余は魔王である。気づけば魔族を纏める存在にあれよあれよと祭り上げられていた。
多少特殊な力があったからか、それゆえに長生きで知識と力を持っていた。
とはいえ、魔王として特別なにかをしていた訳ではない。魔族がそもそも協調性がないのだ。だから、魔王としての仕事は玉座にふんぞり返ってそれっぽい雰囲気を出しておくこと。
なぜ魔王をやっているのかと問われれば、その大部分は承認欲求だ。孤独な隠居老人は求められることに弱いのだ。
そうして日々は過ぎ去って、思い出したくもない運命の日がやって来た。
魔王としていつも通り部下からの報告を聞いていた時だ。
「魔王様、ご存じの通り勇者一行がこの城まで辿り着きました。」
「・・・ふむ、続けろ。」
「現在、城に残っている兵を退けこちらへと向かっておりますがいかがしましょう。」
魔王は表情を崩さず瞬時に思考を巡らせた。表情を取り繕うのは一級品なのだ。
しかし、その内心はとてもではないが人にお見せ出来るものではなかった。いや、何処かの段階で魔王の内心を知る者が一人でもいれば今の状況にはならなかったのかもしれない。
(向かっておりますが???ここ余の城ではなかったか?いつの間にか人族の領地に居たのかと思ってしまったぞ。幹部の連中は何をして・・・、そうだ、余が城から追い出したんだった。なんぞ不満を垂れておったから気分転換でもしてこいと・・・、侵略されておったからか!?)
城はもぬけの殻に近く、勇者一行は玉座へと容易く辿り着いてしまうだろう。
魔王は内心で大層慌てていたが、予想外だとは口が裂けても言えなかった。何故なら、これまで余は何でも知っておるぞと自信満々に知ったかぶりをしていたから。隣にいる青年魔族が落ち着き払っているのも自分が蒔いた種である。
魔王はおじいちゃんなので間違いを間違いだと簡単には認められないのだ。
だから、今回も余裕な態度で答えるしかない。
「よい、通せ。この玉座まで連れてくるのだ。」
「かしこまりました。」
(これは余、終わったか?お主も余に歯向かう気概を見せよ!一般論でな、王を襲撃しようとしている者を普通、素通りさせようとするか?・・・いや、まだ侵入者がそこまで強くない可能性だってあるではないか!まだ諦めるには早い!)
ソワソワしながら待つ。外から見れば余裕たっぷりで謎の貫禄がある。そんなだから今の状況を招いているんだぞ、反省しろ。
「魔王め!お前を討ち、全ての悲劇は過去のものとする!」
『よいぞ、余の前にこうして立ったことを褒めてやろう。だが、手始めに余に力を見せてみよ!』
「みんな!力を貸してくれ!」
そうして魔王対、勇者一行の戦いは始まったのだった。何とも間の抜けた始まりである。
◆ ◆ ◆
戦いは苛烈を極めた。魔王とて無駄に生を積み重ねていた訳ではない。その力は魔王と呼ばれるに相応しいものだった。
魔王が万全であったなら勇者一行を返り討ちにしていたことだろう。
(こいつら、強くねー?本気で命を取りに来ておるのが分かる!死にとうない!なあ、人族よ、余なんかしたか?むしろ魔族を抑えていたぞ?)
そう万全であったなら。魔王は数日前に幹部連中を相手に一悶着あったせいで大きく消耗していたのだ。まだ勝負の行方は分からない。
「奇跡は俺たち人類に力を与えた!お前たちに打ち勝つ力を!」
『奇跡?勇者よ、そんな話しを信じておるのか?それは魔術だ。魔族の紡いだ歴史、その結晶。それを模倣したものに過ぎん。』
「でたらめを言うな!言葉で惑わせようと無駄だ!」
『ではそなたの信頼出来る者に聞いてみるがいい。教会の者が、そこにおるだろう。』
実際、魔王からしてみれば魔術を奇跡と呼んでいることには首を傾げてしまうものだった。
魔王には魔素が見えている。魔素は魔力へと形を変えて魔術を発動する為のエネルギーとなる。彼らが奇跡と呼ぶ力の原理は、魔術とまったくの同じものであった。
