勘違いTS魔王様は悪役令嬢になる。   作:ハニラビ

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無限残業会社編に突入したので更新は極遅です。


都合の良い奇跡は人の特権

 

 ユーリは風になった。ドスンドスンと大地を揺らして駆け巡る。公爵家令嬢の姿か、これが?

 ダイエット、それは己との戦争だ。一歩でも退けば堕落への道を歩むことになる。痩せることにおいて妥協は悪だ。

 

 まずは比較的軽い負荷であるウォーキングから始めて、余裕が出来たら早足、それからランニングへと移行する。この軟弱な身体では基礎を作ってからでなくては話にならない。

 ストレッチに柔軟を欠かさず行い、身体の筋肉を満遍なく使う為にそれぞれの部位に効果的な筋トレを行う。最初は少ない回数からスタートして徐々に増やす。

 

 太っていると言うのは素の状態で身体に重しを背負っているのと変わらない。急に無理な運動をすれば身体への負荷も普通の人よりも大きなものとなる。その辺りの匙加減に気を配る必要がある。

 

 何故そんなに詳しいのかって?魔王にだって秘密にしたい過去があるのだ。そっとしておいてやってくれ。

 

 

「ふぅ・・・、何故、このような姿になるまで、放っておいたのですか。」

 

 

 一度ついた贅肉は簡単には落ちない。このボリュームのある身体と暫く付き合わなくてはならないのかとそっと溜め息を吐いた。

 

 

(我慢だ、一朝一夕でどうにかなることでもない。この程度、苦難の内にも入らぬわ。)

 

 

 何故ダイエットをしているのかというと、鏡に映る自分の容姿に我慢ならなかったからだ。オークのような見た目をしているだけで魔王ポイントはマイナス一兆点だ。ユーリではなく、オークになっていたなら自分からキャンプファイヤーに突っ込んで焼き豚になるのを選ぶくらいには嫌いなのだ。

 せっかく生を掴んだというのにこれでは嬉しさも半減だ。もし、会話をしている際に『豚が鳴いておる。』とでも言われたら血涙を流しながら憤死する自信がある。豚に失礼であろう!

 

 

(どちらにせよ、今の体力ではやりたい事もままならぬ。未来のための投資だと割り切るべきか。)

 

 

 魔王という地位を離れ、過去を思い返し、とあることに気がついた。余、働きすぎじゃね、と。元々探求し思索に耽ることが好きだった。魔王になってからはそんな時間もとれず趣味からは自然と離れていった。

 崇められることも、頼られることも自尊心を大いに満たし、悪くない時間ではあったがそれとこれとは話が別だろう。

 

 こうしてまた機が巡って来たのだ。これこそ天啓というものだ。

 

 

(目下の目標は自由に使える土地と、通貨の入手としておくとするか。悪くない、目的があるだけで生活に活力が満ちてくる。)

 

 

 今のユーリとしての地位は微妙なものだ。公爵家の生まれであるのだが、いかんせん与えられるだけの存在だ。父親からはアレクシス王子、つまり王家とのパスぐらいにしか思われていないだろう。

 己の財産と呼べるものは驚くほど無い。どう切り込むべきか、それを考えている最中だった。

 

 ユーリとして公爵家で過ごすのも、アレクシス王子との婚姻を目指すこともどちらも興味はなかった。だって魔王だもの、しょうがないね。

 

 

「魔術、いえ人族の間では奇跡でしたか、その為のエネルギーもまた貯め直しておかなければいけませんね。」

 

 

(魔王であった時に溜め込んでいた魔力は綺麗さっぱり無くなってしまったからな。魔族領と違って人族の領地には魔素溜まりが殆ど見られぬし元の力を取り戻すまで時間がかかりそうだ。)

 

 

 発現した魔眼は何の因果か、ユーリになってからも同様に使えていた。恐らく魂由来のものなのだろうと当たりをつけたが謎は残るばかりだった。

 とはいえ、今重要なのは魔眼によって魔素を感じ取れるということだ。

 

 人族の領地において空気中に存在する魔素はごく僅かだ。大した量ではないが、無いよりマシと魔王はせっせと魔力へと変換してストックしておいた。

 

