魔王は屋敷の中で歩きながら考え事をしていた。
土地と通貨の入手は上手くいっていない。とはいえ急ぐほどの事でもないのでそれはいい。魔王が何も言わずにこの屋敷から出ていかないのはこの身体の持ち主への配慮だった。どのようや経緯であれ、今はユーリだ。だから最低限ユーリとしての筋を通すつもりではあった。
魔王の日常のルーティンは単純なものだ。痩せる為に運動することと魔力を蓄えること。魔王として仕事をしている時と違い自由に使える時間が多い。
勉強はどうなのかと思っている人もいるだろう。ユーリは王になり得る地位にいるアレクシス王子の婚約者だ。順当にいけば王妃だ。それに伴った教育も勿論施される。
意外に思うかもしれないがユーリの物覚えは悪くない、寧ろいい方であった。必要な学習については滞りなく終わらせていた。それに加えて今は魔王としての経験も合わさって最強だ。王妃バトルがあれば負けなしだろう。出来る魔王である。
(この家に留まる理由は無いが・・・、何か離れる切っ掛けでもあれば良いが。)
とはいえ変わり映えの無い景色からは何のヒントも浮かんでこない。
使用人以外にまともに顔を合わせていないし、アイザックお父様にもオレールお兄様にも会っていない。別に会いたい訳でもないが、何とも寂しい日常だと魔王は思ったりもした。
噂ではオレールお兄様はアイザックお父様と何かしているそうだが真偽の程は知らない。耳にしたときは不思議に思ったが、オレールお兄様の事を隅から隅まで知っている訳でもない。
そんな事を考えていたからかユーリにとって珍しい人物と遭遇した。
「ユーリか、あいも変わらず己の立場というものを理解していないようだな。」
「エヴァ兄さん小言を言う前に挨拶くらいはするべきじゃないか。」
「エヴァンスお兄様に、ウィルお兄様。」
廊下でばったり出会ったのはユーリにとって見覚えのある人物であった。
ハウゼン家次男のエヴァンスに、三男のウィル。二人は双子ではあるが容姿も性格も似てはいなかった。エヴァンスの方はユーリに対して敵意をむき出しにしており鋭い視線を受けている。
(今朝方アルが言っていたのはこのことであったか。この二人が戻って来ていると、何も気にしておらんかったがな!)
ユーリからすれば優秀な兄で、出会いたくは無い相手であったが、魔王からすればどちらでもいい存在であった。
魔族とて子をなし、家庭を築く。血の繋がりは理解しているが、やはり魔王からすれば他人でしかなかった。まあ多少なりとも気にかけてもいいぐらいの感覚だ。
「必要であればする、だがこいつには必要ない。いつまでも呑気にこの屋敷にしがみつくしか出来ないこいつにはな。」
ユーリが二人を苦手としていたのはこれだ。エヴァンスとウィルはどういう訳か昔からユーリを嫌っていた。その延長線上として今がある。中立を保っていたオレールと違って二人はユーリのことを敵対視していた。
とはいえ彼らが今のユーリを叱責する権利はあるのだろう。二人はユーリと違ってアイザックから特定の領地管理を任されている。普段、屋敷で姿を見ない理由だ。
働いている者と、働いていない者との間では天と地ほどの差がある。二人は一歳年上で男と女という違いはあれどだ。
アレクシス王子の婚約者なのだから前提として比べるのは間違ってるのではと考える者もいるかもしれない。しかし、ユーリは正式な婚約者ではない。親同士の口約束であり、反故に出来てしまうものなのだ。その点で言えばユーリはまだ何の価値も生み出していない。
(関係の修復などと面倒なことはせんが、・・・む?仲が悪い、か。)
そんなこと関係ないと言わんばかりの魔王であったが、そこでふと閃いた。これは使えるのではと。
「・・・楽しいですか。」
「なに?」
ユーリであれば言い返せなかったことだろう。兄に逆らってまで口答えするなんて割に合わなかった。彼女は自分の置かれている状況について理解していたから。
しかしだ、ここにいるのはユーリではなく魔王なのである。魔王という面子を保つ為に(不本意ながら)命を投げ出した男だ。面構えが違う。
「弱いものいじめは楽しいですか、エヴァンスお兄様?」
「なっ!?」
「言い返してみてはどうでしょう、まさかわたしの将来を案じた、などとは言いませんよね?」
魔王は考えた、(こいつら怒らせて家から追い出させてしまえばよくね?)と。