魔王は勇者が話に食いついたことを好奇に思った。
(よし、時間を稼げそうだな。まだ希望はある。幹部どもは追い出してしまったが、もしかしたら様子を見に帰ってくるかもしれん。今は耐える時だ。)
勇者の視線が教会の衣装に身を包んだ女性へと向けられた。この旅を支えてくれた仲間の一人だ。
「レイシア、教えてくれ。この力が魔族のものだったのかを。」
「勇者様、今重要なのはそこですか。魔王の言葉に耳を傾けるべきではありません。私たちを惑わせようとしているのです。」
『女神の信者故、嘘は付けぬか。勇者よ、その者はどうやら神に誠実らしい。信仰は本物であるな。』
勇者は馬鹿ではなかった。彼が勇者として剣を取ったのは戦う力を持っていたからというのもあるが、それ以上に心優しき人だったからだ。人族を悪から守るのだと。
レイシアの言葉なき言葉を正しく受け取った。
つまり一つの嘘が、信じていた相手から嘘をつかれていたという事実が彼の足を止めていた。
「女神様の奇跡だと言うのは、・・・嘘だった?神は俺たちの行いに手を貸してはいなかったのか。」
「なあ、ルーク。お前さんの剣は多くの人を助けてきただろう。女神様のありがたい加護がなかったのなら、それはもっと意味のあるものになるんじゃないか。」
「その生き方を決めたのは己自身だろう。たとえ後押しが無かったとしても選択は変わらないのではないか。」
「・・・分かっている、どんな過程を辿ろうと剣を取っていた筈だ、それは変わらない。・・・ただ、そうじゃないんだ。」
軽薄そうなレンジャーに、堅物そうなファイターが勇者を説得するも反応は芳しくはない。
「・・・他にも隠していることがまだあるんだろう?違和感はあったんだ、魔王城に近づくにつれて魔族の多くは・・・。」
「勇者様。」
「・・・この場で言い争う気はない。使命は、果たす。」
(なんぞ、若いのに苦悩しておるではないか。なんか可哀想になってきたぞ。余は死にたくはないが、悩む若人を見て見ぬふりするほど狭量ではない。)
お前の始めた物語だろと言ってやりたい所だが魔王としては必死だったのだ。発言が二転三転することだってある。魔王ほどの男がそう言うなら・・・。そうかな、そうかも?
勇者の見せた表情を見て少し頭が冷えた。魔王は心の中で謝罪した。これでも争いは好まない善良な魔王なのだ。
それから、お詫びとして魔王は自分から剣を勇者に構えた。
『勇者よ、剣を掲げよ。それは飾りではないのだろう。』
「何故・・・、そこまでして何を求める。」
『ふっ、意なことを。敵である余に問う言葉でもあるまい。』
このような出会いでなければ友になれていたかもしれないと魔王は考えていた。なんか思っていたより会話が出来る奴ではないかと。そう、魔王のまともな奴判定ハードルは膝下くらいの高さしかない。
『だが、あえて答えるのであれば。求めるのは平和よ。』
(主に余の平和のためにな。)
◆ ◆ ◆
(まずい、このままでは死んでしまう!少しでも情けを見せた余が馬鹿だった。人族怖すぎるだろ!)
激戦の末に勇者の剣は魔王を貫いた。今の消耗してしまった魔王では、この傷は致命傷だった。
(助けを、しかしそれでは余が考え無しだと認めてしまうことに・・・。だが死んでしまっては意味がないではないか。大丈夫だ、ちょっと助けを求めるだけだ。)
魔王は青年魔族の方へと視線を向けた。恥を忍んで命乞いの言葉を吐いた。
「・・・頼む。」
「かしこまりました、後のことはお任せ下さい。」
(ええ、なんか死に際の言葉みたいに受けとられておらぬか?何故、助けぬ!余は魔王だぞ!)
使いものにならないと見切りをつけて勇者の方へと歩みを進める。
勇者一行は満身創痍だ、こちらの行動に反応出来るだけの余力も無さそうだ。
(死ぬ、このままでは本当に!せめて魔素を取り込んで少しでも延命に魔術を使わねば!!)