 

「さて、休息のついでに奇跡も試してみましょうか。たしか、浄化の奇跡でしたね。元が魔術とはいえ解釈の仕方には別の趣がありますね。」

 

 

 魔王はユーリの記憶を思い起こす。教会所属の聖職者が使った奇跡の一つ。汚れを払い、清潔な状態にするものだ。

 貴族の間では聖職者を呼びつけて浄化を使わせることが一種のステータスであったりする。むしろそれをする意味を知っているか、知っていないかで分かれるというべきだろうか。ただ、今は浄化についての話だ。

 

 

(本質を曖昧にすることで引き起こす現象をより概念的なものにしておるな。それを理解してやっている訳ではなさそうなのが何とも勿体無い。)

 

 

 魔族が生み出した魔術は直感的なものであった。風や水、土など自然界に存在するものを操っていた。過ぎゆく月日と共に魔術も様々な形を取るようになったが、その本質は大きく変化しなかった。つまり既に存在している物質に対して働きかけるというものが多かった。

 単純であることが必須だった。誰もが使えて失敗するリスクが少ない、尚且つ伝えやすい。魔術継承の背景にはこのような前提があった。

 

 どのような経緯で人族に伝わったかまでは分からないが、彼らは魔術を奇跡として独自の解釈で伝えていったのだろう。

 

 

(本来は女神への感謝を述べてから奇跡を使う、いや奇跡を授かるのだったな。まあ魔術であるからして不要なのだが。)

 

 

 必要なのは魔力とイメージ、ついでに格好良さを求めて指パッチンを鳴らすのが魔王流だ。

 

 

「綺麗にするという漠然としたイメージ、この奇跡は面白いですね。」

 

 

 身体を淡い光が包んだ。一瞬の後。奇跡は汗や付着していた汚れを綺麗に払ってくれた。体臭も幾分かマシになった気がする。悪くない結果を齎してくれた奇跡に満足した魔王だった。

 他の奇跡も試してみたい所であったが、誰かの足音が近づいて来たので一度手を止めた。

 

 

「ユーリお嬢様お休みのところ失礼します。」

 

「貴方は・・・?」

 

 

 そんな魔王の元にやって来たのは一人の少年だった。歳の頃はユーリと同じくらいだろうか。特徴的なのは執事服を着ていること。

 

 

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、本日付けでユーリお嬢様のお側付きとなったアルヴァートと申します。ハウゼン公爵家の方々に代々仕えるヴィンセント家の者です。」

 

 

 年の割にハキハキと喋る姿から厳しい教育を受けていた事が感じ取れる。幹部連中にも見習わせたいものだと心の中で思っていた。

 とはいえまだまだ少年と言うべきか、その表情の奥から魔王は彼が緊張していることを読み取っていた。

 

 

(ここは一発かまして上下関係という奴を叩き込んでおくとするか。)

 

 

 魔王時代の習慣が抜けない魔王様。新人いびりは一種の娯楽、最後に冗談でしたで締めれば許される。そんな事を内心思っている紛れもないクソ上司の風格だ。

 内心では緊張の原因が自分にあって、それでは面白くないと考えているに過ぎなかった。お茶目な魔王様である。

 

 

「ではアルと呼ばせて貰うわ。貴方、奇跡は使える?」

 

「いえ、僕は聖職者でも敬虔な女神の信徒でもありませんので奇跡は使えません。お期待に添えず申し訳ありません。」

 

「いいのよ、わたしも聖職者でも信者でも無いもの。」

 

 

 魔王はかなりフランクにアルへと問いかけた。アルは魔王からの問いに正直に答えた。唐突な問いにも完璧に返したが魔王からすればやはり何処か面白くなかった。

 

 

(かたいな、このようなガチガチでは息が詰まってしまう。で、あれば解してやらねば。)

 

 

「では、貴方に問いかけましょう。」

 

「・・・?」

 

 

 魔王は慣れた手つきで指パッチンを鳴らした。

 変化は劇的であった。ユーリとアルの周囲を囲うように暗闇がドームのように広がった。アルは突然の事に驚くもユーリの側へと直ぐに近寄り不測の事態に備えようとした。アルよ、元凶は直ぐ横だ。