明確に敵対して家から追い出されてしまえば後腐れないだろう。家族という関係性は元より破綻しているようなものであるし、我ながら良い案だと魔王は自画自賛した。
「自分のことを棚に上げてよく言えたものだな!」
「問いの回答にはなっていませんね。反論なさらないのですか?それとも出来ないのですか?」
魔王お得意の論点ずらしである。役に立っていないという事実は変わらない。だから魔王はいじめという受取手次第で解釈の変わる問題を前面に押し出した。
彼ら二人は立場的に上だ、だから弱いものいじめという事実は捻じ曲げようもない。だから言い返せなかった。狡賢い魔王である。
「まるで、アイザックお父様のようではないですか。」
水を得た魚のように煽り散らかす魔王様。精神年齢は魔王の方が高いのだから弱いものいじめするなよな。
ユーリの言葉にエヴァンスは怒り心頭で今にも拳を振り上げそうであった。
「貴様!」
「エヴァ兄さん、ユーリもそのくらいしようか。確かに悪い所は俺たちにもあったみたいだ。反省しているよ。」
ここで横槍を入れて来たのはウィルの方であった。エヴァンスは融通の効かなさそうな男であったが、ウィルは軽薄そうな雰囲気を出しながらも柔軟に思考しているようだった。
「ユーリもこれ以上その足場を脆くさせてもいいことはないだろう?」
「お優しいのですね。ですが、ウィルお兄様も同じですよ。」
ウィルは言外にここで手打ちにしないかと二人の会話を終わらせようとした。
しかし、魔王はウィルの提案を蹴った。ここで止めては作戦が台無しだからだ。彼らを怒らせることが目的なのだからそれは望む所ではない。
「いつもエヴァンスお兄様との会話を興味深そうに見ていたでしょう。その趣味の悪さを直されては?」
「・・・!」
(良い流れだ、このまま煽り続ければ火が点くのは時間の問題であろう。万が一暴力に訴えられようと余には魔術が、・・・む?そう言えばこの前魔力を使い果たしたばかりでまだ溜まっておら、ん?)
そこで魔王は一つの誤算に気がついた。いざとなったら魔術があると、そう考えていたが魔力は殆ど残されていない。
(まずい、まずい。身体能力では圧倒的に勝てんぞ。見た目はオークのように暴力的であるが、奴らほど力も出ないのだぞ!ま、まあまだ慌てる時間ではないな。まさか血の繋がった妹に手を出すこともあるまいて。ある訳ないよな?)
魔王の内心は安定のクズであった。馬鹿は死んでも治らないというがまさしくそうなのだろう。
「ちっ、もういい。行くぞウィル、わざわざお前と話をする為に来たのではないのだからな。」
「あぁ、・・・分かったエヴァ兄さん。」
ユーリがウィルに矛先を向けている間に冷静になったのか、エヴァンスがウィルを制止してユーリから離れようとした。二人の刺すような視線は切れ味を増したようだった。
魔王は胸を撫で下ろした。勝てないと分かれば弱気になる。まるで小物だ、それでいいのか魔王よ。
「私がこの家を継いだ時、お前の居場所が残っていると思わないことだな。」
「ここを追い出されたらアレクシス王子との婚約も無かったことになるんじゃないかな。もしかして開拓村にでも送られちゃうとか?」
「開拓、村?」
気になる言葉を聞いたユリであったが投げるだけ投げて二人は歩き出していた。魔王は負け犬の遠吠えほど気持ちの良いものはないと悦に浸っている。純粋に性格が悪い。
とはいえ言われっぱなしでは嫌なので魔王もいい返すことにした。
「締め付けるだけでは逆効果だと理解されては?」
まったく、血の繋がった妹であろうに少しぐらいは優しくしてもバチは当たらぬぞ。
そんな言葉を投げかけたが二人が振り返ることは無かった。まったくもってどの口で言っているのだろう。
【エヴァンス視点】
エヴァンスは湧いて出た感情を抑えつけてアイザックの元へと向かった。
(まるでアイザックのようではないか、か。思い出しただけで不愉快だ。)
見ないようにしていた現実が目の前に現れたかのようだった。
エヴァンスたちがユーリを嫌っているのには理由があった。絡み合った家族の事情がややこしくしていた。
エヴァンスとウィルの母と、ユーリの母は同じ人では無い。それに関してはよくあることだ。
事の発端はアイザックである。当時、ユーリの母を迎え入れた、アイザックは彼女に惚れ込んでいたようだった。勿論、表立って口にはしないだろうが。
ユーリの母は苛烈で気の強い女性だった。何でも思い通りにいくアイザックからすれば珍し気に映ったのかもしれない。