魔素は本来空気中に存在するのだが、量は決して多くは無い。それこそ魔素の噴出口に行くでもしない限りはまとまった量は得られない。
手っ取り早く手に入れる手段がある。それは人や魔族の体内だ。魔素は魔力へと変換しなければ体内に残り蓄積され続ける。魔王はそこに目をつけていた。
死に体を引き摺って近づき、魔王は手を伸ばした。
「・・・魔王。」
伸ばした手は何とか勇者の肩に触れた。勇者は呆然と魔王を見ている。目論見通り体内に蓄積された大量の魔素を吸収出来た。
しかし、既に命は尽きようとしていた。
(待っ・・・!意識が、・・・死にとうない!魔術を発動、し。)
消えゆく視界の中で思いがけない光景を目にする。魔族の幹部連中が大きく開いた扉からこちらを見ているではないか。
(あやつら、いるではないか!・・・もしや、余が死ぬのを待って・・・、あっ。)
こうして魔王は死んだのだった。
◆ ◆ ◆
死にゆく運命を背負った魔王様を前に、わたくしは手を出さなかった。
いや、出せなかった。未来すら容易に見通すと謳われた魔王様に意見など出来ようもない。その時が来た時になって初めて配下は魔王様の行動の真意を知るのだ。
そんな魔王様の真意を今は正しく理解していた。
(魔王様の狙いは恐らく複数ある。魔族の中で最も強い魔王が討ち取られることで強硬派の魔族の足元を挫き、勢いを削ぐ。)
強硬派の主張の根幹は魔王様の存在であった。知力においても、武力においても魔王様を超えられる者はいなかったのだから。
(勇者に疑念を与え人族の中で不和を齎し、これ以上の侵略を牽制する。)
この勇者と呼ばれた者は己の意思を持ってこの場に立っていた。もし人族側が魔族の殲滅を掲げた所で彼は首を縦には振らないだろう。
(そして、魔族側の幹部は生存させ、力を残す。)
魔族側の幹部は生きている。それは戦力的にみてとても大きなものだ。
人族側が勇者抜きで魔族への攻撃を始めたとしても、魔族側にはそれを防ぐ手立てがあるということだ。その逆もしかり、攻めようと思えば、それを可能にするだけの戦力があるということ。
(そして、魔王様が何故魔族が勝つことを放棄したのか。)
魔王様であれば勇者一行を撃退し、人族を打ち倒すことすら可能であっただろう。それをしなかったのは何故か。
それを予測するのは簡単なものだった
(魔族側が勝ってしまえば、十中八九奪いすぎてしまう。資源も、土地も、そして命すらも。)
全てが手のひらの上であった。魔族も、人族も彼の策謀からは逃れられない。
勿論勘違いであるが、それを知るものはいないので此処ではそれが事実だ。もし魔王が彼の内心を知っていたらこう思ったことだろう。『知らん・・・。何それ・・・怖・・・。』
(仮初の平和、それが貴方の命を賭けてまで得たかったものなのですね。)
女神とやらが本当にいるのなら、偉大なる魔王様のこれからの旅路にきっと祝福するだろう。それだけの事を彼は成し遂げようとした。
「人族の勇者様方、これからは魔王様の代理としてわたくしが引き継ぎましょう。」
頼むと、そう言われたのだ。その言葉がどれだけ重いものであるか。
(出来るなら貴方に生きていて欲しかった。)
「交渉を始めましょう。」
満身創痍の勇者一行に、剣を握ることにすら疑念を抱く勇者。退路を塞ぐように佇む幹部たち。
結果は目に見えたものだった。
◆ ◆ ◆
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・!!
うるさいくらいに誰かの声が聞こえて来る。こんなに声を張り上げられては眠れない。
(何をしていたんだったっか。確か・・・、魔王城で、・・・それから、ああ勇者が・・・。)
自分が刺された事を思い出した。同時に現状に違和感を覚えた。
(・・・?・・・生きておる?)
あまりの衝撃に目を開けた。瞬間、目に映ったのは視界いっぱいに広がる人族の顔だった。
「・・・ッ!?・・・ごふっ、ごふっ!」
「良かった!本当に・・・ッ、ああ今直ぐ医者を呼んで、いや連れてくる!此処で待っていておくれ。」
突然の事に魔王は咽せた。目の前にいたのは人族だったのだから。ちょっと怖すぎて身体が震えてしまった。ただ、目の前の人物は目を覚ましたことが余程嬉しかったのか気にした様子はない。寧ろそれどころでは無いといった感じだろう。
この場から離れる事を不安に思いながらも、弾丸のように走り去っていってしまった。
魔王は何もかもがおかしな現状を少しずつ理解し始める。
(身体が濡れて・・・?いや、手もなんか小さ・・・、いや太いな。なんだ?声もおかしかった。)
身体は水に濡れてびしょびしょだ。服も水分を吸ってか肌に張り付いて無駄に重い。視界に入った服も変だ、なんというのかこれは女物のドレスだ。こんなものを着た覚えは無い。
ガンガンと痛む頭を抑えながら上半身を起こす。
(なに、・・・頭が、痛い。一体、何が起きておるのだ?)
周囲を見渡すと、目の前に広がっているのは大きな池。何もかもが理解出来ず、頭痛だけが今この場で生きている事を理解させてくる。
そして、水面を覗き込んだ。
(なぜ余がオークに!!??)
水面に映っていたのは丸々と肥えたオーク顔であった。脳のキャパシティーを超えたのか魔王は気絶した。
魔王「一国の王に対して暗殺者を堂々と仕向けるか?ふつう出来ひんやん、そんなこと。」
魔王の身体「ほな、いくわ。」
魔王の魂「うわあああああああ!!!」
ここまでが前日譚で、本編は世界が平和になった後の世界のとある学園で乙女ゲーがスタートする。魔王についてはフレーバーテキストでちょっと語られてるくらい。
展開の都合上、意図的に説明を省いていることが結構あるので理解出来ない部分は適当に流し読みしといて下さい。