 

 魔王はアルの様子をやはり面白くないと思いながらも続けた。

 

 

「奇跡と呼ぶのなら、星くらい掴んでみないとでしょう。」

 

 

 次の瞬間光が溢れた。辺りを照らしたのは満点の星々であった。

 アルは今度こそ驚きの表情を顔に出して呆けている。魔王は奇跡で暗闇で夜をつくり光の星を降らしたのだ。魔王はその結果に満足した。

 

 

「・・・綺麗だ。」

 

「でしたら、この星は貴方にあげましょう。」

 

「えっ!?」

 

 

 魔王は奇跡を操って星が手に落ちてくるかのように演出してみせた。まるで星を掴んだみたいだ。

 そして奇跡を終わらせて暗闇を解いた。アルには太陽の光が突然目にとびこみフラッシュアウトしたことだろう。

 

 

「闇夜でも貴方を照らし道を示しますように。」

 

 

 捕まえた星を見せるように握った拳を開く。魔王の手の中には一輪の花があった。

 魔王時代より前に旅をしていた時に見た花。綺麗だったので印象に残っていたもの。それを奇跡で生み出したのだ。

 

 

(なけなしの魔力を使い切ってしまったが悪くない見せものであったであろう。)

 

 

「では問いましょう、わたしは何故奇跡を使えるのでしょう?」

 

「・・・女神様?」

 

「ふふっ、女神?わたしが?」

 

 

 アルの返事に思わず堪えきれなくなって吹き出してしまった。

 魔族が信じた魔王を、人の信仰する女神と間違える。その事に思い至ったとき愉快な気分になった。

 

 

「貴方、面白いのね。」

 

 

 

 

 

【アルヴァート視点】

 

 ユーリお嬢様の話を耳にしたことは何度もある。それらは良い噂ではなかった。

 しかし、仕事だ。アルヴァートとて幼いながらもそれを理解している。それに尊敬する祖父の教えを押し除けて家を出ていくことなんて出来ない。父さんのようには振る舞えない。度胸も、勇気もなかった。

 

 だから何を言われてもいいように身構えて、ユーリお嬢様の前へと立ったのだ。

 

 

 そして彼女の夢のように美しい奇跡を目にした。

 

 

 ユーリお嬢様が渡した花の名はイグニアステラ。炎のような赤色が特徴の花だ。

 この花をアルヴァートは知っていた。正確には花についてある程度詳しかったりする。花言葉を気にする方が多くいるとの事で教育を受けていたのだ。

 

 これは魔族の領地にて咲き花言葉は『不屈』、過酷な環境で枯れずに咲くことが由来となっているそうだ。

 それからこの花にはもう一つの意味がある。それは『不滅の誓い』だ。

 

 

(僕はこの人の期待に応えたい。執事として認めてくださったユーリお嬢様の為に。)

 

 

 アルヴァートはこの花を渡されたことの意味を理解した。そして、この人に仕えたいと心から思えた。

 

 

「この花のように暗闇の中で貴女を照らす光になります。変わらぬ夜と、この花に誓いましょう。」

 

 

 

 多分、魔王様はそんなこと考えてないよ。

 

 

 

 

 





 魔王というかユーリは知りませんが、太っていること自体は別にバッドステータスではありません。いっぱい食べれる環境にあることの証明になりますし。まあ、美しいと感じるかどうかはまた別問題ですけど。
 あいつオークじゃね?と間違われることもありません。だってオークは腰蓑くらいしかしませんから。

 魔術や奇跡、人族や魔族の領地についての話はその内書いていきたい。メインの恋愛(ギャグ)とは逸れるので後回しです。

アルヴァート
 チョロく見えますが不滅の誓いを花言葉に持つ花を渡したことはそれだけ重いものです。『わたしからは誓いを破らない、貴方はどう?』と問いかけられているようなものです。
 まさか公爵家令嬢様が花言葉も知らずに花を渡すなんてありえませんよね?

 彼自体は特定のルートにおけるお助けモブキャラです。当然、攻略対象ではありません。

ユーリ
 戦犯。
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