とともにベニテスを見上げていた。程度の差はあれど、誰もが彼の説教に感じ入っていた。

 これで事件は解決だ。

 ローレンスは肩の荷が下りたような思いで、解散を告げた。枢機卿たちは明日の投票に向けて思い思いの時間を過ごすため、部屋を去っていった。

 きっと明日の投票でベニテスは枢機卿たちに選ばれることだろう。ローレンスの胸中に、そのような予感が走り抜けた。

 そして、夕食の時間になった。

 

「こんなものが認められるか!」

 

 ナポリタンが出た。

*1
コリントの信徒への手紙 8:8


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