その結果、エヴァンスたちの母にアイザックが構う時間が減った。心の内に溜め込んでしまう母はいつしか病んでしまった。その吐き出し口であり、八つ当たり先がエヴァンスたちである。簡単に説明するならこのような話であった。
(分かっている、この怒りが理不尽なものであると。だが、今のままでは折り合いをつけようが無い。)
アイザック、ユーリの母、自分の母、ユーリ、それから何も出来なかった自分、感情が向く先は沢山あれど解消されることは無い。
(アイザックを超えて、この家のトップに立った時、全てを背負って初めて"受け入れられる"ようになる気がする。)
そんな考え事をしていれば、気づけばアイザックの元へと着いていた。
「報告書の通りだ。ヴェスピア領の収支は安定している。」
「ふむ、なんだこの程度か。まあ、最初から期待はしておらんし好きにやるといい。」
「・・・っ!」
エヴァンスは暴言を吐きそうになるのを必死に抑えた。アイザックの才は本物だ。公爵家を存続させ大公と呼ばれるまでに影響力を持つようになったのはアイザックの力の賜物である。エヴァンスの努力はまだ興味すら抱かれない、その程度でしかなかった。
アイザックをこちらを見てすらいない、本気で興味が無いのだろう。
「だがアドバイスくらいはくれてやろう。時に規則は緩く作るべきだ。」
「それは汚職を認めろと言うことか。」
「さてな。だが、抜け穴があることで動きが活発になる。厳しく規則に従わせる、それだけでは発展は阻害され民はついて来ぬ。」
ツラツラとアイザックは言葉を並べた。エヴァンスはやはりこの男のことが好きになれそうになかった。
「締め付けるだけ、は馬鹿のすることだ。」
「・・・っ!?」
(あいつと同じ事を・・・。)
アイザックの言葉とまったく同じものを先程耳にしたばかりであった。エヴァンスの驚いたような表情を見てアイザックは思案した。
「何だ、その顔は。似たような忠告を受けたと見える。もしやオレールか。」
「・・・何故そこでオレールの名が出てくる。」
「違うのか、なに最近になってあやつもやる気が出たようでな。」
オレールが何かしようとしている。それだけで何かがあると思わせるには十分であった。ユーリが強気であったことにも何か理由があるのかもしれない。いや、それは関係無いぞ。
その思考は直ぐに打ち切られた。アイザックがもしやと、とある事に考えが及んだようだ。
「まさかユーリか?」
「・・・。」
「何だ図星か!しかし、そうかユーリが。妹に教えられているようではまだまだ青いと言わざるを得んな!」
豪快に笑うアイザックに何も言い返せないでいた。
見下していた妹に指摘を受けた今の状況は屈辱でしかなかった。
だからか、何故こうもアイザックが楽しそうに笑っているのか、そこまで考えが及ぶことはなかった。
アイザック
家族で自分の地位争奪戦をさせてます。アイザックを一言で例えるなら『絶対に負けないギャンブラー』です。負けることを知らないので現実に飽き飽きしてる。
アイザック的には規則に穴を作りはするけど放置はしません。しっかり説明しろよ。その辺りのバランス感覚は上手い。
アイザックから見てユーリは眠れる獅子でした。ポテンシャル自体はあったので何かをしてもおかしくはないだろうくらいに考えていました。それはそれとして干渉はしないし興味もなかった。普通にクズ。
エヴァンス
いずれクール系のイケメンに育つ攻略対象。因みに彼は真っ直ぐで頭が固いだけです。ウィルの方が拗れてます。
エヴァンス「許さねえぞ・・・よくもオレ様をここまでコケにしてくれたな。・・・殺してやる。」
ユーリ「大変だねアイザック。」
エヴァンス「殺してやるぞユーリ!」
ユーリ「!?」
ウィル
軽薄そうなイケメン攻略対象。こういう奴が一番愛に飢えてるってばっちゃが言ってた。
双子ですが、権力的な意味で明確にする為にエヴァンスのことを兄と呼んでいます。
同じ境遇にいながら正道を進めるエヴァンスに嫉妬しており、暗い感情は心の内に押し込めている。お母さんに似てるね。
今回の件でユーリに目を向けるようになりました。勿論悪い意味で。バックに誰がついているのか、入れ知恵したのは誰か探ろうとします。ユーリ単体で何か出来るとはカケラも思っていません。
オレール
ユーリも一人は不安よな。オレール動きます。
ユーリ
ことごとく攻略対象にバットコミュニケーションを叩き出す女。何してんの?